負けてはいられない
ラーリアと一言で呼ばれるけど、実際は上と下に分かれている。
それはミーリアでも一緒なのだが、実は一つ大きな違いがある。
ミーリアは10人が上下の区別はあるが実は全員同い年なのだ。 でもラーリアは上と下では年齢も違う。
上はみんなラーリア様と同じなのだが、下はラーリア様とミーリアとの間になっている。
ラミアの年齢は、ナーリアたちの代までは出産管理が上手くいっていたから、きちんと3歳刻みになっている。 その後は、最近になって判明したことだが、子枯れ病の影響で、7歳づつも離れている。 そして、最後の子供たちからすでに5年経っている。 ま、それは今はいい。
問題はラーリアの上と下は、年齢が違うだけでなく、残念ではあるけど実力が違うのだ。
ラーリアへの昇格は、いや、上位への昇格もその多くはそうだろう、自分としては嬉しい反面、悲しみも伴う。
私たちが昇格した時も、先のラーリアの上5人が今の小さい子たちを産んで亡くなっていった。
ラミアとして、たくさんの子を成して、それで亡くなるのは最高の名誉だ。 ラーリアとなり、そして生き残った実力のある、そしてたぶん運もあるラミアのみが得られる名誉で、望む事さえ難しいラミアの方が多いのだ。
だから子をたくさん産んで亡くなった本人は満足して死んでいったのかもしれないけど、でも悲しみが伴うことも本当のことだ。 ましてや、小さい子たちを産んだ先のラーリア様たちはハーピーとの激しい戦いの末に、やっとの思いで子を成したのだ。 嬉しかったり、満足してないはずがないと私は思う。
でも、今こうして自分が卵を体内に抱える身になって、それも先のラーリア様たちとは違い、産む人数は一人に限られているとはいえ、自分が死なないで済んで、イクス様の様に、産んだ子との時を持てる可能性が高いと知った今、今までとはまた違った意味で、先のラーリア様たちのことを悲しく思うのだ。
話が逸れてしまった。
とにかく私たち下5人がラーリアに昇格して、まず一番最初の難関は、今まで様付けで読んでいた存在を呼び捨てにすることだった。
でも、つい最近まではあまり困っていなかった。
何故なら、私たちは個別に名前を持っていた訳ではないので、あまり互いに呼び合う習慣がなかったからだ。
それが人間が加わり、個々がそれぞれに違う名前を持つ様になった。
個々が名前を持つことになったら、若い子たち以下にそれはあっという間に広がり、使われる様になり、私も常に名前を呼ばれる様になった。
それは人間と共に、若い子たちと一緒に何かすることが増えたからかもしれない。 その機会が私たちより多い、ミーリア、ミーレアなどはその為に自分の名前というモノにもっと早く慣れ、自分たちでも互いに使う様になった。
その流れはラーリアの間でも、他よりは遅かったと思うが、同様のことになった。
ラーリアがその事に熱心だったせいもある。
今私はラーリアがと敬称抜きにしたが、上の5人はそれぞれ敬称抜きが不自然ではなかったのだが、下5人が上5人を敬称抜きで呼ぶのはとても難しかった。
下5人、つまり同い年の5人で話し合い、ラーリア内で「様」付けはダメだろうけど、「さん」付けなら良いだろうとなり、ラーリアに提案したのだが、ラーリアに却下されてしまい
「いや、ラーリア内は呼び捨てにしよう。 私のことも呼び捨てにしてくれ。」
と命令されてしまった。
私たち下5人が逆らえる訳がない。
私はここのところ急激にラーリオと親しくなった。 それはキースがデイヴ、アレクとハーピーとの交渉を担当したからだ。
私は謹慎中に私が知らない間にキースがハーピーの里に行ったということを聞いた時、本当の恐怖を味わった気がした。
ゴブとの戦いは、恐怖はなかった。
恐怖を感じている隙がなかったのかもしれないが、最初から諦めがあった気がする。
ゴブが200匹以上で攻めてくると聞いた時、これは自分は死ぬなと覚悟した。
他のラーリアもみんなそうだと思うけど、自分が死ぬまでに一匹でも多くのゴブを殺すことだけを考えた。
