生きた屍の走馬灯
ああ、これは死んだわ。
疲れ果てた、会社からの帰り道。
何の前触れもなく大型トラックに跳ね飛ばされ、死の淵に叩き込まれた俺は、まるで他人事のようにそんな感想を抱いた。
身体は完全に感覚がなくなってるから、たぶん、ミンチになってると思う。
なのに思考が停止してないところを見ると、悲しい事に即死できなかったということらしい。
ゆっくりと身体から命が失われていく感覚の中、俺の頭の中に、過去の記憶が浮かんでくる。
走馬灯だこれ。
これは最近の記憶だな。
毎日毎日、クソみたいな仕事に忙殺されて、嫌な上司に頭下げて、辛くて、苦しくて、ただひたすらに疲れて。
それなのに給料は安くて、生活費だけでほとんど消えていく。
家に帰っても一人暮らしだから誰も迎えてくれない。
趣味に割くような時間も金も気力もないし、そんな状態じゃ結婚とかも夢のまた夢。
ただ、死なないためだけに生きる生活。
まるで生きた屍だ。
まるでというか、そのままか。
まさに生きた屍だ。
あれ?
これ、俺の生きた意味ってなくね?
マジかー。
俺っていらない子だったのかー。
ちょっとショックだー。
まあ、知ってたけどな!
どうして、こんな事になったんだっけか?
俺って昔は普通の少年だった筈なのになー。
そう思ったら、走馬灯の映像が切り替わって、昔の記憶が流れ出した。
便利な走馬灯だこと。
記憶の中の俺は、普通に生まれて、普通の幼稚園行って、普通の小学校行って、普通の中学に進んでいた。
……そこでいじめに合って、引きこもりになって、ニートに転職して。
ここか。
ここだな。
ここで道を踏み外した。
思えば、ヒッキーニート時代も生きる屍だったっけ。
何をするでもなく、毎日毎日惰眠を貪って。
漫画読んで、アニメ見て、ゲームやって、ネット小説にハマって。
異世界に転生でもしないかなー、とか馬鹿な事考えたりして。
その後は、家族の冷たい視線に耐えられなくなって、就活したっけ。
でも今の世の中、最低でもなにかの資格を持ってないと、ろくな仕事には就けない。
資格どころか、高校にすら通ってないニートなんて、利用価値のない不燃ゴミみたいなもんですよ。
ろくな仕事どころか、働き口そのものがない。
だから、働き口が見つかっただけ、俺は運が良いんだろう。
例えそれが、末端の末端の末端の末端の下受けのブラック企業だろうとな!
どんなに辛かろうが、苦しかろうが、給料を貰って、ギリギリ社会の隅で生きていけるだけ、奇跡。
俺は、不燃ゴミから資源ゴミになった。
でも、不燃ゴミだろうが、資源ゴミだろうが、ゴミはゴミに違いない。
兄貴とか妹とかは、まともな会社で働いてんのに、俺一人だけ底辺を這う日々。
どれだけ血反吐はいて頑張っても、家庭内ヒエラルキーは最低辺で固定され決して上がる事はない。
なかなかに惨めだったぜ。
だから、逃げるように実家を飛び出して、やっすいボロアパートで一人暮らしを始めた。
結果、待っていたのは、辛い仕事に忙殺されるだけの社畜生活。
俺は、夢も希望もない、ついでに老後の保証もない、生きた屍と化した。
そして、挙げ句の果てには、トラックに引かれてミンチになり、本物の屍に転職だよ。
どこまでいっても屍だなー。
屍として生き、屍として死んでいく。
屍の螺旋から逃れられないぜ!
屍に縁でもあるんだろうか?
嫌な縁だ。
しっかし、これだと俺の人生、まるで救いがないなー。
最期なんだし、もうちょっとポジティブに考えたい。
そうだなー。
よし、こうしよう。
俺は生きた屍としてじゃなくて、必死に社会の荒波と戦った、社会人として死ぬんだ。
俺はクソみたいな人生でも決して諦めず、最期まで精一杯頑張って生きた勇敢な戦士だ。
しかし、力及ばす戦死した。
戦士だけに。
こう考えれば、まだ救いがある。
そうだ。
努力もせずにただ腐ってたヒッキーニート時代よりも、社畜でもなんでも、自分の力で必死に生きてきた社会人時代の方が、よっぽど立派じゃないか!
同じ生きた屍でも、腐り方とか、腐敗臭とか、いろいろ違う筈だ!
ゾンビとスケルトンくらいには違う筈だ!
……この例えだと、どっちがどっちかよくわからないけど、まあ、とにかく、俺は頑張って生きたということで、お願いします。
この弁論なら、きっと天国に逝けることだろう。
いや、トラックに引かれたんだから、異世界に転生するかも。
個人的には天国がいいなー。
生きるのには、正直、疲れた。
そんなことを考えてる間に、いつの間にか走馬灯も消えていた。
意識もどんどん遠くなっていくし、いよいよお迎えが来たらしい。
目の前に天使とパ○ラッシュの幻影が見える、ような気がする。
そして、そのまま、蝋燭の火がかき消えるように、俺の命は消えた。
おやすみ。
いい夢が見れるといいなー。