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ラミアの里の農作業の責任者は私

 私が生まれてからラミアの里に来るまで住んでいた実家は、このヴェスター伯領の中でも田舎で、今となって考えると、この領自体が王国の中では辺境の地にある訳だから、田舎の中の田舎という場所だった。

 とは言っても、先祖代々長くその地に暮らしてきたという訳でもなく、はっきりと私は知らないのだが、どうやら曽祖父の時代に流れついたらしい。

 つまり、大火でこの地が大荒れした時代に、行き先を無くした者の1人だった曽祖父たちが、今の場所をなんとか細々と開墾して、生活の糧を得たというのが私の実家の始まりらしい。

 こんな家は、この地には多くて、取り立てて珍しくもなんともない。

 ヤーレンの実家も、よくは知らないけど似たようなものなのだろうと思う。

 珍しくもない話だから、お互いに聞いたこともないけど。


 そんな成り立ちは問題ではないけど、私の家は当然ながら、ヤーレンの家にも大きな問題があった。

 それは我が家の耕作地は狭く、私たちの兄弟姉妹が大きくなってもずっと一緒に暮らしていけるだけの耕作をする土地がなかったのだ。

 私の家はとても小さな農家だったから、そんなのは分かりきったことではあるのだけど、ヤーレンの家も私の家よりは大きな農家だったけど、3男のヤーレンがそのまま家に残っていられるほど大きな農家ではなかった。

 それだからヤーレンが自立の道を探るのは当然のことで、最も手っ取り早いのは、もっと大きな農家に雇われるということなのだが、ヤーレンはその道を選ばずに狩人になる道を選んだ。


 ヤーレンと私は幼馴染で、小さな田舎の村だから物心ついた時には、すでに将来が決まっているような感じだった。

 私はその田舎の生活しか知らなかったし、家が貧乏で大きくなったら出ていかなければならないことはかなり幼い頃から理解していたけど、概ねその田舎の小さな村の生活に満足していた。

 でもヤーレンはそうではなかったんだと、ヤーレンが狩人の道を選び、「町で狩人学校に入る」と村を去って行った時に、初めて知った。

 私はそのくらい、何も考えずに日々を送っていて、そんなはずはないのにその時の日常がずっと続いていくのだと思っていたのだ。


 ヤーレンが村を出て行って、私は初めて現実をしっかりと見るようになった。

 しっかりと目を開いて見た現実は、とても過酷なもので、同じ風景を見ているはずなのに全く違って見えた。

 そしてその時になってやっと段々と、ヤーレンが村を出て行った意味が理解出来るようになった。

 ヤーレンが、もし大きな家に雇われて働いたりしたとしても、ヤーレンと私に将来などないということを。

 そこには牛馬のように働かされて、簡単に年老いていくだけの未来しか見えない事を。

 小さいけど、自作農の私の家には、それでも今の幸せがあるけど、雇われでは今の自分の家の幸せも、とても経済的に持つことが出来ないのだと。

 そのくらい私たちは貧しい片田舎に暮らしていたのだ。


 ヤーレンが村を立ち去ってから2年の間は、何ヶ月かに一度手紙が来た。

 ヤーレンは村を出てからのまず1年目は、さまざまな仕事を町でして、そう出来る事ならなんでもしてという感じで、狩人学校に行く資金を貯めた。

 そして2年目に最初の目標である狩人学校に入った。

 学校に入っても、生活のために仕事をしなければならなくて、学校と仕事の両立はとても大変なことだったみたいだが、それは何もヤーレンだけに限った話ではなくて、狩人学校に通う者にはそんな生活をしている者が他にもたくさんいると、ヤーレンは手紙に書いてきた。

