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鍛冶しかできないけど

長文になってしまいました。

2話に分けようと思ったのですが、上手く分ける位置がなくて、そのままです。

 俺が狩人学校に入ったのは、ただただ家から離れていたかったからだけだ。

 ちょっと名の知られた鍛冶屋の三男の俺は、物心ついて小さなハンマーが振るえるようになったら、自然と鍛冶の真似事を始めたらしい。

 本物の鍛冶場はもちろん子供には危険過ぎるので、子供の俺は中には入れて貰えない。 でも、親父や爺さん以外にも何人もが働いているような、一応この地方では大きな鍛冶屋だったから、俺以外の子供もいて、そんな中でやっぱり遠目に見てかっこ良く見える、親たちの真似をするのが一番の遊びでもあったのだ。


 俺と兄2人は少しだけ年が離れていて、俺が物心ついた時には、もう鍛冶場の下働きが出来る歳になっていた。

 下働きだから、危険な場所にはほとんど近づくことは出来なくて、一番離れた場所の吹子を押したり、時々水を運んだりが主な仕事だ。 そうして少しだけ近くで仕事を見て、少しづつ仕事の動きを覚えていくのだ。

 熱い鉄を扱うのだ、仕事をする一人一人の動きがきちんと決まっていて、全員の動きがきちんとしていることが一番重要なのだ。 一人でも動きを間違えれば、下手をすると大きな事故に繋がるのだ。

 鍛冶の技術の上手いとか下手とかは、その後のことなのだ。


 幼い俺は、自分よりも近くで、そんな大人たちの一角に混ざって働く兄たちが、羨ましくて仕方なかった。


 そんな俺も少し大きくなり、一番安全な仕事だけど、鍛冶場に入れてもらえるようになった時は凄く嬉しかったのを、今でも覚えている。 ところがいざ働き始めてみると、とにかくキツかった。 吹子を延々と押すなんていうのは、見ていると大したことではないようだが、自分でやってみると苦しいだけの仕事だった。

 そして一日、くたくたになって仕事を終えると、親父は俺に今日は何を見たかを聞いてくる。 俺は吹子を押したり、言われたことをこなすのが精一杯で全く周りなんて見ることも出来ていなかった。

 親父にそれで怒られると、兄たちは俺を

 「親父、ボブはまだ小さい。 周りまで見るのはまだ無理だよ。

  俺たちも今のボブくらいの時は、全く出来なかった」

 と、庇ってくれた。


 そんな日々を数年過ごし、時々俺もハンマーで鉄を打つこともさせてもらえるまでになった。

 やってみたら、これが吹子を押す何倍も辛い。

 ハンマーは重いし、何よりも炉の近くで真っ赤に焼けている鉄を相手にするのだから、暑いなんてものではない。 それでも暑いからといって、肌を出せば当然飛び散る火花で火傷する。 きちんと防護する服を着ていても、火花は隙間から飛び込んできて時々火傷をするのだ。


 それでも鉄をハンマーで打つのは、鍛冶としては一番花形の仕事だから、時々でもそれを任されるのは嬉しくて、俺は一所懸命にハンマーを振るった。 一心にハンマーを振るって鉄を打てば、良い物が出来ると思っていたのだ。

 ところが俺が叩いて出来た物は、俺は手伝いで主になって作ったのはもっと上の人なのに、明らかに俺の目から見ても兄貴たちが作った物よりも出来が悪いのだ。 俺が手伝った人は、俺以外の人が手伝って作れば、兄貴たちの作った物より良い物を作るのにだ。

 親父や爺さんは、当然だけどうちの鍛冶屋の頂点に君臨している。

 そしてそれは経営者であるからではなく、腕も一番良かったからだ。 それもあって、俺は親父や爺さんの手伝いは全くさせてもらえない。 その当時やっと兄たちがたまに呼ばれる程度だったのだ。


 俺は先が見えな過ぎて、鍛冶をするのが嫌になってしまった。 今では気がついたら俺が一番兄弟で体格が良くなってしまったみたいだが、当時は俺が一番まだ小さくて力がなかったのも、兄たちに対して劣って感じてもいたのだ。