それがラーリアになった自分の義務だし、できることはそれだけだった。
その時の私は他のことを考える必要はなかったのだ。
ラーリアはラミアの里を助けることを必死で考えていたし、その気持ちは私にもあったが、正直に言えば自分が出来る限りのことをして、死んだその後のことは私には考えられなかった。
でも、キースのことは話が別だった。
私は生きている、そしてキースが死んでいない未来というものを想像しないわけにはいかなかった。
その未来を想像した時、とんでもない絶望感・喪失感が襲ってきた。
ゴブとの戦いの時の自分が死ぬかもしれない未来の想像なんて、比較の対象にもならない深い絶望感だ。
謹慎中だった為、誰かに会って気分を紛らわすことも、互いを慰め合うこともできず、私は部屋の中で長い時を過ごした。
本当に長い時だった。
私は本当のことを言うと、キースがハーピーの里に向かったことを教えてくれたイクス様のことを恨めしく思ってしまった。
知らなかったら、こんなにも一人で部屋の中で苦しまなかったのに、と。
でも、それはとんでもない言いがかりで、逆に知らされていなくて、それでキースに何かあれば、私はどれほど恨みに思い後悔したことであろうかと思う。
そして夜になり、やっと部屋から出て、酷い顔をしたラーリオを見て、きっと自分も同じ顔をしているのだろうと思った。
そしてラーリオも同じことを思ったのが互いに解かってしまった。
その後、キースの無事な姿を見た時の安心感、涙が勝手に出てきてしまった。
「ラーリン、ハーピーの里に行くことは、ハーピーに襲われないことが確実でも危険だと分かっているか。」
「え、それ、どういうことですか。」
聞き捨てならないことをラーリオが言ってきた。
「ハーピーの里に行くにはハーピーに掴まれて、空を飛んで行くのだという。
空を飛ぶというのは慣れないから、かなり怖いとデイヴが言ってたぞ。」
「何なんですか、それ。 キース、そんなこと一言も話してくれてないわ。」
「デイヴが言うには、一番怖がっていたのはキースだと言うから、きっと恥ずかしがって、お前には言わなかったのだろう。」
「全く、そんな大事なことをキースは何で隠すのかしら。
だって、飛んでいる時に落ちたら・・・」
「そうだな、良くて大怪我、下手したら死んでしまうな。」
「それじゃあ、これからもキースたちは命の危険が続くということではないですか。」
「そういうことになるな。 そこで私はとにかく大急ぎで卵を作ることにした。
デイヴがハーピーの里に行くのを止めることができないなら、せめて私の出来ることをしたいと思ってるんだ。
ラーリンは私と同じ立場だからな、伝えておこうと思って。」
「ラーリオ、ありがとう。
空を飛んでいるなんて話、私は知らなかったから、言われなかったら、ラーリアの許可が出るまで待とうと悠長に構えているところだったわ。」
その後、イクス様もアレクの子供を産むことになっていたのを思い出し、伝えておかなくてはと思い、不躾かとも思ったが話をしたら、なんとイクス様はもう卵を作ったと言う。
私は自分が、キースが無事に戻ってきたことに安心して、うっかりそこに安住しちゃっていて、他のことを考えていなかったことに焦った。
私たちが卵を作ったことが、たぶんイクス様からだろう、ラーリアの耳にも入り、ラーリア全員が一気に卵を作る流れとなった。
それに伴って、人間とナーリアたちに近接戦闘訓練をすることになった。
今はまだ卵を大きくしている時期だから動けるが、卵が大きく、外に出しても良いようになったら、卵を体内に置いていては激しい動きはできない。
私たちラミアは非常の時には卵のまま産むこともできるが、普通は子供が卵から出るまで体の中に置く。
鳥やハーピーの様に硬いからのある卵ではないから、体内にあって動いたからといって、割れたりすることはないのだが、流石に激しく動いて衝撃を与えては卵の中で成長している子供に悪影響を与えて、最悪死に至らしめてしまう。
だから大きくなった後は、激しい運動はできない、戦闘など以ての外だ。
