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天使のお仕事。  作者: レイブン
17/36

悪魔でさえも耐えられぬ、重く苦しい世界がこちら。

はい、17回目のお話。

ホント、小説って死ぬほど難しい。

いやマジで。ウソだと思うなら、書いてみなって。

「よかったー! 俺ぁもう、腹減って死ぬかと思ったよ。天界での話は後にして、とりあえず何か」


 食い物を出してくれ。バックスがそう言おうとしたのをを遮って、ジオトヒクルが怒鳴る。


「やかましい! オドレのせいでワシャアえっらい恥かいたわこのボケナスがぁ!」


 唾を飛ばしながらバックスに詰め寄るジオトヒクル。普通にしてても怖い顔が、怒りを露わにして迫ってくるのだから、当然にもっと恐ろしい。ただし、その声だけは、力が抜けてしまうそうなほどに乙女である。

 ちょっとだけ高く浮いて、物理的に上から目線で近づいてくるジオトヒクルの迫力に、バックスは少しばかり後ずさりしながら、上目遣いでおどけてみせた。


「あれ、あれれ? どうしたのかなー? もしかして、ひょっとして、怒ってらっしゃる?」


 猛烈に怒っているのは明白だったので、ちょっと冗談でも言って場を和ませようというバックスの目論見だったが、それはもう、誰の目にも明らかな結果を招いた。すなわち「火に油を注ぐ」。


「んなもん見らあわかるじゃろうがこのボケェ! 話聞いとったんかゴラァ!」


 言ってる中身とは裏腹な、愛らしい声のギャップがすごい。怒鳴られているのに、ぜんぜんそんな気がしない。

 もっとも、それがたとえ重厚な響きを持っていたところで、バックスの心がわずかでも動揺するかと言えば、そんなことはない。恫喝は、真に力を持つものには効果を及ぼさないのだ。

 実際、この瞬間もバックスは、ジオトヒクルの罵倒を聞きながらも、彼女の口に吸血鬼みたいなキバがあることに気付いた。天使の姿は、基本的には自己プロデュースであって、つまりはそのかっこいいキバも、細かい部分に拘るジオトヒクルのお洒落ゴコロであり、バックスはそれに思わず感心してしまったのだが、それを褒めるのは、今ではなさそうだ。

 バックスは、ジオトヒクルの両肩をぽんぽんと叩くと、のけぞった自分の身体がまっすぐの位置に戻るまで後ろに押し戻しながら、満面の愛想笑いで言う。


「まーあ、まあまあ、ジオっち、一旦落ち着こう? 大きな声出すと、お腹減るよー?」


 普通、天使は常に神の力を受けられるので空腹など感じない、はずだが、つい自分の身体を基準に考えてしまうバックスである。

 このマイペースを乱さない態度が功を奏したか、バックスの恐れもしなけりゃ怯みもしないその顔に、ジオトヒクルは毒気を抜かれてしまった。


 そうか、そうじゃった。コイツは、このデカ女は、いくら言うても無駄なんじゃった。


 ジオトヒクルは目を閉じると、大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐いた。

 そしてそのまま、背後の存在に向かって声をかける。


「おいコラ、牛頭(うしあたま)。それ以上動くな。テメェに、聞きたいことがある。」


 ビクゥッ!


 ジオトヒクルの背後で、こそこそと魔法を使おうとしていたゼクトの全身から冷や汗が噴き出す。

 赤の女が、突然現れた黒の女に気をとられている隙に、ゼクトはこっそり転移門ゲートを開こうとしていたのだった。


 一瞬だってこっちを見た感じはしなかったが、なぜわかった?

 あの女戦士を相手して、まったく遠慮のない態度といい、ひょっとして、コイツも化け物なのか?


「ああああ、あの、ワタクシ、逃げようだなんて、思ってませんけどー?」


「ほほう、テメェ逃げようとしとったんかい。こらあ、ますます怪しいのぅ。」


 しまった! 何が「逃げようなんて思ってない」だ、バカバカ、我のバカ!


