1. 視える女の子
「…なんだ、これは…」
目の前の光景に誠一は息を飲んだ。
村から人が消えている。ありえない、一晩で村の人が皆いなくなってしまうなど、どう考えてもおかしい。
しかし、人がいない以外は、特に変わった様子はない。
先を行く少女に、「村の皆が居なくなっている。どうしてこんなことが?」と尋ねても、顔色一つ変えず、
「いいからついてきて」としか答えない。
いよいよ村もはずれに差し掛かり、何かおかしい。と口にしようとしたとき、
少女が振り向いた。
「ここよ!早く入って!」
中に入ってみると、そこには、村のみんなが集まっていた。見知った顔も、そうでない顔も皆こちらを見て笑いかけ、
「おかえり!センセイ!!」広場に歓声が響き渡る。
そういうことだったのか。やられた。道理で昨日母さんが、朝焼けがきれいだとしつこく勧めてきたわけだ。今度お返ししなきゃな、と誠一は心の中で一人つぶやいた。
「どう?驚いたでしょ。」
振り返らなくても分かる。加奈は自慢げだった。
「だから先生じゃないんだけど…」
大学で農業を勉強していた誠一は、卒業研究のために戻ってきたのだった。とはいえ、研究といっても何をすると決めて戻ってきたのではない。しかし机に向かって考えるよりは、教授もいない、ご飯も作らなくてもいい、という実家は、幾分ましな環境に思えたのだ。
(おい、誠一、早く来いよ!)
(なんだ?都会に行くと田舎もんの注いだ酒は飲めねえってのか?)
(おら、食え食え!)
「いけない、このままでは・・・しかし、どこから脱出すれば・・・・」
と思案しながらあたりを見回していると、横から声がした。
「おにいちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・」
ふとみると、小学生くらいの女の子がそこに立っていた。吸い込まれそうな黒い瞳と、袖を引く手に引かれるままに連れ出される。
女の子は、誰にも聞かれないことを確認するように、あたりを見回して、そして絞りだすように言った。
「ねえ、おにいちゃん、神様っているって思う?例えば、お米の神様とか。」
思いがけない問いに、誠一は驚きながらも、記憶をたどった。
(米の神様・・・?
まさか、福岡の萌え米のことではないだろうし、お稲荷さんとして有名なウカノミタマのことか…?何と答えれば…)
「おにいちゃん?」
女の子は不安げに見上げてくる。この目は反則だ。
仕方ない、と誠一は答えた。
「お米の神様は、いるんじゃないかな。でも僕は見たことがないんだけど。やっぱり信じてはいるよ。食べ物を粗末にしたらダメだし、ね。」
これがベストな選択のはずだ。多分この子は、食べ物を残さないようにとご両親に言われ、そんな神様がいるのかと他の人に確認したくなったんだろう。
そんなことを考えていると、女の子はこう続けた。
「やっぱりいるよね!いぬみたいなしっぽがふさふさのやつ!」
「えっ・・・それって・・・」
誠一は、女の子の言っていることがにわかには信じられなかった。しかし、その真剣なまなざしを見ていると、彼女が嘘を言っているとは到底思えなかったのである。
「それってさ、もしかしてこういうやつ・・・?」
誠一はスマートフォンの画面を擦り、女の子の方に向けた。
この時は半信半疑だったが、この行動が後に波乱を起こすことになることを、誠一はまだ知らなかった。