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シルヴィの新しい日常

 私がアルフレッド様と実際に会うのは、結婚式当日の朝となってしまった。

 それは私がこちらの領地に来るのが、予定以上に遅くなってしまったからでもあるのだけど、アルフレッド様たちが普段はこの地の領主の館には居られないからでもある。


 「お嬢様、やはり兄弟ですね。

  アルフレッド様は面立ちがバンタイン様と良く似ていらっしゃいます」

 「そうね、まだちょっと見ただけですから、人柄などは分かりませんが、バンタイン様と同じように、お優しい印象を受けました。

  バンタイン様より、快活な雰囲気な気がするのですけど、その点は私としては好ましく思います」


 私は自分の家から連れて来た唯一の侍女であるアニーに、アルフレッド様の印象をそう語った。

 まだ初めてちょっと会っただけだもの、何も分かる訳が無い。


 私とアルフレッド様の婚姻は、完全な政略結婚だ。

 この結婚の話を進めたのは、アルフレッド様の弟のバンタイン様、そしてこちら側で受けて進めたのは兄だ。

 領地が隣り合っている領主の長男と長女の結婚なのだから、どこにでもよくある話の気がするが、実は私の家が今の地の領主となってからは初めてのことだ。

 結婚相手であるアルフレッド様の家は、この領地を治めるのに色々と苦労していて、婚姻相手を他所に求める余裕がなかったらしい。 つまり地元の有力者と姻戚を結んで安定させる必要があったということだ。

 そして私の方は、中央とのパイプを太くする為に、そちらとの姻戚関係が多かった。

 領地が隣り合っていても、互いに向かい合うことがなかったのだ。


 今回、私とアルフレッド様の結婚が決まったのは、そうしなければならない政治的な必要があったからだ。

 もっと簡単に言えば、私は自分の家の領地と、こちらの領地との境の町を、私の家が復興させることの保証としての、体の良い人質なのだ。


 つまり今現在、アルフレッド様の家の方では、ゴブに滅ぼされてしまった町を即座にでも復興し、より強固な、出来れば砦化した町にして欲しいという希望がある。

 だけど私の家では町を復興させる余裕がない。

 という相反する状況にあるからだ。


 両家の交渉では、出来る限り速やかに、私の家の方でゴブに滅ぼされた町の復興に取り掛かると約束している訳だが、現実的にはとても無理なので、約束は必ず守るという保証として、私がアルフレッド様に嫁ぐということになった。

 今現在、私の家が復興に取り掛かれないことなんて、アルフレッド様の家だって分かっている訳で、本当のところは私なんて要らないから、早く復興に取り掛かれと思っているのだろうけど、少しでも復興に取り掛かれる余裕が出来た時に、他のことではなく、町の復興に即座に取りかからせる為に、私という人質を取っておく方がまだマシという判断なのだろう。


 そしてまた、私は自分の家の中では祖父が亡くなって、1人浮いた存在になっている。

 兄にしてみれば浮いた存在である私を、家から外に出すには良い機会だったのかもしれない。


 私の家も、アルフレッド様の家も、その爵位は伯爵家ということで、かなりの高位だ。

 普通そんな高位の家の領地が隣り合っている事はない。

 張り合って何かしても困るし、結託して何かされてはもっと困るからだ。

 アルフレッド様の家と私の家が、それでも隣り合って存在しているのは、どちらもその領内に大きな問題を抱えていたからである。

 私の家ではゴブの巣という大問題を抱え、アルフレッド様の家ではラミアとハーピーという亜人を抱え、過去に大火という大災害に見舞われている。


 それでも普通の時期にこの両家での婚姻となれば、とても大きなセレモニーが開かれたのだろうと自分でも思うのだが、今のこの切迫した状況の中、いや切迫しているのは私の家の方だけか、とてもこじんまりとした結婚式が行われることになった。

 特に私の方は、その参加者もまともに出ることが出来ない。 家臣や騎士たちはまだ軍事的に動員されたままだし、少なくない者が、ゴブの騒ぎで逃げた後、領内に戻って来ていないからだ。

 私は私の家の都合だけで、伯爵家同士という結婚式がその格に相応しくない、大きな結婚式に出来ないことを、アルフレッド様の家の方ではどのように捉えるかを心配に思ったし、恥ずかしく思っていたのだが、ほんの小さな結婚式にすることに、アルフレッド様の家でも問題なく承知したことが意外だった。


 結婚式に私の家からは、重臣数名と、私に親しい家臣が数名、それだけが私の家の方の参加者だ。

 私たちの出発が遅れに遅れ、結婚式当日に間に合うだろうかという酷さだったので、私たちの旅路は酷い強行軍となってしまった。

 その行程の通過点である砦の将であるアルフレッド様は、私たちが来るのを待っていてくれたのだが、本当に時間的にギリギリになってしまったので、砦ではアルフレッド様と挨拶を交わす暇さえないほどだった。

