まだまだな私たち
今話は本編に入れようかと迷った話です。
本編の筋に直接的ではありませんが、その背景をかなり含む話となっています。
ちょっとサイド・ストーリーという括りからは逸脱しているかも知れません。
今現在の私たちは、ラミアの里に居るよりも、圧倒的に人間の中にいる時間の方が長い。
それは私たちが、アルフさん、クラッドさん、ブマーという、この地の重要な人間の妻になっていて、何となくその副官というか秘書というか、3人の補佐を常にする立場になっているからだ。
私たちがいなければ、3人は今現在の仕事をきちんとこなすことは出来ないだろう、だから私たちは3人に常に付いていなければいけない。
そう思って私たちは、ラミアの里にもほとんど戻ることなく、常に3人に付き従っていた。
アルフさん、クラッドさん、ブマーの3人も、もちろん私たちを認めてくれて大事に扱ってくれているけれど、それ以上に私たちが嬉しく、また頑張らねばと思わせてくれるのは、彼らの部下たちだ。
彼らの部下たちは、私たちがラミアであるにも関わらず、私たちを彼らの副官として認めてくれて、私たちに報告し、私たちの指示に従ってくれる。
私たちは、その部下たちの期待に応えたいし、応えねばならないと頑張ってきたのだ。
私たちはそれだから、3人の下に集まる情報は、私たちも全て知っていなければならない、副官の仕事を務めるにはそれは必要な事だと考えていた。
だから、3人が出席する場所は、そこでの発言権があるかどうかは別にして、常に同席が許されるものだと思っていた。
その私たちの増長した自負というか勘違いを、ラーリア様にあっさりと一言で潰された。
「今回集まった顔ぶれを見てみろ」
私たちはあっさりと部屋から追い出された。
私たちは自分たちの夫である3人の出席する場所には、同席出来るものだと思い込んでいたから、あっさり締め出されたことに、少し茫然とした気分を味わった。
そして、私たちが締め出されたことに、出席していた人たちは誰も驚いたり、疑問を感じた様子がなかったし、夫たちもそれに全く異議を表さなかった。
私たちはそのことにちょっとショックを感じた。
「でもさ、確かにあの場にラミアはラーリア様とラーリド様の2人しか居なかったよ」
エーレファのその言葉にエーレルが
「そりゃ今は、ミーリア様もナーリアたちも出産直後だったり間際だったりで、今回参加は無理だからじゃない」
と、現実的な説明をした。
「ハーピーはエルシム様とイルヒム様、それにいつもの3人組」
「エルシム様とイルヒム様はハーピーの代表として当然。
いつもの3人組は、今後の連絡を考えると、秘密にすると面倒が大きいからね」
エレオとエレドがハーピーの参加者を挙げた。
「人間は、ストームさんは今回の集まりの当事者だし、カーライルさんがいるのも当然。
デイヴはアルフさんに準じる立場だし、キースはブマーと同じ立場。
いや、ブマーよりは上かな」
「アレクは言うまでもないわね、別格的存在だし、それにアレクが参加すれば内容はナーリアたちに必要なら全て伝わる」
私の言葉にエーレファがダメ押しのように付け加えた。
「確かにラーリア様が言う通り、『顔ぶれを見てみろ』ね。
私たちより、みんなずっと上の立場だわ、考えてみれば」
「カーライルさんだって、ストームさんだって、副官という立場の人はいるだろうし、それはきっとエルシム様とイルヒム様も一緒よ。
ラーリア様の副官と言えるのはミーリア様だし、ラーリド様ならミーリド様よね。
みんな副官を連れていないわ。
私たちが副官のような者だからといって、参加できる場では当然なかったのよ」
「私たちのラミアとしての立場で考えたら、私たちはナーリアグループの下だわ。
ナーリアたち、ナーリアの上が参加していないのに、特別な理由もなく、ラミアとして参加できるはずもない」
「そこはやはり、ラミアの里から参加しているといっても、デイヴ、キース、アレクは全く立場が違うよね、当然だけど」
私たちは少し冷静になって話し合ってみると、今回参加できないのは当然であって、私たちも一緒に参加できると思い込んでいた自分たちの思い上がりが、だんだん恥ずかしくなってきたのだった。
今回の集まりが終わり、私たち全員が砦に戻っても、今回の集まりで話された内容は、アルフさんが王都からも正式に新たな領主として認められ、伯爵を襲爵したという事以外は何も私たちには知らされなかった。
アルフさんの人間の妻であるシルヴィさんが中心になって、アルフさんに祝いの言葉をみんなで述べたのだけど、アルフさんはちょっと複雑な顔をして、本当に簡単に
「うん、ありがとう」
と、応えただけだった。
それでもその話が砦の中に伝わって歓声が上がると、今度はアルフさんもちょっと嬉しそうな顔をして、手を振って応えていた。
戻って少しすると、シルヴィさんのところに実家の兄からだという手紙が届いた。
その手紙が届いてから数日、シルヴィさんは沈んだ調子だったのだが、ある日の朝食後、私たちがテーブルを離れようとする直前にアルフさんに唐突に言った。
