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私たちの呼び方は

 バンジと一緒に暮らす妻たちの中で、私も含めて私と同年の3人はなんとなく立場が苦しい。

 と言うか、ミーレナさんがあまりに優秀過ぎて、私たちはどうして良いのか分からない気分になってしまうのだ。


 そりゃもちろん、ミーレナさんは元ミーレアだし、先のゴブの戦いの時の英雄だし、私なんてその命を助けてもらった1人だし、それでいて、ミーレアを引退したから「様」付けでなく、「さん」付けで呼んでと言う程気さくだし、アーリア・アーレア・アーロアの私たち3人とは元から格が違っている。

 でもそれだけではない。 ミーレナさんは、片手が使えなくなったからとミーレアを引退したのに、今でもセカンとともに抜刀術なんて技術を極めようとしていて、剣の強さでは私たちなんて足元にも及ばない。 さらに弓も自分用の特別な物を作ってしまい、その腕は遊びの試合だがラーリア様に勝ってしまわれたと聞いた。 それに普段の人間の食事を今までナーリアたちと一緒に請け負っていて、人間の料理まで上手ときている。

 あまりにスーパー過ぎて、全く手も足も出ないという気分になってしまうのは、仕方のないことだと思う。


 「元々私たちは立場が下だけどさ、あなたたち3人は辛いよね。

  ミーレナ様、おっと違ったミーレナさんと一緒だと、自分の不出来さ加減をこれでもかと突きつけられちゃうものね」

 こんな風に私たち3人は、姉妹たちなんかからよく言われるのだが、何の反論も出来ない。 全くその通りだからだ。


 「言っておくけど、劣等感に苛まされているのはあなたたち3人だけじゃないのよ。 私だって、劣等感に苛まれているのだから。

 ラーリナ様だけよ、ミーレナと一緒にいても平然とどっしりと構えていられるのは。 私なんかじゃ、無理無理」

 ミーリナ様までが私たちに向かってそう言うのだから、私たちが自分たちの力のなさを嘆いても仕方のないことなのだろう。


 それでももちろんミーレナさんは片手が使えないから、時には上手く出来ないことがある。 そんな時に誰よりも素早く、さりげなく手伝いをするのはバンジだ。 私たちはラーリナ様からしてミーレナさんの不自由さを補う気持ちを持っているくらいだから、誰もが常にそれは心掛けている。 それなのに気がつけば、ミーレナさんの片手で困ることをサポートしているのは、バンジが一番多いのだ。 そしてそれが困っていることをサポートし終わると、スッと離れてしまい、ミーレナさんに感謝の言葉を発する隙さえ与えないのだ。

 最初、私たちはその動きに気づくことが出来ないくらいだった。 バンジの動きが自然過ぎて、ミーレナさんの不自由をサポートしたのだと分からなかったのだ。 私たちはラーリナ様がそれを見てニコニコしているのに気がついて、その笑顔の理由を追おうとして、そのバンジの動きの意味に改めて気がついたのだ。 私たちが気が付く前に、バンジとラーリナ様はミーレナさんが困ることに気がついて、バンジは私たちが気づく前に対処を終えていたのだと、後から考えついた。


 その辺の呼吸は、ラーリナ様とミーレナさんとバンジが、ミーリナ様も含めて私たちが一緒にこの家で暮らすより前から、3人でこの家で暮らしていたからかもしれない。 3人は秋に私たちが眠りにつく前からこの家で暮らし始めたのだから、その時間のハンデは大きいのだろうと思う。

 「でもだよ。 それでも私たちは恵まれているよね。

  最初からのナーリアたちを除けば、家があって、夜もずっと一緒にいられているって、まだ私たちだけなんだから」

 「そうよね、他の私たちの姉妹たちに比べれば、私たちは恵まれているわ。

  他の姉妹たちは、まだ里でそれぞれのグループに割り当てられた部屋に暮らしていて、ミーリア様たちやミーレア様たちに都合をつけてもらわないと男たちとは夜を共に出来ないし」

 そう私たちは子供が生まれた時にバンジが張り切ってしまって、この家の拡張をしたから、みんな一緒に暮らしているけど、まだ他は家さえきちんと建てられていないのだ。 それを考えればずっと恵まれている。


 こんな私たちだけど、バンジはとても公平に私たちを扱ってくれる。 それはラーリア様たちの方針でもあるのだけど、元々はナーリアたちに対するアレクの方針らしい。 どうやら人間の男たちは、可能な限り、自分の妻たちを公平に扱おうという傾向があるのではないかと私は思う。

