儚き恋は、桜と共に散りにけり
儚き恋は、桜と共に散りにけり。
雨月の枝に花はなく、
ただ紅き柄ぞ虚しく残れる。
島田君のことが好きなのかもしれない。
そう気付いたのは3月、定期演奏会が終わって、パートのみんなと打ち上げに行った時のことだった。
駅前の焼肉チェーン店「焼肉ストライク」は、高校生の部活の打ち上げによく使われる場所。
お肉をテキパキと注文して、焼いてくれるその姿に惚れてしまった……というわけではない。
今までのコトをいろいろ総合して、「もしかしたら」って思ってしまったのがそもそもの間違いだった。
その時にそう気付いていれば、こんな思いはしなくて済んだのかもしれない。
でも、自分の気持ちに嘘はつけない。
だって、私自身の本心なんだから。
でも、もう遅すぎるんだ。
分かってるよ、そんなことくらい……
私の名前は、後藤花蓮。桜之堀高校の2年生。吹奏楽部でフルートを担当している。
三年生の先輩たちが引退したこの春からは、パートリーダーを務めることにもなっている。
私がフルートを始めたのは小学生の高学年から。
家の近くに楽器の教室があって、そこで習っていたから、中学生になってから楽器を始めた人たちよりは、ちょっと早めのスタートだった。
そのおかげで今はフルートパートのリーダーとして、ちょっとは大きい顔をしていられる。
あ、今のはちょっと、自慢ね。
島田くんは、同じパートの男子。
私よりも楽器の腕は上なんだけと、事情があって、リーダーを務めることができない。
事情って言っても、そんなに大したことはない。
島田くんは、この吹奏楽部の常任指揮者だから、パートリーダーと役職をかけ持ちすることができなかった、というだけのこと。
指揮者っていうのは合奏があるたびに部員の前に立たなきゃいけないし、演奏会やコンクールのクオリティにも直結してくる役。
だから、要領がよくてルックスもそんなに悪くはない島田くんが就任することは、部員一同満場一致の大賛成だった。
そして彼は特に何も問題を起こすこともなく、定期演奏会の仕事をしっかりと勤め上げ、先輩指揮者の後をきちんと継いだ。
言うまでもなく、島田くんは、男の子だ。
でも、小中学校を通して恋愛経験が全くなく、そもそも人間そのものがあまり好きではない私が、彼と同じパートとして1年間一緒に活動して、特に何か思うということなんて、何もなかった。
そしてこれからも、何もないはずだった。
あの時までは、少なくともそう思っていた。
それは、打ち上げも終盤に近付いてきた頃だった。
ユーホの田中美鈴が、何気なく島田君に話を振った。
あ、因みに、「ユーホ」っていうのは、ユーホニュームという楽器の略称。
チューバを一回りか二回り小さくしたような形なんだけど、意外と最近できた高性能の楽器らしい。
美鈴によると、ちょっと頑張れば「くまんばちの飛行」が演奏できてしまう!のだそうだ。
しかも音色がキレイ!
よく「天使の歌声」と形容される……というのは、新歓ではお馴染みの謳い文句ね。
「ねえ、この際だから聞くけどさ、島田の好きなタイプって、何?」
「ちょっ、……ちょっと待て、今、口の中が牛でいっぱいだから」
島田君は目を白黒させて牛肉を飲み込んだ。
「の、のどが渇いた!水、水はどこだ!?」
その勢いで、目の前にあった水のグラスを手でつかんで、一気に飲み干す。
「ふはぁ、何だよいきなり。好きなタイプって、俺が好きな女性の性格……とかそういうやつのことか?」
「当たり前でしょ!それ以外に何があるというの?」
「まあ、そうだろうな」
そして、島田君は腕を組んで考え込んだ。
「う~ん、性格はいい方がもちろんだし……。バカはあんまし好きじゃないな……。それに、俺的には顔もかなり重要」
「え~っ、島田ってメンクイなんだ!」
美鈴が大きな声を上げた。声につられて周りの部員が数人振り向く。
「なっ、何もそんな大声で言わなくたって……!」
島田君、耳まで真っ赤になってる。
「へぇ~、何か面白そうな話してるじゃん!私も混ぜてよ~」
隣のテーブルから、お調子者のペットの斎藤先輩が乱入してきた。
「さ、斎藤先輩……ペットのところにいなくてもいいんですか?」
島田君、顔がこわばってるし。
あ、「ペット」っていうのはトランペットの略称ね。
