ワーリアの大失敗
人間の男たちがラミアの里で生活するようになって、もう数年が経ち、子どもたちも沢山いるようになった。
今までのラミアの里と比べると、ここ数年の変化はあまりに激しくて、私でもちょっと信じられないような感じだ。
そんな変化の中で、私以外のラミアみんなに一番歓迎されている変化は、もしかしたら温泉の存在かもしれない。
確かに私たちも冬も起きているようになり、寒い時期は温泉の暖かさはとても嬉しいものではある。 私もそれは認める。
でも、それ以外の時期は、私は温泉がなくてもちっとも構わない。
正直に言って、私は温泉に入っているという行為が、他のラミアほど好きではないのだ。
ラミアは半分は人間だと言っても、人間とは違って変温動物である。
もちろん温度変化ですぐに動けなくなるようなことはないけど、冬だったり、冷たい水に浸かっていたりすると、体温が下がり過ぎて動くのが辛かったり、最悪身動きが取れなくなる。
まあそれは恒温動物である人間だって同じことで、あまり寒かったり、冷たい水に浸かったりしていれば、人間も体温が下り動けなくなる。
ただ、ラミアは他の変温動物に比べれば、周りの温度変化に対して強いけど、人間に比べればちょっと弱いというだけのことだ。
その代わり、動けなくなってもラミアは人間よりかなり長い時間、動けないだけで生きてはいるのだけど。
同じラミアでも温度変化に対して体質の違いで強い弱いがある。
有名なのはアレア様で、アレア様は体温が通常よりずっと低い状態にあっても、普段と遜色なく動くことが出来る特異体質だ。
それを利用して隠密の技としていたが、その技は私たちラミアにとっては意味のある技であるのだけど、人間やハーピーにとってはほとんど意味のない技のようで、最近はほとんど使わないらしい。
何故なら、ラミアは熱を持つモノが発する熱を見ることが出来るのだが、人間やほとんどのハーピーは、それは見えないので意味がないからだ。
そして実は私も、アレア様ほどではないが、温度変化というか低温に強い体質なのだ。
同じ母から生まれた姉妹たちでも、この低温に強いという体質なのは私だけなので、アレア様も自分の実の姉妹にもいないというから、かなり珍しい体質なのではないかと思う。
そういった訳で、別に他人に話すことではないけど、私はアレア様を密かに目標にしている。
ただ私と違ってアレア様はとても寡黙で、そこだけはおしゃべりな私はとてもじゃないけど真似出来ない。
その低温に強いという反動なのだろうか、私は温泉の湯船に浸かってのんびりと過ごすということが出来ない。
温泉は体を洗えればそれで良くて、何も湯船に長々と浸かっている必要はないと思うのだ。 ただ体が熱くなるだけだ。
いや、やっぱり低温に強いという反動という訳ではないのだろうと思う。
アレア様は一番最初からの温泉大好きラミアの筆頭なのだ。
私が温泉を好きではないのは、みんな知っているから寒い時期を除けば、私だけ温泉に行かず、今でもまだちゃんと存在している洞窟前の水浴び場で、体を洗うということは済ますことが多い。
ナーリアの家の温泉には、そこに行く用事がある時には他にわざわざ行く面倒がないので、みんなと共に入って来るけど、後から作られた温泉には馬車が往復しているからとはいえ、自分たちが苦労して作ったモノであるとはいえ、その手間と時間がもったいなく思ってしまうのだ。
その行き帰りの時間とお湯に浸かっている時間があれば、その時間をのんびりと過ごす方が良いと私は思ってしまうのだ。
夏の暑い時期を過ぎ少し涼しくなってきても、私はそんな風にひとり離れて温泉に行かないで済ますことが多かった。
それでも体を清潔に保つことを怠っていた訳ではない。
それは何も、林の中にゴブの侵入を想定しての防御施設を作る土木工事をして、監督として指揮するだけでなく、自分でも盛り上げた土を大いに叩いて作業をして、体が汚れたからだけではない、ラミアとして当然のことだ。
私たちは一日のその土木作業を終えると、その汚れた体のまま里に戻り、それから温泉に向かうというのを良しとはしなかった。
それでは汚れた尻尾で、森の中の石畳の道を汚してしまうと思ったからだ。
私たちは一日の作業が終わると、みんな近くの小さな沢で尻尾や人間は足や靴の底などを洗ってから、帰るようにしていた。
そうして一度ラミアの里に戻って、用意をして温泉に向かう訳である。
そこで私はみんなと分かれる訳だ。
ある時、尻尾に違和感を感じた。
何だかとても嫌な予感がして、自分ではその違和感のする場所を見るのが嫌で、ワリファに尻尾のその場所を確認してもらった。