 俺は鍛冶をするのが嫌で逃げ出したかったのだけど、それは絶対に口に出せなかった。

 それに俺はやっぱり甘ったれな末っ子の三男坊で、家業が嫌だからといって、飛び出して自分の才覚だけで生きていく、なんてことは考えられなかった。 そこで俺は屁理屈を考えた。

 「これから鍛冶をする身として、自分たちが作った物を、一度使う側に立って考えてみたい。

  俺たちは騎士にはなれないから、狩人学校に行かせてくれ」

 こんなことを言って、俺は狩人学校に入ったのだ。


 今になって考えると、親から見れば、見え見えの屁理屈だっただろう。 それでも許されたのは、狩人学校と言っても、狩人としてのテクニックを教えるだけでなく、普通の読み書き計算も教えるので、鍛冶屋として鍛冶ではなく、取引先との交渉などをさせる基礎を覚えられるかもしれないと考えたのだろう。



 狩人学校に入ってみると、自分が考えていたよりも多くの同級生がいた。

 その半数は親も狩人らしくて、半分はもう狩人になっている感じだった。 そして残りの半分は、もしかしたら自分もそれに近いのかもしれないが、どこかの少し裕福な家のはみ出しものという感じの嫌味な奴らだった。

 俺はこいつらとは同級生でも関わりたいとは思わなかったので、結局残りの1/4くらいの同級生と付き合うことになった。


 その中で俺は、鍛冶の労働で鍛えられていたのか、体力だけは同級生の中で一番ある方だった。

 狩人学校の実地訓練のほとんどは、獲物の探し方などの歩き回っての訓練だ。 俺は体力的に余裕があったので、いつの間にか、自分が付き合う同級生の1/4のリーダーみたいになっていた。


 いや、それは少し違うかもしれない。

 俺は狩人学校に入ってすぐに、気の良いデブと知り合ったのだ。 全く境遇は違うみたいだが、互いに兄が2人いるということで、何故か意気投合してしまったのだ。 そうデイヴだ。

 デイヴはデブだからか、外で行う授業では常に遅れをとる。 それをデイヴの元からの友のキースと俺でフォローしていたのが、リーダーのようになったきっかけかもしれない。

 それにデイヴは、あっけらかんとしていて、楽天的で、同級生の中のムードメーカーみたいな感じだったから、そのデイヴが俺を頼ったりしたからだろう。


 外で行うことは俺はそんな調子で、まあそれなりにこなせたのだが、教室内の授業は全くダメだった。 まあ、体を動かすことしかしたことがなかったのだから、至極当然のことだ。

 あまりに出来なくて困った俺は、仕方がないから、同級生の中で一番頭が良さそうな奴に頭を下げて教わることにした。 エレクだ。

 今考えると、これが俺の人生のターニングポイントだったかもしれない。

 エレクに教わることになって、俺はそれまで目に入っていなかったアレクと知り合うことになったのだから。


 狩人学校の卒業が迫っても、俺はその後の展望なんて何も無かった。 家に戻って、また鍛冶の修行をするのも嫌だったし、かといって狩人としてやっていく自信もなかった。 どちらをしていくという覚悟も持てていなかったのだ。

 そんな中、仲間内で卒業まえに実際に狩に行ってみるという話が出た。 珍しいことではない、卒業を控えた者が幾らかでも自分の実力を確かめてみようと、同級生と一緒に森に入って狩をするのは、毎年見る風景だ。 俺たち以外の同級生もグループを作って森に入って行ってるしな。

 俺のグループは、他よりも人数が増えてしまった。 それは他のグループに属せなかった者が全部集まって来たからだ。 俺は、家業の鍛冶場で落ちこぼれていて、狩人学校でも座学の方はエレクのおかげでなんとかやっていけただけの落ちこぼれ寸前だった。 それだから、俺は一緒に行くなら誰でも構わないと認めていたら、なんとなく人数が増えてしまったのだ。


 「ボブ、アレクも一緒で良いかな?」

 「ああ構わないぞ。 アレクも他に一緒に行くグループに入れなかったのか?」

 「こいつはそれどころじゃないんだ、1人で森に入る気だったんだ。

  卒業後は1人で森で狩人をする気だから、それで良いって。 自分の実力も把握できていないのに、今僕たちが1人で森に入って良い訳ないのに。

  だから僕は無理矢理にでも、アレクと一緒するつもりだったんだよ」

 あの頃のアレクはエレクとは仲が良くて、話もしていたが、基本誰とも付き合わず、1人で行動していることが多かった。 俺はエレクを通して、幾らか言葉を交わす程度だったが、それでも珍しい方だった。