 視線を落としたゼクトの目には、靴の、普通なら地面に接している部分が見えた。黒くて長い裾のスカートから突き出している女の足はつま先立ちのようで、実際には床から少しだけ浮いていたのだ。


 なな、なんだ、魔法使いか? なんで無駄に魔力を消費して、浮遊(フロート)の魔法を?


 その足が半回転して、高級そうな革仕立ての黒い靴が、そのデザインがよくわかる向きに変わった。

 それはつまり、宙に浮いた黒の女がこちら側を向いたということである。

 恐る恐る、ゼクトはつま先から上に視線を動かし、黒の女の顔を窺った。


 うっわ、怒ってる! めっちゃ怒ってる! まるで親の仇でも見るかのような目で! なにこれ怖い! 我、貴様になにかした!?


 ジオトヒクルがじいと見下す視線に耐え切れず、ゼクトはすぐに顔を背けた。


 ヤベェ。魔界にも強面こわもてで鳴らす猛者はいるが、そのどれにも負けてねぇ。わりと美人なのに、どうしてあんな目つきなんだよ……


「おいテメェ、なに目ぇ逸らしてんだ、ああん?」


 ジオトヒクルは考える。


 あのデカ女、悪魔とつるんでやがるのか? 悪魔ごときが、天界にちょっかいを出す気か。

 ……いいや、ありえんな。なら、逆か。このデカ女が天界に手を出すために、悪魔を使う。

 人間界に魔王をけしかけて、天使の目をそこに引きつけておけば……天界の守りが手薄になるとでも?

 それもないな。話した感じ、どうしてかは知らんが、このデカ女は、かなり天界のことに通じとる。

 たとえ魔王が暴れたところで天使は動かんし、動くとしても、一人いれば魔王軍なんぞ簡単に制圧できることくらいはわかっとるはずじゃ。


「あ、その悪魔はただの通りすがりだよ。俺とは関係ないって。」


 バックスは、後ろを向いてしまったジオトヒクルに言った。


「おい、牛頭(うしあたま)、それは本当か?」


「は、はい! ワタクシ、たまたまここを通っただけでして。あちらの方とはなんのゆかりもございませんです、はい!」


 人間界をのほほんと散歩する魔王なんぞいるわけないが、女戦士様がああいうのだから、そういうことにするしかない。


「ほう、テメェほどの悪魔が、なんの理由もなしに人間界にねぇ。そんなもん、ワシが信じると思うたか?」


 だよねー!

 だいたい、魔王である我が姿に、まったく動じないってのがそもそもおかしい。

 あの女戦士といい、この翼の女といい、どうなってんだ今夜は。ここは、ひょっとして異世界か。


「ま、もとより悪魔に正直さなど期待しとらん。直接、見させてもらう。」


 正座するゼクトの頭の位置は、床からわずかだけ浮いているジオトヒクルよりはほんの少しだけ低い。

 その頭の上にジオトヒクルが手をかざすと、一瞬バチッと火花が散った。

 その瞬間、ゼクトの頭の中に、チクリと刺されるような痛みが走った。さきほどバックスに殴られた痛みのほうがずっと大きかったので、気にするほどでもなかったが。

 ジオトヒクルが使ったのは、記憶読みリードメモリという奇跡である。


「ほうほう、ふん、なるほどね……」


 しばし目を閉じて、ゼクトの記憶を見るジオトヒクル。しばらくすると、大きく目を見開いて、うなだれる悪魔をにらみつけた。


「おいコラァ! テメェ、マジで無関係じゃねぇか! ふざけんな!」


 関与はないと正直に述べて、それが嘘偽りなく事実だったのにキレられるって、不条理すぎない?


 釈然としないゼクトだったが、これで無事、放免となるなら、細かいことなどどうでもよかった。世界の歪みが凝縮された、魔界という場所に生きるゼクトには、不条理なんて日常茶飯事だ。


「まったく、どいつもこいつも、天使をコケにしくさりおって。テメェにゃもう用はねぇ。帰れ帰れ。」


 ジオトヒクルは、右の手首のスナップを利かせて、シッシと追い払う仕草をした。


「あざっす! それではワタクシ、帰らせていただきます! おつかれさまっした!」


 ようやく解放されるという安心感に、思わず声が大きくなってしまった魔王ゼクト。

 二人の天使の見守る中、急いで立ち上がると、魔界への転移門ゲートを開くため、右手を挙げた。

 と、突然床に這いつくばり、


「グェブシッ」


と、変なうめき声をあげた。


 な、今度はなんだ!? 体が、体が重い! 潰れる! 潰される!