 私も馬車から降りはしたけど、それは恥ずかしいけど、トイレを借りただけのことだった。


 馬車の中から、兵を指揮するアルフレッド様をチラッと見ることが出来た。

 アルフレッド様は自分の結婚式のための移動も、兵の訓練に利用するらしく、騎兵も歩兵も、しっかりと列を整えて移動の開始を待っているのが見えた。

 騎兵も歩兵も、私が見慣れた自分の家の者たちより、随分と精強に見えたのだが、それを指揮するアルフレッド様の近くに、何人かのラミアもいることに、私はしっかりと気付いてしまった。

 バンタイン様が私に、

 「最初にお知らせしておく方が良いと思いますので、お話ししますが、兄にはすでに2名のラミアの妻がいます。 その2人は、兄のいる砦とラミアの里を行ったり来たりしていますが、砦にいる時は、兄の妻としてだけでなく、兄の副官としての仕事もしています。

  また同様に兄の脇を固める家臣にもラミアの妻がいるので、そちらとも顔を合わすと思います」

 と教えてくださったラミアたちなのかしらと思った。


 その予想は結婚式の時に裏付けられたのだけど、結婚式の時にあれほどたくさんのラミアが出席しているのは予想外で驚いた。

 それもその多くがアルフレッド様の親族として参加していたのだ。

 アルフレッド様の下の弟であるデイヴィッド様はラミアの里で暮らしていると聞いてはいたが、5人ものラミアの妻を持っているとは思わなかった。

 アルフレッド様のご両親の養女となり、アルフレッド様が本当の妹のように可愛がっているというアンさんも、結婚相手の同じ妻として6人のラミアがいた。

 アルフレッド様に、私の他に2人のラミアの妻がいるというのでも、私にとってはカルチャーショックだったのだが、デイヴィッド様やアンさんに関しては驚き以外の何物でもない。

 それからハーピーたちも親しくしているのにも驚いた。

 もちろんそれ以前のゴブとの戦いの時に、ハーピーたちも味方の一員で見かけもしたのだが、若いハーピーたちとアルフレッド様たちが完全に友達付き合いの間柄であるのには、想像もしていなかったので驚いた。

 

 それに私は伯爵家同士としては、なんとも小さな結婚式をすることになって、申し訳ない、恥ずかしいと思っていたのだが、結婚式自体は少しも小さなものではなかった。

 アルフレッド様の領内の有力者がみんな挨拶に来ていたし、ラミアの有力者もハーピーの有力者も祝いに来ていた。

 王宮に近い貴族が参加しないだけで、結婚式は少しも小さなものではなかったのだ。


 私は結婚式の後、何故かその日の晩は私と、一緒に結婚式に臨んだアルフレッド様の側近の人間の花嫁は、共に一つの部屋に集められた。

 待っていたのは、ディヴィッド様の妻のエリーさん、妹扱いのアンさん、そして側近のクラッドリングの弟の嫁だというマリさんの3人だった。

 どういうことなのかと私は疑問に感じたし、ちょっと不安にも感じていたのだけど、3人は私たちに、特に私に、ラミアと同じ男の人を夫とすることがどういうことなのか。 ラミアとはどういった種族なのかということを教えてくれるためだった。

 その時にはよく理解できないことだらけだったのだけど、教えてもらったことは後からどれほど大切なことだったかが分かり、私は心の中で深くその好意を感謝した。


 そしてその晩、私たちはそれぞれの夫とも、また同じ夫を支えるラミアとも一緒しなかったのだが、私たちがラミアのことを教わっていたその時に、夫たちとそのラミアの妻たちは、この地方の主要な人間、ラミア、ハーピーが集まった機会を有効に活用することにした、話し合いに参加していたことを後に知った。


 私は、この領地の人々や、私の領地の人々が、まだ深刻なゴブの脅威にさらされているということを、この時点では全く知らなかったのだ。

 私は祖父からゴブの脅威を詳しく教わっていたのに、王国によるゴブの掃討が終わった後は、少なくともゴブの脅威は当分はないだろうと、私の家の者たちと同じように楽観視していたのだ。


 私はアルフレッド様の妻になり、私も砦で暮らすようになった。

 その暮らしは今までの暮らしと全く違い、アルフレッド様は砦は軍事施設だからと、基本的に女性の使用人を置いていなかった。 私の家から連れて来たアニーだけは例外として、私付けで許してもらった。


 それでは食事の用意などはどうしていたのだろうかと思ったのだが、ラミアの妻が砦にいる時は、ラミアの妻たちが夫たちの食事を作っていたのだという。

 夫たちのというところで推測できるかもしれないが、アルフレッド様たちは個々に食事を取るのではなく、側近の2人、その妻のラミアたち、時にはそれ以外の部下たちも集まって、食事を取るスタイルなのだ。

 元々は、料理を担当する兵が作った物をそれぞれの部屋で食していたのだが、ラミアがそれぞれの妻になってからは、そのスタイルに変更されたのだという。

 私は、自分の家で料理などしたことがないので、夫たちに料理を作ることなどはできないが、側近2人の妻とアニーは、ラミアたちの毎回の料理作りに加わり、食事作りを一緒にすることでも、ラミアたちと急速に仲良くなったみたいだ。

