神の使いを呼ぶために、生贄いるってそれマジか。
ようやく10個目のお話、書き終えた。しんどかった。
週一更新くらいのつもりで書いてるから、ちょっと急ぎすぎたかもしれない。
それは、異様な剣だった。
片刃の剣だ。その剣身は、バックスの燃えるような赤い髪と比べると若干暗い、光沢のある赤。その長さは、前にバックスが言っていたとおり、塚頭から剣先までがバックスの身の丈ほどもあり、その四半分くらいが柄である。
異様なのはその形で、まずはその剣身。片刃の剣のようだが、耳たぶくらいの厚さの金属板が三枚重なっていて、その刃は、剣先の方で円弧を書いて剣身の背に繋がっている。外の二枚の金属板が、挟み込まれた金属板の片側にはみ出して刃となっているのだが、その部分は、鋸を大きくしたようなギザギザの刃で、そのギザギザが互い違いになるように、外側の二枚の金属板が貼り合わされている。
鍔のあたりには、外周が等間隔に凸凹している丸い金属板だとか、蝶番や滑車のようにも見える細かい金属部品をいくつも組み合わせた部分がある。カルカがいつか見た、魔法を使わずとも複雑な動きができる「からくり仕掛け」だったか、それの蓋を開けた中身が、こんな感じだったように思う。
喋る剣ということで、カルカは、柄のあたりになにかの顔の意匠でもあるのではないかと予想していたが、そんなものはなく、ただ、物々しい道具としての存在感だけがあった。物だけに。
そんなデカブツを、バックスはこともなげに、ひょいと片手で持ちあげる。剣身のギザ刃とは逆側には見事な彫金細工の覆いが被せられており、その部分を肩にかけて持ち運ぶのが、いつものやり方らしい。
剣の名は、レイテスト。愛用の剣だからとバックスが名付けたわけではなくて、本人が、いや本剣というべきだろうか、とにかく自らそう名乗るから、そう呼んでいるのだそうだ。
悪魔祓いの居合者であるトンクには、悪魔はいませんでした、喋る剣があっただけですと、神官という立場から嘘を言えないカルカが説明をしたのだが、付喪霊のことを知らないトンクにはそれが理解できなかったようで、しかし、実際に剣が喋るところを見せてやると納得し、ごめんごめん、迷惑かけたねとバックスが謝罪、トンクは、まあ別嬪さんがそういうなら許さないわけにはいかないよな、ぐわーっはっはっはと、それで一件落着と相成ったのがちょっと前。
今は天使宮に帰り着き、煤だらけの大剣をブラシでごしごし、水洗いが終わったところである。
バックスは、肩慣らしでもするように、右手でその大剣を振ってみせる。カルカには両手でも持ち上げられなかったものを、こうも容易く振り回せるバックスの膂力。カルカは改めて、この赤髪赤眼の女戦士の底知れなさを感じていた。
あんなもの、掠っただけでも死ぬぞ、私ならば。
「一人の英雄は、万の兵にも値する」という言葉も、誇張でなくそうなのだろうと実感するカルカ。
しかし、縦、横、斜めと大剣を振るうバックスの表情は冴えない。
「やっぱりダメかー。神の力がないと、ぜんぜんダメなんだなー。」
バックスは、剣を振るのをやめると、剣先を背後に向ける形で、剣身の背の部分を肩にのせた。
「当然である。神の力あっての吾輩であるからな。バックス、ヌシもだぞ。役立たたずの大飯食らいだと、そこの神官が言うておったわ。」
え、マジで? そういう顔で、わきにいるカルカの顔を見るバックス。
「そそそ、そんなこと言ってないじゃないですか! すごくよく食べるとは言いましたが、役立たずだなんて、ヒトコトだって言ってませんよ!」
カルカは、慌てて首を振りながら答える。
「よいよい、皆まで言わずともわかっておる。このバカが随分と迷惑をかけたのであろう? 吾輩には全部お見通しなのである。」
「いやあ、そんな。迷惑なんてことは……」
正直者のカルカは、口ごもってしまう。
全然迷惑じゃない、なんてことはないのだ。バックスが来てから、間違いなく余計な仕事が増えている。
「それは、だって、仕方ないじゃんよー。端末もない、飛翼もない。帰る道もわかんないんだぜ? こんな状況で、俺になにができるってんだ。」
「天使たるもの、端末を失くすなんてことが、そもそもあってはならんのである。」
バックスに担がれている赤い大剣、レイテストには当然表情などないのだが、その口調から、カルカは、神官学校の神学担当の、立派な顎髭のおじいちゃん先生を思い出していた。年老いた声ではないので、あの先生がもっと若いころは、こんな感じだったんじゃないかと想像してしまう。
「そーんなこと、わかってるって。でもさ、端末を失くしたときのこと、全然覚えてなくってさぁ。失くす前までは、オマエと一緒にいたはずだけど、何か知らない?」
バックスが、剣の背で、担いでいる肩をトントンと叩く。
「ふぅむ……吾輩がヌシに放り出されたあの日のことなら覚えておるぞ。敵は、混沌型の脅威、型番二〇一二八、最近流行の、黒玉に毛の生えたアヤツである。」
カルカには、言ってることの意味がほとんど理解できなかった。
「おお!おお、そうだ!ソイツのことは覚えてる。最近、あのタイプがあまりによく来るもんだから、どうせいつもの雑魚だろうと油断してたんだよねー。」
もしかして、バックスはあの夜のことを思い出しているのか。それはカルカにとってもありがたい。
「……まったく。神は何故に、このような者に世界を護らせておるのか。まあよい。ヌシの言う通り、慢心により敵の攻撃を受けたヌシは、迂闊にも吾輩を落としてしまったワケであるが……」
しばしの間。喋る大剣が、己の記憶を探っている。
「……そうだな、あのときは、ヌシにさしたる異常はなかったのである。吾輩はしっかりと仕事をしていたし、端末もなしに戦えるほど、脅威どもは生易しくはないのであるからして。」
「そうだったなー。オマエを落っことしてしまって、でもまあ、この程度ならなんとかなるだろうとそのまま戦い続けたんだった。予想以上に丈夫だったんだよな、アイツ。」
いやあ、そうだったそうだったとニコニコ笑いながら言うバックス。それからそれから?
