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私の夫の妻たちは

 私がボブの妻になると、驚くことばかりだ。

 そもそもボブが1年近くも消息が分からず、生まれた時から結婚相手と決まっていたような私だったけど、「もう他に相手を探さねばならないか」なんて言われるようにな時になって、急にボブが生きていることが知られた。

 それから、まさか領主様の肝煎りでボブと結婚することになるとは思いもしてなく、まずそれに驚いたが、ボブがその時もうすでにラミアの妻を4人も持っていたことにはもっと驚いた。


 ボブがすでに私以外に4人もの妻を持っていたことは、ショックではあったのだけど、それがラミアということで、私はどう考えて良いのか分からなかった。

 領主様が直々にそのことを私に告げて説明してくれたのだが、きっと私1人でその説明を受けたのだったら、領主様の前でも大きく取り乱してしまったのではないかと思う。

 でも、その場には私以外にも同じ立場の女が何人もいたので、その人たちみんなが私と同じ気持ちなのが自然に分かったので、なんとか私も含めて女たちは冷静でいられたと思う。


 その場に集められた女は、私のような普通の庶民だけでなく、お姫様みたいな人もいた。

 集められた女たちが、私と同じような立場なのは、領主様の説明を一緒に聞いた時に分かったが、領主様の息子の妻になる人が含まれていたり、ある土地の有力者の妻になる人がいたり、私でも知っている大きなお店の息子の妻がいたりと、私たちは自己紹介してみると、私にとっては全く関わることがなかった、普通ならこれからも関わることが絶対にないような人たちも含まれていることにも驚いた。


 「ボブは狩人学校に入っていたのよね。

  なんでこんな人に知り合うようになことになっているの」

 私はその人たちに狼狽えたのだけど、それは私のような他の庶民の女は一緒のようだ。


 だけど私たちは、みんなこれから、恐ろしいと聞かされてきたラミアの里に行かねばならない同士ということもあり、それぞれのそれまでの立場に関係なく、急速に打ち解けた。

 そう、元から結婚するはずだったボブと、一度諦めかけたのに結婚できることは嬉しい気がしたのだが、私はそれ以上にラミアの里に行かねばならないことが不安だったのだが、それもみんな同じようなものだったからだ。


 先行していたたエリーゼ様とマリアンヌさんからの連絡で、ラミアの里は本当に怖い場所ではないと私たちはまあ信じられたのだけど、それでも実際にラミアの里に来てみるまで、その不安感は拭えなかった。

 それに自分の他にラミアの妻が複数いるという生活に馴染めるかも不安だったのだけど、異種族だからだろうか、自分でも驚くほどその状況にあっさり慣れてしまった。


 「ラミアって聞くと、領主様から説明されてもやっぱり身構えちゃう部分があったのだけど、実際ラミアの里で暮らしてみると、本当にただ足が尻尾なだけの普通の人たちだったね」

 私と一緒にラミアの里に来た女たちは、みんな同じ様に感じたみたいだ。



 私がラミアと一緒に暮らすということに、問題を感じなくなったというか、そこは別に問題ではないことに気づくというか、とにかくラミアというだけに身構えてしまっていた部分が無くなってきたら、逆に色々と驚くことに気がついてしまった。

 まず私が驚いたのが、ボブが作った剣のあまりの以前との違いだ。


 ボブが元々暮らしていた鍛冶の村で、たまに打たせてもらって作っていた剣は、とても品のある美しい剣だった。

 ボブの父や祖父に負けない美しい剣を作ることが、ボブの目標だった。

 ボブは自分なりに努力して、そういう剣を打っていたのだが、その父や祖父には全く評価されず、父には作って見せた側から叩き折られるという結果だった。

 私はボブが狩人学校に行ったのは、本当のことを言えばそんなボブのお父さんのせいだと、ボブが行方不明だった時には恨んでいたのだ。

 私には、ボブはもちろん腕はまだまだなのだろうけど、十分に価値のある美しい剣を打っていたように見えていたのだ。


 私がボブの妻としてラミアの里に来る時に私は、「弟子をなるべく早く受け容れられるように、お前も努力しろ」と命じられていた。

 自分がラミアの里に行くことに頭を占められていた中で、それは一時ラミアを忘れる驚きだった。

 「えっ、ボブのお兄さん2人はボブよりもずっと優秀だと言われていたのに、それでもまだ弟子が持てる立場になってないよ。

  それなのにボブのところには弟子になる子を送るから、その準備をして世話をしろと命じられてるの?」


 私には作った剣を叩き折られているイメージしかないので、そのボブが弟子を引き受けるというのは、全く考えられなかったのだ。


 私はラミアたちと少し親しくなると、彼女たちの武器を見せてもらった。

 みんなボブが作った武器を使っていて、とても大事にしている。

 でもそれらはみんな、私にはボブが打ったとは思えない無骨な実用本位のモノだった。

 ボブが元の村に居た時に打っていたモノとは、全くの別物だった。



 それから私が気がついてから大きく狼狽えたのは、私と同じボブの妻たちは、みんなとても偉い人だったことだ。

 すでにボブの子供を産んでいるラーリア様は、ラミアの長だし、家の外ではミーリア様の前では他のラミアが緊張から固まってしまっているのをよく見る。

 徐々にラミアの社会のことが分かってきたら、ボブはとんでもないラミアたちをその妻にしていることが段々に分かってきた。


 最初のうちは何も分からず、名前を呼ぶ時にはボブに倣ってみんな「様」を付けて呼んでいたけど、その他はみんな自分より年上という意識はあったけど、それ以外は普通に接していた。

