下位の時から
ゴブから逃げる時、私は利き腕である右手を斬られてしまった。
油断していた訳ではないのだが、死んでいると思ったゴブからの攻撃に、対処が間に合わなかった。
私を斬ったゴブはアーリルが殺した。
斬られた腕をアーリベが縛ってくれて、私は落とした剣を左手で拾って逃げた。
利き腕でない左手に剣を持ったって、まともに戦える訳がない。
私の左右をアーリルとアーリベが守ってくれる形で、私たちは逃げた。
私は逃げていて気が気じゃなかった。
もしゴブに追いつかれたら、私が殺られるだけでなく、私を守ろうとして、アーリルとアーリベも殺られるかもしれない、と。
「2人とも、ゴブに追いつかれそうになったら、私を捨てて逃げて。
私が食い止めるから。」
「何馬鹿なこと言っているんだ、逃げるのは怪我しているお前が先だろう。」
「違う。 私は足手まといになる。 2人なら逃げられる。」
「大丈夫、追いつかれないわ。」
アーリルもアーリベも私を捨てて逃げるという選択肢をとってくれず、それでもなんとか私たちはアーレアが私たちの代わりに構築していてくれていた戦線に逃げ込むことができた。
逃げ込んでホッと一息ついた後、私は2人に謝った。
「ごめんなさい。 私が足手まといになったおかげで、あなたたちまでが命を危険にさらすことになってしまった。」
「何を言っている。 アリファ、お前が怪我したのは運が悪かっただけだ。
私でもアーリベでも、誰が斬られてもおかしくない状況だった。 たまたまお前が死んだフリをしたゴブに一番近い場所に居ただけだ。」
「それに、私がもし斬られたのだとしたら、アリファは私を守って逃げてくれたわ。 そんなのおあいこよ。」
2人とも私の謝罪を取り合ってくれなかった。
でも私は何をやっているのだろう、とその時思った。
仕方なしにアーリアを助けるために追ったはずなのに、アーリアたち3人に追いつけもせず、逆にゴブに追われて、アーレアに助けて貰うって。
私はその時は、自分が助かったことと、何をやっているのだろうと漠然と思っただけで、自分たちのしたことの意味を考えていなかった。
そして利き腕を斬られたことで、私の上位としての生活が終わったことだけが心を占めていた。
利き腕が使えなくなったら、上位ではとても居られないな、と。
それだから、戦場の真ん中に集められて、ミーリア様の冷気をまともに浴びせられた時、私にはそれが物凄い不意打ちだった。
えっ、私はそんな冷気を浴びせるれるようなことをしたの。
背筋が震える恐怖というモノを感じながらも、何か理不尽を感じ怒りも感じた。
でも、それは長くは続かなかった。
私たちはその後、ミーリア様の冷気を浴びせられただけでなく、戦いに出たラミア全員からの冷たい視線を浴びせられたのだ。
流石に自分たちに非があったのではないかと思い直して、振り返ってみて、私たちのしたことを考えた時、私は全身から血の気が引くのを感じた。
私たちはなんてことをしてしまったのだろう。
ミーリア様から極寒の冷気を浴びせられることも、全員からの冷たい視線が突き刺さってくるのも、当然のことだと理解した。
私はその後、当然の如く上位を引退したが、それは利き腕を斬られたからだけではない。
私自身が、ミーリア様の冷気を浴びたり、冷たい視線に晒されるまで、自分のしたことの愚かさに気がつかなかったことに、上位としての資質に問題があったのだと自己認識したのだ。
こんな者が上位であって良い訳がない、と。
私が幼い頃、つまり下位のグループを形つくっていない時、私は仲の良い6人で遊んでいた。
自分で言うのも変だけど、私たちの世代では最も優秀な6人だったと思う。
いや、優秀かどうかなんて、そんな子供のうちに分かる訳がない。
目立っていた6人だったと言った方が良いのかもしれない。
下位のグループを決める時、私たちの中で問題になったのは6人であることだ。
下位のグループは1グループ5人だから1人余ってしまう。
気の良いアーリルは私が外れるから良いよ、と自分から言ったのだが、それは私たちは嫌だった。
そこで半分づつの3人づつに分かれてグループを作ろうと思ったのだが、年上の人たちに2人づつのグループに分けられてしまった。
今から思えば、私たちは目立っていたので、それぞれにグループのリーダーになることを期待されて分けられたのかもしれない。
事実、私たち2人以外は2人のどちらかがリーダーになった。
それは上位になっても変わらなかった、つまり、今のアレアとアーロアだ。
私は自分たちのグループも当然のことながら、アーリルがリーダーになるのだと思っていた。
ところがアーリアが反対した。
アーリアとアリオとアーリドは、小さい時から3人で固まっていた。
その結びつきは強固で、他の者は誰もその輪の中に入っていけなかったし、入ろうとしなかった。
そして3人の中ではアーリアがすることをアリオとアーリドが仕方ないなあ、となんでも認めているのだ。