「うわっ、吸血ダニに3箇所も食いつかれているよ」
ワリファが凄く嫌そうな声で言った。
「どれどれ」とワーリオとワーリドも見にきて言った。
「本当だ。 しっかりと食いついているな」
「何だか久しぶりに見たわね、吸血ダニ」
ワーリルが私に教え諭すような調子で言った。
「だから言ったでしょワーリア。
今はさ、温泉にみんないつも入るから、他には吸血ダニに食いつかれる奴なんていないのよ。
何故か解らないけど、温泉に入ると何もしなくても吸血ダニは取れちゃうでしょ。
あなたくらいよ、温泉に入るのを嫌がるのは。
だからこういうことになるのよ」
私は森の中での土を叩いたりの作業のせいだと言い訳をしたいと思ったのだけど、私を除くみんながワーリルの言葉に同意しているのが何も言わなくてもわかるので、ちょっと沈黙した後で恐る恐る言った。
「で、どうすれば良いと思う。
今から温泉に行けば、落ちるかな」
「ここまで完全に食いつかれていたらダメじゃない。
どっちにしろこれじゃあ食いつかれたところの鱗を剥がして、傷薬をつけて手当てしなければダメね。
そうしてあなたはしばらくは土を叩くのは禁止だわ。
全くこの忙しいのに何をしているのよ」
ワリファは怒りながらも私の治療をしてくれたのだが、善意で治療してくれたのか、鱗を三枚もブチッと剥がされて痛がる私を楽しんでいたのか、どっちだか判らない。
きっと両方なのだろう。
吸血ダニに食いつかれると、その治療として鱗を剥がす必要が出来てしまうので、一応治療が終わって傷が塞がってもずっと違和感が残るところが最悪なのだ。
私は一度に3箇所も食いつかれて、鱗を剥がしてしまったので、ちょっと何かしてると、ちょくちょくその位置が何かに当たり、チクチクと違和感があるというか、痛かったりするのだ。
「うーん、もう最悪。
何をしていても、チクチクとどこかに当たって痛いから、気が散ってしょうがないわ。
何時になったら、これ治るんだろう」
「脱皮しないと完全に治るのは無理ね」
無情にもワーリルがそう宣言した。
「もう私たちは体が大きくなる脱皮は終わっちゃったから、次は通常の脱皮時期までないわね」
ワリファが簡単に恐ろしいことを言った。
「それって来春までないってことだよね。
そんなにこのチクチクと痛い状況に耐えなければならないの」
私はちょっとだけ絶望感を味わった気がした。
「まあ、前にサーブが大怪我をした時は、あ、レンスもそうだったらしいが、アレクから優先的に精を貰ったら、体が治るためにすぐに脱皮したそうだ」
ワーリドが実の姉妹であるサーブから聞いた話を披露してくれたら、同様にサーブの姉妹のワーリオがもう少し知識をつけ加えてくれた。
「なんでも人間を捕えてすぐの時に、ラーリア様たちが独占したのは、捕らえる時に人間たちがしていた焚き火の火の粉によって火傷を負っていたから、それを治すためにも捕えた人間の精が必要だったということもあったらしいぞ。
これは本当のことかどうかは分からないけど」
私はちょっと光明が見えた感じがした。
「そうか、男の精のエネルギーにはそういう利点もあるのね」
ワーリルが現実を突きつけてきた。
「何言ってるのよ。
私たちには精をくれる相手の男がいないじゃない。
それともワーリアは誰か当てがあるの?」
「いや、当てはないけどさ。
何も妻の一人にしてもらおうという訳じゃないし、子どもを作ろうという訳でもない。
ただ単に治療のために精のエネルギーが欲しいというだけなのだから、頼めばくれるかもしれないじゃん。
うん、アレクにでも頼んでみよう」
「いやいや、アレクに直接頼むのはダメだろう。
ナーリアたちにバレたら、大ごとになるぞ。
そりゃ確かにアレクは優しいから事情を話せば、出してくれるかもしれないけど、絶対にナーリアたちにバレると思うぞ」
ワーリドが自分が変なことを言い出してしまったと思ったらしくて、慌てて反対した。
「確かに絶対にバレるから、アレクに直接というのはダメだ」
ワーリオも自分もその話に加担したと思ったのか、即座にワーリドに続いた。
「わかった。 アレクに直接頼むのはやめる。
ナーリアたちに話を通しておいてからにする」
「無理ね、絶対に彼女たちはOKを出さないわよ」
ワリファにそう断言されてしまった。
ワリファに「無理」と断言されたけど、私は諦めきれないので、ナーリアたちの誰に相談するのが一番可能性があるかを考えて、レンスに相談することにした。
ナーリアは実の姉妹だから何だかこの話は相談しにくい。
セカンとディフィーにはとりつく島もなく、一言で「ダメ」と断られそうだ。
