姉妹だけど
私たちヤーレアは、他の隊とは違い、ちょっと遅れて戦場に向かう手筈になっている。
戦場に持って行く二食目の食料は全て私たちが持って行かねばならないし、それに加えて、太鼓や鉦も私たちが戦場まで運ばねばならない。
他の隊の人たちはそれぞれに、自分の武器、食料一食、そして私たちの姉妹たちの隊はそれに加えて薬なども配布されて持って行くが、私たちだけは荷物がとても多い、それで途中までは荷車を押して行くことになっている。
食料のこと、また薬関係の予備も私たちが運ぶので、私は人間たちとたくさん打ち合わせをしなければならなくなった。
とにかく緊張した。
私たちはナーリアたちの姉妹とはいえ、それまで全く人間たちとの接点がなかった。
もちろん今までも見たことはあったし、ナーリアたちと一緒にいるからアレクさんには関心もあった。
でも、一時水場にいるのを見た時には生気がなかったり、暴れてラーリア様たちと、ミーリア様たち、ミーレア様たち以外では全く手をつけられなかったことがあったりという噂も聞いて、怖いという思いの方が強かった。
実際に接してみると、そりゃ戦いが迫って誰もが血走った目をして駆けずり回っている時なのだから当然なのだけど、アレクさんをはじめ、人間はみんな殺気立っていた。
「アレク、このままだと燻製肉の数が足りないぞ。」
「大丈夫だ、今家の方でナーリアとセカンが不足分を作っている。
できたのから順にサーブたちがこっちに運んでくるから、切ったり串に刺したりはボブの方でやってくれ。」
「そろそろアレクたちも自分たちの用意をしなくちゃダメだろ。
俺たちが行って、作ろうか。」
「いや、そろそろ終わる頃だろうし、俺の弓だとかは持ってきてもらえることになっている。
それよりもエレク、包むための葉っぱは足りているのか、包む藁は。」
「葉っぱは若い子たちが手伝ってくれたから、大丈夫余っている。
藁はイクス様が手配してくれたから、そっちも大丈夫だ。」
「じゃ、間に合うな。」
私は凄まじい勢いに呑まれてしまって、呆然と眺めているだけになってしまっていた。
「大丈夫だよ。 普段はあんな調子じゃないから。
今はちょっと気が立っているから、口調なんかも荒いけど、あいつらも怖くないからね。」
妙にのんびりした感じで私に話しかけてきた人間がいた。
「えーと、ヤーレアだよね。
弁当以外の荷物はもう積んだんだよね。
自分たちの武器とかの用意もおわった?」
「はい、どちらももちろん終わっています。」
「僕たちにそんな畏まった言い方しなくていいよ。
僕はヤーレンて言うんだけど、名前似てるよね。
もしかして、グループに同じ名前居る?」
「ヤーレンさんですね。 いえ、居ませんよ。」
「だから『さん』もいらないよ。 君たちみんなナーリアたちの姉妹でしょ。
それなら普通に僕らのことは呼び捨てで構わないよ。」
「そうなんですか?」
「ほら、まだ固いって。 もっと楽にしていいって。」
あれっ、人間に対してこんな調子でいいのか、私はちょっと気楽になった気がした。
「ヤーレア、ちょっといいかな。」
「はい、アレクさん。」
「ほらほら、また『さん』付けになっているよ。
アレク、お前、もうちょっと優しい口調で話してやれよ。
ヤーレア、緊張してガチガチになっているぞ。」
「えっ、そうか、ごめん。 俺、そんなに厳しい口調だった?」
「お前酷かったぞ。 女の子は、泣いちゃうかもっていうレベルだよ。」
「ヤーレア、ごめん、許してね。」
「いえ、今は時が時ですから、わかっています。 大丈夫です。
それで用件はなんですか。」
「それぞれの場所に持って行く数が違っているじゃん。
その場で確認して持って行くのは混乱すると思うんだ。
それで、できた弁当から順に、持って行く場所ごとに標を付けておくと良いと思うんだ。
自分で付けた方が確実で間違えたりしないと思うから、ヤーレアたち自身で標を付けてくれないかな、その作業を頼める?」
「了解しました。」
