弓を射る
今回はヤーレアの1人、ヤーレオの独り言です。
私たちヤーレアは今では農業に特化したグループと言われている。
ターリアたちは木に特化したグループと言われていて、時々上位の人に揶揄われて、特化してる双璧なんて言われる。
双璧も何も、特化していると言われるグループは私たちヤーレアとターリアしかないのだから、冗談以外の何でもないのだけど。
私は最初のゴブとの戦いの時、急に戦いの予備戦力として、その戦いがどれほどギリギリで、上位の方々が悲壮な覚悟して臨んでいたかなんて考えもせず、ただ言われたままに参加した。
その時私はこれという理由もなく、ミーリア様の指示に従って合図の太鼓を叩く係だった。
私たちヤーレアは、戦いが始まる前に予備の食料を各グループに持って行く役があったから、一番最後までバタバタしていた。
私は合図のための太鼓と鉦を叩く係になったので、戦いが始まる前も他のヤーレアのメンバーに比べると、最初から本隊のことを見ていることになった。
本隊はラーリア様、ラリオ様、ラーリル様、それにミーリア様以下のミーリア、そしてナーリアたちが居た。
私は任された役目上ミーリア様の近くに居なければならなかったのだけど、途中から指揮を引き継ぐ予定のミーリア様はとてもピリピリしていて、近くにいるのが怖かった。
その点、最初に指揮をするラーリア様は落ち着いていて、いつもと変わらない様子に見えて、やっぱりさすがだなぁ、なんて不敬にも考えたりしていた。
でもとにかく、上位の人は私たちとは違い過ぎて、なんていうか見ていづらい。
それでナーリアたちを見ている時間が増えてしまった。
ナーリアたちは私たちとは違い、私たち姉妹グループの中で唯一初めから戦いに直接参加することが決まっていた。
そのためだろうけどナーリアたちの緊張感は凄くて、それを見ると逆に落ち着けたからだった。
ナーリアたちだけが戦いに唯一参加することになった理由を、私はその当時ナーリアたちだけが体が何故か大きくなっていたからだと思っていた。
すぐにそれだけが理由じゃないことを知ったのだけど、戦いの前にナーリアたちが酷く緊張していた理由が、単純に戦いに実際に加わることだけでなかったことを知った時には、物凄く驚いた。
まさか戦いの作戦や、指揮の仕方なんかまでがナーリアたちの考えたことだとは思いもしなかった。
そして戦いが始まると、私はそれまではラーリア様たちやミーリア様たちから目を逸らすためにナーリアたちを見ていたのに、それより後は目を逸らすことが出来なかった。
私はナーリアたちは、足りない人手を補うためだけに実戦に投入されるのだと思っていたのに、実際はナーリアたちこそがその時の戦いの主役だったのだ。
ミーリア様はその立場上、戦域を一番良く見渡せる場所に立っていた訳だが、私はその側にいたので、ナーリアたちの放つ矢の攻撃がどれだけの戦果を上げていたのかを、驚きを通り越して、呆れた思いで見ていたのだ。
その後、矢を全てナーリアたちは放ち終わり、ラーリア様たち、ミーリア様を除くミーリアと近接戦闘に突入し、その時にナーリアたちがミーリア様を守る体勢を命じられもせずにとったのに目を覚まされ、サーブが大怪我をした時からのアレクを見て、アレクの本当の姿に畏敬を感じたりした。
その後のミーリア様の怖さは、もちろん私たちも怖かったのだけど、それよりもミーリア様の命令を出すための苦しみみたいなモノを間近に見ていて、私にはその姿の方が怖かった。
これは私たちヤーレアだけが、それを目撃して、他には口にしない本音だ。
正直に言えば、ナーリアが指揮官になっているのを、私たちヤーレアは可哀想に思っている。
あのミーリア様の苦悩と葛藤を見た私たちは、とてもじゃないけど指揮官をしたくないと思ってしまったのだ。
そんな風に色々あった最初のゴブとの戦闘だったのだけど、それで感じたこと、また終わってから考えたことは本当にたくさんある。
それまでと私たちは日々の暮らし方から考え方、何から何まで変わってしまったような気がする。
そんな中で、私が一番思ったのは、そして願ったのは、私も弓を射たい、ということだ。
次々とゴブを倒していったナーリアたちの姿が、私の目に焼きついてしまって、あの時からずっと常に頭の一部にはそのことがあるのだ。
私もナーリアたちと同じように弓が上手になりたい。
その思いがどうにも抑えられないのだ。
私は、自分たちもすぐに弓の練習が始まるのだと、最初考えていた。
あの戦いをした後は、絶対にこれからは、ラミアは弓矢を主力とした戦いをすることになると思った。