 「アレクに前に一度飯を作って食わせてもらったら旨かったからな。 俺はアレクが一緒してくれて、飯を作ってくれたら嬉しいぜ」

 俺がそういうと、近くで聞いていたデイヴが

 「なんだアレクは飯作りが上手いのか、それは楽しみだな。 何しろキースの飯は不味い」

 「作れもしないデイヴが文句を言うな」


 そうして森に入った俺たち狩人見習いは、まぐれと言うよりも他の狩人が入らないラミアの領域に近い場所まで行ってしまって狩りをしたからか、自分たちが思っていた以上に獲物が取れて浮かれてしまった。


 俺たちが、俺たちが獲れる一番大物の鹿を分担して追い込んで狩ることに熱中していた時、アレクだけは自分で罠を作って小さな動物を獲っていた。 俺はアレクが他の仲間を気にせずに、自分のことに集中しているのが気になったが、その時は実は心の中では怒っていた。

 「全く、みんながすることに合わせろよ」

 なんて思っていたのだが、その気持ちは他の仲間も持っていたみたいだ。

 みんながアレクがそんな風でも仲間外れにしなかったのは、エレクが

 「アレクは卒業後のために、自分が1人で森で生きていくことが本当に可能かどうかの実験をしているんだよ」

 と庇って説明していたこともあるが、アレクは飯作りだけは全員分をきちんとしてくれて、その飯が旨かったからだと思う。


 そんな中で俺は、武器の扱いはキースと意外なことにデイヴが本当に上手くて、ケンも結構使えることを知った。 アレクが飯作りに使う肉以外の物を森の中で見つけてくるのはハキとヤーレンだし、森の中でちょっとした必要な物を木を切って作るのはバンジだ。 毎回の煮炊きの竃はダイクが作っている。

 俺は結局、力仕事しか人より出来ることがなかったのだが、それさえギュートの方が上だった。


 俺はなんとなくそのグループのリーダーのような立場になっていたから、自分が一番何も出来ないということに気づいたショックを表に出さないようにしていたが、内心では鍛冶もダメ、狩人としてもダメだ、と深く落ち込んでいた。

 それだからかもしれない、俺はラミアの森の中にまで踏み込んでしまっていたのも全く気がつかず、少しはしゃいでケンが提案した酒を一番多く飲んで、なんの警戒心もないまま寝込んでしまい、気がつけばラミアに捕らえられていたのだった。


 気がつけばと言葉では簡単だが、実際はいつ気がついたのかも俺は良く分からない。 きちんと理解できた時には、俺はラミアに捕らえられていたと言うよりは、世話をしてもらっていたのだ。

 後からラミアの毒の副作用で、夢うつつを彷徨っていたらしいことが判ったが、ラミア自身でさえ、ラミアの毒にそんな副作用があることを知らなかったのだ。

 ただ1人アレクだけが、その状態を免れていたので、その事からラミアの毒には、眠らせたり、男を勃たせたりする以外に、副作用があることが判明したらしい。


 アレクが1人俺たちと違う状況になったのは、まだラミアの戦力としては見習いグループの一つであったナーリアたちに捕まったという、本当にちっぽけな偶然からだった。

 結局俺たちは、ラミアの里での最初のうち、かなりの時間をアレクの作る食事とラミアに世話してもらう事で過ごして、やっとラミアの毒の副作用から抜け出すことが出来た。

 俺は違う状況になったのが、アレクで良かったと思った。

 例えばそれがデイヴだったら、とてもではないが俺たちみんなの療養のための食事を作るなんてことは出来なかっただろう。


 俺はアレクに、食事のことをとても感謝していたが、アレク自身については単純に運が良かった奴だと思っていた。

 それはアレクがナーリアたちに教えて、周りに評価されていた事柄は、どれも人間である俺たちにとっては普通のことで、誰でも教えられることだったからだ。

 後にラーリア様やミーリア様たちに、実際にそれらのことをアレクがラミアに教えるまでの苦労を、面白おかしく話してもらうまで、俺は本当にアレクは単純に運が良いだけで評価されて羨ましい奴だと内心では考えていたのだ。