 ラミアたちは人間が食事作りに加わることを、自分たちの領域を侵されるかと思って嫌がりはしないかと私は思ったのだが、全くそんな事はなく、逆にとても歓迎されたとアニーは言っていた。 ラミアたちはラミアの里に戻ることも多いので、その間の夫たちの食事の心配がなくなると喜んでいるらしい。

 また、妻となった人間も食事は一緒に取ることになり、アルフレッド様はアニーにも一緒に取るように言われ、アニーは最初とても戸惑っていたが、すぐに慣れてしまった。 側近以外の部下を一緒させることも多いので、今更という感じなのだ。


 夜のことは話に聞いていたから、恥ずかしくはあったのだが、驚きはなく、自分も不思議とすぐに慣れてしまった。

 そして私はそんなにきちんとしなくても良いのにと思うほど、アルフレッド様は私とラミアの妻を平等に順番に愛してくれた。 それに関してはアルフレッド様が守ろうとするだけでなく、ラミアの2人がきっちり守らないと許さない雰囲気であることもあるかもしれない。


 そして一緒に暮らすようになってみたら、アルフレッド様はとてもよく言えばおおらか、悪く言えば大雑把で無頓着な性格をしていることがわかった。

 そして細かいことを覚えていないアルフレッド様を、2人のラミアの妻が副官として補っているのだ。

 私からは不思議に思える光景なのだが、アルフレッド様に日常の業務を報告に来る騎士たちなどは、大まかな報告をアルフレッド様に口頭ですると、細かいことや付随する書類その他はラミアの2人に相談したり提出したりして、2人のラミアに細かい指示をもらって帰っていくのだ。

 また騎士や兵の訓練は、ラミアの妻の1人が責任者となっていて、彼女の指示の下に行われている。


 こういった感じは側近の2人も同じで、2人のラミアの妻もそれぞれの副官のような立場で働いている。

 そしてそれらのことを砦の騎士たちや兵たちは、誰も反発しないし、普通のことと見做している。


 また、ラミアの妻たちのことを砦の騎士たちや兵たち、またはその家族たちまで、アルフレッド様の妻だったり、側近の妻であることは知れ渡っているのに、名前に「さん」付け、酷いと「ちゃん」付けで気軽に呼び掛けて話をするのだ。 また彼女たちも、それを全く厭わないで、時間があれば誰とでも普通に話している。

 私の家では全く考えられないことで、それはここが砦というちょっと特別な場だからではなく、ラミアの慣習なのだろう。 そう聞かされてもいたし。

 アニーは最初そんな雰囲気に戸惑っていたようだが、今では私の家で働いていた時よりもずっと楽しそうだ。


 私のことはさすがにみんな「様」付けで呼びかけるのだが、それでも私も家にいた時よりも多くの人に呼び掛けられて話をするようになった。 きっとこの砦にいる人は、今までに妻であるラミアに呼びかけるのに慣れているので、同じ妻である私に呼びかけるハードルが低くなっているからだろう。

 私はそんな今までと違う状況が、嫌ではない、というより快適で楽しい。

 「様」付けで呼ばれるのがどうにかならないかと思うのだが、それは私が隣の伯爵家の娘だと知られているので、どうにもならないみたいだった。

 せめてもと思い、ラミアの5人と同じ立場の側近の妻2人には「さん」付けで名前を呼んでもらうことにした。 私も彼女たちは「さん」付けで同じように呼ぶことにしている。


 最近ラミアの5人に、妻たちで揃って温泉に行こうと誘われている。

 なんでもラミアの里に今度以前より大きな温泉が出来上がったのだという。 ラミアは混浴が普通と聞いていたので、ちょっと躊躇ったのだが、今度のところはちゃんと女湯もあるとのことだ。


 「アレクとバンジに無理を言って、アルフさんに対する結婚祝いだよ、と言って、今、馬車を作らせているんだ。

  乗り心地がとても良いと、アルフさんの母君も絶賛の新式の馬車なんだ」

 「2人とも、私たちにお前らも使おうとしているんだろ、と嫌々なんだけどね」

 「その馬車が出来たら、一番最初に妻全員で温泉に行こう。

  日帰りで戻れるから、そんなに大変なことではないから、たまにはそんな遊びも良いと思うんだ」

 「アルフさんにも、クラッドさんにも、ブマーにも、もう許可はとってあるから大丈夫だよ」

 温泉、私は入ったことがないので、とても楽しみだ。 アニーも一緒に連れて行くと言ったら、とても喜んでいたし。


 でも私はラミアたちみたいにアルフさんの役に立つ場面がない、料理も出来ないし。

 私も何かできることを見つけないと。

 アルフさんは隣の伯爵家の一応令嬢だった私に、何も求めていないみたいだけど、それでは私自身が嫌。


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― 新着の感想 ―
 本編中にもエピソードがありましたが、希少な領外からの参入者として、シルヴィから見た領への感想みたいなものが、個人的にはずっと気になっていたのでありがたいです。  祖父の教育のたまもので隣の領内では…
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