「で、アイツをきっちり潰したのは思い出したんだけど、問題は、そのあと、だよなぁ。」
「で、あるな。ヌシが端末を失うという大失態をやらかすわけであるが、いったい何があったのか。それを覚えていないとは、なんとも難儀なことである。」
バックスと、赤い髪の彼女に担がれた赤い大剣は、同時に深いため息をついた。たぶんホントは仲がいい。
「吾輩を探し出したように、端末を失せもの探しで探すことはできないのであるか?」
「ひょっとしたら、と思ってさ、オマエを探すときに、ついでにやってもらったんだ、それは。なあ、カルカ?」
「あ、はい、そうでしたね。その光輪については、『失くしていない』という結果がでております。」
本人が「失くした」というのに、奇跡で探そうとすると「失くしていない」というのだから、なんとも理解に苦しむ話である。
もっとも、元からそんなものはないのだとすれば、つまり、バックスが天使だというのはただの妄想であるとすれば、それは当然ということになるのだ。
だから、そのように納得していたカルカは、探し出した奇妙な喋る大剣が、バックスのことを「バカ天使」と罵倒したとき、さらなる混乱を覚えたのである。
いや、まあ、百歩譲って、喋る剣すらも自分の妄想世界に組み入れているのだ、としてだよ。
神の代行者たる「天使」に、「バカ」をつけて呼ぶような冒涜的発言は許されるのか?
少なくとも、神官のカルカには、とても口に出せる言葉ではない。
信仰の薄い民間人怖いな、いや、あれは民間剣か。神が慈悲深くてよかった。
実のところ、神や天使を軽んずるような行動で神罰が下ったという話は、ない。まったく、ない。
そのくらいで人間を罰するような、狭量な神ではないのだろう。やっぱり神は偉大なのである。
まあ、神官の誠心誠意をこめたお祈りですら、ときとして天に届かないのだから、ただ単に気づいてないだけだという話もあるが。
「失くしていない、とな? おかしいではないか。現に持っておらぬのであろう?」
大剣レイテストが、実にもっともな疑問を口にする。口がどこかはわからないが。
「そうなんだよ、おかしいんだ。失せ物探しの祈りを受けた天使が、いいかげんな仕事やってんじゃないかね。帰ったら文句言ってやろう。」
そういうバックスは、持ち場を離れて何日も仕事をしてないように思えるが、自分のことは棚に上げるタイプなのか。たぶん、そうなのだろう。ごく自然体に、そうなのだろう。
そして、帰るのがいつになるかはわからないが、その頃には忘れているだろう。ここ五日ほどのつきあいで、カルカはそれを確信していた。
「あーあ、誰か知り合いの子が、ここに降りてきてくれればいいんだけどなー。」
バックスが上を見たのにつられて、カルカも空を見上げた。だいぶ日が傾いてきている。
「なるほど、それである!ここに天使を呼べばいいのである!」
突然、大剣が声を張り上げた。
「んあ? カルカは、神官でもそんなことはできないと言ってたぞ?」
バックスが答えるのにあわせ、カルカもコクコクと頷く。
「呼ばなくても勝手に来る天使がいるではないか。知り合いとまではいかんだろうが、案内役を降ろすのは簡単なのである。」
「ああ、ガイドね、ガイド……ガイドって、なにしてる天使だっけ?」
知ったかぶって、すぐ諦めるバックス。潔い。
「まったく、ヌシは自分の仕事以外に無頓着すぎるのである。仲間が何をしているかぐらい、把握しておくべきであるぞ。」
やれやれ、という口調である。肩に担がれている大剣が、少しばかり曲がったように見えたのは錯覚か。
「案内役は、死んだ人間の魂をあの世に運ぶのが主な仕事である。」
「と、いうことは?」
バックスはピンとこいないようだが、カルカにはその意味することが理解できた。できてしまった。
「人間を殺せばよいのである。さすれば、最速で降りてくるのである。」
「ああ、そうなんだ。」
バックスはそう答えると、なんの他意もなく、一番身近にいる人間、カルカの方に顔を向けた。
「は? あ? え? あ?」
そこには、目を白黒させるカルカがいた。
そんなはずはない。バックスは、図々しいところはあるが、私欲のために人の命を奪うような、そんな邪悪な者ではないはず。しかし、それは単なる希望的観測でしかないのだ。
どでかい女戦士がどでかい剣を抱えて、ひどく物騒な提案に、ニヤリと笑いながら睨みつけてきたとして、平気でいられるかって話である。そりゃあ、ヤバいだろう。
強い恐怖に晒されると、どうにも身体が動かなくなるカルカ。
声も出せず、逃げ出すこともできず、カルカは、ただ冷や汗が流れるのを感じることしかできなかった。
なんか愉快な続きが天から降ってきたら、また続き書きまーす。
期待はしたぶんだけ裏切られることになります。