壊れる世界を放ってはおけない、仕方ないから武器探し。
続き書きました。かなり書くの難しかったですね。
文章って、長くなればなるほど苦しくなるということを思い知りました。
説明はあとあと、池に落ちたから着替えたい、とバックスは風呂場に入ってしまった。
カルカは、今しがた起こったことを、もう一度思い出してみる。
あのとき、バックスはブーツを脱ぎ捨て、足が水に浸かるよう倒木に座った、はずだ。
その姿を見たのは、はっきりと覚えている。それで、何かを考えたような、えーっと、それはまあ、どうでもいいか。でも、実際には、バックスはそのとき、すでに部屋の中にいたんだ。
じゃあ、それまで見ていたものはなんだったんだ。白昼夢だとでもいうのか。
バックスが、魔法でもって幻覚を見せていたとか? しかし、バックスは魔法は使えないと言っていたし、そもそもそんなことをしなければならない理由が、まったく思い当たらない。
バックスは、「池に落ちた」とも言っていた。そんな目立つことを、ここから見逃すだろうか。
しかし、突然そばに現れたときは、実際、服はびしょびしょだったのは事実。ただ、それだけじゃなくて、ところどころは焦げ焦げになっていたし、いずれにせよ、この突然の変化が、なにをどうしたらそうなるんだか、まるで想像がつかない。
考えれば考えるほど、わけがわからないなぁ。これに比べたら、見ず知らずの女性が屋根を突き破って落っこちてくるくらいは、十分常識の範疇に思えてきた。
幸いなことに、バックスがここに来たときと違い、本人は何が起こったかわかっているようだから、風呂から出てきたら、話してもらうしかないか。なるほどと納得できるような話が聞けるといいけれど。
*
「で、そのあと、世界がおかしくなる以前まで時間が戻った、というんですか?」
カルカにとってそれは、とてもじゃないが、簡単には受け入れられるものではなかった。
二人は、ここのところ食事のとき毎日そうしているように、ダイニングのテーブルを挟んで座っていた。
二人分のお茶を用意するのも、すっかり慣れてしまったカルカである。
「うーん、まあ、時間が戻った、というのとは違うんだけどね。世界が、壊れる以前の状態に戻ったってだけで、時間は戻ってない。」
バックスの言わんとすることが、カルカにはどうもいまひとつ飲み込めなかった。
「世界がいったんおかしくなって、それがおかしくなる前の状態に戻ったんでしょう? それは、時間が戻ったってことじゃないですか?」
「戻ったのは、時間ではなく、この世界だけ。時間が戻るわけないだろ?」
バックスは当たり前のように断言するが、いやいや、それなら、世界のほうだって戻るわけがない。
まったくぴんと来ないというカルカの表情を読み取ったバックスは、言葉を続けた。
「そうだなー、俺たち天使を含め、この世界をまるごと作ったのが神だってことは、知ってるよな?」
それは、カルカが神官だからということもなく、この世界に暮らすものとしては常識である。
「神ってのはたいしたもんで、積み木でお城作るみたいに、ぱぱっとこの世界を作っちゃう。まあ、本当はもう少し難しいんだけどな。でも、積み木の城ってのは、強い風が吹いたとか、別の子がちょっかい出したとかで、すぐに壊れちゃうってのは、これもわかるよな。」
バックスは、机上に積み木の城があることを示すため、両手を斜めに動かしている。
「だけどさ、一度出来上がった、同じ城をもう一度積み上げるってのは簡単なわけよ。どう積んだか覚えておけば、そっくり同じ形の城が、すぐに出来上がる。例えば、一番上の屋根の尖塔の部分が崩れたんなら、落ちた積み木を拾ってきて、またそこに置けばいいわけだろ。」
すこし多めにしゃべって喉が渇いたのか、バックスはここでカップを手に取り、お茶を一口。
「これを、オマエは『時間が戻った』とは言わないだろ。城が元に戻っただけだ。世界が壊れる前に戻ったってのは、平たく言えばこういうことなんだよ。どうだ? わかった?」
この例え話で言いたいことは理解できる。それに、神の偉大さだって、十二分にわかっているつもりだ。
しかし、我らの生きる世界がそのようなものだと聞いて、納得する人間などいるだろうか。
途方もない話にカルカは、反論する気にもなれなかった。ともすると、その話を否定するだけの根拠を持たないことに、うすうす勘付いていたのかもしれないが。
「いや、でもよかった。説明が終わる前に、次が来なくて。同じことを何度も説明するの、イヤだかんなー。」
「次? また同じことが起こるってことですか?」
カルカがそう言い終えると同時に、
ドン!
轟音と、下から突き上げるような衝撃が。
カルカは、突然左下に引っぱられるような感覚に、とっさに椅子の左側に足を出して踏ん張った。飲みかけのお茶が入っていたカップは、中身をぶちまけながら床に落ちて割れた。
わりと鈍臭いカルカでさえ倒れなかったのに、バックスは、気の抜けたうわあという声とともに床に倒れてしまっている。
部屋が、傾いてる!
もしかして、これが地震というやつか!? 話には聞いたことあるが、これが、それなのか?