「アルフレッド様、みなさんがいらっしゃるこの場で、お聞きしたいのですが、今、時間をとっていただいて構いませんでしょうか?」
私たちにとっては唐突で驚いたのだが、アルフさん、クラッドさん、ブマーにとっては予測していたことのようで落ち着いていた。
最近砦では、食事の時にアルフさんたちの部下の誰かしらも同席することがかなりある。
何らかの報告などに来た部下たちをそのまま一緒の食事に誘い、そのまま雑談を食事と共にするのだ。
意外と公式の報告では判らない事柄が知れたり、砦の中の色々なことが知れて、それがとても有意義だったりする。
砦に居るのは、その軍務に当たる兵たちとその家族などが主で、人数もそんなに多くはないのだが、それでも常に少なくとも百名を超える人が生活しているから、何らかの様々な大小の問題は出て来る。
食事を部下と一緒にとり雑談をするのは、そういった問題を把握する良い機会にもなっていたりするのだ。
この日の朝食には、部下たちは誰も一緒してはいなくて、シルヴィさんはその機会を待っていたようだ。
「うん、構わないよ。 何だい?」
シルヴィさんはとても真剣な様子なのだが、アルフさんはとても軽い調子で答えた。
「アルフレッド様たちもお聞き及びだと思います。
こうなったからには、アルフレッド様は優しいですから、私を処刑されるということはされないのではないかと思います。
だとすると、私はここからどこかに行かねばならないと思うのですが、私も今更実家になど帰りたいとは思いません。
お手を煩わせてしまうのですが、どこか私の行先を決めていただきたいのですが」
シルヴィさんは、しょぼんと俯いて肩を落としている、侍女のアニーさんにも声を掛けた。
「アニー、ごめんね。
あなたはここで本当に楽しそうに働いているのに、こんなことになっちゃって」
「いいえ、奥様。 私に、そんな謝ったりしないでください。
奥様が何か悪いことをしたからではないのですし、私だけじゃなくて、奥様もここでの生活を今までよりずっと幸せに感じていたのを、私は知っています。
ここでの生活を失う悲しみは、私以上に奥様も大きいことを私は分かっています。
奥様、大丈夫です、私はずっと奥様に付いて行きますから」
私は本当に驚いてしまった。
シルヴィさんとアニーさんは、とても悲壮な覚悟でこの話をしている。
訳の解らない私たちは、その場で身を固くして、成り行きを見守ることしか出来ない。
アルフさんは、急に重苦しくなった雰囲気の中で、さっきと全く同じ気楽な調子で、でも断固とした口調で言った。
「ああ、シルヴィの言いたいことは理解している。
でも、僕は今の生活を変えるつもりは全くない。
これからも今までと同じ。
この件はこれで完全にお終い」
アルフさんは、そう言うと席を立ち、スタスタと食堂を出て行ってしまった。
クラッドさんとブマーもアルフさんに続いて、そのまま食堂を出て行ってしまった。
それは、アルフさんの「これで完全にお終い」という言葉に従って、この事に関しては自分たちも何も話さないぞと宣言しているようだった。
シルヴィさんは、「アルフレッド様・・・」と呟くように言って、反射的に立ち上がりはしたのだが、そのままの姿勢で涙を流し始めた。
するとそのシルヴィさんに、自分の席から飛ぶように駆けつけたアニーさんが抱きついた。
2人は抱き合ったまま、声をあげて泣き出した。
私はシルヴィさんの、本当に裸の心を初めて見たと思った。
それにしても私たちラミアの5人は、今起こったことの意味が全く分からないでいた。
この場には、他にはクラッドさんとブマーの人間の妻もいるのだが、チラッと見てみると、私たちよりは事情が分かっている雰囲気があるのだが、クラッドさんとブマーが去って行った時の感じから、きっと彼女たちも何も話してくれないだろうと感じた。
きっと私たちが遠ざけられた話し合いにも関連しているのだろう、と何となく思ったのだけど、どう関係するのかは少しも分からない。
私たちはやっぱりまだまだなんだと思う。
私たちよりも情報に疎いはずの人間の妻たちが、何かを察したようなのに私たちが何も分からないのは、ラミアである私たちには欠けている何かがあるからだと思った。
「ナーリアたちに聞けば、少しは何か分かるかも知れないわ。
きっとアレクから話を聞いているだろうから、箝口令が敷かれていないことだったら話してくれるはず。
箝口令が敷かれていても、何かヒントくらいは教えてくれるかも知れない」
エレオがそう言うと、エーレルが言った。
「そろそろアレクに頼んでおいた馬車も出来ているんじゃない。
馬車を取りに行くことを口実にして、一度ラミアの里に戻ろう」
「その為には、私たちがもらった馬を、もう少し慣らさないと。
私たちに、というより、ラミアに馬が慣れてないと、連れていけないわ」
エーレファの指摘に、私たちは自分たち用になった馬と、それから触れ合う時間を長くして、慣らしていった。
馬は、アルフさんたちの馬や、馬車に繋いでいた馬は私たちに慣れているので、それがある程度の安心感を与えたのか、割とすぐに私たちラミアに慣れた。