5人しかいない
「やっぱり馬の世話は、あなたたちの方がずっと上手ね。
馬もなんだか私に世話されるより、あなたたちに世話される方が嬉しいみたい」
「それはやはり片手のミーレナよりも、両手が使える私たちの方が馬の世話は有利だろう」
「草を運ぶのに使うフォークはやっぱり片手で使うの無理があるものね」
ミーレナが少しだけ、自分が片手て不利なのを嘆いたので、私がそれをそのままに返すと、ミーレクが私に続いた。
今ではもうミーレナの片手しか使えないことを、誰も気にせずに口にする。 最初は誰もがそのことには触れることも出来なかったけど、慣れたものだ。
ミーレナは公式には上位を引退して、すでにミーレアの一員ではないから、馬の世話をギュートと共に任されている訳ではないのだけど、最近はちょくちょく私たちが馬の世話をしているとやってきて、一緒に馬の世話をする。
ゼルカーナが少し大きくなったので、ラーリナ様だけに預けていても不安ではなくなったのもあるかな。
とは言っても、ラーリナ様は小さな子供2人を1人で世話するのはそれでも目が離せないので大変らしくて、すぐにナーリアたちの家に連れて行き、メリーを始めとする子供たちにその遊び相手を任せているみたいだ。
「ミーレナ、もう子供も少し大きくなったし、そろそろ上位に復帰してもいいんじゃない。
ラーリア様もミーリア様も、ミーレナを上位に復帰させようかと考えているって聞いたわよ」
「私はいいよ、今のままで十分だもの」
ミーレンの言葉にミーレナはあっさりと上位復帰の希望はないと言い切った。
「どうして? 私たちもう5人だけだよ。
それに片手が良く使えなくなったといっても、私たちよりずっと強いし、何も問題ないじゃない」
そう私たちと同じ代は、もうミーレナを含めて5人しかいない。
正確には色々な係に転身してしまった同じ代は多いのだが、ラミアの実戦に立つのは、もう5人しかいないのだ。
「でも、私は片手だから槍がまともに使えない。
だから上位にもし復帰しても、ミーレアには入れないから、だから希望しない」
「もうミーレアが槍を使わなければならない時ではなくなったわ。
それに、アレアは双刀使いだし、ロアは薙刀だけどミーレアになっているわ」
「あの2人はちょっと別。
今だって、ミーレアとしての仕事はほとんどしてなくて、ミーリア様に直接様々な仕事を押し付けられているのでしょ」
「それはそうだけどさ」
ゴブとの戦闘の時にも、私たちミーレアと、そしてミーリアは全員槍を使って戦闘をした。 ラーリア様たちは、それぞれの得意武器。 アーリア・アーレア・アーロアは剣を使った。
これには今までのラミアの戦闘による都合があった。
アーリア・アーレア・アーロアは基本は森の中の巡回警備だから、槍は都合が悪い。
ラーリア様たちは何よりも戦闘力重視だ。 少しでも個々の戦闘力を上げるために、それぞれに得意な武器を使うことが優先されているのだ。
そして、ミーリア・ミーレアが全員槍装備なのにも事情がある。 ミーリア・ミーレアが槍が主武器なのは、人間との戦闘での有利さもあるけれど、一番の理由はハーピーとの戦闘の為だった。
ハーピーの剣では切り裂けない足の攻撃に対しては、届く範囲の長い槍の方がずっと戦闘で有利だからだ。
そして、ミーレナの一番得意な武器も、怪我で片手が使えなくなる前は、もちろん槍だった。 不動岩と言われた前のラーリア4位直伝の槍だった。
ミーレナが英雄となったあのゴブとの戦闘で、ミーレナは一秒でも早く助けに行くために、槍を捨てて走ったので、1人で戦線を支えた時は片手で剣一本で戦った。
結果論だけど、槍を捨てずに走ったのなら、ミーレナは走っている最中に手を切られることも、戦線を支えている時に、アレアが自分も死を覚悟して助勢しようかと苦悩することもなかったと思う。
ミーレナが槍を振るっていたのだとしたら、その場には余裕で敵を寄せつけない、師匠のように不動のミーレナが見れたことだったろうと、私はとても残念に思った。
ミーレナはあの戦いで英雄になったけど、ミーレナの本当の実力はあんなものではなかったのに、というのがミーレナをよく知る私たち4人の気持ちだ。
「でもさレベ、あの場に駆けつけたのは、やっぱりミーレナだからだよ。
私たちはあまり実際には知らないけど、御師匠様は何時だってラミアが危ないっていう場に居て、その場を守って戦っていたというじゃない。