 上位として、人間の男と接する機会は与えられていたけど、こんな風に公平に、ラーリナ様、ミーリナ様、そしてミーレナさんと同等にバンジに接するようになったのはゴブとの戦いの後からだけど、それ以降の私たちは自分でも変わったと思う。 定期的にバンジの精が得られるから、体もエネルギーが満ちていて、変化していると思うけど、一番はやっぱり精神的なものだ。 今の私たちはとにかくバンジの役に立ちたい、バンジと共にありたいという気持ちがどんどん強くなっているのだ。


 アレクにだけでなく、デイヴとキースにも人間の妻が出来た時、バンジは

 「すまないけど、俺には人間の妻が出来る当てはないんだ」と言っていた。

 それをミーレナさんはとても不思議がっていたのだけど、それには私も激しく同意する。 こんなに素敵な男を狙っている人間の女がいない訳が無いと思ったのだ。

案の定、バンジにもチョナと名乗る人間の妻が出来た。

 私たちは「やっぱりいたじゃない」とは思ったけど、ちゃんと仲良くしていこうという気持ちも、きちんと強く持っていた。


 人間の女で、以前からバンジと面識があったとしても、このラミアの里での生活は別物なのだから、私たちはチョナをフォローしてあげなくてはいけない、と私たちは考えていた。

 ところが、そんな私たちの甘い幻想はすぐに打ち砕かれた。 チョナはミーレナさんとはまた別の意味で、とても優秀だったのだ。


 もちろん人間の女なのだから、人間の料理が出来るのは理解できる。 すぐにミーレナさんと一緒に料理を担当するようになったのは、これは仕方がないと思う。 でもチョナはそれだけでなく、2人の赤ん坊の世話も私たち以上に上手くこなしているのだ。 チョナは人間の女で、ラミアの世話なんてしたことないだろうに。

 「ラミアの赤ん坊といっても、足が途中から尻尾になっているだけで、人間の赤ん坊と変わらないですね。 私のいた所は、みんなで寄り添って生きている、このラミアの里とそんなに変わらないような所でしたから、小さい頃から赤ん坊の世話は良く任されたので、慣れているんです」

 ラミアは、本当に上位の一部しか今まで赤ん坊の時の子育てに関わってこなかった。 その理由は、今までのラミアの赤ん坊時の子育てが、とても悲惨だったからだと、私は最近になってから知った。 そんなだから、私たちは赤ん坊の世話は初めてのことで、ラミアと人間という違いはあっても、経験のあるチョナの方が赤ん坊の世話はずっと上手だったのだ。


 でも、それ以上にショックだったのは、チョナは私たちが今まで全く気付いてもいなかったことで、バンジを支えようとしていたことだ。


 バンジは建物の建設をほとんど1人で請け負っていて、最近では家には2人も赤ん坊がいるので、簡単な作りだけど仕事のための作業場を私たちも手伝って、家からほんの少しだけ離れた場所に作った。 そこで建物作りの下準備をしたり、建物に取り付ける建具などを作っているのだ。 以前に光が透けて入る窓枠作りをミーレナさんが手伝ったのに倣って、私たちも自分の役目で出かけている時以外は、最近はなるべくそこに行って、バンジの手伝いをしようとしている。 


 夕方になると、バンジは私たちを先に家に帰るように促してくれる。 夕食の準備にミーレナさんとチョナが取り掛かるから、その時間は私たちに赤ん坊たちの世話をするように、という配慮だと私たちは単純に考えていた。 そして、チョナはある程度食事の準備が整うと、作業場のバンジの元に向かう。 私たちは、チョナがバンジに自分だけで甘える時間を持ちたいのだろうと思っていた。 人間は一夫一婦制が基本だというから、私たちラミアの様に多くの妻が一緒に暮らすという生活には慣れていないから、どうしてもバンジと2人だけの時間が欲しくなってしまうのだろうと、私たちは勝手に解釈していて、まだラミアの里の生活に慣れていないのだろうと容認している気分だった。

 自分では単純な悪戯心と思いたいけど、バンジと2人きりの時間を持ちたいのは、ラミアの私にももちろん存在する感情があるからか、私はある時、作業場に居るバンジの元に向かうチョナをそっと追って行った。

