世界は丸ごと縦になり、陸地は全て、崖になる。
苦しい苦しい。
本当に、長くなればなるほど、文章を書くのは難しくなりますね。
そんなこんなで、難産でした、第11部分。
ちょっと無理して書いたので、内容的にも、色々とアレかもです。
バックスは、右手で柄を持ち担いでいた大剣を、肩から離し、ゆっくりと振り上げた。
さっきまで笑っていたバックスが、ちょっとだけ神妙な表情になり、ぼそっと呟いた。
「来るか。」
大剣のレイテストがそれに応える。
「うむ、かなり大きいのである。」
ズゥン!
突然響いた轟音。カルカには、どこか遠くのようでもあり、すぐそばのようにも感じられた。
しかし、それがなんなのか、考える時間は、カルカには与えられない。
全身を左、真横に吸い寄せられる感覚。震えて動かなくなっていた足がもつれる。転ぶかと思われたが、その足は地を離れ、宙に浮いた。その状態のまま浮いた体は左側に移動し始める。
バックスは思い切り振り下ろした大剣で地面を突いた。バックスの両足が、地面に深く刺さった剣を握る右手を中心とした円弧を描き、体が地面と水平になった時点で止まる。少しだけ上下に揺れていた。
吸い寄せられる力に抗う術を持たないカルカは、だんだんと加速しながら横方向に飛んでいく。うわああああああ、という悲鳴はやがて小さくなり、バックスには聞こえないほど遠ざかっていった。
見えざる力に晒されたのは、バックスやカルカだけではなかった。地面に転がる石も、積んであった瓦礫も、その瓦礫を運ぶために使った猫車も、そこらの地面に置いてあったものはすべて、カルカとともに飛んでいってしまった。
天使宮のそばにあった泉の水は、意思でも持ったかのように岸から飛び出し、その身を天使宮に叩き付けた。ビキ、ビキと音を立て、崩壊間近を知らせていた石造りの天使宮も、ついには屋根のほうから崩れ始め、それもまた、カルカを追うように飛んでいく。
「あー。これは、ひどいなー。アイツ、世界の果てまで行っちゃうんじゃない?」
「考えるだけ無駄である。どうせすぐに元通りになるのである。それより、落ちていったのが我々なら危なかったぞ。世界修復は、我々のことまでは元に戻してくれぬからな。」
世界中の人々がみな、西側に引っぱる謎の力に抗えなかった。部屋の中にいた者は西側の壁に、外にいた者も西にある建物の壁に叩き付けられた。
運よく西の方角に何もなかったものは、しかし、地面に足を下ろすこともできず、ただ西に向かって真横に飛び続けることになった。そうなった者の飛行速度はだんだんと増していき、その先で障害物にめぐり合った場合、凄惨な最期が約束されたようなものだった。
山頂など、高所にいた者は、同じ高さに遮るものがなく、どこまでも真横に飛んで行ける。そう表現すれば聞こえはいいが、世界の果てすらも越えていくとき、人は果たして正気でいられるだろうか。それは、やがてどこかに激突する運命よりも過酷かもしれない。
王都にある絢爛な王宮も、国を護る頑強な砦も、荘厳な大魔術塔も、すべては瓦解していく。
大陸の西の海では、その全ての海水がひとかたまりになって、東にある陸地の全てをなめるように流れ出していた。
世界は一瞬にして、地獄の様相を呈していた。
このあまりに凄まじい状況を、正しく理解できた人間はいないだろう。
地面に深く突き刺した大剣の柄を握り、西側に身体が持っていかれないよう耐えるバックス。
彼女と大剣だけは、この世界に何が起こったのかを、しっかり把握していた。
世界が大きく傾いたのである。
三度目の今回、水平だった地面が、完全に、垂直に。
いまや世界は、北と南はそのままに、東が上、西が下へと変わり果ててしまった。
つまり、現在のバックスは、大きな断崖となった地面に楔を打って、落下しないように耐えている状態なのである。
バックスは、カルカが飛んでいった西側、自分にとっての下方をちらと確認する。
この場所は小高い丘の上。ということは、崖として考えると、すこし張り出した部分、ということになる。当然、下のほうにはかなり長い距離で引っ掛かりがなく、剣の柄から手を放してしまえば、どこまで落ちていくのか見当もつかない。
「今、暴れてる脅威、むちゃくちゃやるなー。なにがしたいんだ、こりゃあ。」
バックスは、この危機的状況においても、まるで緊張感がない。
「彼奴らに、明確な意思などあるものか。こんな悪さをするのは、破壊型しかいないのである。天界の精鋭たちが抑えきれぬのであるから、新種やもしれぬな。」
「そうそう、人を殺せば案内役が降りてくるって言ってたけど、あれ、どうすればいいんだ? 俺は人を殺したりできないぜ?」
これは、バックスの人を思う優しさだとか、殺すということに対する罪悪感だとか、そういうことではない。
天使は、もともと人間の世界を維持するために存在する。そのため、人間には手を出せないように作られている、というだけの話である。どんなものにも例外はあって、人間の世界を健全に維持するために、ときには人間の生死に干渉する必要も出てくるが、バックスにその権限は与えられていない。
