驚かれて気がついた
タイトル詐欺と言われそうですが、今回もラミアでは無くて、人間の独り言です。
少し長文になってしまいました。
私がシルヴィ様の侍女になったのは、まだ私が10歳になるちょっと前のことだった。
私は、今考えると、何故あんな小さな危ない村で暮らしていたのだろうと思う、小さな開拓村でその歳になるまで暮らしていたのだが、その村がゴブに襲われてしまったのだ。
私の暮らしていた小さな村は、まともな防御施設もなく、人も少なかったので、簡単にゴブに席巻され、戦っていた親たちはゴブに殺されていった。
私は家の中に隠れるように言われて隠れていたのだけど、聞こえる物音から幼いながらも覚悟を決めねばならないと、渡されていたナイフを握りしめていた。
もう駄目かと諦めかけていたその時、シルヴィ様のお祖父様を中心とする領軍が助けに駆けつけて来て、ゴブを掃討してくれて、私を助け出してくれた。
私は今でも、私を見つけた時のシルヴィ様のお祖父様の驚いた顔を忘れられない。
そしてその時、シルヴィ様のお祖父様は私に向かって涙を流して謝られたのだ。
「すまない、間に合わなかった。
こんなことのない様にする事が、我らに課せられた使命なのに、間に合わず助けられなかった。
儂はとても許して欲しいとは言えないのだが、本当にすまなかった」と。
それから私はその隠れていた家の中で少し待たされてから、一緒に外に連れ出されることになった。
今考えてみると、その待たされている間に、ゴブに殺された村人たちの遺体などを、私の目に触れないように片付けていたのだろう。
そしてもっとおぞましいが、助けが来た後はあまり戦闘が続かなかった気がしたのだが、それは助けに来た者が強かったこともあると思うのだが、私はもう一つの可能性にも大きくなってから気がついてしまった。
そう、もう助けが来た時には、ゴブは目的の大半をはたしてしまっていたのではないかという疑いだ。
つまり男は殺され、女はほとんどもう連れ去られていたのではないかと。
真相を、シルヴィ様のお祖父様は亡くなるまで語ってくれなかった。
それはそうだろう、世の中には真相を教えない方が良いこともある。
私がその立場なら、私だって真相をわざわざ知らせようとは思わない。 知らない方が良いことだってあるのだ。
だから私は、自分が生まれ幼い頃を過ごした村の最後の運命を、実際には知らない。
だけどきっと、私の想像と大差はないだろうと思う。
助け出されたのは、私だけではなく、私と同じような幼な子が数人助け出されていた。
私たちはその後一時的に領主館に保護されていたのだが、私以外の助け出された子供たちは、連絡を受けた親族たちなどに次々と引き取られていった。
そういった係累のなかった私だけが、最終的に館に取り残されることとなってしまった。
シルヴィ様のお祖父様は、私を養子として引き取ろうとしてくれたみたいだったのだが、それは息子であるシルヴィ様の父上様に反対されてしまった。
「お前が反対する理由が分からん!!」と、シルヴィ様のお祖父様は激怒されたりしてくれたのだが、もう家督を譲っていたこともあり、私を養子にするという話は流れてしまった。
何よりも、シルヴィ様のお祖父様と父上様の間は上手くいってなかったのだ。
そしてシルヴィ様の兄上も父上様の側に立っていたのだと後から知った。
シルヴィ様のお祖父様は私に、「自分の部下の家の養子になるという方法もある」と薦めてくれたのだが、私はシルヴィ様のお祖父様から離れたくなかったので、その話は断った。
そうして私は一歳年上のシルヴィ様の侍女として館で暮らすことになったのだった。
シルヴィ様はその頃はすでに、ご両親よりもお祖父様の方に懐かれていた。
生活の場も、他のご兄弟、シルヴィ様には兄と妹がいらっしゃるのだがその2人とは別に、ご両親と一緒の館ではなく、お祖父様の離れの方となっていた。
その為私も、生活の場はお祖父様の離れの方になり、そこの多くのお祖父様に仕える人たちに日々の侍女としての仕事を教わったりした。
みんな私に優しく接してくれて、様々なことを私に教えてくれた。
それで私は幼いながらも、しっかりと侍女としてシルヴィ様に仕えようと思ったのだけど、シルヴィ様自身は私のことを侍女として扱ってはくれなかった。
「いいアニー、あなたは本来なら養女になるはずだったのよ。 つまり私の妹ということね。
馬鹿な横槍で変なことになっちゃったけど、私はあなたのことを妹として扱うわ。
仕方のないことだけど、外ではあなたは侍女という扱いを受けてしまうけど、私と2人の時には、いいえ、私の力の及ぶ限りはあなたは私の妹よ。