 たった火を使うという一つのことだけでも、それをするには大きな問題を克服しなければならなかったのを、俺は考えてもみなかった。


 そんな俺がアレクの評価を変えたのはゴブとの戦いの後だ。

 ゴブとの戦いは、もうその時には魔物ではなくて、自分たち人間と同じように感じていたラミアの滅亡の危機で、俺たちも命をかけてゴブと戦おうという気持ちになっていた。 しかしラーリア様に言われたとおり、俺たちはまだ戦いの場に出れるだけの体力がなく、後方支援をするのがやっとで、俺は1人戦いに参加する羽目になったアレクがとても心配だった。

 狩人仲間に死者が出るのは嫌だったし、もしもの時は、それこそ俺は仲間みんな揃って戦いたいと思ったからだ。

 アレクは無傷で戻って来たが、まだその時にはあまり良く知らなかったサーブが重症で戻って来た。

 その戻って来たときの慌てた様子から、俺はサーブは助からないだろうと思った。

 だが、それをアレクは助けた。

 俺が驚いたのは、アレクが学校に通いながら時間をやりくりして働いて、外科手術の道具などを買っていて、それを使う技術と知識もちゃんと得ていたことだ。

 アレクは自分がこれから1人で森で狩人として暮らしていくには、どんなことが必要になるかを考えて、無理をしてそんな物を買い求め、知識も得ていたのだ。

 自分の目的に向かって、一生懸命に努力して来たのだ。 ラミアに捕まる前、1人だけ罠で小動物を獲っていた行為さえ、そういう目で見ればとても意味がある行為だった訳だ。

 俺は自分が先のことなど何も考えられずに、自分の状況から逃げるためだけのことで、努力をしていなかったんだと、その時につくづく気づかされたのだ。


 ゴブとの戦いの後、仲間たちはそれぞれに自分の得意なことでラミアの里に貢献するようになってきた。 俺にも何かと思ったのだが、何も思いつかなかったのに、どういう訳かラミアが一番困っていて、求められたのは俺が逃げてきた鍛冶の仕事だった。

 俺はちょっと躊躇いながらも、俺しか出来る者がいないなら、他と比べられることもないし、何よりもラミアが本当に困っているのならと思い、他に俺は出来ることもないから、鍛冶の仕事を引き受けることになった。

 そして俺と同様に貢献できる仕事を思いつかないでいる様だったデイヴとキースを相方に鍛冶の仕事を始めた。


 ラミアの里で鍛冶の仕事を始めてみると、俺は自分の腕が本当になっていないことにすぐに気がついた。 それはもちろん俺はナイフだとか鎌くらいの刃物を作ることは出来る。 でもそれは、鍛冶屋ではない仲間たちだって、狩人としてもしもの時には応急的に作れる物に毛が生えた程度のことだった。


 「ボブ、私がゴブとの戦いで使い潰してしまったこのハルバートなのだが、なんとかなるべく原型を留めたまま、使えるように直してもらえないだろうか。

  背に腹は変えられないと思い、このハルバートを私は使ってしまったが、このハルバートは本来私が使って良い物ではなく、サーブかサーブの姉妹に持たせるべき物だったのだ。 これはあの姉妹の父親の形見なのだよ。

  私たちラミアに鍛冶の技術はないので、それがどれだけ困難なことかも私には解らないのだが、これだけ傷つけてしまったら、とても難しいであろうことは想像出来る。 でも何とかしてほしい」


 ラーリア様の心からの願いを、俺はどうにかしてやりたかったのだが、最初は全くどうして良いか解らなかった。 どうしたら、そんな思いのこもった武器を直すことが出来るだろうかと考え続けた時、自分が作る剣の一振り一振りだって、もしかしたらそういう思いを込めてもらえる物になる可能性に気がついた。 いや、そういう思いを込めてもらえる様な、使っている人を助けるような武器を渡さなければならないんだと気がついた。

 それまでの俺は、剣を打っても、それを使う人のことを考えていなかった。 その出来栄え、見栄え、売り物として良く見られることだけしか考えずに作っていた。 俺はラミアの里で剣を打つようになって、見栄えだとかは全く考えないで剣を打つようになった。 まずは折れたりしないで、使っているラミアを守れるような剣を打ちたいと考えて、次に振っていてなるべく疲れない剣にしたいと考えた。