「ラッパ」っていう先生もたまにいるんだけど、うちの部活で「ラッパ」っていうと、金管楽器が全員返事をするから、トランペットは「ペット」で通っているという訳。
「ふふふふふ。そんなことよりも島田クン。私からも質問がありま~す!」
斎藤先輩は、何やら不吉な笑顔をたたえながら島田君に迫る。
「この部活の中だったら、誰が一番タイプなの?ちゃんと答えないと罰ゲームね!」
「罰って……!僕何も悪いことしてないんですが!」
島田君の懸命の抗議は、斎藤先輩の右耳から左耳へと素通りしている。
「ほらほら、早く言わないと、明日までにパワポで「1-Cの島田はメンクイです!」っていうポスターを作って学校中に貼ってやるわよ!」
斎藤先輩に気圧されて、島田君はしぶしぶ口を開く。
「……僕、アイドルの、五十嵐さつきちゃんみたいな子だったら、付き合ってもいいです」
「へえ~。お目目パッチリで髪の毛フワフワかつ色白なコか~!意外とセンス良いわね」
斎藤先輩は長くて黒い髪の毛をサッと掻き上げて、ニコッと笑った。
「島田クン、よく言えました。まぁ、言ったのは部員じゃないけど、今日の所は許してあげるわ」
「……僕、何も悪いことしてませんが」
島田君の抗議を軽く受け流した先輩は、颯爽と自分のテーブルへと帰っていった。
「……はあ、やっと帰った」
「こらこら。気持ちは分かるけど、先輩にそんなこと言っちゃダメでしょ」
私が言うと、島田君はばつの悪そうな顔をした。
「いやはや、先輩と話してたらのどが乾いちゃったよ。水、水は?」
島田君は目の前にあるグラスを持とうとした。
「ちょっと待って!それ、私の!」
「え、……さっき飲んじゃったよ」
さっきの話の名残があるのか、島田君の頬がまた赤く染まる。
フルートパートでは、いわゆる「間接キス」?っていうものにはみんな無頓着だ。
ピッコロ(意外と高価な楽器なんだよ)を使い回したりとか、自販機のふるふるぷりんしぇいくを一口分けてもらったりとか、普通の部活の人にはあり得ない!と言われてしまうことだって、平気でやれてしまう。
でも、さっきの斎藤先輩にからまれた島田君は、ちょっと可哀想だった。
その流れで、女子の水を飲んでしまっていた!という衝撃?の事実が分かったら、動揺するのは当たり前だよね。
それにしても、島田君。
結構かわいいところあるじゃん。
あの時、そう思っちゃったのがいけなかったんだ。
今ならそう思える。
その日から、少しずつ、島田君のことが妙に気になり始めた。
島田君が毎朝、「おはよー」って挨拶してくれたり、一生懸命に基礎練習していたり、パート練で気の利いたアドヴァイスをしてくれたり、合奏で「こうしたらもっとうまく聞こえるよ」って教えてくれたり……。
今まで全く気にも留めていなかった、ちょっとした行動や、言動。
島田君のやること為すことがみんな、気になってしまう。
指揮台に立つ彼の動きが、妙に特別に思えたその時、私の頭に、天啓が舞い降りた。
私、島田君に、恋、してるのかも……しれない。
時は流れ、もう4月になっていた。
私の教室は、八重桜の木の真ん前。
八重桜はソメイヨシノよりも花の寿命が長いから、4月の中旬になっても、枝には立派な大輪が残っている。
花びらが風に乗って、少しずつ舞い降りていくのを見ながら、私は今日の「作戦」を立てていた。
4月中旬は、部活動にいそしむ高校生にとって、とっても特別な時期。
そう、新歓の季節だ。
「吹奏楽部どうですか~?楽しいですよ!」
「楽器未経験者大歓迎!パートによってはオーディション無しで、希望の楽器が吹けます!」
私は美鈴と二人組になって、1年生たちが教室から出てくるのを待伏せる。
何にも知らない1年生が、ひょこひょこっ、とクラスから出てきたところを、捕獲!……じゃなくて、勧誘するという訳。
「ねえ、あなた、仲町中で吹奏楽をやっていたんでしょう?」
「は……はい、そう……です」
新入生の楽器経験者を片っ端から当たって、部室に引きずり込む!それが私たちの使命。
何組の誰それは、どこどこ中でどんな楽器をやっていたのか……そういった情報は、部員のみならず、同級生や、中学時代の後輩にまで当たって、かき集める。
吹奏楽部の情報網を甘く見るでない!
