慣れない立場、でもまあ楽しい
私の住むところの領主様は、伯爵様という王国でもかなり上の位を持つ貴族様だ。
でもそんな立場は全く気にしないで、えらぶった態度は全く無くて、庶民の飲み屋に現れては、「儂はちょっとだけ金持ちオヤジじゃ」と言って、一緒に同じ物を食べ、同じ物を飲んで騒ぐのが好きだという、ちょっと変わった領主様らしい。
らしいというのは、単なる騎士の家の娘である私は、そんな飲み屋に行く機会などないから、そういう領主様の姿は噂に聞くだけで、実際に見たことがある訳ではないからだ。
でもまあ、そういった変わった領主様であることは確かなのだろう。
騎士の娘なんて、庶民と何ら変わるところはなく、住んでいるところが騎士たちが集まっている場所というだけで、庶民に混ざって買い物をして、色々な噂話もその時に仕入れたりするのだ。
そんな噂話の中に、たびたび領主様じゃなかった、ちょっとだけ金持ちオヤジ様が昨晩はあの店に来たのだよ、という噂が流れるのだから。
それだから私の住むところは伯爵領ということになるのだが、はっきり言って王国では辺境に当たるらしい。
辺境なのに伯爵という地位にあるのは、普通なら外敵に備える必要がある土地だからと重要視されているからだったりするのだが、この地の場合は、領地内に別種族が住んでいることと、隣の領地にゴブの巣があって、この領地を侵してくる可能性が高いかららしい。
そんなことを騎士の娘だからか、父親から教えられたのだが、そんなことは私に今までは直接何の関係もなかった。
私にとって大きく関係したのは、この地が辺境だから、自分の結婚相手が生まれた時からほぼ決まってしまっていることだった。
この辺境の地で騎士の家の生まれとなれば、本当に狭い世界となってしまっていて、ごく小さい頃に、自分が女という人間の片方の生き物で、将来的には男というもう一方と結婚するということを、その実際は知らなくても何となく理解した時には、もうきっとあの子と結婚するのだろうなと薄々感じられる程だった。
まあ私の場合は、その相手が嫌いではないし、私より遅れてその相手が私のことをそういう対象として見てくるようになってからは、それなりに不器用だけど気を遣ってくれたりもしたから、いざ本当に結婚するということになっても、別に悲しく思うようなことはなかった。
ま、流石に物語のような劇的なことがある訳でもないから、まあ予定通りという安心感があるくらいのものだ。
ところが実際に相手と結婚するとなったら、全く予期しないことの連続だった。
まず第一に、昔から決まっていたと思っていた相手に、いざ結婚する時となったら、その時にはもう別に2人も妻がいたのだ。
それも驚いたことに、人間では無くラミアの妻だったのだ。
ラミアなんて見たこともなかった私と母は驚き、特に母は結婚自体を考え直すべきではないかと真剣に考えていた。
それに比べて、もうすぐ現役を退こうかという老騎士である父は、
「ラミアと実際に近くで接してみると、何も嫌う必要のない存在だと分かった。
実際に他のもっと長くラミアと生活している男たちとも知り合ったが、皆ラミアに大事にされていた。
そこに後から嫁に入った娘たちも見たが、みんな幸せそうであった。
それを見て、儂は心配ないと判断した」
と、母を説得した。
私は父に従うしかないとも思ったのだが、それ以上にこの縁談を断って、より良い条件の次の相手が得られるとも思えないとも、正直に言えば考えた。
それに同じ夫をラミアと共に持つという人間の妻は自分以外にもいる訳で、1人ではないということが、私をそのまま結婚へと向かわせた。
自分以外にラミアの妻もいるという事実に驚いていたら、すぐにまた大きな驚きが待っていた。
何と、領主様の長男であるアルフレッド様が隣の伯爵家の令嬢と結婚することになり、その結婚式を私たちと合同で行うこととなったのだ。
私たちだけでなく、クラッドリングさんも一緒だというのだけは救いだったけど、どこの世界に護衛とその主君が一緒に結婚式を挙げるところがあるのだろうか。
これには私も驚いたのだが、一番驚いて腰を抜かしてしまったのは父だった。
母は驚くよりも、現実的なことに頭が向かったようで、すぐに頭を抱えてしまった。
「お前、アルフレッド様と同じ場の式に出るのに、どんな格好をしたら良いのだい。
私たちに、そんな場にお前を出してやれるような装いが用意してやれると思うかい」
私も確かに困ったと思ったが、もう何だか他人事で、何でも適当で良いのではないかと思ってしまった。
私たちが隣の伯爵令嬢が嫁入りするのに着るような衣装に対抗できるはずはないのだから。
そんな風に思っていたら、領主様の奥方様から連絡が入り、衣装を作るための布が下賜されることとなった。