あなたもそのつもりでいつもいてね」
私はそういう訳で、シルヴィ様の前では、侍女ではあるけど、妹として扱われるようになった。
正直に言うと、私はその時にはそれがどういう意味を持つかなんて考えることが出来なくて、ただ単にシルヴィ様をお姉ちゃんの様に慕って良いのだと思って嬉しかった。
ところがシルヴィ様は、本当に私を妹として扱うと決めていたらしくて、姉として優しく接してくれるだけでなく、厳しくも接してきたのだった。
私が一番大変だったのは、シルヴィ様は自分が貴族として受けられる、学問だとか教養だとか、そういった教育を全て私にもさせようとすることだった。
可能な限り自分がそのような教育を受ける時には、私もその側に置いて一緒に受けようとするし、私が分からないことは繰り返し、覚えたり理解したりするまでしつこく私に教えてきたのだった。
単なる村娘だった私が急にそんな風にされても理解できる訳がなく、最初は何も分からなくて、そんな風に教えられたりするのが嫌でしょうがなかったのだけど、シルヴィ様は許してくれず、
「あなたは私の妹なんだから、妹にモノを教えるのは姉の務めよ」
と、決してサボることを許してくれなかった。
シルヴィ様はそこはとても厳しかったのだが、他の部分は私に対してはとても甘々で、私のことを本当に可愛がってくれたので、私はそこだけは辛かったのだけど、シルヴィ様を嫌いになることはなかった。
今考えると、シルヴィ様は可能な限り自分に出されたおやつを、その半分は私にくれた。
私はそんなお菓子なんて食べたことがなかったから、それが楽しみでしょうがなかった。
もしかしたら、それだからシルヴィ様を教育は厳しくても嫌いにならなかったのかもしれない。
そんな私たちを、シルヴィ様のお祖父様は楽しそうに、シルヴィ様のやりたいように任せて、眺めておられたのだが、2年もすると、シルヴィ様の厳しい教育のおかげもあってか、私は知識量としてはシルヴィ様になんとなく追いついた感じになった。
それからの私は、シルヴィ様の話し相手。
本当は相談相手と言いたいし、そうなりたいと思ったのだけど、私にはとてもシルヴィ様の相談相手は務まらない。
厳しく教えていただいたりして、知識だけはシルヴィ様に追いついても、物事を考えたりは全く追いつけないからだ。
「それは当然よ。 私の方が一つお姉さんなんだから。
私もアニーに負けないように色々と考えているのよ。
アニーは私に見落としたりしている事がないかどうか、間違っていないかどうか、常に見ていてくれないと困るわ」
責任重大なのかな。
シルヴィ様がアルフレッド様との結婚が決まった時、私は少し腹を立てていた。
意見が合わない兄と妹だとしても、妹を隣の領との約束の証明に使うなんて、と思ったのだ。
でも、シルヴィ様の考えは違っていた。
「ねぇ、アニー、これで私たちはここから離れられる。 すごく幸運な事だと思わない。
このままこの地に居たって、決して良いことにはならないわ。
離れられるのを私は嬉しいと感じているの。 お祖父様ももう亡くなられているから、私はここにな何の未練もないわ」
お祖父様が亡くなられてからのシルヴィ様は家族から孤立していた。
シルヴィ様の父上様は、お祖父様とは違った考え方をする人で、シルヴィ様は、そして私もだけど、その考えは間違っていると考えていた。
王国の歴史、領地の成り立ちを考えれば、シルヴィ様と私には、どうして父上様がそんな考えをするのか理解できないという気持ちだった。
お祖父様が亡き後は、シルヴィ様は余計に父上様の考えを改めさせようと意見したのだが、兄君は父上様以上に問題があると思える考え方だったし、どうにもならなかった。
シルヴィ様は家族で孤立していたし、シルヴィ様自身もご自分の家族のことは、気持ちの中ではもう見捨てている感じだった。
それでも煙たがられていることは理解していても、シルヴィ様は領民が被るゴブの被害が少しでも少なくならないかと、常に自分の意見を父上様や兄君に伝えていた。 五月蝿がれるだけで、少しも取り上げられることはなかったけど。
そんな訳で町が一つ壊滅してしまった後ではあるが、ゴブへの対処が自分たちというか、父上様と兄君から離れ、王国自体が対処することになった時には、
「これでこの家は潰れるだろうけど、少なくともこれ以上事態が悪くはならないと思うと嬉しいわ」
とシルヴィ様は言ったのだった。
そして自分が婚姻によって家を離れることになったのだ。 それを嬉しいと思った気持ちも、私も本心であっただろうと思う。