 俺は頭が良くないから、自分で考えるだけでは良い方法なんて思い浮かばないから、デイヴとキースにも相談し、図書館にある鍛冶に関する本なんかも隅々まで覚えるほど読んだ。 俺はセカンに教えてもらうまで、鍛冶の技法が書かれた本があることも知らなかった。

 そうこうしていたら、俺は何とかラーリア様から頼まれたハルバートをやっとではあるけれど、修復することが出来た。 俺はこのハルバートに込められた思いを何とか損わずに済んだと、鍛冶屋として、初めての満足感を味わった。


 そんなことをしている最中、あの事件が起こり、その直後にアレクがハーピーの里に向かうという相談を、真っ青な顔をしたナーリアから受けた。

 俺は本当に今までの人生最大の衝撃を受けた。 アレクは、運が良いのではない、俺なんかには想像のつかないでかい男だと、俺は一瞬で理解した。

 そして、何としてもアレクを死なせてはいけない、と思って、俺はナーリアにどうにかすると請け負った。

 俺は自分だけではこの事態をどうにも出来ないと思って、仲間たちに相談した。

 仲間たちも、俺と同じように衝撃を受けたようだった。

 「アレクを命の危険があるハーピーのところに行かせてはダメだ。

  アレクの代わりに俺が行く。 でも俺は知っての通り頭が良くないから、俺だけではハーピーのところに行っても、相手にしても貰えないだろう。

  誰か俺に付き合ってくれ、済まないが解っていると思うが命の保証はない」

 俺の説明と提案を聞いた仲間たちは、みんな自分が行くと言った。 前夜の話し合いでは、結局誰が俺と行くか決まらず、当日となってしまった。


 当日、俺はアレク本人から、俺をハーピーの里に行かせる訳にはいかないと反対され、結局、行かせたくなかったアレクと、俺の手伝いだけして自分たちが引き受けている特別な仕事がないということで、デイヴとキースが行くことになってしまった。

 俺は自分の鍛冶としての存在を、仲間たちもそんなに重要だと思っていてくれたことは嬉しかったけど、やはり俺は一番大事なところでは役に立っていないと思った。


 その後、ハーピーとの同盟がなり、ラミアの多くが冬籠りすると、自分たちの体型が変わってしまうほどの特訓をさせられたり、デイヴが領主様の三男で、キースがその護衛の騎士見習いだったことに驚いたりもしたが、俺は基本、鍛冶ばかりをしていた。

 セカンとミーレナさんの刀や、ディフィーとロア様の長刀なんていう今まで知らなかった武器を作ったりで、自分でも何となく鍛冶の腕は少し上がったかなと思うようになったのだけど、ミーリア様の槍を新しくし、ナーリアの槍を作ったのは、楽しかった。 実用性だけを考えて打っていたので、実用性と共に見栄えを必要とする物は、何だかとても楽しかったのだ。


 そんな鍛冶しかしていないような俺だったけど、それでも仲間たちは狩人学校時代の単なる癖なのか、俺のことを自分たちのリーダーとして振る舞ってくれる。

 俺にはその理由が分からない。

 俺たちの中で、アレクは一目置かれているのだけど、そのアレクも仲間で行動する時には俺の指示に従おうとしてくれるのが、俺には何故なのか理解できない。 そして仲間たちがそれを当然視しているのは不思議でしかない。

 でも俺はいつまでその状態が続くか分からないけど、みんなが俺をリーダーとして扱ってくれるなら、その期待に応えたいと思った。

 俺がリーダーとして何かしたり、言ったりすることなんて、実際にはほとんどそんな機会なんてないのだけど。


 俺が仲間たちのリーダーとして振る舞う数少ない機会の一つは、それは戦いの場だ。

 狩人を目指していた俺たちが野生の獣を狩るのではなく、戦いのために武器を使うのは違う気がしないではなかったが、今の俺たちはそんなことを考えている余裕はない。

 特に最初の戦いは俺たちには余裕がなかった。

 覚悟を決めるために、俺は仲間を代表して自ら自分たちが先陣で戦いたいとミーリア様に願った。 初めて命をかけて、狩るのではなく戦うことになった相手は、皮肉なことにゴブではなく同じ人間だった。