飛び上がらんばかりに喜び、奥方様に感謝して、母は私と一緒に奥方様にその布をいただきに行ったのだが、下賜された布はあまりに上質な美しい布で、私たちが触れるのは恐れ多いモノだった。
「奥方様、こんなにも高価な布を下賜していただけるのですか。
あまりに上等なモノ過ぎて、とても私たちではいただけません」
母は、その布に怖気付いてしまい、奥方様にそう言った。
「この布は受け取ってもらわねば、私が困るのです。
私から手渡していますが、この布は私が用意したモノでは無く、あなたの娘と一緒に結婚するラミアから、ぜひ使用してくださいと託されたモノなのです。
ここだけの話ですが、実を言うと、アルフレッドに嫁してくる隣の伯爵の娘が持参した衣装も、このラミアの布から比べれば数段劣るモノだったので、ラミアから提供された布を使って衣装を作り直すことになったのです。
ラミアは実際は、私たちが以前に思っていたような種族では無く、優しく、色々と配慮してくれたりもするのです。
この布も、気を利かせて、善意から提供してくれたモノであることは、実際にラミアに会って来たことのある私が保証します。
遠慮なくこの布を使って、娘に最高の衣装を着せてやりなさい。
私には娘がないので、それが出来るあなたが、ちょっと羨ましく思うのですよ。
最近出来た養女は、そのような機会がなかったのが残念で仕方ありません。
でもまだ幼い養女が1人いますから、チャンスは残っていると思っているのですよ」
奥方様にそんな事を言われて、私は本当に身分不相応な、とても高価だと思われる衣装で結婚式に出ることになった。
結婚式の場で気になって、他の花嫁を見てみると、人間もラミアも全員が色が違ったり意匠が違ったりはするが、同じ高級なラミアによる布を使った衣装を着ていた。
私は結婚式の時に初めて、間近にラミアと接することになった。
晴れて夫となった幼馴染みともいえるブマーは私に、
「普通に接すれば大丈夫だぞ。
ラミアと身構える必要はないよ。
足が尻尾になっている以外、大した違いはないから」
と、ラミアの妻2人に会う前にアドバイスらしい事を言ってくれたが、そんな言葉は何の役にも立たない。
私は2人に会うのに、とても緊張してしまったのだが、それはラミアの方でも同様だったみたいで、結婚式直前の初顔合わせはとてもギクシャクしたモノとなってしまった。
式の晩に、人間の花嫁が一つの部屋に集められて、ラミアと夫を共にしている先輩の女性に話を聞けたのは、ちょっと驚きはしたが、とても有益な時間だった。
でも私がそれよりも驚いたのは、その同じ時間に私たちの夫と、ラミアの妻たちは、この地の今後の方針を定めるような重要な、人間・ラミア・ハーピによる話し合いに出席していた事だった。
私がまだブマーの妻になるということだけに、頭の中全てが占められいた時に、私より早くからブマーと一緒の時間を持っていたとはいえ、同じ妻であるのにラミアの2人は、この地方のとても重要な話し合いに夫と共に参加が許される立場にあったのだ。
この事を後から知った時には、ちょっとショックだった。
「えっ、あなたのお父さんて、クラッドさんの前のアルフさんの側近筆頭だったの」
「うん、もう歳だから、クラッドリングさんに後を託して、騎士はそろそろ引退しようと考えているみたい。
私は一人っ子で、男兄弟がいないから、ブマーは小さい時から父に可愛がられていたわ。
それもあって、私は物心ついたら、将来はブマーと結婚するんだろうなあと思っていたの」
「ふーん、そうなんだ。
でも、父親と母親が生きているというのは、何だかとても羨ましいな。
私たちは両方とも物心ついた時には既にもう死んじゃっていなかったから」
「そうなの」
「あっ、ラミアは今まではそれが普通だったから、私たちだけがそういう境遇という訳じゃないの」
「ふうん、そうなんだ。
そういえば、あなたたち2人って、ナーリア指揮官の姉妹だったよね」
「うん、そうだよ。
ラミアは同じ代はみんな姉妹みたいなモノだけど、ナーリアは実の姉妹だよ」
「その事をうちの父に話したら、何だか物凄く驚かれたよ。
父が言うには、『ナーリア指揮官は若いけどとても優秀な指揮官で、これからのゴブとの戦いなどでは確実に人間も含めて指揮をとることになるだろう。 その姉妹とは驚いた』って」
「うん、ナーリアは確かに指揮官としては優秀なんだと思うよ。
指揮官としての英才教育もされているしね。
でもラミアの中では、そのナーリアに指揮官のイロハを教えている、ナーリアとは比較にならない物凄い指揮官がいるから、私たちはあまりそう感じないんだよ」
「見たことあると思うよ。 結婚式の時にも来ていたから」
「そんな凄い人いたかなぁ。
