生きているのかいないのか、言葉も喋るし乞いもする。
えーっと、やっと9つ目の話か。先は長いな。
内容的にはそんなに書きたくないけど、なんかこうなっちゃいました。
やっぱ小説って難しい。
オバケが出るから、なんとかしてほしい。
世界の命運がかかっているなど露ほども信じていないカルカは、失せ物探しの奇跡をあっさりと頂くことができた。急ぎの用ができたはずのバックスは、もう昼だ、飯を食ってからにしようと悠長なことを言うので、いつものように三倍サイズの料理をふるまい、食後のお茶で一服、そろそろ出ようかというときに、悪魔払いの依頼が舞い込んだのである。
依頼者は、林業一筋三十年の木こり、トンクさん。問題の現場は、天使宮からはほど近い材木小屋である。山から切り出した丸太を一事保管して乾燥させるための建物らしいが、どうも一週間ほど前から、朝と夕とに関わらず、誰もいないこの建物で謎の声が聞こえるようになったのだという。
渡りに船、でもないが、ちょうどそこは、失せ物探しの奇跡が、バックスの剣の在りかとして指し示した場所であった。
そんなわけで、その材木小屋までやってきたカルカとバックス。小屋の持ち主であるトンクは、気味が悪いから近づきたくない、ここで待っていますので、と敷地の入り口で止まったので、中に入るのは二人だけである。
「おじゃましまーす。」
簡易な閂を外し、律儀に挨拶をしながら大きな木製の扉を開けるカルカ。蝶番がぎいぃと軋む。
室内は、風通しのために空けられた壁の小さな穴から光が入るのみで、薄暗い。奥行きがけっこうあり、二段になった、手前から奥に伸びている開放型の木製ラックが左右にあり、そのどちらにも、何本かの丸太が置かれている。床は元の地面をそのまま利用しているらしく、土の表面に細かい木屑なんかが踏みしめられている。
この世ならざる者に敏感なカルカだが、建物に入っても、特に異常な気配は感じなかった。それとも、天使宮で最近ちょくちょく現れる幽霊に慣れて、感覚が鈍ったか。
用心しながら部屋の奥へと歩みを進めるカルカの後ろに、もの珍しそうにきょろきょろと周りを見回すバックスが続く。倉庫の中ほどまで進んだところで、バックスが声をあげた。
「おーい、ここにいるんだろ。探しに来てやったぞ。」
普通に呼びかけて、応える幽霊なんていない。バックスのやることは、いちいち常識はずれだなどとカルカが考えていると、
「おお! おおお! ようやく来たか! 遅いではないか、待ちくたびれたのである!」
低く、されど滑舌のはっきりした、男の声が響いた。
倉庫の奥には作業場があり、ゴミを処分するためであろう暖炉も見える。そこに声はすれど、その主と思われるものは誰もいない。カルカの霊感にひっかかるものすら、いないのである。
「んー? どこにいるんだ? 姿が見えんぞ。」
悪霊に不意打ちでも食らうのではないかとあちこちを見回して落ち着かないカルカをよそに、バックスは動じることなく答えた。
「吾輩にもわかりかねる。ここは暗くて何も見えないのだ。早くここから出してほしい。下から炙られて、燻されて、とにかくここはひどいのである。」
どうも、その正体不明の声は、暖炉の中から聞こえてくるようだ。
バックスもそれに気づいたようで、カルカと目を合わせ、こくんと頷きあう。
二人がそこに近づいてみると、中には木くずを焼いた灰が残っているのみ。
「吾輩はここだ、聞こえておるか?」
声は、炉につながる煙突の中で反響していた。
おかしい。ここまで近づいても、まったく霊的な存在の気配を感じない。
そもそも、実態を持たない幽霊の類が、煙突から出られないはずがないのだ。
それならば、中に誰かが?
煙突は、華奢なカルカなら通れなくもないだろう太さである。しかし、入れるからと言って、好き好んでこんなとこに入るヤツはいないだろう。なにやってんだ、てなもんである。
「どうやら、この中にあるみたいだな。悪魔祓いの時間だぞ、カルカ。」
バックスは、右手でカルカの背中を叩く。さあ暖炉に潜れといんばかりに。
どう見てもこれは、俺は行きたくないから、代わりにオマエ行ってくれ、というヤツだ。
いやだなぁ。わかるもん、絶対ここに幽霊とかいないし。はっきりと声が聞こえるし、絶対、何かいるんだよ。そんなの、幽霊より何倍も怖いって。
怖気づいたところで、先へ進まないことはカルカにもわかっている。意を決したカルカは、しゃがみ歩きで暖炉に入り込み、煙突の中を、下から覗いた。
中には、誰も、何もいなかった。それならば、真っ暗な中に、四角く切り取られた空が見えるはずなのだろうが、何かが煙突の内壁にひっかかっているらしく、大きな物影が見えた。どうやら手の届く位置なので、カルカは、慎重にそれに向かって手を伸ばす。
「下からくるなら気を付けたまえよ。吾輩の切っ先は、下を向いておるゆえ。」
何もいないのに声がするのだ。そりゃカルカじゃなくても、ビクッと震えて、手を引っ込める。
しばらく目を凝らすと、だんだんと暗さに目が慣れてきた。煙突の中にひっかかっているものの正体が浮かび上がってくる。
細長いそれは、煤で真っ黒く汚れているが、剣のような形の、いや、たぶん剣だろう。
すごく大きな剣だ。どこかの武器屋で店の前に突き刺してあった、看板用の模造品がこんなものだったのを、カルカは思い出す。バックスの探している剣というのは、おそらく、これだ。
ん? 待てよ。「吾輩の切っ先」って言ったよな? ということは、この剣が喋ったってことか?