 でも、だんだん分かってきたら、どう接して良いか、本当に分からなくなってきた。


 「何も気にすることないよ。

  家ではただ単に、同じボブの妻なんだから」

 「そうそう、家ではミーリア様なんて圧倒的なポンコツなんだから」


 どう接して良いか困ってギクシャクしている私を気遣って、アレア様とロア様がそう言って下さった。


 「でもまあ、気を遣わないで、完全に同じに考えられるかというと、やはり私たちもそうはいかないのだけど」

 「そりゃラーリア様とミーリア様ですからねぇ。

  流石にいくら家の中でも、やはり少しは気を使っちゃうのは仕方ない」

 「ま、つまり、あの2人に少し気を遣ってしまうのは仕方ないけど、私たち2人に気を遣う必要は全くないということ」

 「ぶっちゃけ、気を遣わなければならないあの2人に、私たちは3人で同盟して対抗しようということよ」


 アレア様は普通に、困っている私を励ましてくれているみたいだったが、ロア様は少し話がズレていったようだ。

 ロア様は好き放題しているように私には見えていたのだけど、実はかなり気を遣っているのかな。

 でも2人が私のことを気にかけてくれていることが分かって、何だか嬉しかった。

 しかし、ラミアの里での生活に慣れるに従って、ラミアの色々なことを知ることになり、それに伴って余計にラーリア様とミーリア様がラミアの里でどれだけ重要なポジションにあるのかを深く知るようになったし、それだけじゃなくて、「自分たちには全く気を使う必要がない」と言ってくれたアレア様とロア様も、特別なポジションにあることにも気がついて、何だか凄い人たちと同じ妻の立場になっていることに驚いた。


 そして、ボブがそういうラミアたちを妻にしているに相応しく、ラミアの里の男たちのリーダーであったことに、甘々の三男坊だと思っていた私はとても驚くと共に、なんていうか誇らしくて仕方なかった。

 もちろんラミアは何か特別な公的な時以外は、とてもそれぞれが平等な立場で、それは夜の順番なんかにもきっちりと反映されるので、実感として感じるのだけど、それでも何かの時には、私と一緒に暮らす者はみんなそれぞれに重要視される人たちなのだと思うと、何だか自分のことのように嬉しい気がした。



 私たちがラミアの里に来てからも、ゴブとの戦いなどもあって、男たちが全員正気を失って戻って来るなんていう衝撃的な事件も起こったけど、でもそれを乗り越えて、私たちの家と鍛冶場もきちんと出来て、私たちの村からボブの弟子もやって来て、私も妊娠することが出来て、それをとても喜ばれて、私の出産時期に合わせてミーリア様と、アレア様、ロア様も妊娠して、なんていうか私だけでなく3人も妊娠しているから、日々の戦闘訓練はちょっと自分たちとは関係のない世界になっていて、穏やかな気分で過ごしていた。


 ラミアは人間よりも火に弱いから、ラミアたちはボブの仕事である鍛冶はほとんど手伝えない。

 それでも鍛冶の仕事は火を使う仕事だけでなく、出来上がったモノを研いだり、磨いたりなどの作業もある。

 こちらはラミアでも火を使わないので出来る作業なので、私もそういった作業は前からやっていて慣れているので、4人に教えたりもして手伝って、楽しく暮らしていた。

 4人はボブの仕事を手伝えることがとても嬉しいらしくて、とても熱心に作業をする。

 3人は、その作業をすぐに覚えて、私と遜色ない作業をしてくれて、生産性が上がりもした。

 除外されたのは当然ながらミーリア様で、ミーリア様が手伝うと逆に生産性が落ちる状態だ。 気持ちは十分にあるのだけどね。


 ラーリア様とボブが戦闘訓練に出ていて、残りの私たちと弟子の6人で、そういった作業をする時間が最近は結構ある。

 ラーリア様とボブの間に出来た子のシャイナをはじめとする子供たちも、最近はかなり大きくなったので、戦闘訓練の間は集められて、メリーを中心とした子供たちに遊んでもらっているのだ。

 それで私たちは仕事に集中することが出来る訳だ。

 

 いつもはミーリア様のヘマというか失敗をロア様が突っ込むのだが、最近はアレア様がミーリア様に突っ込むことも増えて来た。

 前に槍の装飾を黒くしてしまい、それをアレア様が磨いて直して以来、そういうことが多くなった気がする。

 弟子2人は、そんな光景を何だか見て見ぬふりをしてたりするのだが、私はそんな光景が楽しくて仕方なくて、笑っていたのだが、そんな私たちのところに急を知らせる者があった。 アレア様、ロア様と仲が良いアレオ様だった。