 それでも俺は、商人を襲う悪党から商人を守る戦いなのだと思い、それでも少しは気持ちが楽だった。 しかし、戦うということは、敵を殺さなければ自分が死ぬということで、自分が人殺しになるということだ。

 俺はリーダーとして、自分が命令して、自分が先頭で戦いに臨まねばならないと決意した。

 でも実際には、その戦いの場には俺の命令ではなく、指揮官であるナーリアの命令で、俺たちは賊と戦うことになった。 俺は仲間に命令を下して、人を殺させる、または殺されたり大怪我をする場に出て行かせるという重い責任を、ナーリアに替わってもらったようなものだと思った。

 そして2度目のフロードとの戦いの時にも、俺は参加しただけで、初回の時以上に何もしないで、ただナーリアの指揮に従っただけだった。


 やはり俺は、仲間たちのリーダーという立場になっているけど、何の役にも立っていないなぁ、と仕方のないことだけど考えざる得なかった。

 俺はラーリア様との間に子供まで出来て、ラミアの里で暮らしていく決心はついたのだけど、自分の立場に真剣に悩んでいた。 今現在は鍛冶で少しは貢献しているけど、それ以外はダメダメだと自分では悩んでいたのだが、みんながゴブとの戦いに向けて必死になっている時に、自分のそういった悩みや、弱いところを見せて、特にただでさえ忙しいラーリア様とミーリア様たちにそんなところを見せる訳にはいかなかった。

 そして仲間たちにも、怖くて膝が震えそうなゴブとの戦いが迫っている時に、何故かは分からないけどリーダーになっている俺が、弱いところを見せて良い時ではない。


 たぶんゴブとの戦いを見据えてのことなのだろう。 領主様の計らいで、俺は自分の家に約1年ぶりに無事が伝えられ、大急ぎで人間の嫁ももらうことになった。

 自分にも人間の嫁が来るというのは、デイヴやキースの先例があったから、何となくあっさり受け入れることが出来たのだが、そのために家族に会うのは、本当のことを言えば少し怖かった。


 会った途端に親父は言った。

 「お前が腰にぶら下げている剣は、どうしたんだ? 騎士様になったというから剣を帯びているのは分かるが誰が打った物だ?」

 俺はちょっと恐る恐る言った。

 「これか、これは俺が打った物なんだ。 ラミアの里には武器の在庫がほとんどなくて、壊れたりしたのを大事にとってあったのを、溶かして俺が作り直したんだ」

 「そうか、それじゃあ、見せてみろ」

 親父は俺から剣を受け取ると、じっくりとその剣を見た。

 「うん、なかなか良く打てているじゃないか。

  家でお前が打っていた物と比べると、雲泥の差だ。 これならどこに出しても恥ずかしくないな」

 俺は親父からそんな評価を得られるとは思っていなかった。 折れないように、振るのに疲れないようにと、実用ばかり考えた剣だから、親父や爺さんが打った剣のような気品なんてまるでない無骨な剣だ。

 「お前が打った物は、お前だけが使っているのか?」

 「いや、ここに来ている仲間や、ラミアたちも俺の作った武器を使っている」

 「そうか。 お前は何を考えて、それらの武器を作った?」

 「俺は、俺の作った武器を使うのは、みんな俺の大事な人たちだから、少しでも俺が作った武器がみんなを守ってほしいと思って、それだけを考えて鉄を打ったんだ。 だから親父や爺さんのような綺麗な武器にはなってないと思うけど」