別にその3人の中でアーリアが威張っているとか、支配しているという訳ではないのだが、結果的には幼い頃からその形が決まってしまっていたのだった。
そのアーリアが「私たちは3人であなたたちは2人なのだから、私たちの方からリーダーを出すべき」と主張したのだ。
アリオとアーリドは困った顔をしていたが、自分から何かを口に出すことはなかった。
私は冗談ではないと思って反論しようと考えたのだが、アーリルがあっさりと
「うん、それで良いんじゃない。」
と認めてしまったので、アーリアがリーダーに決まってしまった。
私はアーリルになんでアーリアがリーダーで良いなんて言ったのかと詰め寄ったが、
「あっ、リーダーやりたかったの?」
「違う、あんたにやらせたかったの。」
「別に良いよ。 私はリーダーにならなくても何の問題もないもの。」
と興味無さげに言うだけだった。
アーリアたちと同じグループになっても、アーリアは変わらなかった。
アーリアは3人で動き、私とアーリルはそれに付き合っていた。
これではグループではないと思い、私は3人の中に割り込もうとしてみたりもしたのだが、その輪の中には入ることができなかった。
アリオとアーリドは、私やアーリルに気遣いを見せてくれるのだが、アーリアの行動を変えようとはしてくれなかった。
「ああいう娘だから、仕方ないのよ。 周りが合わせてやるしかないのよ。 でも悪い娘ではないのよ。」
それが2人の考えだった。 私は早々に努力を放棄した。
アーリルはというと、何故かその2人の言葉に感銘を受けていた。
私たちがまだ下位のグループだった時に、ハーピーとの大きな戦いが起こり、上位の人たちと年上の人たちが次々と亡くなっていった。
それだけでなく、戦いの恐怖に勝つことができず、私たちの上の世代では上位の辞退者が続出した。
また戦いが一応の終結を見せたら、戦いを主導して生き残ったその時のラーリア様たちが、子供を作り亡くなっていった。
気がつけば、上位ラミアは半数しかいなくなり、私たちは上位となった。
そこでまた問題が起こった。
上位グループは10人グループなので、下位の2グループが1グループに纏められることになったのだ。
私はチャンスだと思い、もう1つのグループのリーダーをリーダーにするか、新たにリーダーを選び直して、アーリルをリーダーにするかのどちらかにしたいと考えた。
だけど、そんな私の思いは、それを私が言い出す前に、
「勝手に好きにして。」
と怒ってアーリベのグループが席を立ってしまった。
結局10人の1グループではなく、2つのグループ、いや正確には3人と、2人と、5人の3つに別れたグループだった。
それでも部屋割りの関係から、私はアーリドと、そしてアーリルはアーリベと親しくなった。
アーリドは2人で話す分にはとてもまともなのだった、でも幼い頃からのもう習慣になっている3人の輪は絶対みたいだった。
そこだけは何を話しても変わらなかった。
私はアーリベとも最初はアーリルを通してだが、だんだんと親しくなった。
そしてアーリベと親しくなっていくに従い、アーリアたちと尚更距離が出来ていった。
アーリルはそれでもアーリアたちとアーリベたちの距離を縮めようと考えていたようだが、私とアーリベは無駄な努力だと感じていた。
私はゴブとの戦いの後、1つだけアーリアを認めた。
同室だったアーリドの死にショックを受けて呆然自失となってしまったことだ。
私はアーリドのアーリアに対する思いは一方通行な物ではないかと思っていた。
でも、それがアリオにも死をもたらしてしまったとしても、アーリドの思いは一方通行ではなかったことが嬉しかった。
私は上位を引退するのは、自分では当然だと思っていたが、それでも辛い気持ち、寂しい気持ち、不安な気持ちなんかが襲ってきた。
そんな中で、上位を辞めてしまえば、これ以上アーリアに振り回されないで済むことだけは嬉しかった。
もう以前から私はアーリアに辟易としていたのだ。
私はアーリルに言った
「もう無駄な努力はやめて、アーリアとは距離を取りなさいよ。
どうせこれだけのことを仕出かしたのだから、アーリアには先はないわ。
あなたがそれに巻き込まれることはない。」
「私もアーリアに上位としての先はないと思っている。
でもアリオとアーリドは最後までアーリアを見捨てなかったし、もうアーリアには誰もいない。
アーリアが上位にいる間だけでも、アリオとアーリドの為にも見捨てないでいてやりたいんだ。」
「アーリアがそんな貴方の思いに応えるとは思えないわ。」
「良いんだ。 私の単なる自己満足なんだ。」
「でも、貴方がアーリアを見捨てない様な動きをしたら、アーリベは板挟みで苦しむことになるわよ。」
「アーリベには私を見捨ててくれる様に言おうと思っている。」
「アーリベが貴方を見捨てる訳ないじゃない。
私を見捨てなかった様に、貴方を見捨てないわ。」
アーリルは困った様な、嬉しい様な複雑な顔をした。
「アーリベだけじゃないわ。
私だって、どんなことをしたって、貴方を見捨てないわ。
そんなの当然でしょ。」