「あ、それから、僕たちに対してはもっと普通で良いからね、ナーリアたちの姉妹なんだから。」
アレクさんにもヤーレンさんと同じことを言われてしまった。
弁当を各隊に配り終わり、太鼓や鉦の用意も夜明け前に間に合った。
私たちのいる本陣は、他にラーリア様、ラリオ様、ラーリル様、ミーリア様たち、そしてナーリアたちがいる。
人数としては一番多いのだが、ゴブたちが現れれば、ここに向かって殺到する予定になっている。
私たちは夜明けギリギリまで忙しく動いていたから、かえって良かったと思う。
他の人たちの顔を見れば、皆真剣を通り越して、青白く見える。
ラーリア様の横にサーブたちが共に立たされた。
サーブもアレクも凄い顔をして、身体中に力を入れているのが分かった。
ディフィーは青い顔でガタガタと震えているのが、私の位置からも分かった。
その震える姿がアーレア様たちの姿が見えた瞬間にピタッと止まり、あれが武者振るいというモノだったのだと、私は理解した。
アーレア様たちがこちらに向かって逃げて来て、本陣の弓矢による戦いが始まった。ヤーレオがミーリア様に命令されて、渾身の力で太鼓を叩いている。
そんな調子で叩いて、太鼓の皮を破いてしまわないかちょっと不安になったが、私もそれどころではなかった。
ナーリアたちの弓はとにかく凄まじかった。
とても自分たちの姉妹とは思えない働きだ。
でも、それをゆっくり眺めている暇はない。
疲れて果てて本陣に辿り着いたアーレア様たちを、私たち4人で必死に介抱する。
アーレア様たちは号泣して、ミーリア様に報告した後は、全く動けない程消耗している。
ミーリア様たちが尻尾で地を打った時、私たちも陰ながら尻尾で地を打たせてもらった。
2番太鼓に変わっても、ナーリアたちは矢を射っている。
ミーリア様が「下がれ」と命じても、それに逆らってまで矢を射っている。
私はその姿を見て、涙が出てきそうだった。
その下がらぬ姿を見たミーリオ様が吠えるようにミーリア全体を鼓舞した。
胸が詰まった。
ナーリアたちは矢を撃ち終わった後、他のミーリア様たちが前進して1人残ったミーリア様を守る様に、ミーリア様の周りに居た。
アーレア様たちもまたいなくなり、ミーリア様を除くと私たちとナーリアたちしか居ない。
そして、サーブがゴブに刺された。
刺したゴブをレンスが尻尾で貫いたのを私は気付かなかった。
その混乱の中、アレクの次々とナーリアたちに命令して行く姿が私の目に焼き付いた。
それから、どこからか現れた物品係さんのことを、ミーリア様が「イクス様」と様付けで呼び、逆に物品係さんが「ミーリア、分かった?」と、敬称なしで念押ししたのに、周りの者は私を含めて皆、唖然とした。
その一瞬、時が止まったようだったが、次の瞬間ミーリア様の「3番鉦!」の叫び声で、今度は怒涛のように時が流れた。
気が付けばナーリアたちは居なくなっていた。
私たちは太鼓と鉦を持ち運ばなければいけないから、ナーリアたちの様にはいかないけれど、今度は私たちが体を張ってもミーリア様を守らねばならないと思った。
私たちは出来る限りミーリア様の近くにいる様にした。
ミーリア様のその後の命令は怖かったけど、近くでミーリア様を見ていた私は、ミーリア様がその命令を出すまでに、どれほど心の中で色々葛藤したのかと思った。
ミーリア様も余裕がなかったのか、その心が顔や体の動きにそのまま出ていたのだ。
私は命令の怖さより、指揮官とはこれほど苦悩しているのだということが分かり、ずっと震えていた。
とにかく、このままじゃ駄目だ。
同じ姉妹なのにナーリアたちだけ優遇されている、なんて思っていたけど、そんなもんじゃないと、良く分かった。
アレクを見ていて、人間の凄さも分かった。
サーブが助かることを祈っているけど、それは難しいと思う。
自分たちが、その代わりを務め上げられる様にならないと駄目だと思う。
どうにかしなくちゃ、どうにかしなくちゃ、焦りばかりが心に募る。