そしてハーピーからも『あの不動岩をどうにかしなければ』と恐れられていたと聞くわ。
でもね、私は強かったのも凄いと思うけど、それよりも何時でも危ないっていう場で守っていたっていうことの方がもっと凄いと思うの。
私たちはミーレナを通じて、少しだけ御師匠様を知っているだけだけど、流石にミーレナは直弟子なのよ。
ミーレナだから、あの場に駆けつけられたのよ、もっとも危険だったあの場に」
確かにミーレトの言うとおりだと思う。
ミーレアはあの場で戦って戦線を1人で支えたから英雄になったけど、本当に凄いのは、その場に居たことなのだ。
ミーレナは幼い頃から何でも器用に出来たけど、そのかわり移り気で飽きっぽく、すぐ調子にのってふざけてしまう性格だった。
だから何でも最初は上手く出来るのだが、すぐに他の人の方が上手に出来るようになるということを繰り返していた。
教えている人は、ミーレナのことを「何か一つでも、きちんと真面目に練習してくれたら」と言っていたが、そんな言葉はミーレナの耳には入らなかった。
そんなミーレナが、ある時調子に乗って、まだ幼くて危ないからと禁止されていた木に登って実を取ろうとして、誤って木から落ちてしまい、体を打って気絶するという事態を引き起こした。
幸い大きな外傷はなかったのだが、気を失ったミーレナを見た私たちはどうして良いのか分からずにただ慌てて騒ぐだけだった。
それに気付いて駆け寄って来たのが、その時にはまだ上位になったばかりの御師匠様、後の不動岩のラーリア4位だった。
私たちが、狼狽てどうして良いか分からないでいた場に駆けつけると、彼女はミーレナの様子を見て、私たちに一言だけ鋭く聞いた。
「どうしたの?」
「木から落ちた」
私たちも、その言葉に何も考えることができずに反射的に一言だけしか答えられなかった。
その言葉を聞いた彼女は、何も言わずにミーレナを抱き上げると、あっという間に里に向かって走り去ってしまった。
それがミーレナと不動岩の御師匠様の出会いだった。
幸い木から落ちたミーレナの怪我は大したことなくて、だけど御師匠様と出会って、ミーレナはがらっと人柄が変わった。
それまでの飽きやすくて、何も努力しない性格が、御師匠様を真似て、どんなことにも努力を怠らなくなったのだ。
何に対しても努力を怠らなくなったミーレナは、あっという間に何をしても私たちの代の誰よりも強く上手になった。
それはまるでサナギから蝶になるような、急激な変化だったのだが、その蝶はそれからも全く努力を怠らないというよりも、より一層努力を続けるのだ。
「私は全然ダメだ。
師匠はもっとずっと凄い」
ミーレナが変わってから口癖になったのが、この言葉なのだが、普段の私たちとの会話だったり付き合い方は、変化の前も後も全く変わらなかった。
時々、以前の自分のことを思い返して、私たちにも察することが出来るほどなのだが、とても恥ずかしく思っているらしい。 その思いに囚われているのを、私たちに見られるのも恥ずかしいらしくて、隠そうとしているのだがバレバレだったりした。
こんなにも努力する風に変わったのが近くにいて、私たちも影響されない訳が無い。 私たちもみんなとても頑張って努力するようになった。
そうしたら私たちは、上の人たちにこう言われるようになっていた。
「今までで最も優秀な世代」と。
あの時代、といってもたかだかまだ10年にもならない数年前のことなのだが、ハーピーとの抗争はとても激しいものだった。
御師匠様の代はその代に現在のイクス様がいたのだが、イクス様は本当にあまりに飛び抜けていて、御師匠様がラーリアになった時には、もうラーリアを引退していて、今のレンスを手元から離して、もう物品係をしていたように思う。 いやまだだったかな、イクス様のラーリア時代を私は全く知らないから、物品係だったイクス様を私は関心がなくて、何時からだったかなどよく覚えていないのだ。
後から知ったのだが、イクス様はハーピーとの抗争には反対で、イクス様と御師匠様の代は、その影響もあってか、ハーピーとの抗争の推進派と反対派に真っ二つだったらしい。
ハーピーとの抗争が始まる直前に、その路線対立はピークを迎え、その時のラーリアの半数が、自らラーリアを引退するという選択をした。 その時のラーリアが今現在各係の長となっている人が多い。