……とは言ったものの、バックスは、もとより誰かを傷つけるような荒事を好まないってことも付け加えておこう。彼女の名誉のために。
「そんなことは、百も承知である。そもそも、ヌシの馬鹿力であの神官殿を傷つけてみよ、案内役と話をつけて死なせないにしても、今のヌシには修復もできぬであろう?」
この会話、傍から見ると、赤い髪、赤い鎧の女戦士が、腹話術かなんかで声色を変えながら延々と喋っているようにしか見えないわけだが、周りに誰もいないから安心である。カルカももう、どこまで飛んでいったのか見当もつかない。
例え、周りに誰かいたとしても、バックスはまったく気にも留めないのだろうけど。
「確かに、神の力なしで、カルカを直すのは無理だな。なら、どうすんだよ?」
「殺すのではなく、死んでもらうのである。」
「……はあ?」
死んでくれと頼んだら、カルカは快く引き受けてくれるだろうか。
『頼む、ちょっと死んでくれないか。』
『はい、喜んでー!』
ないない、そんなわけはない。バックスにだってそれはわかる。
「こちらに落ちたばかりの頃、邪心霊を倒したのであろう、その赤眼で。」
「ああ、カルカ、そんなことも話してたのか。端末がなくても、この身体に与えられた力なら使えるかなと思ってさ。」
こうしてる間も、バックスは、西側に落っこちないように、地面に突き刺さった大剣の柄を握って、ぶら下がり続けている。まだ疲れた様子はない。
「その眼を使って、禁断の知をカルカに見せるのである。」
「えっ? でも、そんなものを人間に与えたらまずいんじゃないのか?」
「心配はいらんのである。禁断の知を見た人間は、例外なく命を落とすのである。」
「へー、そうなんだー。人間って、意外なことで死ぬんだな。いや、まてよ?」
バックスは、片手でぶら下がったまま、少しだけ首をひねる。
「それって、俺が殺すってことになるんじゃないのか? だとしたら、やっぱり無理だと思うけど?」
「ヌシはカルカ殿に禁断の知を教えてやるだけ、何も問題はないのである。隠された真実を知ったカルカ殿が、自ら死を選ぶのは、ヌシの責任ではないのであるからして。」
「はぁー、よくもまあそんなヘリクツ、思いついたもんだなー。」
嫌味でもなんでもなく、ごく普通に感心するバックス。
「ヘリクツではない。神の定めた理にケチをつけるなど、まったく無礼なヤツめ。」
やれやれ。大剣レイテストは、今更ながらと、特に怒った様子でもなかった。
と、ここで、世界中が薄暗くなった、と思ったら、即座に今度は真っ暗闇になった。
「お、天界のヤツら、なんとか脅威の力を抑え込んだみたいだな。えらいぞー。」
本来その仕事を任されているはずのバックスが、何もしてないくせに随分といい気なものである。
世界修復、開始。
完全に光のない闇の中で、海も陸も空も、東西南北や上下すらも、すべてが消え失せた。
無の中に放り出されたバックスは、大剣レイテストを定位置に担ぎ、地面が本来の水平位置に戻ることを見越して、身体を動かす。
世界の果て、最南端の方に光が戻る。その光は、一定の距離ごとに区分けされているのか、段階的に北へと広がっていく。やがて、バックスがいるこの場所にも。
元通りになった世界で、地表よりこぶし一つ分ほど浮いていたバックスは、下にひかれる力で、正しい位置の地面に着地した。
「おおっと、もう少し下だったら埋まってたなー。危ない危ない。」
ちょうどいい位置だったなと喜ぶバックス。小さく足踏みして、修復された地面に異常のないことを確認する。
崩れた天使宮も何事もなかったかのように元通り、その手前には、ひどく汗をかきながら、口をあけて何かを叫んでいるような顔のカルカが立っている。
世界、再始動。
と、同時にカルカの大きく開かれた口から、叫び声が響いた。
「――ああああああ、あ、あれ?」
突然わけのわからぬすごい力に襲われ、逆らうこともできずに西に向かって飛んでいたずなのに。
夢か、幻か。今こうして何事もなくここに立っている以上、そのどちらかなのだろうか。
「おかしいな。修復時点がずれてるぞ?」
カルカが混乱している前で、バックスもまた、合点がいかないという表情で言った。
「世界修復が完全に機能していないのである。これは、悠長に構えていると、本格的にまずいことになるのである。」
あ、そうだ!
カルカは、飛ばされる直前のことを思い出した。
確か、ガイドとかいうのを呼ぶために、私を殺すとかなんとか言ってたんじゃなかったか!?
一難去ってまた一難。どうしてこんなことに。こんなにも、神様を信仰してるのに。
実際のところ、今のカルカには一難も訪れていない。
しかし、記憶の中はワケのわからないことの連続で、すっかり精神が疲弊してしまっている。
実際のところ、カルカの信じる神様は、ちょっとばかし、いや、かなり、意地が悪いのであった。
もっとめちゃくちゃになりたい(゜-゜)ノ