 「2人だけで毎日何してるのよ」と、少しだけ嫉妬心を滲ませた言葉で2人を揶揄ってやろうと思ったのだが、私の口から出た言葉は全く別の言葉だった。 「何やってるの?」

 私が揶揄ってやろうと思って踏み込んだ現場で、2人がしていたのは、道具の手入れだった。


 考えてみれば当然のことなのだが、私はバンジや、バンジに教わって私たちが使う道具に手入れをする必要があることに全く注意が向いていなかった。 私たちが今までも常に使っていて、日常に溶け込んでいるナイフや剣などは、私たちも手入れをして磨いたりを心掛けている。 でも、バンジが使う様々な道具は私たちにとっては見慣れない馴染みのない物だったので、同じ刃物でも、使っているのにその手入れに全く意識が向いてなかったのだ。 いや、たぶん切れ味などに問題を感じたら気がついていたのだろう。 でも常に鋭かったから、手入れする必要を感じることがなかったからこそ、きっと盲点となったのだ。


 バンジとチョナは、そういった道具の手入れを毎日私たちが見ていないところでしていたのだ。

 「大工道具の手入れは、ラミアが普段使っているナイフや剣、それに鎌なんかとはちょっと別物だからな。

  それぞれの道具によって、刃の角度が微妙に異なっていたり、刃先を完全に真っ直ぐに研がなければならなかったり、刃を取り外してまた組み込んで調整しなければならなかったり、色々と面倒なんだ。

  それから鋸の目立てはヤスリで行うのだけど、ラミアの里にはヤスリ自体がなかったみたいだしな。

  追々みんなにも教えようと思っていたのだけど、今はまだみんな他のことに忙しかったから、2人でやってたんだ」

 「チョナは、そういうの全部できるの?」

 「チョナは俺の師匠の娘だからな、当然全部出来るよ」

 「チョナ、私にも手入れの仕方を教えてくれるかな。 そもそも私にも出来るかな」

 「もちろん、アーリナ様でも少し練習すれば出来ますよ」

 「それじゃあ簡単なのから一つづつ教えて。 それからチョナ、私のことは普通に呼び捨てで良い。 チョナは私の師匠になるのだから、私に様付けはいらない」

 「でも、バンジもアーリナ様って呼ぶのに、私が呼び捨てはおかしいです」

 そうか、そこからか。


 その晩、私は食事が終わった時に提案した。

 「みんな聞いてください。 一つ提案があります。

  呼び方、変えませんか。 主にバンジとチョナが私たちを呼ぶ、その呼び方なんですけど。 私、2人に様付けで呼ばれるのに凄く違和感があるのです」

 「あ、アーリナ、私、それ凄くわかる。

  ミーレナさんが『さん』付けで呼ばれるのに、私たちが『様』付けって、違和感以外の何物でもないもの」

 アーロナが即座に同意した。

 「それは上位に対する『様』付けで、私は上位を外れたのだから当然のことよ」

 ミーレナさんが自分のことをそう言った。

 「いえいえ、それはやっぱり無理ですよ。

  それに上位って言っても、確かにバンジたちがラミアの里に来た時はそうだったかも知れないですけど、今では実質バンジたち人間の男たちはみんな確実に上位の地位にいますし、戦えば私たちよりずっと強いのですから、私たちが上位ですなんて、とてもじゃないけどふんぞりかえれません」

 アーレナがそういうとミーリナ様が

 「確かにそれはそうだな、バンジたち人間は今では確実に上位として暗黙のうちに数えられているし、強さでいったら今では私たちミーリアよりも強いだろう」

と同調した。

 私は続けた

 「それにですね、年齢でいったらバンジは私たちと同い年ですよね。 同い年に様付けはないですよ。 チョナも一つ違いですから、ナーリアたちと人間たちの関係を見てると誤差範囲です。

  それから、チョナは私の師匠になったので、弟子に様付けはおかしいですしね」


 そこからチョナが私の師匠になった話で盛り上がったのだが、呼び方は私の希望が通った。 私、アーレナ、アーロナは呼び捨てと。

 ただ予定外に、ミーリナ様も私たちに便乗して自分の意見を押し通して、「さん」付けとなった。 ミーレナさんが「さん」付けなのを、前からずるいと思っていたのだという。

 ラーリナ様も「それなら私も『さん』で」と言ったが、これは全員に即座に却下されて、がっかりしていた。



 「様」が取れて、バンジにただ「アーリナ」と呼ばれるのは、とても気持ちが良い。 たったそれだけのことだけど、私とバンジの間が何だかとても近づいた気がする。

 それになんだか「様」が取れたら、自分が背伸びしないで過ごせるようになった気がする。 バンジやチョナに物を教わって、ゆっくりだけど出来ることが広がっていくのがとても嬉しい。 ミーレナさんみたいにはとても出来ないけど、バンジやチョナと対等な立場で一緒に何かするのが、なんだかとても楽しい。


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