図書館通い
最近の私たちは、寒い中だけど出来る限り図書館に通っている。
近接戦闘の訓練がとても激しくて、それが始まって少しの間は、私たちはみんな午後は休むだけしかできなかったのだが、少しづつ体が慣れてきてからは、動く様にしている。
洞窟の人間たちの動きを探っていた時には、私が動けないのに、アレア様やロア様は洞窟近くに連日探索に行っていた。
スピードや、気配を消すことなら、私はアレア様にも負けないと思っていたけど、それ以前に探索に行くこともできない自分に、情けない気持ちというか、腹が立った。
私はまだまだアレア様やロア様の域には遠いのだ。
私が探索にも行けなかった自分に腹を立てていたのと同様に、サーブも考え込んでいた。
「私はパワーシスターズなどと若い子たちの前でふざけて、力だけは人よりあるつもりでいて、鍛錬も欠かさないでいたつもりだった。
でも、今、あきらかにアリファ様は私より力がある。
アリファ様は、近接戦闘の訓練に出始める前は、私より力がなかった。
それがあの重い装備をして、あの凄まじい訓練をする毎日で、気がつけば私はあっという間に、追い越されてしまった。
私の鍛錬なんて、アリファ様から見たら、ほんのお遊び程度のことだったということだ。」
洞窟の人間との戦いの後には、忙しくしているアレクにはみんな見せない様に気をつけているみたいだが、セカンとディフィーは自分の見落としで、商人たちをみんな死なせてしまったと、後悔しているし、ナーリアも指揮することを真剣に考える様になってきたみたいだ。
私たち5人はそれぞれに、なんとなく壁にぶち当たっている気がしていた。
セカンとディフィーは、自分たちの失敗をハーピーの生態をしっかりと把握していなかったことからだったと結論づけ、それ以前にお母さんやラーリド様から時間があればなるべく図書館に通う様に言われていたこともあり、とにかく必要かもしれない知識を片っ端から知ろうと、図書館に通い詰める様になった。
それはランプが使える様になり、トンネルを通るときの面倒が減ったことも大きな理由でもある。
松明を点けねばならないのと、ランプでは手間が雲泥の違いだ。
ナーリアも二人と一緒に図書館に通っている。
ナーリアは過去の戦いの記録をせっせと調べて、その時々にどんな指揮がされたのか、それがどういう意味を持って、戦いにどんな影響を与えたかなんてことを考えている。
「私の指揮で、みんなが戦いの場に入っていく。 そうすれば、必ず傷ついたりするし、もしかしたら死んでしまうかもしれない。
そういうことに私は耐えられない気がするのだけど、ミーリア様はそれに耐えるのも指揮官の役目だと言う。
だから私は、なるべくみんなが傷つかない、死なないような指揮がしたい。 その為ならなんでもする。」
ナーリアは今回の人間との戦いで、なんだか自分が指揮官として振る舞う覚悟をしたような感じだ。
私はというと、とにかく常にどんな時でも動ける体力をつけるために、まだ寒いけど時間が出来たらなるべく野山を歩いたり、走ったりすることにした。
戦闘訓練の後、私が動けないのに、アレア様、ロア様が偵察に行けたのは、まず第一にお二人の方が体力があるからだと思ったからだ。
脱皮して、体格ではもう劣っていないのに、これだけの違いがあるのは、鍛え方が違うからとしか思えない。
どちらか一人というのなら、そういう特異体質なのかもと思うけど、二人もできるのだから、そういう問題ではないと思ったのだ。
それにアーレア・アーロアとしてラミアの森全体を巡回していたお二人は森やその周辺に関しての知識が私よりも断然多い。
それを自分でも補うためにも、野山を歩き回るのは好都合だ。
特に今の時期は視界が利くから効率も良い。
そうして寒い中、野山を歩いたり走ったりしていた私は、ふとほんの少しづつ春が近づいているのを感じた。
まだほんのちょっとだけど、芽を出してきた草があり、木の芽が少し膨らんできたことに私は気がついたのだ。
そうすると、私は思い出した。 図書館の花壇に花を植えなければ、と。
野山にある花を掘って、図書館の花壇に移植すれば良いのだが、花が咲き出してからでは遅い。
花が咲き出す前に移植して、花が咲くより先に花壇にその花が定着していないと、きっと綺麗な花は咲かないんじゃないかと思う。