 自信がない俺は、親父にそう言った。

 「武器に気品なんていらない。

  武器や防具は使う人を守ることが出来ることが一番だ。

  お前の打ったその剣と同じように他のも出来ているとしたら、お前はなかなかの腕になったと認めるぞ。 だが、もちろんまだまだの部分もある」

 親父は少し嬉しそうな顔を見せたが、すぐに厳しい顔を見せた。

 「今日はお前の無事を見て、お前に嫁の顔を見せに来ただけだ。 嫁は・・・。

  まあ、それはもういい。 お前が明らかに安心した顔をしているからな。

  嫁はすぐにラミアの里に送る。 それからお前には弟子の世話もしてもらう。

  弟子も準備が整い次第、ラミアの里に送る」

 「親父、俺に弟子って。 それって、俺を一人前の鍛冶と認めるっていうことか」

 「まあ、そういうことだな。

  まさか、兄弟でお前を一番最初に一人前と認めるとは、ここに来てこの剣を見るまで考えてもいなかったがな」

 俺は本当に驚いた。 嬉しいを通り越して、ただ驚いた。

 まさかこの時に、一人前の鍛冶と認められるなんてことは全く考えていなかった。

 「家にいる兄たちも、お前が一人前と認められるまでに急成長していたと聞けば、負けていられないとやる気になるだろうよ」

 親父はそう言ってニヤッと笑ったが、それから急に真剣な顔をして言った。

 「お前は、もう何人かのラミアの嫁も持ち、子供も生まれたと聞いた。

  それに関しては、もう一人前と認めたんだから、俺は何も言わねえ。

  ただ、家の方にそのラミアの嫁と子供を早く見せに来い」

 「親父、俺のラミアの嫁さんて、驚かないでほしいのだけど、ラミアで一番偉い人がいたりして、そのラミアに子供を産んでもらったんだ。

  そんなだから、今のこの騒動のケリがつかないと、どうにも時間を取れそうにないんだ。

  だから、すまないけど、出来たらラミアの里の方に遊びに来てくれ。

  忙しくて、ラーリア様とミーリア様たちは、あ、俺の嫁になってくれているラミアの名前だけどな、あまり時間は取れないだろうけど、赤ん坊に会ったりは出来るからな」


 俺は自分では全く考えていなかったのだけど、何とかラミアの役に立ちたいと思って鉄を打っていたら、親父に認められるだけの腕に気づかずになっていた。

 そして俺は鍛冶の腕を親父に認めてもらえたら、それまで感じていた焦りのような心の根底にいつもあって、俺を苦しめていたものがなくなっていることに気がついた。


 「ボブ、何だか最近機嫌が良いわね。 人間の妻が増えるのがそんなに嬉しいの?」

 少し嫉妬の色を滲ませるような感じで、ミーリア様に言われてしまった。

 ミーリア様は物凄く忙しくしているのに、俺の気分とかをいつでも気にかけてくれている。

 「違います」

 俺はちょっと慌てて弁解した。

 「この間、親父に久しぶりに会った時に、人間の嫁の話だけじゃなくて、弟子も寄越すと言われたんです。

  剣を見せたら、『これなら弟子を任せても大丈夫だろう』と」

 「それって、ボブがお父さんに鍛冶職人として認められたということ?」

 「はい、弟子は一人前と認められないと持てませんから」

 答えていて、自分の顔が緩んでしまったのが分かった。

 「そう、そうなの。 ボブの家って、この地方で有名な鍛冶屋なのだと領主様から聞いたわ。 そのお父さんから認められのね。

  ボブ、良かったわね」

 ミーリア様は満面の笑顔で俺の返答を喜んでくれた。

 俺はそのミーリア様の喜んでくれている顔を見たら、余計に顔が緩んでしまった。


 デイヴの次兄のダインさんが王国との交渉から戻って来て、予定外にゴブとの戦いの期日が急に早まったことが分かった。

 その打ち合わせにミーリア様とデイヴ、キース、そしてアレクを含むナーリアが領主の館に向かった。 流石にアンとメリーは含まれていなかったけど。

 その日の夕方、もう暗くなり始めてハーピーが飛ぶには遅いくらいの時間だろうと思う時になって、ハーピーの里に戻る途中でハライトが報告も兼ねて寄って行った。

 ラーリア様に対して、その日に領主館で話された内容をごく簡単に告げて去るかと思ったら、俺たち人間は明日一番に領主館に行かねばならないことを俺にも告げて来た。 ハライトはもっと何か言いたげだったのだが、夕闇が迫っていたのと、近くにいるラミアをちょっと気にするそぶりで、それ以上は何も言わずに去って行ってしまった。

