貧乏ゆすり
私は不器用だ。
他人からもそう思われているだろうが、それ以上に自分でそのことを知っている。
他の人が直ぐに出来ることが、私は上手くできない。
何回も何回もやってみて、体に覚えさせないと出来ないのだ。
それだけでなく、何というか、感性を要求されるようなことは練習しても出来ない。
そんな私だが、普通のことは何度も練習すれば出来るのだ。
そして私は、どうもここはみんなと違うらしいのだが、練習するのは嫌いじゃない。
いや、もっと素直に言おう、練習するのは大好きだ。
剣を教わった時、みんなはその教わっている時間のうちに、どんどんちゃんと剣を振るえるようになっていった。
私はそんな器用なことは出来ない。
正面に振り下ろすだけ、その一つの動きさえ、私には出来なかった。
だから私は空いた時間に、剣を正面に振り下ろすことだけ練習した。
何度も何度も剣を振り下ろしていると、どう体を動かせば素早く、力がこもって振り下ろせるかがだんだんと分かってくる。
このだんだん分かってくる感覚や、一心不乱になって何も考えていないようだけど、感じている見えている一瞬がある、そんな時間が好きなのだ。
次に剣を教わった時、正面に振り下ろすのだけは誰よりも上手いと褒められた。
他は全然だけど、私は嬉しかったし、焦らない。
次は袈裟に振るのを練習しようと思った。
そうやって一つづつ、剣の振り方は覚えた。
弓も私には最初は難しかった。
ただ引っ張るだけだから、力はある方だし、上手くいくかと思ったら、全くダメだった。
射るなんてところまで到底行かず、矢を番うことさえまともに出来なかった。
でもそれはみんな一緒で、最初に矢は使わないで、空射ちの練習ばかりさせられた。
みんなはそれにすぐ飽きてしまったのだけど、私はそれが面白くてしょうがなかった。
きちんとした動作で、きちんと構えて弦を放すと、そうでない時と違う音で弦が鳴った。
何度も繰り返すうちに一度まぐれで出た最高の音を、毎回出せるようにしたいと思って繰り返す。
何が違うのかを考えながら、また繰り返す。
そうしているうちに段々良い音が出る時が増えてきて、そうしたら矢を番えることも簡単になり、何故か私は誰よりも矢が当たる様になった。
だけど練習だけではどうにもならないことも多い。
気配を消すなんてのは、それが出来る者がすぐ近くにいるから、どういうことかは理解できているのだが、何度教わっても練習しても一向に出来ない。
音を立てずに移動するなんてのも、注意を払っているつもりなのだが、私は音をどうしても出してしまう。
つまりは不器用なのだ。
どうすれば良いか、やる事が明確に分かっていることは練習すれば出来るけど、その場その場で臨機応変に変えていかなければダメなことは一切上手くならない。
アレクが藁を編むという技を教えてくれた。
私はその一つ一つ丁寧に編んでいくという作業がとても好きだ。
単なる草の茎が、私の手によって様々な形を作り、役に立つ物に変化していくのは、自分でやっていることなのだが、何だかワクワクした。
糸を作るのも良い。
繭から糸を引き出して、丁寧に小枠に巻きつける。
それを次に撚りをかけながら大枠にまた丁寧に巻きつけていく。
同じ作業の繰り返しなのだが、丁寧に細心の注意を払って続ければ、出来上がっていく糸は、とても美しい糸になる。
アレクは色々なことを教えてくれるし、不器用な私がすることでも、丁寧に根気強くしたことなどをすごく褒めてくれる。
私は私でも出来る事が増えただけでも嬉しいのに、その結果を褒めてもらえて嬉しくて仕方ない。
そんなに褒めてくれなくても良いのだが、とも思ったりするのだが、褒めてもらえるとやっぱり嬉しい。
弓の調整も、削っているのはレンスだけど、それでも私のことも褒めてくれる。
私も、褒められるときに、私だけの力ではない時はそのことをきちんと伝えてみたら、アレクに褒められるだけでなく、ラーリア様からも褒められ信用された。
アレクが教えてくれた麦わら帽子が、ラミアの中で流行って、私はその作り方を若い子たちに教えたりもした。
私は他人にモノを教わるばかりで、教えるなんてことはなかったから、単純に教えてあげられる事が出来ただけで凄く嬉しかった。
若い子たちには、私たちに気さくに声を掛けてくれて良いと言ってあるからか、色々な場所で声を掛けてくれる。