ここでカルカが思いつくのは二つ。
一つは、魔法具。魔法の力でもって、物品に言葉を喋らせることができる、らしい。
実物を見たことがないので、モノに喋らせることになんの意味があるのか、カルカには理解不能だが、いくつかの簡単な言葉を、条件に応じて発するようにできるらしい。
ここでさっきから聞いている声は、「決められた言葉を発しているだけ」とは思えないので、それじゃないだろう。
それならば、もう一つの方、付喪霊か。本来は心など持たないはずのモノに、精神が宿ることが、たまーにあるのだという。こちらもカルカは実物を知らないのだが、あの、いかにも自分の意思で考えて喋っている感じ、付喪霊で間違いないのでは。
だとすれば、だ。バックスは、そこに自分の剣があると判っていたにも関わらず、焼却炉にカルカを潜り込ませたことになる。たぶん、汚れるのがイヤだから、とかそういう理由だろう。
はあ、とカルカは溜息をつく。もともと、カルカの依頼された仕事は、オバケが出るのをなんとかすることで、つまりはこの声の主を取り除いてやれば解決なのだ。これも必要なこと、仕方ない。
はてさて、それじゃ、どうやってこの剣をここから取り出してやろうか。
カルカは、神官学校で護身術の基礎を学ぶときに、一般的な兵士の使用する剣を持ったことがある。片手剣だということだったが、それでも非力なカルカには構えるのがやっと、という重さだった。ここにあるこれは、長さだけでも倍以上はあるのだ。平たい剣身をうまく掴んで、煙突の内側に引っかかったそれを上手に取り出せるかと言えば、無理な気がする。落ちてきた大剣の重みで刺し貫かれてしまう悲惨な結末なら、ありありと想像できるのだが。
しばし悩んだカルカだったが、出た答は、私には無理、というものであった。
これはバックスのものなのだから、本人に任せよう。それが筋というものだ。
暖炉の中から、しゃがみ歩きでのそのそと出ていくカルカ。
「おい、どうした? 吾輩はここであるぞ、迎えに来たのではないのか?」
心なしか、煙突内で響く低音の声に焦りが感じられる。
バックスは、その声を聞いた途端に、
「はは、はははは! そうれ見たことか! 日頃の行いが悪いからだぞ! 悔い改めよ!」
と笑いながら言った。心底愉快、といった風である。
「なんだと、この、うつけ者が! 世界を守るべき立場にありながら、我輩をこうも長い間手放したままにしておいて、挙句にその言葉とは。許しがたいのである!」
表情は確認できないが、煙突の中の得物が激しく息巻いているのはわかる。
「わはははは!……はいはい、冗談だよ、そんなに怒るなって。あんまり怒ると、錆びちゃうよ?」
剣は怒ると錆びるのだろうか。カルカは初耳である。
「神剣である我輩が、錆びるわけなかろう。それより、そんな冗談に付きあっている暇は、ないのである。バックス、それはヌシもわかっておろう?」
煙突の中に響く声が、落ち着いた口調に戻る。
「わかってるよぅ。だからこうして、探しに来てやったんじゃん。」
「ならば、早く力を貸すのである。そうすれば、このようなところなど、自力で抜け出せるのである。」
「ああー、いやぁ、それなんだけどさぁ、ちょっと難しいかなぁ……」
急にバックスの歯切れが悪くなる。なぜか、今まで見ていた暖炉の方向から目をそらしている。
「なにを言っておる。事態は深刻なのだぞ。遊んでおる暇はないのである!」
「あぁのさー……実は、端末を失くしちゃったんだよねー、あははははー。」
さっきまでの自然な笑いと違い、最後は明らかに何かを取り繕うための作り笑いである。
「……は?」
煙突の中から聞こえてきたのは、「ちょっとよく聞こえなかった、もう一度言ってくれ。」とまあ、そういう「は?」である。
「だぁかーらー、端末がないんだってば。」
もう観念したというか、半ば開き直るバックス。ないものはないんだ、仕方ない。
「な、な、な、ななな、何をやっておるか、このうつけ者! 天使が端末を失うなど、前代未聞であるぞ! ことの重大さをわかっておるのか! このバカ天使が!」
今まで聞いた中でもっとも大きな、もっとも取り乱した声が暖炉から響き渡る。
「あぁもう、だからイヤだったんだよ。やっぱり、探すんじゃなかった。」
バックスは、口を尖らせる。細かいことは気にしないバックスでも、叱られるのは、やはりイヤなものなのだ。
このとき、カルカはというと、剣が天使を叱るというわけのわからない状況を、ただ見守る以外にできることがなかった。
「ううむ、柄にもなく、取り乱したのである。まあ、ここで我輩が何をいったところで、事実は変えられぬか。」
「そうそう、そのとおり。あんまりうるさいと、そこから出してあげないよ?」
さっきまで、いくらかは神妙そうにしていたバックスが、もう冗談めかした表情である。
「……まったく。なんでこんな者が天使をやっておるのか……」
先ほどの激昂からは一転、実に弱々しい声が、暖炉からは漏れてできた。
二人? の関係はよくわからないが、なんとなく喋る剣のほうに同情してしまうカルカであった。
いつまでモチベーションが維持できるでしょうか。
明日には尽きるかもしれません。
まだ怒りに燃える闘志があるなら、続き書きます。