シルヴィ様の結婚が決まってからの私の一番の関心事は、もちろんそのお相手だった。
シルヴィ様は自分で実際にお会いした事がある、自分の夫となるアルフレッド様の弟君であるバンタイン様を高く評価していた。
「夫となるのは、バンタイン様の兄君とのことですから、私は少し期待している。
少なくとも我が兄のような人物ではないことは分かっていますから、それだけでも私としては嬉しいわ。
でもアニー、忘れないでね、私たちは2つの領の間の約束を保証するための人質なのよ。
そしてその約束は決して果たされないだろうことを私は確信している。
だから最悪の場合、私は殺されるわ。
その時は最後の願いとして、あなたの助命はするけど、正直どうなるか分からない。
だからアニー、あなたが私の侍女として一緒に来る必要はないのよ。
いいえ、姉としては一緒に来ては駄目と言いたいわ」
「何を言っているのですか、私以外に誰がシルヴィ様に付いて行くというのですか。 他に自分から付いて行くという人なんて今ではもういません。
私は当然付いて行くに決まっているじゃないですか。
それに殺されない可能性も十分にあります。
その時はどこか教会かなんかに幽閉でしょうから、それなら2人なら、今とそんなに生活は変わりませんよ。
そうなることを願いましょう」
私はその時、初めてシルヴィ様に反論し、自分の意見を認めさせたような気がする。
そうして、こちらに来て、ラミアの方々やハーピーの方々に最初は驚いたりしたりして、それでもすぐに仲良くなることも出来たりして、私にとってはこちらの暮らしの方がずっと自由で伸び伸び出来ている気がしていました。
そして、いよいよ約束が果たされない事が確定して、私とシルヴィ様の運命が決まると思ったら、アルフレッド様は私たちを今までと同じに留めてくださりました。
私は今までは、この命はシルヴィ様のために使うと決めていましたが、それだけでは足りなくなってしまいました。
このアルフレッド様にいただいた大きな御恩を、どうやってお返しすれば良いのだろうかとも考えねばならなくなりました。
そうしてシルヴィ様がこれまで通り、アルフレッド様の妻でいる事が出来る事が確定したら、私は自分では考えてもみなかったことをシルヴィ様に言われました。
「アニー、私だけがアルフレッド様の妻になって幸せでは駄目だわ。
妹のあなたも誰かと結婚して幸せにならなくちゃ。
あなたが私から結婚のために離れてしまうのは嫌なんだけど、幸いにもここでは妻が1人でなくても構わないのよ。
良かったらあなたも私と一緒にアルフレッド様の妻にならない?
エーレアさんとエーレファさんにも相談したのだけど、別に構わないし歓迎してくれるそうよ。
あなただけ独り身だと辛いでしょ」
私はこういう状況は全くの想定外というか、考えたこともなかったので慌ててしまった。
でも流石にシルヴィ様と一緒に、この地の領主様となられたアルフレッド様の妻の1人になるのは、いくらなんでもそれはと思った。
「シルヴィ様、侍女の私も妻にするなんて、アルフレッド様は嫌がられると思います」
「もちろんアルフレッド様にも先にお伺いしたわよ。 アルフレッド様はアニーがそれで良いなら私と一緒に妻にしたいと言ってくださったわ」
私はもっと慌ててしまった、もうそこまで話が進んでいるのか、と。
「いえ、やっぱり私はアルフレッド様とシルヴィ様と一緒というのは身分が違うと思うので、それは出来ないかと」
「あら、私ももう家は伯爵ではなくなったし、その家自体もどうなるか分からないような存在だわ。
それに、エーレアさんとエーレファさんはラミアだから、そもそも身分なんていうものはないわ」
「いえ、私の方が、なんていうか、やっぱりちょっと考えてしまうんです」
シルヴィ様は少し困った様な顔をして言った。
「一緒にアルフレッド様の妻になるというのは良い案だと思ったのだけどな。
でもアニーに離れては欲しくないから、それならクラッドリングさんか、ブマーでも良いかもしれないわ。
あの2人もエーレアさんのグループを妻にしているし、アルフレッド様の腹心だから離れることはないだろうから、それならどうかしら」
私はなんだかシルヴィ様の積極的な薦めに流されてというか、あまりに慌ててパニクっていたからか、勢いで言ってしまった。
「はい、それならば」と。
「それじゃあ、まずはエーレアさんたちに話をしてみるから、ちょっと待っててね」
シルヴィ様がそう言って、私のもとを離れて、私はやっとホッとして息を吐いた。