 そう、ヤーレンは町に出てからの生活の節目節目には、私にその近況を書き送ってきてくれていたのだ。

 私はヤーレンが町に出ても、私のことを忘れないでいてくれることが嬉しかった。


 しかし、その手紙が急に途絶えた。

 狩人学校を卒業する期日は分かっていたから、その時点できっとヤーレンは私に手紙をくれると私は思っていた。

 それなのに、いつまで待っても私に手紙は来なかった。

 卒業したはずの期日から、ずっと待っていて我慢していたのだけど、3ヶ月目になろうとする時に耐えきれずに、ヤーレンの実家にヤーレンの事を聞きに行った。

 結婚する相手のはずだったヤーレンが、私をおいて村から出て行ってしまったため、ヤーレンの家族はなんとなく私とは顔を合わせにくい感じで、見かければ挨拶程度はするのだけど、ヤーレンが村に居た時のように親しく話をする関係ではなくなっていたけど、そんな事を構ってはいられなかった。

 話を聞いてみると、ヤーレンの実家でも、ヤーレンからの連絡が途絶えて、とても心配しているということだった。


 私は居ても立っても居られず、狩人学校にヤーレンの事を尋ねに行こうと考えた。

 ただ季節が悪かった。

 貧乏な私は狩人学校のある町まで、野宿してでも行こうと考えたのだけど、季節は野宿にはもう厳しい時期に入ろうとしていたのだ。

 狩人学校のカリキュラムは、雨季に入る前が人の入れ替えで、雨季に集中的に座学があり、夏から秋にかけては、外での実習と座学が半々になり冬を迎えるという形になっている。

 そして春には、生徒はそれぞれに自分の実力を試してみるのだ。

 だから卒業となるのは、入れ替えの雨季に入る前で、それから3ヶ月でやっとヤーレンの実家の家族とも話をして、どうしたら良いかと考えていたら、秋ももう深まってきてしまったのだ。


 「これ以上寒くなったら、もう町に行くことが絶対に不可能になっちゃう。

  だから私はすぐに村を出発して、大急ぎで町に行って来る」

 私の決意に家族は大反対だった。 当然だろう、もう季節的にはギリギリだし、年若い女が1人で野宿の旅なんて危険過ぎる。

 この家族と私が揉めている時に、救いの手があった。

 ヤーレンの次兄が、私と同じように、狩人学校にヤーレンのことを問い合わせに行くことになり、それに私も同行させてくれることになったのだ。

 それだけでなく、きっとヤーレンが私を置いてきぼりにして村を去った事を気にしてくれていたのだろう、私の往復の時に掛かる宿賃も持ってくれることになったのだ。

 ヤーレンの家は、私の家よりは裕福だといっても、簡単にそんな負担を申し出れる程ではない。

 もちろん金銭的にもありがたかったけど、その気持ちがとても嬉しかった。


 そうしてヤーレンの次兄と一緒に狩人学校を訪れて、もたらされた話は、ヤーレンが同級生10人と共に行方不明になったという知らせだけだった。


 それから何の進展もないまま、翌年の春を迎え、私も自分の身の振り方を考えねばならない時期となってしまっていた。

 もう私も年齢的に、実家を出ていかねばならない時期に当然ながらなっていたからだ。

 ヤーレンのいなくなった小さな村では、同年代の私の結婚相手となる男はいなかった。

 でも、奥さんが亡くなってしまった年上の男は何人かいて、そんな人から私は求婚を受けた。

 村で生きて行くには、その求婚を受け入れるのが最も早いのは分かっていたが、私はまだ行方不明のヤーレンを忘れることが出来なくて、そしてまた、狩人学校までヤーレンの事を聞きに行った時に、自分の住む小さな村以外にも世界があることを肌身で知ったこともあり、その求婚を受け入れる気にはならなかった。


 それでもまだ世間知らずの私は、今ではそんな甘いモノではないと分かっているのだけど、町に出れば自分でも生きて行けるのではないかと簡単に考えていた。

 そうしてもうどうにも家に居ることが難しくなって、村から出て行かねばならないという時にギリギリで、領主様からヤーレンの実家にヤーレンの無事の知らせが届き、ヤーレンの妻となる女性を大急ぎで選び出すようにという、命令が付属していたのだった。

 その付属してきた命令を知って、ヤーレンの家族が選んだのが、他の求婚を受け入れずに、無謀にも町に出ようとしていた私だった。

 ヤーレンの次兄と一緒に狩人学校までヤーレンの消息を尋ねに行って、他の求婚を断っていたのだから当然だと思うのだけど、その連絡を受けた時に私が思ったのは、ヤーレンが生きていたってことで、それから