地震とはぜんぜん違うのだが、カルカは実際の地震を知らないのであり、そんなものより遥かにおかしなことが起きていることも当然理解できていない。なにしろ「初めての経験」なのだ、仕方あるまい。
バックスにとっても、この地面の傾きは、初めての体験だった。と、いうのも、その傾く方向が、さっきとまったく逆だったのである。同じことが起こると高を括っていたせいで、予想を裏切られたバックスは、思いっきり転んでしまった、といわけである。
「痛ってて、今度は逆かよ!」
何が逆なのか、カルカにはさっぱりだったが、それどころではない。
外から入る日光で明るかった室内が、急に暗くなったり、また明るくなったりする。驚いたカルカが振り向いて窓の外に目を向けると、昼と夜が出鱈目に入れ代わっているように空が明滅を繰り返している。雲ひとつない彼方の空では、地上を全て焼き払わんとばかりに、無数の稲光が走っていた。
なんなんだ! なんなんだ、これは! いったい、何が起こっているんだ!?
窓の外がまた暗くなり、次の瞬間、空全体がまぶしく閃いた。
「二度も食らうかよ、なめるな。」
転倒後にすばやく立ち上がっていたバックスは、悠然と一歩だけ右に移動する。
窓の外、はるか彼方で発生した光の球は、水平方向に走る稲妻となってバックスを狙っていた。
ところが、それは窓とバックスの間にいたカルカに直撃してしまう。声を出す間もなく、カルカ、絶命。
「あ。」
これできっちり躱せる、と考えていたバックスにとっては思わぬ展開である。
「ま、いいか。どうせまた、戻るんだし。」
切り替えの早いバックス。この程度の世界の危機など、慣れたものである。
ダイニングの窓からは、バックスを狙って撃ち込まれた稲妻が、次々と飛び込んでくる。
バックスは、それを慌てることなく右に左に躱しながら、まだ見ぬ敵について考える。
コイツはたぶん、そうとうわかってるヤツだ。
もしそういう敵なら、あまりのんびりとはしていられないだろう。
とりあえず、剣がいる。あの忌々しき神の剣、レイテストを探さねばならない。
カルカは、失せ物探しの奇跡を使えるだろうか。今のところ、治癒を使うところしか見ていないが。
八本目の横に走る稲妻を避けたところで、一切の視覚を奪う暗闇が世界を覆った。
世界修復、開始。
束の間、何も見えなくなるこのときだけは、バックスもおとなしくじっとしている。下手に動いて机の角に足をぶつけるとかは、イヤだからだ。
やがて、世界の端に光が戻り、その光は徐々に対側の端まで広がっていく。
バックスのいる部屋にも光が戻る。
部屋の中も、すべてが寸分違うことなく、異変が起こる前の状態だ。そして、完全に静止している。
カルカは食卓の椅子に座り、正面にいるはずのバックスに質問する、その直前で止まっている。
ここまで来れば、世界の再始動まで、あとわずか。
バックスはほんのちょっとだけ悪戯心を起こし、でカルカの座っている背後に立って、しばし待機した。
「次? また同じことが起こるってことですか?」
カルカがそう言ったときには、すでに目の前に座っていたはずのバックスが消えてしまっていた。
「そ。たった今、同じようなことが起こったぞ。」
バックスは、カルカの右の耳元に唇を近づけて、そっと囁く。
「ひあっ!」
驚いたカルカは、身体を左に動かすと同時に首を右に回す。にひっと笑うバックスの顔がそこにはあった。
今度はもう、本当に間違いなく、記憶違いでも幻覚でもないと確信した。あまりに途方もないバックスの話ではあるが、二度も続けて不可思議な現象を目の当たりにした今、単純にそれを出鱈目と切って捨てるのは難しいように思えた。
それにしても、バックスの顔が近すぎるので、カルカは、右手でバックスの肩を押して距離をとる。
「……なるほど。世界が壊れたなんて戯言はともかくとして、何か私の考えられないようなことが起こったってことだけは、認めます。」
「えー?」
バックスは明らかな不満顔を見せた。が、すぐに、にかっと笑顔に戻ると
「まあいいや。それより、この世界の壊れ方、思ったよりヤバいことになってるみたいなんだよね。」
それは、笑顔で話すことじゃないのでは。やっぱり、ちょっとおかしいと、カルカは思う。
「それでさ、本当はもっとのんびりしていたかったけど、そうも言ってられなくってさー。」
出て行くということだろうか。いつまで居座るのかと心配していたカルカは、ちょっとだけ期待した。
「ちょっと、手伝ってくれないかなー?」
な、なにを? 駆け出し神官である私に、なにができると?
「この間言ってた、俺の剣が必要なんだよね。まずはそれをみつけたい。」
「ああ、なるほど。失せ物探しの奇跡ですね。そのくらいならぜんっぜん。」
「おお、話が早い。あ、そうそう、プレッシャーをかけるつもりはないけどさ。」
バックスは笑顔のまま、椅子に座っているカルカの両肩を、背後から手で軽くぽんぽんと叩く。
「もし見つからなかったら、最悪世界が終わるから、頑張っておくれよー。」
バックスは、さらっと、すごいことをのたまった。
しかし、その言い方があまりに軽かったので、カルカはカルカで、さらっと聞き流してしまう。
*
結果オーライ、ではあった。
さらに文章を書き連ねることの苦痛に耐えられたら、続き書きます。