御師匠様は、子供を持ちたいという気持ちがとても強いハーピーだったからか、そのために抗争の側に迷った末に留まったらしい。
それで今のラーリア様たちが昇格していって、ハーピーとの抗争の中核を担うことになった。
その一番最初の時には、まだラーリア様の代も、ラリベ様以下の代も上位に15人づつ居て、今のミーリア様の代は上位に上がっては居たけど、まだ完全に見習い状態で少し前のエーレアたちのような感じで戦力にはなっていなかったらしい。
それでハーピーとの抗争が始まると、ラミアもハーピーも物凄い人命の損耗になってしまった。
その煽りを諸に食ったのが今のラーリアの二つの世代で、どちらも亡くなったり、怪我での引退、精神的に追い詰められての引退が相次ぎ、戦闘できるラミアの数が足りなくなって、もう上位を引退していたラミアまでも戦闘に加わったが、数が足りず、今のミーリア様の世代だけでなく、私たちの世代までが実戦に加わらなければならない切羽づまった状況までになってしまった。
私たちの世代は普通なら戦闘に投入されることはない年齢だったのだが、
「特別優秀な世代だから、まだ体力的には劣っているが、あまり移動を伴わない後方での戦闘ならこなせるだろう」
という理屈でハーピーとの戦闘に組み込まれたのだ。
この時点で戦闘に組み込まれたのは、私たちの世代もミーリア様の世代も20名づつだった。
そしてあのハーピーとの最後の、私たちにとっては悲劇の大規模戦闘が起こった。
ハーピーの里に向かって攻め上ったラミアに対して、ハーピーは後方、つまり私たちの方に向かって、主力を飛び越して攻撃して来たのだ。
その時の私たちは、ほとんど何の抵抗も出来ず、ハーピーに蹂躙されてしまった。
私たちが全滅しなかったのは、何故かその場に御師匠様がいて、御師匠様が自分が盾になって私たちを守ってくれたからだ。
御師匠様の側にいた私たちは御師匠様の指示にしたがって動いたお陰で、何とか生き延び、ミーレナだけでなく私たちも幾らかの戦功を上げることが出来たのだが、私たちは半数がハーピーに殺されて、もういくら何でも駄目かと覚悟した。
今のラーリア様、それに続いてラリオ様たちなどが急遽引き返して来て、自らの身の安全を全く考えずに嵐のような反撃を加えてくれたお陰で、その時の戦闘は何とか引き分けに持ち込めたのだが、あまりに両軍の損耗が大きくて、その時を最後にハーピーとの抗争は終結することになったのだ。
結局、ハーピーとの抗争が終わった時、ラーリア様の代とラリベ様の代は5人づつしか上位に残ってなくて、ミーリア様の代はその直接の戦闘に巻き込まれなかったので、そのまま残ったのだがその悲惨さを見て5人が抜けてしまい、私たちの代は10人が生き残ったが上位には私たち5人しか残らなかった。
これが今のラーリア・ミーリア・ミーレアの世代構成がアンバランスな理由だ。
「だからさ、これからのゴブとの戦いは、ハーピーと戦った時とは違って、槍じゃなくちゃダメということは無いと思うんだよね。
実際ミーレナだって、あの戦闘では最後は剣で戦っていたんじゃ無い。
だからミーレアとして槍が使えないからミーレアになれないっていうのはもう無いんじないかと思うのよね。
アレアやロアのことは別にしてもさ」
「それに、何もミーレアに復帰と考えなくてもいいんじゃない。
この次本格的にゴブとの戦闘になる時には、少なくともきっとラーリアの上5人の方々は引退されていると思う。 たぶんもう1人くらいは子供を産むと思うから。
ミーレナはラーリア様たちと一緒に子供を産むことになったけど、次はどうするの?」
私に続いて、ミーレンが少し違うことを言い始めた。
「うーん、次はみんなが今度ではなくて次に産むのに合わせることになるかな。
やっぱりそうでないと私も特例が過ぎると思うから」
「だとしたらさ、復帰する時は何もミーレアに復帰しなくても、ラーリアで復帰すれば良いじゃない。
そうすれば、槍に拘ることは全くなくなるじゃん」
「ええっ、何で私がラーリアになるのよ」
「誰も反対しないと思うよ。
イクス様はもっとずっと若くてラーリアになったというし、ミーレナの実力ならば、ミーレナがラーリアとして復帰しても誰も文句言わないと思うわ。
私たちと立場が違っちゃうのがちょっと残念だけど、それは今も同じだから」
私たちはミーレンの言葉に、それは名案だと、大賛成していたのだが、ミーレナは困ったような顔をして反対している。