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不動岩

私がミーリアの上だった時、私が直接関わったラーリア4位は素晴らしい人だった。

彼女より強い人、彼女より有能な人は、正直ラーリアになる様なラミアにならゴロゴロいるだろう。 そう彼女はその武力でも、指揮能力や、事務能力でも言えば平凡なラーリアだった。

そんな彼女だが、いざとなると、誰よりも折れず、曲がらず、強かった。

彼女が上位になり、ラーリアまで駆け上がっていったその時代、その最後の方には私も関わっている訳だが、ハーピーとの抗争に明け暮れた時代だった。

その抗争の中で、命を落とす者が続出し、その凄惨な戦闘に怯え、上位から脱落していく者が何人も出てくる中、彼女は常に最前線に立ち続けていた。

今のラーリアがその攻撃力と赤い髪から炎嵐とハーピーに渾名されていたのと対をなして、決して退かないその姿から不動岩と渾名されていた。

訓練と実戦は違うということを体現している様な存在だった。 彼女は強かった。


そんなとんでもない渾名を敵からつけられる様な彼女だが、普段の姿はただ真面目で何にでも一生懸命な可愛らしいラミアで、何も知らない人が見たら、まだ上位に上がったばかりか、上がる前のラミアに見えるんじゃないか、と思う感じだった。

私に対してでさえ、丁寧な言葉使いで、どっちが立場が上なのか判らなくなってしまうので、私はよく言っていた

「ラーリアの立場に見合った態度で私に接してください。 そうでないと私が困ります。」

でも彼女は

「でも、立場が私の方が上っていっても、何をしても私よりあなたの方が上手な気がするのよね。 だから丁寧な言葉使いに自然となっちゃうのよ。」

と、言って笑っていた。

彼女は自分の評価はとても低い人だった。 「自分は劣っているから、常に努力を心がけているの。」これが口癖だった。

そして彼女は最後まで生き延びて、その当時憧れてもほとんどの人が手に入れることが出来なかった子供を産むということをして、死んでいった。

今となっては、間違った、もったいない生のあり方だったけど、彼女は精一杯、自分で出来る限りを尽くした人生を歩んで去って行ったと私は思っている。

残念なのは、時代が彼女に合っていなかったことだ。


私はもう普段彼女を忘れているのだけど、時々ちょっと夢想してしまうのだ。

今ここに彼女と一緒にバンジを愛せていたなら、どんな風だったのだろうかと。

バンジなら、彼女も心底愛して、そして私と一緒に彼女もバンジに愛されて、本当の幸せの中にいたのではないかと、想像してしまうのだ。


私がそんなことをつい想像してしまうのは、ミーレナが一緒にいるからだ。

ミーレナは知らないが、私はミーレナが上位になる前から知っていた。

それはそうだろう、自分が直接に仕えるラーリアが気にかけている子を知らないでいる訳が無い。

彼女はミーレナのことを

「昔、小さな頃に助けてあげたことがあって、それで懐かれちゃったんだけど、あの子は私とは違って天才なのよ。 自分では私の弟子と自称していて、私に憧れているみたいに言っているけど、私とはモノが違うわ。

 あなたも時々気にしてやって。」

と言われていたので、折に触れて注意して見ていたのだ。

確かに言われた通り、彼女は天才だと私も思った。 少なくとも同世代の誰よりも優れていると私は思った。

実は彼女の同世代は優れたラミアがたくさん居た世代だ。

だが、今、彼女の世代の上位ラミアは彼女も含めてたった5人しかいない。

彼女たちが上位に上がったその時が、ハーピーと最も凄惨な戦いをしていた、ちょうどその時期で、死んでいった者、怪我から引退した者も多いがそれ以上に心が折れ上位から去っていった者が多かったのだ。

そんな中で彼女は師匠譲りだろうか、折れず、曲がらず、しっかりと上位に残りミーレアになった。

実はミーレナが私の真下になっているのは、縁を感じた私のわがままで、ちょっと意図的にミーレアに上がった時に私の下になる様にしたのだ。


ミーレナが私の下になると、ラーリアの同僚ほどではないが、ミーリナもなのだが、何かと顔を合わせることが多くなった。 そうすると今まで見えていなかったことも見えてくる。