私の今日の収穫……じゃなくて、勧誘した1年生は5人。
そのうち3人は楽器経験者。残りの2人は道連れにした子たち。
「私は2-Eの後藤花蓮。フルートよ。こっちは2-Fの田中美鈴。ユーホなの」
まずはお互いに自己紹介。パートとクラスを笑顔で伝える。これ鉄則。
「あ、私は、長澤真澄といいます。A組です。仲町中学校でペットやってました」
「私は、竹中美優です。私もA組です。前はバレー部だったんですけど……」
「えと……佐藤麗華といいます。個人でクラ習ってます」
「中沢ののかです。中学校の時は、帰宅部でした……すみません」
「名前は長谷部凛です。B組です。三島中学校でパーカスでした」
うう~、一度に名前言われても覚えられないよな~、と心の中で思いながら、それぞれ希望の楽器を触らせる。
美鈴は初心者さんたちを引き連れて、金管楽器が集まってるところに行ってしまった。
長澤さんがフルートを持ってみたいというから、学校のぼろ楽器を出して渡してあげた。
「これ、どうやって息入れるんですか?」
「ビール瓶の口って、鳴らしたことある?それと同じ原理なんだけど……」
頭部管を持って、長澤さんの口にあてがってあげると、彼女は思い切り息を吹き込んだ。
「う~ん、出ない。やっぱり私には木管楽器を吹く能力がないみたいですね」
長澤さんはリッププレートから口を離して、困ったように笑った。
「そんなことないよ。きちんと練習すればどんな楽器だって吹けるようになるさ」
背後からいきなり島田君の声が聞こえて、ドキッ、としてしまった。
顔が赤くなってないか、ものすごく心配だ。
「ほら、僕の口の形を真似してみなよ」
そう言って、島田君はフルートを吹く口の形……軽く笑うような唇の形を作ってみせた。
「はい。これ、僕のいつも使ってる鏡。これを見ながら練習してごらん」
青い鏡を渡された長澤さんは、一生懸命に口を作ろうとしている。
その横顔は、どこかで見たことがあるように思えた。
「あ、思い出した。あの子、五十嵐さつきちゃんに似てるんだ」
そう思いついたのは、家に帰ってご飯を食べて、部屋でごろごろしていたときのことだった。
……だから島田君はあの子にあんなに優しくしてた……のかな……。
そんな考えが一瞬だけ頭に浮かんだ。
5月は新入生のオーディションが終わって、パートへの配属が決まる頃。
そして、この学校の文化祭、「紫桜祭」に向けて準備する曲を決定する時期でもある。
毎年恒例で演奏されるマーチと、今年のコンクールで演奏予定の曲は、もうみんな練習を始めている。
でも、アンコールの曲や、第二部のポップスステージで演奏する軽い曲は、みんなの意見が割れて、まだ決定できていない。
「アンコールは、「恋の歌」と「師走の空に」のどちらかで多数決を取ります。みんな、異論はないね?」
うちの部活では、演奏する曲の選択を取り仕切るのも、常任指揮者の役目。
指揮台に立った島田君は、声を張り上げる。
「みんな、顔伏せて!……「恋歌」がいい人!……「師走」がいい人!……オーケー、上げていいよ」
みんなが顔を上げると、島田君は前の黒板にでかでかと「恋歌」と書きなぐった。
「この曲は僕の出身中学校にあったと思うから、今度借りてくるよ。3日後にはコピーして渡せると思います。それでは、みんな練習に移ってください」
「恋歌」というのは、ちょっと昔のポップス。
発表当時から大ヒットした名曲だ。
いろんな編曲が出ていて、今では弦楽バージョンから合唱バージョンまでもがあるらしい。
私はあまりJ-POPには興味がなかったけど、「恋歌」は車のCMに使われていたから、メロディーくらいなら、何となく分かる。
でも、せっかく演奏するんだもん。きちんと予習してから吹かないとね。
家についてから、部屋のパソコンを立ち上げて、つべで検索。
「おぉー、結構出てるじゃん」
吹奏楽バージョンや、合唱バージョンの編曲もあったけど、まずは原曲を聞かないと……。
そう思って、一番上に出てきた動画をクリックした。
「恋歌」は、タイトルの通り、かなりストレートなラブソング。
恋した男の子が、思いを寄せる彼女に「あなたのことを一番思ってる人はこんなに近くにいるんだ。それなのにどうして君は気づいてくれないの?」と、延々とアピールし続ける……そんな感じの歌だ。
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貴女はまだ 気付いてないかもしれないけど
君のことを一番思っているのは ただ一人しかいない
その人は あなたのすぐ近くにいるんだよ
ほら 手を伸ばせばすぐ届いてしまいそうだ
さあ 見えない壁を取っ払って 僕のところに 来ておくれよ
この想いがもし 偽りであるならば
こんなにも貴女が愛おしいのは いったい 何故なのだろう?