だとしたらナーリアたちがその主力になったのだったら、私たちも同じ訓練を科せられると思ってウキウキしていたのだ。
でも、とってもガッカリしたのだけど、そんなことにはならなかった。
私たちは後から知ったのだけど、ナーリアたちが使った弓は特別だったし、弓の射方もそれまでのラミアのやり方とは違っていたからだ。
弓が特別製だったことに、私はディフィーの弓以外は気がついていなかった。
それを教えられた後でナーリアたちの弓を見てみると、何故気がつかなかったのだろうと思うほど、自分たちが使っている弓とは違っていた。
それだけではなくて、矢も全く別物だった。
それ以上に私たちが弓の練習を出来ない理由があることも教えられた。
弓の射方が違うため、ナーリアたちが付けている特別な防具がないとダメだということだった。
でもその防具を作るのに、まずは作る材料がなかった。
次に材料となる鹿を獲っても、まずは上位のアーリア・アーレア・アーロアの装備に回さねばならなくて、私たちにまではなかなか回らなかった。
そしてそれ以上に、私たちはもうすぐにでも脱皮をするだろう時期に来ていて、(それはそうだろう、ナーリアたちはもう脱皮しているのだから)、終わって体が大きくなってからでないとダメだったのだ。
すぐに弓の練習が始まらないことを残念には思ったけど、予想された通り私たち姉妹は次々と脱皮して体が大きくなった。
これで防具が作れると思ったのだけど、材料となる皮はまだ上位の人の分にも全く足りてなくて、なかなか始まらなかった。
そしてそうこうしているうちに、アレクは今までとは全く違う弓を、エーレアを除く私たち姉妹グループに提案してきた、と言うより私たちの姉妹たちはアレクの見せた新型の弓、クロスボウにすぐに飛びついた。
確かにクロスボウはすぐに使えるようになるし、ゴブとの戦いのためには有効な武器だと私も思った。
みんなもすぐにクロスボウに夢中になって、その練習をして、ナーリア・セカン・ディフィーはすぐにクロスボウを戦いで使う時の運用法の練習をさせるようになった。
そして私たちは、クロスボウを使って実戦に出ることになり、戦果をあげることも出来たし、実戦でも戦果をあげれたことから、私たちが中心になって若い子たちも含めたクロスボウを主武器とする部隊編成も本格的に考えられるようになったりもした。
ラミアのこれからを考えた戦力として、それは正しいし、進めていかなければならないことだと、私も思うのだけど、私は1人悶々としていた。
どうしてかというと、私は普通の弓を射ちたいのだ。
私が戦いの時に理想にする姿は、クロスボウを射る姿ではなく、ナーリアたちのように普通の弓を射る姿なのだ。
仕方がないと納得はしているのだが、どんどんその理想から自分が離れていくのが、私は何だかとても悲しかった。
私はまだ戦いのための訓練がゴブの来襲以前の状態に戻らずに、頻繁に厳しく行われている今は、きっと私たちはクロスボウの訓練が優先されて、私たちが普通の弓の練習をすることはないと思って諦めていた。
ところが全く戦いとは全く違う必要から、私たちも弓の練習をすることになった。
ナーリアを含めた上位が、ラーリアとミーレナさんを除く全員が子供を作ったので、狩りをする者がほとんどいなくなってしまったのだ。
最初は男たちが狩りを幾らかしていたが、それぞれに受け持つ仕事が、上位が手伝うことが出来なくなったこともあり、あまりに忙しくて手が全く回らない。
そしてただ食用にする肉が不足するだけでなく、私たちがまた脱皮の時を迎え、体が大きくなり、私たち用に開発されたある程度体型に左右されずに調整ができる防具でも、その調整可能範囲を超えてしまい、防具を新調する必要が緊急に出てきたりもした。
そこで私たち姉妹グループが狩りをする必要が出てきたのだ。
最初に普通の弓の練習をするといっても、私たちは弓もなければ防具もない。
私たちはクロスボウと長槍に特化した部隊として訓練していたため、使うことが出来る普通の弓さえ持っていなかったのだ、そしてもちろん防具ももう自分たちの物は身体に合わず、自分たちが使っていた防具は若い子たちに渡してしまっている。
若い子たちには私たちが使っていた防具はまだ大きいのだが、クロスボウを射るには防具がそんなに身体にフィットしていなくても大丈夫だから、そのまま調整して使うことになっている。
私たちが使っていた防具全部を合わせても、数は若い子たちの半分でしかないから、身体の大きい子に優先して使わせることになった。
まだ若い子たちの分の防具にまで手が回っていないのだ。
弓はナーリアたちの弓を借りることになった。