帽子の作り方を教えてからは、私に声を掛けてくれる若い子が前より増えた気がする。
それもとても嬉しい。
何だかアレクが私たちの所に来てから、私は嬉しい事ばかりが増えている気がする。
革鞣しという作業は、地味だけど意外に重労働だったりする。
汚れや余分な油分を落としたり、ナーリアが作ったこの革の様に毛を落とすためだったり、色々な工程を経た革は乾かされただけの時は、カチカチの板の様になっている。
革鞣しは、そのカチカチに硬い板の様な革を、叩いたり、折ったり、開いたり、揉んだり、その間に出るいらない筋を取り除いたりして、柔らかな革にする事だ。
そうやってやっと革は利用する事ができる様になる。
私はこの作業も好きだ。
何かしながら、この作業を尻尾の先でしていると、何というか落ち着くのだ。
尻尾の置き場に困らない感じ、と言えば良いのだろうか。
だから、この革鞣しは私は自ら買って出て、1人で担当している。
それに、ナーリアが1人で毛を毟るのを担当しているのを羨ましく思って、私1人だけが担当する事が欲しくなったのだ。
1つの仕事を1人に任すということは、その任せる人を信頼、信用しているという事だから、私もアレクにそう思われたいと思ったのだ。
その後で、私も1人で担当したことを労ってもらって、水浴びでサービスして貰いたい、とちょっとだけ思ってしまったのは、絶対に秘密だ。
革を鞣している時、アレクがみんなでしている作業と別なことをするために、席を外していると、何故かガールズ・トークの矛先が私に向かってくる気がする。
たいていはディフィーが口火を切ってくる。
「ねえねえ、サーブ。
あなたはアレクのことはどう思っているの。」
「どう思うって、普通だぞ。
みんなと同じ様に仲間として信頼している。」
「同じ様にって言ったって、アレクは私たちの中で唯一の人間だし、男。
同列には並べられない。」
セカンはいつも難しいことを言ってくる。
「それはそうだが、信頼していることに違いはない。」
「えー、それだけじゃないでしょ。
私だってアレクのこと信頼しているけど、それだけじゃないよ。」
「そう、聞きたいのは気持ち。」
ナーリアとレンスも加わってきた。
「それはもちろん好意は持っているよ。
私のこともみんなと同じ様に分け隔てなく接してくれるし、真摯に相手もしてくれる。
好意を持たないわけがない。
それはみんなだって同じことだろう。」
「まだるっこしい言い方ね、サーブの言い方は。
簡単に『アレクのことが大好き』と言えば良いのに。」
ディフィーが言いにくいことをズバっと言う。
私はその言葉を口にすることを考えるだけで、顔が赤くなるのを自覚する。
「いや、私はそういう風に口に出来るタイプじゃない。」
「タイプって程のことじゃないよ。
気持ちのままに『大好き』って言えば良いんだよ。
私は素直に言えるけどな『アレク、大好きだよ』って。」
「それは、ナーリアは言えるかもしれないけど。」
「私も言える。」
セカンも言えると言う。
「私は言うまでもない程、ちゃんと態度で示している。」
レンスはもっと積極的だ。
「私は、口にするのは恥ずかしいのだけど、でも分かってもらえる様に色々努力している。」
ディフィーも、そう言う。
「ほら、サーブだけだよ、アレクに気持ちを表していないの。
もっと頑張ってアレクに気持ちを伝える努力をしなくちゃ。」
ナーリアに迫られるが、私には難しいのだ。
「努力はする。
努力はするけど、私はみんな知っての通り不器用なんだ。
努力するから、そんなに急かさないでくれ。
あ、いつの間にか、革の鞣しが出来上がったみたいだ。
ちょっとしまってくる。」
私は良い口実が出来たので逃げ出した。
「今回も早かったわね。」
「あれだけモジモジして、革をこねくり回していれば、すぐに鞣せる。」
「サーブはああいうところは本当に可愛いよね。」
「真っ赤になって、どうにか取り繕うとしているのだけど、尻尾を見れば一目瞭然、すごい勢いで革をグチャグチャに弄っているのだもの。」
「無意識にあれだけ完璧に鞣しちゃうんだから、あれは特技。」
「毎回、こうやって手伝いましょう。」
ナーリアの宣言に、ちょっと人の悪い笑みを浮かべて一致団結するのであった。