一度経験したのなら、クセになるのが幽体離脱。
第18回でーす。
予定では、原稿用紙250枚分、つまり25回で終わりたいんですけどね。
あまり長くなるのは、絶対めんどくさいので。終わるといいなぁ。
あ……あれ……私は、眠っていたのか……?
目を開けようと思うのだが、まぶたが動かない。
まぶただけではない。顔も身体も、ピクリともしない。
うーん、どうしたことだろう。金縛り的なヤツだろうか?
この異常事態にあって、カルカは、自分でも驚くほどに冷静だった。
頭の中が妙にスッキリして、まったく悪い気分ではない。ただ、身体が動かないだけだ。
自分の寝ている足元のほうから、バックスの声がする。
「……てのは、ちゃんとした名前じゃなくて、」
とそこまで言うと、バックスは急に黙った。しばらく間をおいて
「なんだー、わかってんじゃん。よかったー!」
と、うれしそうな声。なんのことかはわからないが、ニカーッと笑うバックスの表情が頭に浮かぶ。
しかし、聞こえるのは、そればかりではない。
低く苦しそうなうめき声。天使宮に、神の奇跡を求めて訪れたお客さんだろうか。
そうだとしたら、のんびりはしていられない。急いで起きなければ。
両のまぶたは相変わらず、重く閉じたままだ。参ったな。
一旦、深呼吸を……ってあれ、あれれ? 深呼吸ってどうやるんだっけ?
まあいいか。先に、身体を起こそう。なんか力が入らないけれど、うーん。
足も腕もただただ重く、動く気配はまるで感じなかった。しかし、なにかのひっかかりが外れた、と思った瞬間に、これまで感じたことのない身軽さで上半身が持ち上がった。
そうすると、まったく言うことを聞かなかった顔も手も、自由になった。目も普通に開けられる。
うん、ここは、ベッドの上か。私は、いつの間に寝てしまったんだ?
ベッドの横に、立っているバックスがいた。やや足が開き、女性としてはあまり見栄えのよくない立ち姿だ。少し離れたところには、屋根材として使っている大きな石版が落ちている。
カルカがハッとして周りを見回すと、部屋は崩壊し、ひどい有様と成り果てているのがわかった。
「え、どうゆうこと?」
バックスの声が耳に入ったので、視線をそちらに戻す。
彼女の視線の先には、誰もいない。一人で喋っている。なにこれ、気持ち悪い。
そうだ、思い出してきたぞ。あのとき、バックスに見つめられて、急に気分が悪くなって。
なんだっけ。とにかく気持ち悪かったのだけは覚えているけど。そのあとがわからない。
「あ、そう。そっかー。こりゃ、本格的にやばいねー。」
バックスは、何もない空間に向かって話を続けている。
怖いな。こんなヤバイ感じの人に、声をかけても大丈夫なものだろうか?
*
偽者であると指摘して、目の前の女がどんだけ慌てふためくかと思いきや、まあそういうこともあるよね、うん、みたいに納得されたのだから、ジオトヒクルにはまったく拍子抜けであった。
そのとき、バックスの背後にある壊れたベッドの上で、眠っているはずのカルカが起き上がっているのに気付く。半透明の、魂のみの姿で。
「おい、こら、テメェ。ちゃんと見張ってろと言ったのに、アイツになんか悪戯しやがったな?」
ジオトヒクルは、顎でバックスの斜め後を指し示す。
「え? カルカがどうかしたか?」
バックスが振り向くと、確かにカルカが動いている。死んだ体から、半透明の上半身だけがするりと抜け出ているではないか。
「なにもせんなら、一昼夜は眠ったままのはずじゃが……。しかも、ワシが手を貸すこともなく肉の器から出るとはの。よっぽど死にたいんかのぅ。」
「こら、カルカ、勝手にそこから出るんじゃない。ジオっちに連れていかれるぞ。」
カルカがどう話しかけたものかと迷っていたら、いきなりバックスがそんなことを言うのである。
は? 出るんじゃないって? どこから? ジオッチって?