次の瞬間、私はとんでもないことを言ってしまった様な気がしたが、後の祭りだった。
その翌々日、エーレルさんが私の所にやって来た。
なんだろうと思ったら、私にクラッドリングさんの妻にならないかと薦めに来たのだった。
クラッドリングさんは妻が2人なので、アルフレッド様やブマーさんより少なくて、問題があるからだそうだ。
その理由はともかくとして、エーレルさんがその後語ってくれたクラッドリングさんの魅力がとても、言い方はどうかと思うが面白かった。
厳格な厳しい人というイメージのあるクラッドリングさんなのだが、エーレルさんが語るクラッドリングさんは、少年のように可愛らしく、純粋なのだ。
私は、シルヴィ様のお祖父様に助けられたからだろうか、どちらかというと年上の男性に惹かれてしまうところがあるのを自覚してはいたのだが、エーレルさんの話を聞いて、クラッドリングさんは年上の魅力もある上に、少年の様な魅力もあるなあと感じていた。
するとその翌日には、今度は人間の妻であるダフネさんがやって来て、クラッドリングさんの若い時のことなどを話してくれた。
ダフネさんは、同じ騎士仲間の家の娘さんだったので、若い頃からクラッドリングさんを知っているのだという。
私はちょっと不躾かとも思ったのだけど、ダフネさんに聞いてみた。
「同じ人をラミアの方と共に夫とするのは、他種族ですからそういうものかと割り切ることができるのではないかと思うのですが、同じ人間である私も妻の1人となっても構わないのですか?」と。
ダフネさんは笑って答えてくれた。
「アニーさんもシルヴィさんから聞いているでしょ。
ラミアの人と一緒に妻になっていると、夫は妻たちをみな平等に扱ってくれるって。
ラミアはそこがとても厳格らしくて、そうしないことを許さないらしいのよ。
クラッドさんも、そこは当然同じよ。
だから私は全く心配していないの」
そして急に真顔になって付け加えた。
「それにこれも知っていると思うけど、平等なのは当然愛してくれるのも平等だわ。
ラミアって人間と違って、男の精も栄養としているでしょ、だからきちんと夫には精を出させようとするのよ。
つまりラミアと同じだけ、もっとあけすけに言ってしまうと、私はエーレルと同じだけ同じ回数、クラッドさんに愛されたり愛したりするの。
人間の私にとっては、それは嬉しいことではあるのだけど、ちょっと大変だったりするのよね。
だからアニーさんが妻になってくれると、その意味でも私は嬉しいのよ」
なるほど自分には関係のないことだから、今まで深く考えたことがなかったけど、ラミアと共に夫を共有していると、そういう問題も出てくるのだと初めて知った。
こうして私は、なんだか意識をした時から急速にクラッドリングさんに惹かれもし、他の2人の妻からも歓迎されていることが分かって、安心してクラッドリングさんの3人目の妻となった。
まあ、3人目の妻になったと言っても、夜はクラッドリングさんとエーレルさん、そしてダフネさんと4人一緒の部屋で過ごすことになったのと、クラッドリングさんに愛してもらえるようになったことを除けば、生活に違いはない。
夜一緒の部屋に寝ることは、シルヴィ様で知っていたから、改めて驚くことではなかったし、まあ、慣れるまでちょっと恥ずかしくはあったけど。
私が本当に恥ずかしかったのは、私がクラッドリングさんの妻の1人となったことを知った、クラッドリングさんの弟のキースリングさんが心底驚かれてしまって、その理由を知った時だった。
ラミアを複数人妻にしているキースリングさんたちでも、人間の妻はみんな1人だけで、複数の人間の妻を持つ者はいないとのことだった。
なんでも本来は人間の男1人に対して、人間の妻1人に、ラミアの妻2人というのが基本だったらしい。
キースリングさんたちがラミアの妻をもっと多数受け入れているのは、彼らがラミアを妻にする時にはまだ人間との友好が、この前大きな禍を引き起こしたフロードのせいでおかしくなっている時期だったのと、ラミアがこのままでは絶滅してしまうかもしれないという特別な状況だったかららしい。
クラッドリングさんとキースリングさんは、お義母さんになんと言って伝えようかと頭を悩ませていたみたいだけど、ううっ、私はどんな顔をしてお会いしたら良いのだろうか。
私はそういった慣習だったなんて知らなかったんです。
ダフネさんも知らなかった様だけど、エーレルさんたちはラミアなのに、今まであまりそういう例がなかったから忘れていたらしい。
うーん、恥ずかしい、どうしよう、困った。
でも、今、幸せです。