私は花をまだ芽が出たばかりのうちに、花壇に移植したいと思ったけど、今まで咲いている花を綺麗だと思って眺めたことはあるけれど、それが花が咲く前にどんな姿をしていたか、その葉や芽がどんな形をしていたかなんて、全く知らないことに気がついて、ちょっと愕然とした。
私は物を見ているようで、ちっとも物を見ていないのだ。
そこで私は、一緒に花壇を作ろうと誓い合ったナーリアに声をかけて、一緒に図書館で調べようとしたのだけど、ナーリアは一心不乱に調べ物をしていて、声をかけるのを躊躇った。
そこで私は仕方なく、自分一人で花壇に植えられそうな花の芽や葉の形などが描かれている本を探して読んでみた。
読んでみると、確実に花を見分けることはなかなか難しくて、私は色々な本を読み、花だけでなく植物の種類や分類、その見分け方、特徴などを知っていった。
私は、こんなにも知らない世界があったこと、自分には見えていなかったけど、すぐ近くにこんなにも複雑で広大な世界があることに驚いた。
お母さんに無理やり覚えさせられた文字だけど、今となってはなんでもっと早く教えてくれなかったんだと言いたいくらいだった。
そんな訳で、私も図書館になるべく通うことにしたのだが、驚いたことに図書館にはサーブも通ってきていた。
サーブは私以上に字を覚えるのに苦戦していたから、図書館に通うなんて、私には思いもしなかった。
確かに、武器の使い方とその訓練の仕方が詳しく書かれた本を見つけた時には、驚くほどの熱心さで、その本を読んで、そのために字をしっかりと覚えたような物で、ちょっとびっくりもしたのだけど、それからは私たちみんなが図書館に来るのに付き合って来るという感じだったのだが、そのサーブがまた熱心に本を読んでいるのだ。
「サーブ、今度は何を読んでいるの。」
私は興味を感じてサーブに聞いてみた。
「ああ、今は体の鍛え方を中心的に読んでいる。
少し私も考えたんだ。 私自身が力を付けたり、武器の扱いが上手くなって強くなることも大事だけど、これからどういう風に若い子たちと接していこうかと思ってな。
もう少しすると春になって若い子たちも起き出すだろ。
その時に、私だけ何も出来ないと、ちょっと悲しいからな。」
「え、どういうこと。」
「ほら、ナーリアは指揮官になる為に一生懸命だろ。
セカンとディフィーは、作戦を考えたりをラミア全体から任されている。
それと比べると私は特別何かを任されていることがないんだ。
もちろん、藁や竹で何かを作ったりとか、レンスと一緒に弓の調整を任されたりとかはあるのだけど。
なんていうか自分がと誇れるまではいかないけど、若い子たちに自分が一番中心になって教えられることがあるのかなと考えたら、ないんじゃないかと感じたんだ。
で、私の出来ることを考えたら、やっぱり体を動かすことしか取り柄がないからな。
それで出来れば、若い子たちに剣などの武器の使い方を教えられたらと思ったんだ。 そうしたら、自分はどういう風に教わったのか考えるようになって、もっと詳しく色々知る必要が出てきた。
そして、教えることを考えたら、武器の扱い以前に体を鍛える必要があることに思い至ったのさ。 つい最近もその重要性をまざまざとアリファ様たちに見せつけられたしな。 それで体を鍛えるのも教えたいと思ったら、どうすれば良いのかよくわからなくて、今色々と調べているところだ。」
「え、私はもっと何も教えたり、若い子と一緒に出来ることがない。
そう言えば、ヤーレアたちはヤーレンに教わって農作業を若い子に教えて一緒にやっていたし、ターリアたちも木については何でも詳しくなったよね、一生懸命ケンやバンジに教わって。
私はそういうのが1つもない。」
「何言ってる、お前は気配を消したり、素早く動いたりが、ラミア1じゃないか。
そのコツを教えればいい。」
「ううん、そんなことない。 それはみんなお母さんに教わったことだから、まだお母さんに敵わない。 付け加えれば、双剣でも敵わないし、アレア様は私と同じくらいに気配を消せるし、スピードもほとんど変わらない、双剣もまだアレア様の方が強い。 それにセカンも気配は消せるし、スピードもあまり変わらない。
やっぱり私の特徴って、ない気がする。」
「レンス、お前もディフィーと同じで自己評価が低過ぎると私は思うぞ。
気配に関しては私はよく分からないのだが、スピードはもうイクス様よりも早いと思うし、双剣もイクス様はともかくアレア様より強いと思う。