 アレオ様は、仲の良い2人を完全に無視して、直立不動の姿勢でミーリア様に話をしようとした。


 「アレオ、ちょっと待て。

  お前が今から話す内容は、ここに居る者は誰でも聞いて良い話なのか?」

 「あっ、すみません。 ちょっと判断に迷います」

 「それじゃあ、とりあえず少し離れて、まず私にだけ話せ」


 ミーリア様は私たちから少し離れて、一言二言アレオ様に話を聞くと、私たちを振り返って、

 「アレア、ロア、お前たちも話を聞け!」

 「「はいっ!!」」


 ミーリア様の雰囲気はそれまでとは全く異なり、とても厳しいモノだった。

 それまでミーリア様を怒ったり揶揄っていたアレア様とロア様だが、無駄な言葉など言えるはずもなく、即座にミーリア様の下に走った。

 氷のミーリア、噂には聞いていたが指揮官モードのミーリア様を私は初めて目の当たりにした。

 私と弟子たちは反射的に立ち上がっていたのだが、完全にそのまま棒のようになっていた。 完全に気圧されて、言葉を発することはもちろん、体を動かすことも全く出来ない状態だった。


 「ハンナ」

 「はい」

 「私たちはこのまま共同住宅に行く。

  それで悪いのだが、ボブとラーリア様そして私の、防具などの戦闘装備を即座に着用できるように準備しておいてくれ。

  すまないけど私の卵もハンナに託さなければならなくなるかもしれない」


 ミーリア様は私の返事を待たずに、共同住宅の方へと少し急いで歩いていった。


 「ハンナ、私のも用意しておいて」

 ロア様がそう言って、ミーリア様を追い、アレア様も

 「私も」

とだけ言って追っていった。

 私はちょっと呆然としてしまった。


 私が何事が起こったか分からないまま、言いつけられた通り防具などをすぐに使えるように用意して家で待っていると、しばらくしてから3人が戻って来た。

 私は戻って来た3人を見て、驚いただけでなく心底怖くなってしまった。

 なんと3人とも泣きながら家に戻って来たのだ。

 ついさっきの指揮官モードのとても厳しいミーリア様を見て、そのミーリア様が大泣きをして家に戻ってくるなんて、全く想像外で、一体どんなことがと思ったら無性に今の状況を恐ろしく感じてしまったのだ。

 戻って来た3人は家の中でも泣き続けている。


 「ハンナ、悪いけど私たちの家にいるシャイナを迎えに来てくれない。

  ラーリア様は共同住宅から動けないし、今はこの3人には任せられないから」

 アレア様とロア様の防寒着を取りに来たディフィーは、私にそう言って来た。

 私は、それらのモノをシャイナの迎えのついでにディフィーと共に分担して運ぶことにしてディフィーと一緒に家を出た。


 「えーと、聞いて良いことか分からないのだけど、何があったの?

  ミーリア様たちの様子がちょっと異常だから」


 ディフィーはちょっと考える仕草をしてから言った。

 「詳しいことは話して良いか分からないから言えないのだけど、今、急に戦いに行かねばならなくなっちゃったの。

  でもミーリア様たちは、卵を抱えていることを理由に、ラーリア様とボブに戦いに出ることを禁止されてしまったのよ。

  特にボブに『卵を抱えているのに、絶対にダメだ』と言われて、泣き出してしまったのよ」


 私はミーリア様が共同住宅に行く時に、私に卵を託すかもしれないと言ったことを思い出した。


 「ディフィー、もしかしてとても危ない状況なの?

  ボブやラーリア様の身も危険に晒され、生還することが難しいかもしれないような状況なの?」


 私の中で、そんな最悪の状況がグルグルと渦巻いた。

 ディフィーは焦ったように答えた。

 「そこまでじゃないわ」

 私の疑惑の眼差しを受けて、ディフィーは言い直した。

 「最初そこまでの事態かと思ったのだけど、それから情報が増えて、そこまでの事態ではないと判明したの。

  だから安心して。

  ミーリア様たちは、最初の段階で自分たちも戦うことを宣言したのだけど、ラーリア様とボブなんかに反対されて、色々な気持ちが心の中で爆発しちゃったのよ。

  3人にも絶対大丈夫だから、安心するように後で言って、今は興奮してて何を言っても受け付けないから」



 ラミアは自らの死を覚悟して、卵で子供を生むことも出来るのだと私は後から知った。

 今回の事態は、ミーリア様がそう決断しなければならないほどの切迫した状況だったのだと、私は後から知った。

 そして、そんな事態の中で、ボブとラーリア様はミーリア様たちに戦いへの参加を禁じた訳だ。

 氷のミーリアを見た私は、戦場にミーリア様が出ることがどれだけ意味があることか少しは想像することが出来る。

 それを許さなかったボブとラーリア様の気持ちも、そして許されなかったミーリア様たちの気持ちは同じようにボブの子供がお腹にいる私はもっと分かる気がした。


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