 「良かったぁ、もうすぐ1人で町に出るところだったよ。

  連絡が来る前に村から出てなくて良かった」

という、なんていうか身も蓋もない思いだった。


 私はもちろんヤーレンの妻となることは歓迎というか、当然のことのように思っていたので、すぐにヤーレンの妻になれるのだと、何も考えずに思っていた。

 今から考えると、ヤーレンの妻となる女性を大急ぎで選び出すようになんていう変な命令を、領主様直々に出していての話ということで、何か裏というか大きな問題でもあるんじゃないかと疑わなかったことが信じられないのだけど、その時の私は、生きていたヤーレンの妻になれるということで、他のことは何も頭に入りも浮かびもしなかったのだ。

 私がヤーレンの妻になるために、まず領主様の館がある町に急いで行くことになった時に、私の家族だけでなく、ヤーレンの家族までがとても心配そうな顔をして送り出してくれたのだけど、その時はそれが何だか腹立たしかったのだけど、今思えば、みんなとても私の事を心配してくれていたのだと思う。


 そこからはもう、それまで自分が考えたこともなかったことの連続で、何が何だか解らないうちに今を迎えてしまった気がする。

 領主様の館に案内されたら、私と同じ立場となる人が他にも9人もいたことに驚き、その人たちが今まで私が見たことのない人たちが多かったり、集められた理由の説明を領主様自らがしてくれたことに驚いていたら、その内容はもっとびっくりする内容だったり。

 そして物凄くドキドキして、ヤーレンと再開して、ラミアの里にやって来て、考えてもみなかった好意的な歓迎をされて、ヤーレンの妻になっていたラミアの人たちとも仲良くなり、それ以外のたくさんのラミアの人とも知り合いになった。


 もう本当に自分の人生の変化に、ただ流されているだけで精一杯で、私は何も深く考えることが出来ない状態だった。

 そんな中で私の救いは、ヤーレンが昔と少しも変わらないと思えたことだった。

 ラミアの妻たちはみんな私より年上で、私からはみんな大人に見えるし、優れた人たちに見える。 特にラーリク様は別格だ。

 そんな人たちを5人も妻にしているのだから、ヤーレンももちろん私の知っていた田舎の村にいた時とは、体型から何から全然変わっている。

 だけど話したり、私に対する態度は、昔と少しも変わらなかったから、私はヤーレンが昔と違うのは、狩人学校で狩人としての知識と訓練を受けたことと、ラミアの里で戦いの訓練を受けたことで、体付きが変わっただけだと思っていた。


 だって、ラミアの里に来てからも、普段見るヤーレンは、指導的な立場にはなっていたけど、昔のように農作業を頑張る姿で、そこに私は違和感を感じることはなかったからだ。


 私がヤーレンのことを昔とは全く違っているのだと強烈に意識したのは、王国によるゴブの巣の掃討戦に、ヤーレンも騎士として参加した時からだ。

 ヤーレンが領主様から騎士の地位をもらっていることは、知識としては聞いていたが、その時まで私はそれがどういう意味を持つのかなんて考えてもみなかったのだ。


 ゴブとの戦いなんて、それまでの私にとっては昔話にしか聞いたことがない現実感の乏しいことだった。

 自分の家も、元はそのゴブとの戦いのせいで、今の土地に流れ着いたのだと聞いてはいても、今までの私の生活の中にゴブが出てきたことは一度もなかったのだ。

 厳しい戦闘訓練を、このラミアの里に来てから初めて見た時は驚いたし、ラミアの里の人間の妻の先輩であるアンたちの主導で、私も全くついて行けないけど簡単な戦闘訓練もしている。

 でも、それでも、私にとってはゴブとの戦いなんて、現実感の薄い出来事で、なんだか自分が物語の中に入り込んでしまったような、自分のことなのに他人事のような、何だか外から眺めているような感じで、その時は物事が進んで行った。