実際に接してみると、ミーレナの才能は同世代で一番優秀というレベルではなかった。 剣も弓も、私たちラーリアと同等に近い腕をしているし、何をやらしても本当に誰よりも上手い。

私は彼女の目は本当に確かだ。 ミーレナは天才だと思った。 大事に育てなければ、彼女から私が責任を引き受けたのだと私は思っていた。

まだミーレナは自分の実力が分からず、自分の理想とする彼女の姿に全く届いていないと自己評価していた。 本当は決してそんなことはなく、もう彼女を、そしてラーリアに上がった私をも凌駕している部分が多いのに。

そんなミーレナの実力を本当の姿をまだほとんどの者が知らないのだ、と私は思っていた。


そんなミーレナの実力を姿を多くの者が知る機会はすぐにやって来た。

ゴブとの戦いで、ミーレナは英雄になった。

ほとんど崩壊した戦線を、自分が任されていた部署からとっさに独断で離れ、ほとんど一人で支えて見せたのだ。

もしその戦線が完全に崩壊してゴブに食い破られていたなら、ラミアの里は壊滅していたかもしれない事態を、ミーレナは一人で支えて救ったのだ。

でもその戦闘がミーレナの上位としての最後の姿になってしまった。

一人で戦線を支えた代償として、ミーレナは左手の自由を失い、それを理由に上位を引退したのだ。

私は彼女から受け継いだミーレナをきちんと育てるという責任を果たせなかった。


ミーレナの引退に際して、その功績の大きさから、何か褒美を出そうという話になった。

ミーレナの望んだ褒美は、子供を作ることだった。

その褒美を望んだミーレナの気持ちが私は痛いほど理解できた。

彼女が追い求め、得られはしたのだけど、彼女の理想とする得られ方でなかった子供を得るということを、ミーレナは彼女の弟子として、その理想を目指して受け継ぎたいと思っていたのだ。

それが普通なら挫折してしまった時、その言葉だけでも言って、最後まで努力したいと思ったのだろう。

きっとミーレナは自分の希望が叶えられることなどないと思いながら、その褒美を望んだのだ。

私はミーレナの願いを叶えてやりたいと思った。

ミーレナを育てて、将来のラーリア、グループとしてではなく、ラーリアのリーダー、たぶんミーリアの次のラミアのリーダーにすることは叶わなかったけど、せめてミーレナが彼女から引き継いだ思いを叶えてやりたいと私は思ったのだ。

私は、ミーレナの願いを叶えてあげることを強く主張した。

「ラーリナ、良いのか?

 ミーレナの願いを叶えるということは、これから後、片手が使えなくて出来ないこともあるミーレナとミーレナの子どもを、お前ば自分の子どもと一緒に世話していかなくてはならなくなるのだぞ。」