セカンだって、気配を消したり、スピードでお前と変わらないと評価されたら、きっと困ると思うぞ。 セカンの特徴はまた別で、あの居合術や、ディフィーと考える作戦がセカンの真骨頂だと思うぞ。
私の特徴の力の強さや、武芸なんてのはアリファ様を始め、私以上はミーリア様たちやラーリア様たちの中には沢山いるが、レンスの特徴の部分を上回る存在なんていないんじゃないか。 もっと自信を持って良いと思うぞ。」
サーブには慰められたが、私はショックだった。
私は少し落ち込んで、ふさぎこんでいた。 基本私はマイペースだから、そんな私に気がついたのは、お母さんとラーリア様だけだった。
ラーリア様は私が生まれた時から、お母さんと親しいので、私のことを良く知っているから、そんな私の小さな変化に気がつくのだろう。
お母さんは気がついているけど、気がつかないふりをしている。 私もなんとなく、お母さんに話すのは違う気がして、黙っている。
そんなだったからだろうか、ラーリア様が私に声をかけてきた。
「レンス、どうした。 双剣の使い方以外の悩みなら聞いてやるぞ。
今になって私もダルフ様に双剣を習っておけば良かったと思うよ。 そうすればお前に教えてやれたのになぁ。」
「双剣はお父さんが教えたのですか。」
「ああ、イクス様も元は普通の剣を使っていたからな。
ダルフ様が体調があまりかんばしくなくて、自分では振るえなくなった時に、剣をイクス様に渡して、遊びのように教えたんだ。
だから、お前が双剣を選んだ時には、イクス様は本当はすごく喜んだんだぞ。 それをお前が『仕方なく』なんていうから、イクス様はヘソを曲げてしまったんだ。」
「そうなんですか、全くめんどくさいんだから。」
私はちょっとだけ、お母さんに悪いことをしたかな、とも思ったけど、もっと頑張って、早くお父さんの剣を貰わなくっちゃと思った。
「それで、今はどうしたんだ。
なんなら、昔みたいに『おばちゃん』と呼んで、話してくれても良いのだぞ。」
小さい時私はラーリア様を「おばちゃん」と呼んでいたらしい、というか呼んだ記憶が確かにある。 その頃、ラーリア様は今の私たちとそう変わらない、いや少しだけ上、アレア様くらいの歳だったはずだ。 今考えると自分ながら「おばちゃん」呼びは酷い話だと思う。
「ラーリア様、今考えるとあの当時ラーリア様のことを『おばちゃん』と呼ぶなんて、とんでもないですよね。 今になって変ですけど、失礼しました。」
「ん、そんなことないだろ。 あの年齢の子供から見れば、十分におばちゃんに見えたと思うぞ。
で、どうしたんだ、マピ?」
ラーリア様は私を心配して、昔の呼び名を使って、気楽に相談させようとしてくれている。 私は昔みたいに甘えてしまいたくなり、サーブと話した内容をラーリア様に話した。
「そうか、あのサーブもそんなことを考えているのか、成長したな。
それでレンスも焦りを感じてしまったということか。
まだ焦らなくても良いと思うが、お前たちはみんなそれぞれに頑張っているから、なおさらそう感じてしまうのだろうな。
で、レンスは今は暇なときは何をしているのだ。」
私はとにかく体力をつける為に野山を歩いたり走ったりしてることや、図書館の花壇に植える花を見つける為に、植物に関して調べたりしていることを話した。
そんなことを話していると、ラーリア様はふとニコニコしていた。
「やっぱり血は争えないなぁ。 レンスはそうなるな。」
なんてことを呟いた。 私は訳がわからない。
「いや、お前がダルフ様の娘であることが、よく分かる話だと思って、少し可笑しくなってしまったのだよ。
花壇に植える花を見つけようと思ったら、植物全般を調べ始めてしまったというのだろ。」
「それは、花を同定しようとしたら、意外に難しくて、そこまで調べないときちんとはわからなかったというだけのことです。」
ラーリア様は本当に笑い出してしまった。
「普通は、ある程度のところで諦めてしまうものだ。 それをもっと突き詰めてしまおうとする所は、完全にダルフ様の血だな。」
「ラーリア様、血、血って言われますけど、お父さんは何をしていた人なのですか。 私、ちっとも知らないんです。」
「イクス様は話してないのか。 ダルフ様は博物学者だぞ。 図書館にはダルフ様が書いた本もあるはずだ。
見つければすぐに見つかるだろうから、読んでみると良いぞ。」
そこから私の図書館通いが本格的に始まった。
私の世界が急激に広がった。