 私以外のヤーレンの妻たちも、それぞれに与えられた役目を果たすのに、とてもピリピリしているのが分かるし、次々と役目で離れていく。

 みんな離れていく時に私に声を掛けていくのだけど、言うことは同じだった。

 「子どもを守ってあげて」

 子どもというのがヤーレンたちの、まだ生まれて数ヶ月の子どもたちを指しているのは誰でも分かる。

 彼女たちは、そのラミアの里の人間の男とラーリク様たちの子たちを完全に自分の子どものように思い、最後になるかも知れないと覚悟した上で私に託していく。

 そんな気持ちがひしひしと伝わってきて、私は頷くことしかできない。


 でもヤーレンは意外に飄々としていた。

 私はヤーレンも戦いに出なければならないことを、とっても遅いけどその時になって現実なんだと噛み締めていた。


 「エーデル、大丈夫だよ。

  今回の戦いは、領軍がゴブと戦うことになる可能性が最も高くて、ラミアは警戒が主だから。

  まあ、ナーリアの姉妹たちは弓での戦いはすることになるけど、危険はないと思う。

  だからみんな元気に戻ってくるさ。

  それじゃあ、僕も行ってくるね。

  ラーリク様、よろしくお願いします」


 ヤーレンは、産んだ子がまだ小さ過ぎて、今回は戦いに出ないラーリク様に私のことを頼んで、気楽な調子で出て行った。

 私は、「そうか、今回の戦いは大丈夫なんだ」と単純にヤーレンの言葉に安心してしまっていた。

 それだから、ラミアの里の男たちが全員、戦いの後、意識を失った状態で馬車に乗せられて戻ってきた時には、その全く考えていなかった事態にオロオロするだけだった。

 そして、ヤーレンたちがそんな状態になった理由を知った時に、私は初めて自分の生きている世界を正しく認識した気がした。

 それと共に、今までの自分に対して、何をしていたんだという深い後悔と、ヤーレンに対する愛情と、ヤーレンが大事に思うモノ全てを守りたいという思いが爆発するように湧き上がってきたのだった。


 そんな風に思ったって、私に出来ることなんてほとんど何もない。

 復調したヤーレンは、今までよりもなお一層忙しくなった。

 領主様が亡くなるという変事の後、アルフレッド様が領主になってからは、騎士としてラミアの里だけでなく、領内全体の農政をヤーレンが考えることになり、もっと忙しくなった。


 ちなみに私は、ヤーレンがアルフレッド様に向かって、「アルフさん」と気軽に話しかけ、アルフレッド様もヤーレンに対して、友人のように接するのに、とても驚いた。

 ま、考えてみれば、アルフレッド様の弟であるデイヴに対しては、私まで普通に敬称抜きで「デイヴ」と呼びかけて話しているのだから、驚く方が変なのかも知れない。


 私たちの家の居間には、大きな蝋板があるのだけど、それは私の言葉にラーリク様以下の5人が賛同して、話がどんどん大きくなった結果だ。

 私はただ、ヤーレンが何を考えているか知りたくて、それを説明してもらうためにある程度の大きさの蝋板が欲しかったのだけど、それが壁一面の蝋板になってしまったのには、自分たちのことながら、ちょっと行き過ぎだと思う。


 でもそれはとても役に立っているし、私たちはヤーレンの考えをきちんと実現するために、その蝋板を書き込みを少しづつ発展させようとしている。

 最初はヤーレンに頼まれて、調べたことなどを付け加えるだけだったけど、今では自分たちで、必要そうなことを調べ書き込み、ヤーレンがそれを見て、考え直したりすることもあるようになった。


 私は文字の読み書きは前から出来たけど、それだけのことで何かの知識が深い訳でも何もない。

 だから主にアーリクさんとアーレクさんと、図書館に通っている。

 ヤーレンが領内全体を見て、農政を考えるのに忙しいのだもの、せめてラミアの里の農業のことは、ヤーレアたちと私たちでしっかりとやって、ヤーレンの仕事を減らしてあげたい。

 それに、ヤーレンがこの地の農政でどうしようか迷っている時に、ごく偶にでもいいから、何かアドバイスというか、気づいたことを言ってあげて、手助けになりたい。

 私には大き過ぎる望みなのかもしれないけど。


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