アンとモエギシュウメは異種族なので、脱皮のためにというところを理解してもらえるか未知数だ。
サーブとレンスなら、自分もアレクの精によって脱皮した経験があるので、少なくとも話は聞いてくれると思う。
どちらにしようかと迷ったのだけど、ワーリオとワーリドが慌てて反対していたので、その姉妹であるサーブはやめてレンスに相談することに決めた。
実際にレンスに相談しようとしたら、その場にアンも居たのだけど、まあ別に構わない。 どうせ最終的にはみんなに聞かれる話だ。
私はアレクに頼みたいことを二人に相談した。
「話は理解したけど、なんでアレクに頼むの?」
一通り話すとレンスがそう言った。
「いや、だって、アレクなら優しいから頼めば出してもらえそうじゃん」
「アレクじゃなくたって、人間の男たちはみんな優しい」
ま、確かにレンスの言う通りである。
「あのさ、アレクは私のお母さんも入れると8人も抱えていて、キースと二人して一番抱えている人数が多いんだよ。
そこになんで脱皮するまでとはいえ、横から加わってくるのよ。
そういう理由で精が欲しいんだったら、アレクじゃなくて、ボブに頼めば良いじゃない。
ボブは5人しか抱えていなくて、一番人数が少ないのだから」
「そんなの無理だよ。
ボブはラーリア様やミーリア様なんかを相手にしているんだよ。
頼める訳ないじゃん。
他もみんな私より上位の人を抱えているんだよ。
ここは同い年ばかりだから」
「イクス様がいるわよ。 いまレンスも言ったけど」
アンもそう言った。
「でもさ、イクス様はナーリアの正式なメンバーじゃないじゃん。
それにさ、アレクの精だったら受けてみたいという気持ちもあるしさ」
話の途中から加わってきたモエギシュウメが言った。
「ワーリア、それが本音でしょ。 アレクから貰いたいっていうのが。
アレクの妻の一人としての立場を横に置いておいて、種族を絶やさないためと考えると、その気持ちは凄く分かるわ」
「そんな大したことではないけどね。
私は単純にアレクの精なら貰いたいと思うって、今、ふと思っただけ。
今の今までそこまで考えてなかった」
「ということは、ワーリアは下でアレクの精を得ようと思っていたの?」
アンが確かめるように私に聞いた。
「うん、その方がエネルギーを効率よく得ることが出来ると聞いていたから、そっちでお願いするつもりだった。
そうか、そうすると、私が子どもを作ろうと思えば子どもを得ることも出来るんだ。
それも悪くないな、私もアレクの子どもだったら欲しいな」
この一言が大失敗だった。
私たちの周りに徐々に人が集まってきていたのは感じていたが、視線の中には入っていなかったのであまり気にしていなかったのだが、後ろからヤバい声が聞こえてきた。
「ワーリア、あなた一体何を考えているの?」
実の姉妹だから私には分かる、あの声の出し方はナーリアが激怒している時の出し方だ。
「あなた、無理矢理アレクの妻の一人になろうというの?」
「いや、違う。 そんなことは考えていない。
ただ脱皮するために協力して欲しいと思って、それを頼みに来たんだ。
アレクに直接に頼んだらナーリアをはじめとして、みんなが悪い気分になるかもと思って、先にみんなに相談に来ただけなの。
アレクの子どもなら欲しいというのは、口がちょっと滑っただけ。
いや、本音ではあるけど、そこまで望んで来た訳じゃない。
それに、もし、許されてアレクの子どもが出来ても、妻になろうとまでは思っていないから」
ダメだ、火に油を注ぐような状態になってしまった。
だんだんナーリアの激怒がみんなに伝染してしまった。
騒いでいる私たちに何事かとイクス様がやって来て、イクス様だけは「それも有りよ」と笑っていたが。
アレクが家に戻って来て、この騒ぎをアレクに聞かせたくないナーリアたちは収まったのだけど、話は完全に失敗に終わってしまった。
結局、私は次の春まで脱皮出来なかった。
やっぱり自分の男を見つけないとダメだなとつくづく思った。
でもさ、アレクやこのラミアの里にいる男たちを見慣れちゃってたら、最近は他にも人間の男がラミアの里には珍しくなくなってきたのだけど、なかなかこれはと思う男はいないのよね。
そして何故か私はラーリア様に、優しく諭されたのだ。
「ワーリア、確かにラミアの里の男たちは、みんな優れた男たちだと思うが、一面では我々年上のラミアが鍛えたという面もあるのだぞ。
若い人間の男たちは、鍛えれば体型が変わるだけでなく、人間としても大きく成長していく。
だから今現在だけを見ないで、未来はどうなっていくかまで考えて見てやらないとな」