 鋼の肉体も自慢としていたゼクトが、自由に身動きをとれぬほどの圧力。

 ゼクトが倒れたのに続き、カルカの寝かされているベッドの中ほどが、バキッとへこむ。連鎖的に、斜め向きの力がかかったベッドの四本の足も、ビキッと折れた。

 部屋のあちこちからはギギ、ギシ、ビシと不穏な音が鳴り響いていたが、ほどなく、ガラガラと壁も屋根も崩壊しはじめる。


「あらー、脅威(エネミー)のヤツがまた暴れだしたか。今度は重力過多(グラビドーズ)だよ。ホントに、世界を壊す気まんまんじゃねーか。」


 そうバックスが呟いたそのとき、屋根を形成していた石板の一枚が、異常な重量となってバックスの頭の上に落ちてきた。しかし、頭に直撃するかというところで振り上げたバックスの拳は、その大きな石版をバガンと粉砕した。


 一方、床を這っているゼクトには、同じような石板が直撃して、ちょっと説明するのも憚られるようなひどい傷を負っている。しかし、そこは魔王、さすがの生命力。幸か不幸かは別として。


 それで、そんな二人の間に位置していたジオトヒクルはどうかというと、涼しい顔で崩れ行く周囲の様子を眺めていた。存在軸をずらして、人間界からの物理的干渉を遮断したのである。実は、最初にこの部屋に現れたとき、屋根を壊さずに天から降りてこられたのも、この方法が使える天使ならでは、の技術であった。


「ずるいよ、ジオっちー。自分だけ安全なとこに逃げるなんてさー。」


 特に変わりなく立っているようにみえるバックスだが、人間界に落ちてからずっと重いと感じていた己の身体が、さらに十倍くらいの重さになったようで、立っているだけでけっこうしんどかった。


「なにがずるいか。テメェも天使なら、同じことできるはずじゃろうが。」


「だからそれは、端末(リング)がないからできないんだって言ってるじゃーん。」


 ついに瓦礫となりはてた「元」部屋の中で、バックスが口を尖らせる。


「まだ言うか。哀れな天使バックスは、端末リングを失い、天から落ちてしまいました、ってか?」


 意地悪げに言うジオトヒクル。いや、顔はこれでも素なのかもしれない。


「そうだよ。かわいそうと思うだろ? 思わない?」


 たぶん、この世で一番、自分のことをかわいそうだとは思っていないバックスである。


「それが本当の話なら、ほうじゃの。」


 ジオトヒクルはやれやれと肩をすくめ、首を振る。


「防衛局行ったら、すぐにわかった。バックスなんて阿呆な天使はおらんかった。」


「あ、そりゃ、アレだ。バックスってのはちゃんとした名前じゃなくて――」


 バックスが言い終わる前に、ジオトヒクルは手のひらを突き出した。黙れ、の合図だ。


「バクスシーヌ・エスオブト。防衛局の大天使様、といいたいんじゃろ?」


「なんだー、わかってんじゃん。よかったー!」


 大きく口角を上げてニカーッと笑うバックス。ジオトヒクルも、ニヤリと笑った。


「ああ、わかっとる。テメェが大天使の名を騙る不届き者だってことがな。」


「え、どうゆうこと?」


 バックスの満面の笑みは、困惑の表情に変わる。


「大天使様は、天界におったわ。てぇことはよ。テメェは、偽者じゃ。」


 さあ、どうする? 偽天使さんよ?


 ジオトヒクルは、ウソがばれたバックスがどう反応するのか、少しだけ楽しみだった。

 ところが、バックスはまったく慌てる素振りもなく、しごく冷静に言った。


「あ、そう。そっかー。こりゃ、本格的にやばいねー。」


     *


 二人がわりとのんびりと会話をしている間に、世界のほとんどが崩壊した。

続きを書くということについて、確約はできない。

なんだってそうさ。それが、人生ってものだろう?

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