「ワシを人攫いみたいにいうな。勝手に連れ去ったりはせん。本人の同意の下じゃ。」
ふんと顔を上げ、左手を腰に当てて胸を張るジオトヒクル。右手は肩に担いだ大鎌を握っている。
「あの、出るなと言われましても、私、なんのことやら、さっぱりわかりませんが。」
半透明のカルカの顔が、なにがなんだか、と困惑の表情を見せる。
「枕元を見てみ。そこに、オマエの頭があるから。体から、魂だけ飛び出してるんだよ。」
バックスは、実にあっさりと、とんでもないことを言う。
目が覚めてからずっと、どこかふわふわした空気に包まれていたカルカ。言われるままに首をひねって、先ほどまで自分が頭を乗せていたはずの枕を探す。するとそこには、まったく血色のない自分の顔があった。まるで、死んでいるみたいじゃないか。
「うわっ、これ、ええ!? なに? 私、生霊になっちゃったんですか?」
生きている体はそのままに、抜け出した魂だけで動き回る者が、この世界にはいる。彼らは、生霊と呼ばれ、魔法を使うとか、悪魔と契約するとか、恋患いが高じてとか、なにかショックを受けた拍子にとか、そうなる方法や原因は様々だが、今のところ、それはどうでもいい。
「生霊、ね……ま、まあ、似たようなものかなぁ、アハハハハ。」
そう答えるバックスだが、どこかぎこちない。
「あの、でも、体に戻る方法がわかんないんです。私、生霊になるの、初めてで。」
体が死んでいるので、正確には生霊ではないのだが、どっちにせよ、そりゃあ初めてだろう。
考えてみたら、こうして目を覚ましたのに、また死んだ体に戻って意識を失ってくれなんて、無理な話だ。ここは一つ、魂扱いに長けたジオっちの意見を聞いてみよっか。
バックスは、斜め後を向いていた顔を正面に戻して、ジオトヒクルに尋ねる。
「ジオっち、これ、どうしたらいいかなぁ?」
随分とまあ、漠然とした質問しやがるな、コイツは。あと、平然とジオっち呼びしやがって。
「気安く呼ぶなと言うとる。ワシャア、ジオトヒクルじゃ。」
ジオトヒクルは、吊り上った目でギロリと睨みつけ、言葉を続ける。
「それに、どうしたらいいかって、どうもこうもあるか。なんならアイツの魂、いますぐあの世に運んでやってもええぞ、ワシはそれが仕事じゃからの。」
「なんでそんな意地悪なこと言うかなー。アイツが死んだのはなかったことにするって約束したじゃーん。」
ヘニャっと笑顔を作り、いらつく天使のご機嫌をとるバックス。
「んな約束はしとらんわ、ボケ。テメェが天使だというから話を聞いてやったのに、まるっきりのデタラメだったんじゃからの。そんなヤツの言うことを聞いてやる道理はねぇ。」
ここで、念のために説明しておくが、普通、人間には天使の姿が見えない。それは、魂だけの姿になったカルカも同じで、天使の力を使えなくなったバックスは別として、そこで一緒に話しているジオトヒクルについては、姿どころか、その実に女の子らしい声も、気配すら感じられないのである。
それでも、ここまでバックスの様子を観察していれば、カルカでもさすがにわかる。
バックスは頭がどうにかなったわけじゃない。目に見えない何者かと喋っているのだと。
「あの、バックスさん、そこに誰か、いるんですか?」
「え?……あ、そっか。」
バックスにとっては自明のことだったので、質問の意味を理解するのに少しだけ時間を要した。
「実はな、ここに、」
バックスは、目の前に浮いているジオトヒクルを、つまりカルカにとっては何もない空間を指差す。
「俺とは違う、可愛らしーい天使様がおられるのだよ。」
「え、天使様が!? 正真正銘、本物の? でも、可愛らしいなんて言うの、不敬じゃないですか?」
そこいらの子供相手なら褒め言葉でも、やんごとなき身分のお方に「可愛らしい」は失礼だろう。
まして、それを神の代理人たる天使様に向かって、どんだけ上から目線だよ、って話である。
「そうそう、可愛らしいってなぁ。天使の尊厳を傷つけるようなこと、人前で言ってんじゃねぇよ。」
カルカの言葉につなげて、ジオトヒクルが文句を垂れた。
天使を自称しながら、ホントにコイツ、天使とは思えんようなことばかり喋りやがる。
「ん? なんかまずかったか? それなら自分で、その威光を見せ付けてやればいい。」
せっかくだから、カルカにはちゃんとした天使の姿も見せてやろう。驚くかな? 喜ぶかな?
実は、バックスにはそんな思惑もあって、ジオトヒクルの降臨を促したのだったりする。
「まあ、もとはといえば、その男に用があったんじゃった。しゃあない、やるか。」
そのときバックスは、重力過多で重くなっていた体が、一瞬だけ倍の重さになって、直後にすぅっと軽くなるのを感じた。どうやら今回もまた、天界の精鋭たちが脅威を制圧できたのであろう。まったく、頼りになる仲間たちだ。と、いうことは。
「あー、ジオっち、待て。世界修復が入る。降臨、ちょっと待ったほうがいいな。」
先にその言葉に反応したのは、カルカであった。
「世界修復? また、世界が壊れているのですか?」
なるほど、それで、部屋がこんなにめちゃくちゃに。私が生霊になってしまったのも関係あるのかな。でも、元通りになるなら心配ないか。
こんな状況で、カルカは自分でも不思議なほどに冷静でいられた。
ひょっとして、ここはまだ夢の中なのではないか。それならそれでも、別にかまわないけど。
「なんじゃ、テメェ、世界修復のことも話したんか。んなもん、人間に教えるこっちゃねぇぞ。」
ジオトヒクルは、すっかり呆れた、というような顔で言う。
「いやー、まー、話の流れで、きっちり説明しといたほうが後々楽かなーって思ってさー。」
バックスは、アハハと笑いながら、あっけらかんと答えた。
「はい?なんですって?」
カルカにとっては、自分が質問したあとのバックスの答がこれだったので、一瞬戸惑った。
しかし、バックスの視線の方向から、自分には見えない誰かがいて、その相手に対する返事だったのだと気付く。バックスのほうも、それを察していた。
「ああ、ごめんごめん。そう、カルカの言うとおりだよ。世界はまた、派手にぶっ壊れたんだ。でも、もうじき元に戻るから、心配しなくてもいいかな。」
バックスがそういい終わると同時に、世界は完全なる闇に包まれた。
壊れた建物も、瀕死の魔王も、カルカの魂も消えて、そこには二人の天使だけが残った。
それは、バックスが本当に天使であるか、もしくはそれと同等の力を持った何かだということの証明でもある。
……まっこと、コイツはなんなんじゃ。わからん。ぜんぜんわからん!
ジオトヒクルは、頭を抱えるしかなかった。
予定通り、今回で終わってませんので、次回もあります。
たぶん。書けたらね。