ナーリアたちは、ナーリアとレンスを除くと弓を2張づつ持っている。 普通に使う弓と、軽馬車上で使う弓だ。
ナーリアは指揮官なので軽馬車から弓を射ることはないだろうという理由で、馬車を走らせながら射る為の、普通より小型の弓は持っていない。
レンスは元々が速射用の他より小型の弓を使っていたので、わざわざ別に作る必要がなかったのだ。
私とヤーレアはサーブの姉妹だから、サーブの弓を借りようとした。
脱皮を終えたから私たちも身体の大きさはサーブに追いついて、体格的にはほとんど変わらなかったので、サーブの2張の弓を私とヤーレアで使えば良いと思ったのだ。
「うーん、弓を貸すのは全く構わないのだが、馬車で使う方はいけると思うけど、普通の方はどうかな?」
サーブにちょっと否定的な感じで言われて、私とヤーレアは少しだけ腹立たしい気分でサーブから弓を受け取った。
試しに弓を引いてみようとして驚いた。
私もヤーレアも、サーブの普通の弓は張りが強過ぎて引くことが出来なかった。
「ああ、やっぱりか。
私たちナーリアは、ずっと普通の弓を使い続けているから、使っているうちに段々と張りの強さが上がっていったんだ。
お前たちはクロスボウだったから、普通の弓を引く筋肉は鍛えられていないから、姉妹とはいっても無理じゃないかと思ったんだ。
ま、私がラーリア様やアレクたち男たちの弓を引こうとしても引けないのと同じことだな」
結局私がサーブの馬車の上で使う弓を借りて、ヤーレアはナーリアの弓を借りることとなった。
ヤーレドが実の姉妹のナーリアの弓を借りれなくて怒るかと思ったら、ヤーレドもナーリアの弓が引けなかったのだ。
それでヤーレドがセカンの普通の弓となったのだが、セカンは速射もこなすので速射できるようにナーリアの弓より張りの強さを抑えてあるらしい。
セカンの姉妹であるヤーレファとヤーレルは、ヤーレファがセカンの馬車上の弓、ヤーレルがディフィーの馬車上の弓を使うことになった。
ディフィーの普通の弓は特殊なのは誰でも即座に気がつくけど、実はレンスの弓も速射専用にかなり細かいところが専用に作られていて使い方にコツが要りそうな感じだったからだ。
ちなみに私はちょっとだけ安心したのだけど、私とヤーレア以外の実の姉妹、つまりターリドとワーリオだけど、その2人もサーブの普通の弓は引くことが出来ず、私と同様に馬車上用を使うことになった。
ディフィーの姉妹のターリルとワーリルは2人ともディフィーの特殊な方の弓を使うことにしたのだが、ディフィーは
「貸すけどさ、2人とも丁寧に扱って絶対に壊さないでよ。
この弓はアレクが私に特別に作ってくれた物なのだからね」
と、渋々貸すという感じだった。
ターリルとワーリルも、ディフィーと同じように今回脱皮したら、子供の時のような小柄という体格ではなくなっている。
ディフィーもだけど、母親は小さい人だったらしいから、きっと父親の遺伝が上手く出たのだろう。
ディフィーの馬車上用の弓は、身体が大きくなってから作った物だからか、セカンの物と大差はない。
それでもターリルとワーリルが特殊な方を選んでいるのは、やはり今まで一番力がなくて弱い弓しか子供の時に引けなかった反動だろう。
私たちサーブの姉妹がサーブの普通の弓が引けない今は、ディフィーの特殊な弓を使うと一番強力な矢を放つことが出来るのだ。
そしてちょっと特殊なのがワリファだ。
ワリファはセカンの姉妹だが、レンスの弓を使うことにして、レンスに速射を教わることにしたのだ。
レンスは自分の弓だけ使われないのを、なんとなく寂しく思っていたようで、ディフィーとは逆に喜んで、ワリファに速射を教えている。
とにかく私たち3グループは普通の弓の練習が嬉しくて、暇な時間が少しでもできれば、すぐにその時間を弓の練習に当てた。
私たちヤーレアは、戦場でのナーリアたちの活躍を間近に見たからだろうけど、特に熱心に弓の練習に励んだ。
その中でも私が一番であることに、私は自信がある。
それだけ練習に励めば、的も補修が必要になるし、矢もだんだんダメになる。
私はそれで、的の補修の仕方も覚えたし、矢作りも覚えた。
矢の狂いを修正するのは、教わって覚えはしたのだけど、私は下手で最後はレンスに直してもらったけど。
とにかく今の私は、普通の弓の練習を重ねて、サーブの普通の弓を射てるようになることが目標だ。
そしてこれは密かに私が心の中だけで思っていることだけど、サーブの普通の弓を超えて、サーブも使えないというアレクの弓を引けるようになるのが、私の大きな秘密の目標だ。
姉妹なのに私はサーブに色々と負けてばかりいるから、弓で上回って、ちょっとだけびっくりさせたいのだ。