「ラーリア、心配のし過ぎよ。

 あのミーレナが片手が使えないくらいで、そんなに私の負担になる訳ないじゃない。

 それにミーレナの優秀さを子孫に残さなかったら、ラミアの大損失だわ。」

「確かにミーレナは今でもラーリアでもおかしくないくらいの実力があったからな。」

ラーリオもそう言った。

「今のラミアは、いかに優秀な子孫を数多く残すことができるかが課題の、大きな問題を抱えた種族だ。 それを考えれば、ミーレナが子を持つことは悪いことではない。」

「悪いことじゃない、ではなくて、是非とも作らせるべきよ。

 ミーレナの願いは聞き届けることにしましょう。」

そうしてミーレナは私と共にバンジと一緒に暮らすことになった。


私はバンジの優しさを知っていたから、バンジがミーレナにどう接するかの心配はしてなかった。 でも一応バンジとは話をした。

「バンジ、ミーレナは左手が使えないから、私とバンジでそれとなくフォローしましょう。」

「もちろんですよ、ラーリナ様。 俺はミーレナ様が上位を引退と聞いて、疎遠になってしまうのかって、ちょっと心配だったんですよ。」

「あら、バンジはミーレナが気に入っているの。」

「いえ、実はまだ良く分からないんです。

 ミーレナ様は俺のことを世話する対象としてしか見てくれてない感じで、あまり内面には触れてこなかったから。」

「そうなの、勿体無いことしているわね。

 バンジ、ちゃんとミーレナに精はあげているんでしょうね。」

「いえ、それもあまりしてなくて、今までミーレナ様は自分から俺に対して精を出させようとしなかったんですよ。

 サーブの話を聞いて、怪我を治すには精のエネルギーが重要だからと言って飲んで貰ったんですけど、その時も『もうすぐ私は上位を外れるから』って遠慮するのを無理言って飲んで貰ったんです。」

「そうなの。 それじゃあ、これからはいつも一緒だけど、少し長い目でミーレナのことを見てあげてね。

 基本は平等に接してね。」

「はい、もちろんです。」

ちょっと心配したけど、ミーレナはすぐに私たちとの生活に慣れ、バンジのこともしっかりと意識するようになり、そしてバンジのことを私と同様に好きになったようだった。

私はなんだかとても嬉しかった。

ミーレナが彼女から引き継いだ、好きな男の子供を得たいという気持ちを、私も一緒に達成することが出来るのだ。


一緒に暮らしてみて、私はまた一つミーレナについて大きなことを知った。

私はミーレナは天才肌のラミアで、努力しなくてもなんでも出来るのだと思っていた。

ところが、実際のミーレナはもの凄い努力家だった。

ミーレナは努力を重ねて、片手のハンデをどんどん克服していった。

それにしても大きな袋を縫うのに、両手が使える私よりミーレナの方が上手で速かったのには開いた口が塞がらなかった。

もうなんだか諦めて、私の分もミーレナに縫ってもらった。

この話をしたらナーリアが

「ラーリナ様の気持ち、なんだかとても分かります。」と、とても同情してくれ、

「でも、ミーレナさんはセカンまでが『ミーレナさんは私より器用ですから』と言うんですから、ちょっと普通とはレベルが隔絶しているから仕方ないんです。」と、慰めてくれた。

結局ラーリアの心配なんて全くの杞憂で、日常生活では私の方がほとんどミーレナに助けられている。


少し前から、ミーリナも起きているのだが、ミーリナはラミアの里という洞窟の方で暮らしているから、時々バンジがそっちに泊まりに行く。

そんな時には私とミーレナの二人だけなのだが、ミーレナが私に言う。

「早くナーリアたちの家とまでは言わないですけど、もう少し大きな家が欲しいです。

 私、アレクとナーリアたちはいつでもみんな一緒で、それが羨ましいんです。」

「そうね、今はまだミーリナだけだけど、これから春になればどんどん起きてくるわ。」

「そうなんです。

 私はミーリナさんだけじゃなく、アーリナ、アーレナ、アーロナも、ナーリアたちみたいに一緒に暮らせたらなぁ、て思うんです。」

「そうね、それにここは今のままじゃ、子供が生まれただけで手狭になっちゃうわね。」

「そうですよね、ラーリナ様。

 バンジに増築を一緒にねだってくれませんか。」

「そうね。 バンジは最近、自分や、私たち以外の事ばかりしているから、たまにはねだるのも良いかもしれないわね。」

「そうですよね。 やりましょう、ラーリナ様。」


私はまた空想してしまった。

少し大きくなったこの家に、ミーリナ、、アーリナ、アーレナ、アーロナ、そして私たちの子ども二人もいる。 もしかしたら、アンの様な人間もいるかもしれない。

そんな中で、たぶんこの家を切り盛りしているのはミーレナだ。

それじゃあ私はどうしようか。

やっぱりここでも私の頭の中には彼女が浮かんでくる。

そうだ私は彼女の様になろう。

絶対に動かない岩の様になって、何かあった時には背中にこの家の者全員を守るのだ。

そんな風に私はなろう。

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