 俺はそのハライトのラミアを気にするそぶりが、ちょっと気になった。

 「なんか、ラミアに聞かせたくないことでもあったのかな?」

 俺はその時にはまだ気楽に、男同士の軽い秘密の会話があったのかなと思っていた。


 領主館に俺たちが行く理由は、騎士の決起集会に俺たちも参加するためとのことだった。

 何の縛りも無い名前だけの騎士ということだったけど、やっぱり騎士という地位を貰うと、しなければならないことはあるのだなと俺は思いながら、領主の町への道を馬で駆けた。

 俺たちの中で、エレクだけがとても沈んだ深刻な顔をして馬に乗っていた。 俺は気になって声を掛けた。

 「エレク、何塞ぎ込んだ顔をしているんだ?」

 「ボブ、覚悟して領主の館に行く方がいい」

 俺はエレクが何を言っているのか解らなかったが、急いでいる途中だったから、そのまま館へと向かってしまった。


 館で、俺たちが呼ばれた本当の理由が説明された。 ここに来る途中で、ミーリア様やナーリアたちには会ったから、館にいるのはハーピーの3人も含めて男だけだった。

 「すまない、ゴブに捕らえられた女を処理するのを王国から押し付けられてしまった。 本当にすまない。 どうにもならなかった」

 ダインさんが身を震わせて、泣きそうな顔で俺たちにも事情を説明してくれた。 エレクが言っていたのは、これか。

 「すまないが騎兵の数が足りていない。

  こっちに逃げてくるゴブの集団を囲い込むのに、お前たちの手も借りたいんだ。

  捕らえられた女たちの処理は、僕たちがするから、そこは心配しないでくれ」

 アルフさんがそう言うと、ストームさんが、

 「私も久しぶりに戦いの場に出ますかね。 たまには戦いの場に身をおかないと鈍っちゃいますからね」

 と気楽な感じで言うが、そんなことでは無いのは俺でも分かる。

 俺はデイヴ、キース、アレクの顔を見た。 3人の顔は決意をしているのが分かる厳しい顔だった。

 3人はアルフさんだけに任せずに、その本当に嫌な戦いに自分たちも出る気なのだと、俺は一瞬で理解した。


 俺は色々頭の中で考えなければいけないとは思ったのだが、考える前に言葉が出てしまった。

 「駄目だ、お前たちだけになんて任せられねぇ。

  俺も一緒に戦うぜ」

 その場がシーンと静まりかえってしまって、俺は自分が言った言葉の意味がとても深いことに気がついた。


 沈黙を破ってケンが言った。

 「俺たちのリーダーはボブだ。 俺はボブの言葉に従うぜ」

 普段そんなことは言わないギュートがそれに続いて言った。

 「ああ、流石にボブは俺たちのリーダーだけのことはあるぜ」

 みんなも大きく目を見開いた顔をして頷いた。

 俺は心の中に色々な思いが溢れて嵐になってしまい、それ以上何も声に出せなかった。


 「すまない。 みんな、本当にすまない」

 ダインさんはそう言って俺たちに頭を下げたが、もう抑えられなくて、涙が床にポタポタと落ちた。

 ダインさんの苦しさ、辛さは、俺でも何となく理解できる。


 俺は戦いの時、少しでも良いから、ダインさんの、アルフさんの、そしてデイヴの苦しさ、辛さを引き受けたいと思ったが、何も出来なかった。

 戦いは想像していた以上に辛くて、自分も含めてだが仲間たちにとても大きな傷を与えてしまった。

 誰もそのことに対して俺を責めないけど、俺は仲間が俺の言葉に従って、その痛みを受け入れてくれたことを死んでも忘れない。 当然だ。 自分でも自分が死ぬより辛いと感じたことを、仲間は俺の言葉に従って、一緒に行ってくれたのだ。 俺が忘れて良いはずがない。


 俺は今も次のゴブとの戦いに向けての武器を、今では弟子と一緒に作っている。

 俺には指揮官になれるような頭はないから、仲間のリーダーだと言っても、戦いの時に先頭で敵に向かって行く位のことしかできない。

 そんなのでリーダーなんておこがましいし、本当はアレクや、デイヴ、それでなければ頭の良いエレクの方がリーダーにふさわしいんじゃないかと思う。

 でも、仲間たちが俺をリーダーだと思ってくれるなら、思ってもらえるうちはリーダーとして自分は振る舞いたいのだ。

 鍛冶しか俺には出来ないけど。


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