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短編集

事の前に一服

作者: 生獣屋 芽怠

 

「ん? ……雨が降りそうだな」

 夕暮れを遮る灰色の綿は天を占領して唸り声を上げている、どうやらご機嫌ななめらしい。怒っていると言うより愚図っているみたいでもうすぐ泣き出すのだろう。

 折角の休憩が台無しではないか、太陽は何をしているんだ、そいつをあやす事も出来ない程の愚者か? ただ光と熱を放っているだけの存在か、言われて悔しいならなだめてみせろ。

 缶コーヒーを携え見上げた空は灰色、休憩が終わるまで泣かないでいて貰いたいが。

 屋上から見る景色は結構好きなのだがな。

 そこに映し出された風景は緑、森林の中にこの建造物は存在する。

 仕事とはいえ、こんな森の中まで通勤するのは不便で仕方が無い。まあ景色だけはやたらと良いのが唯一の良きポイントかな。

「先生」

 不意に呼び掛けられたので振り替えると女が一人こちらにやってくる姿が。

 栗色をしたロングの髪はウエーブ掛かっており、それを後ろで束ねている。二重瞼のパッチリとした瞳に高い鼻、小さな口の右下のホクロがセクシーたる単語を主張させていた。

 体もモデル体型で僕の好みである。おっと話が脱線仕掛かったな、つまり美人の女に呼ばれたのだ。

「松本くんか、どうかしたのかい?」

「はい、午後からの手術の事でお話が」

 仕事の話を始める。彼女は美しいな、出来ればこんな事務的な話では無く個人的に食事にでも誘って大人な会話を楽しみたいものだ。

「……と言う順で始めよう。ああ、ちゃんと道具があるか点検も忘れずにね? この前新米くんがメスが無いってあたふたしてたぞ? あれは致命的なミスだ」

「こ、今回は大丈夫です!」

 美人だが時々ミスをする。完璧に見えるのにそのギャップが堪らない。

 慌てている彼女も乙な物である。

「もう、先生は意地悪ですね」

「悪い悪い、昔から本当の事しか言えないんだ」

「またそうやって私を苛める……今日はバッチリセッティングしますから心配無用です!」

 拗ねながら松本くんは屋上から退場して行った、言い過ぎただろうか? バッチリだと本人が言い張るのなら大丈夫だろう、もし完璧だったら今の事を謝罪してあげよう。

 そんな思考を再生させていると頭上にひんやりとした微少な一撃が。どうやら等々雨が降り出したらしい。あやせなかったか太陽め。

 屋上を去り建物の内部へ、さてそろそろ手術の時間かな。

 準備を整えて手術室の方へと歩き出す。雨は嫌だな、帰りは車だから良いがやはり太陽が好ましい。

 そうだ、手術のセッティングが出来て無かったら松本くんに照る照る坊主を百体程作らせてみようか、お仕置ついでに。




 手術室へ入るとちゃんとセッティングが施されており、器具が並んでいた。部屋の中央にはベッドが備え付けられている、周りにはスタッフがいそいそと準備に追われていた。

 どうやら後は患者を待つだけだな。

「先生、今日の患者のカルテです」

 一足早く戻っていた松本くんがカルテを差し出す。

「……どうやらセッティングはバッチリみたいだね?」

「大丈夫です、今回は自身がありますから」

 今回と言わずに毎回万全に勤めて貰いたいが。

 さて、患者のカルテを拝見しようか。

「……これはなかなか酷いな」

「腕がなりますか?」

「まあね、最善は尽くすつもりだよ? じゃあそろそろ始めようか……患者を呼んで貰えるかい?」

「はい、連れて来ます」

 しばらくして患者が連れて来られた、さて始めようか。

 それぞれが自分の持ち場へと着き、手術が決行される。

「では手術(オペ)を開始する、先ずは腹部を切開する……メス」

 松本くんがメスを渡し、患者の腹部へ。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」

 突如患者が雄叫びを上げる、それを聞いた僕の左前に立つ新米くんが焦りで顔を歪めた。

「せ、先生、麻酔が利いて無いみたいです! 直ちに処置をしないと!」

「落ち着きなさい、君も一応は医師なのだろう? 慌ててはいけない。慌てればミスを誘発する原因になるからね」

「は、はい、申し訳ありません……」

 悄気た新米くんを見ていた松本くんはクスリと笑みを浮かべる。

「ふふっ、貴方は新しい人だから知らないんですね?」

「……え? な、何がですか?」

「先生のやり方の事です」

「やり方……ですか?」

 困惑する彼は救いを求める様に僕に視線を送る。

 いやいや初々しいな彼は、きっと所帯を持ったら細君の尻に敷かれるタイプだろう。

「僕はね、麻酔を使わないんだよ」

「えっ! そ、そんな事をしたら患者が痛がりますよ……いや、痛がるって問題じゃ……」

「あははは、良いじゃないか。だって君はこの患者のカルテにはもう目を通したのだろう? だったら心配する必要は無い」

「…………は、はい」

「まあこれは僕の趣味も混じっているかな」

 さて、中断してしまったな、再開しようか。

 そのまま腹部に刺されたメスを下に滑らせる。

「ぎゃああああ! ががっがいあああああああああああああああああああああああ!」

「ん~、良い声で鳴くじゃないか」

 事を坦々と進めて行く、その間患者は呻き、もがく。

 それを眺めると愉快な気分になる、痙攣する全身が面白い。

「ん、中は良い色をしているね。これなら高額な値段になるだろう」

「あ、本当ですね!」

 と松本くんが嬉しそうに言った。

 カルテにはこの患者の情報が詳細に書かれていた、世間一般に言うヤクザで組の上納金に手を掛け逃亡。しかし呆気なく捕まりここに“患者”として連れて来られたのだ。それ以前は麻薬中毒となっており、自分の妻子を殺害、何とも醜い奴である。

「最後に言い残したい事は無いかね?」

「ああああああ、ぐい、ふぐぅううううう」

「ああ、もう言葉すら出せないか。いやいや、それにしても良く鳴く……良いね、こうやって鳴いてくれると興奮してしまうよ」

「まぁ、先生ったらやらしい」

「あははは、茶化さないでくれよ松本くん」

 何とも良い商売だ、医療現場では長時間労働で患者を助ける、しかし見返りは少なく何より過酷である。

 医師自らが体を壊すという矛盾、何とも見合わない。

 だがこの仕事は良い、労働時間はこの瞬間のみ、バックには暴力団が付いてはいるが楽しい。

 こうやって悲鳴を聴けるのだから。

 それに内蔵を取り出し売買、それなりに稼げる。

 全く、僕にとっては天職だ。

 多分新米くんは借金を作りここで働く様に言われたんだろう。

 彼は一番の真っ当者だからね。

 松本くんは分からない、僕の予想では暴力団関係の監視役では無いのだろうか。

 まあそんな事はどうでもいい。

「さぁ、もっと楽しもうじゃないか……あははは、良い声を聴かせてくれ!」

「ああああああ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ふふっ、きゃはははははは! 先生最高ですーー! きゃはははははは!」

 森林深くの建物に彼女の笑い声が響いた。



 終

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