だから戦闘の出来なくなる私たちの代わりを、可能な限り人間とナーリアたちにしてもらわねば困るのだ。
訓練の最初少しの間だけ、私たちラーリアが訓練の相手をした。
だって人間との訓練全てをミーリアたちに任せるのは悔しいから。
人間たちに剣を振らせてみて、私は驚愕した。
キースの剣の腕は、私など足元にも及ばないとすぐに分かった。
他にもデイヴも強いことが私にも分かった。
デイヴの素振りを見て喜んでいたラーリオは、キースの素振りを見た途端、我を忘れた様だ。
周りへの一切の配慮を忘れて、ラーリオはキースとの木刀での立会いを始めてしまった。
ラーリオに剣で太刀打ちできるのは、残念ながらイクス様だけでラーリアの中にさえいない。
イクス様は双剣なので、ちょっと変則的になってしまうので、ラーリオにしてみればキースとの立会いは楽しくて仕方ないのだろう。
キースも嬉々として立ち会っている。 キースにしても、あれだけの腕をしていたら、互角に立ち会う者など滅多にいないはずで、楽しいに決まっている。
そんな風に、ラーリオの気持ちもキースの気持ちも分かってはいるし、剣では全く私には太刀打ちできないのも分かっているのだが、それで立ち会える技量がないから、自分からキースと立会いはしなかったのだが、妬ましい気持ちがどうしても湧きあがってきてしまって、ラーリオに文句を言ってしまった。
ラーリオは私に文句を言われて、自分が我を忘れてキースとの立会いを楽しんでしまったことに気がついたみたいだった。
それでラーリオは照れ隠しと、私への詫びを兼ねてだろう、私にデイヴとの立会いを提案してきた。
デイヴが強いことも私は分かっていたから、本音を言えば立会いたくなかったのだが、そういう訳にもいかず立ち会った。
結果私は負けてしまった。
キースの様な絶対的な強さは感じられなかったが、デイヴの剣はとても鍛えられた理詰めの剣だった。
立会いの中で途中から、デイヴに嵌められていて、このままだと負けると分かったのだが、デイヴの方が技量が上で、分かっていても私にはそこから逃れられなかった。
得物が剣ではなく、自分の得意とする棒なら、私はトリッキーな動きであの状態からでも逃れることも反撃することも出来るが、剣では私にはどうにもならなかった。
ラーリアは私が油断したから簡単に負けたのだと思ったみたいだが、そんなことはない。 私は油断した訳でも慢心していた訳でもなく、完全に剣の実力でデイヴに負けたのだ。
完全に実力で負けているのだからと、得意な得物ではないから、デイヴに負けたことを悔しいとか、恥ずかしいとか思うことはないし、油断した訳でもないからラーリアに言われた様に反省することもないのだが、剣では私はキースの相手になれないことが寂しいというか悲しかった。
棒でならキースの相手も出来るだろうが、私の棒使いはトリッキーな動きが多く、体を不規則に激しく動かすので、まだ卵が大きくなっていなくても、もう棒で相手することもできないのだ。
私はとにかく、ただ不安な気持ちで、キースを待っているという状態が嫌でしょうがない。
もちろん常にキースを近くに置いておくことも出来ないし、キースに付いて歩く訳にもいかない。
だからこそ、一緒に出来ることは可能な限り一緒にしたいし、なるべくそういうことを増やしたい。
ま、この卵が孵って、子供が出来たら、そんなことを考えている暇もなくなるのかも知れないけど。 まだそれは私には分からない。
洞窟に住み着いた者どもの話をしている時、私はずっと注意してキースを見ていた。
キースはデイヴの顔を見て、その考えを読み取っているみたいだ。
私もデイヴの顔を見てみる、いつも陽気なデイヴが厳しく決心した様な顔をしている。
キースはそれを見て、自分も何か決心したかの様な顔をした。
私にはその顔で明白だった。
私はラーリオの顔を見た。 ラーリオも私の顔を見た。
私はラーリオと思いが通じたのを感じた。
ラーリオがその思いを、口にした。
私もラーリオに負けてはいられない、私も思いを口にした。
キースを不安な気持ちで待つのは嫌だ。