私、緊張していたからかもしれないけど、全然覚えてないや」
「ま、あの時はミーリア様は指揮官モードじゃなかったからね。
指揮官モードの時に見れば、二度と忘れられないよ、あの怖さは」
私は自分で思っていたよりも、ずっと簡単に同じ立場に立つラミア2人に馴染んでしまった。
それはブマーも含めて、私たちに歳の差がなかったからかもしれない。
ブマーがたった一つ上なだけで、私たちは同い年でもあったのだ。
ラミアの妻たちは、ブマーのことは私もだけど、普通にブマーと呼ぶ。
それは違和感を感じないのだが、クラッドリングさんのことをクラッドさん、そしてアルフレッド様のことをもアルフさんと普段は軽い調子で呼ぶ。
クラッドリングさんのことをクラッドさんと呼ぶのはまだわかるのだが、アルフレッド様のことを、アルフさんと気楽に呼ぶことには、最初は違和感しか感じなかった。
何しろ次期領主になることが確定しているアルフレッド様だ。
一緒に結婚式をした、隣の領主の娘であるアルフレッド様の人間の妻も、アルフレッド様と呼びかけるのに、ラミアたちは全員アルフさんと呼び掛け、アルフレッド様の扱いが、クラッドリングさん、ブマーとほとんど違いがないのだ。
「うん、アルフさんはね、最初ラミアの里にやって来た時に、アレクやナーリアたちにはそれ以前からだったらしいけど、私たちに向かって『自分のことはアルフさんと呼んで欲しい』と自分から言ったのよ。
それで私たちは、アルフさんと呼ぶのが普通になっちゃっているの。
もちろん公式の場では気をつけているけどね」
「それから、クラッドさんに対して、丁寧な口調になってしまうのは、実は私たちはクラッドさんよりクラッドさんの弟のキースの方がより以前から仲が良くて、クラッドさんはどうしてもキースのお兄さんだからという意識があるのよ。
それで私たちは何となくクラッドさんには丁寧な口調になってしまうのよね。
ま、それを言ったら、アルフさんはデイヴのお兄さんなんだけど」
この違和感もそんなにしないで、すぐに慣れてしまった。
なぜなら最初は驚いたのだが、ブマーやクラッドさん(私も影響されて、そう呼ぶようになってしまった。 さすがにアルフレッド様のことをアルフさんとは呼べないけど)だけじゃなく、アルフレッド様までも、砦で暮らしていると、日常生活だけでなく、様々な時にラミアたちの命令に、いや言葉に従うことが結構多いのだ。
そんな姿を見ていると、呼び方なんてどうでも良くなってしまう。
そして私がもう一つ大きなショックを受けたのは、夫たちの食事をラミアたちが作っていたことだ。
私はラミアが夫たちの食事を用意しているなんて考えてもいなかった。
私とクラッドさんの妻も、その食事作りに加わることにした。
「私たち、ほんの少し前まで、人間の食事なんて食べたこともなくて、作り方とか一生懸命習っている真っ最中なの。
それだから私たちと一緒に作って、色々と教えてくれるとすごく嬉しい。
それに私たちはラミアの里とここを行き来しているから、私たちのいない時の食事をお願い出来ると、とても嬉しい。
兵たちに食事を任せると、どうもあまりまともな物を食べていない感じなのよね」
うーん、ラミアに心配される人間の食事って、全くどうゆうことなのだろうと私は思ってしまった。
砦の中の家庭を持たない兵たちの食事のことが、何だか少し心配になってしまった。
ラミアの妻たちは、人間の妻である私たちのことを、3人とも同じように扱う。
私としてはアルフレッド様の妻となった隣の伯爵の娘のシルヴィ様は別格だと思うのだが、ラミアたちにはそういった考えはないみたいだ。
そしてそれをアルフレッド様も良しとしている。
最初は私たちは戸惑ったが、何だかシルヴィ様もその方が嬉しいらしくて、同じに接している姿が普通になった。
ただまあ、シルヴィ様に付いてこられた侍女さんだけは、今でもどう接すれば良いのか分からなくて困っているみたいだけど。
ラミアたちは馬車で私たちをラミアの里にある温泉に連れて行ってくれたりもした。
単なる騎士の家に風呂がある訳もなく、私は温泉自体がとても珍しかったのだけど、大きな湯船にみんなで浸かったりするのはすごく楽しく、つい「また連れて来て」とねだった。
「砦からここに来るなら、馬車でなら往復しても半日で済むから、暇な時ならいつでも気軽に来れるよ」
と2人は安請け合いしてくれた。
「いいわね。 私も絶対に一緒に来たいわ」
それを聞いていたシルヴィ様も、参加するとすぐに言い出した。
私は、こんな考えてもみなかった関係がとても楽しい。
あ、そうか、これが言われた
「ラミアは公的なこと以外では、とてもその互いの関係が平等です」
っていうことか。
確かに夜もみんな平等だし。