君の心に 届いて欲しい
空まで響け 僕の「恋歌」
☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+☆+:;;;;;;:+
「うう~ん……」
ヤバい、結構響くかも……。
聞き始めて数フレーズで、なんだか胸の中がキューン、と苦しくなったのはどうしてだろう。
今まで、ラブソングなんて「リア充のノロケ歌」くらいにしか思っていなかった。
何回聞いても、詩やメロディーが心に響くことも特にはなく、むしろ「同じようなフレーズばかりだなぁ」と欠伸ばかりしていた。
でも、島田君に恋して、やっと分かった。
みんな、自分の身の上を重ね合わせて、歌を聴いてるんだ。
共感を呼ぶ歌ほど、人気が出る。
きっと「恋歌」もそうやってヒットしたんだ。
聞く人それぞれの感受性や考え方によって、音楽への印象っていうものは、大分変わってくる。
よく、「恋をすると、世界が変わる」と言われているよね。
それは、恋愛を経験することで、人は人間的に一回り成長できる……そういうことなのかもしれない。
「詩やメロディーが「心に響く」っていうことは、聞く人の波長が音楽に共鳴しているからなんだよ」
そう教えてくれたのも、島田君だったと今思い出した。
「……決めた」
紫桜祭の演奏がうまくいったら、島田君に、私の想いを告白しよう。
うまくいかなくたっていい。
もちろん、うまくいってくれたほうが嬉しいけどね。
でも、そんなことよりも。
「新しい世界を見せてくれて、ありがとう。」
島田君に、そう伝えなくちゃ、いけない。
その時はただ、そんな気がしていた。
紫桜祭の演奏は、大成功だった。
体育館に用意した観客席が足りなくなってしまうくらいの人数の人々が、私たちの演奏を聴きに来てくれたのだ!
アンコールが終わって幕が閉まった時、特に2年生は半分くらいの人が号泣していた。
2年生は、今年度3月の定期演奏会で引退してしまう。
つまり、来年の文化祭にはもう出られないという訳。
私もちょっとつられて涙ぐんでしまった。
いや、私としては、「恋歌」を島田君に捧げる思いで練習してたから、緊張が解けて、ついホロリ……というのが正直なところだったのだけど。
で、島田君に告白する問題に話を戻さないといけない。
今はあまり思い出したくないけど。
そう。
私と彼が結ばれることは、無かった。
でも、こんな結果は予想していなかった。
もちろん、振られるくらいの覚悟ならできていた。
私は五十嵐さつきちゃんには全く似ていないし、そもそも恋仲になるには、島田君との距離が近すぎる人間だから。
けれども。
私は、彼に「告白」することさえ、できなかったんだ。
恥ずかしかったからじゃない。
そうしなければいけなかったからだ。
それは、紫桜祭の振り替え休日の翌日の朝のことだった。
「ねぇ!聞いた!?島田の話!」
隣のクラスから、美鈴が半狂乱?になって走りこんできた。
「え?何の話?」
島田君の名前を聞いて、一瞬ドキッとしたけど、平静を装うことができた……はずだ。
美鈴はニヤリと口角を上げて、手に口を当て、ひそひそ声で言った。
「ますみちゃんが、島田に、告ったんだって!!!」
何だろう、この感覚。
胸の中の温かいところが、急に冷えて、固くなってお腹のほうに沈んでいく。
フワフワしていた頭の中が、瞬時に硬直して、何にも感じなくなった。
「ますみちゃん」って、誰だっけ。
あ、ペットの新入生か。
アイドルの、五十嵐さつきちゃんに似ている子。
そっか。……そうなんだね。
「……あ、あぁ、その話ならさっき聞いたよ」
ようやく絞り出した答えが、これだった。
「え~、花蓮ってあんまり情報通じゃないから、絶対知らないと思って言いに来たのに~」
美鈴がものすごく残念そうな顔をする。
「花蓮は、どこで聞いたの?」
「ええっと、C組の前を通った時に、綾香が大きな声で話してたから……」
綾香、というのは、C組に生息する学年きっての情報通、駒橋綾香のことだ。
頭の中は硬直していたけど、なかなかいい言い訳を思いついたものだと、感心してる自分がいた。
まるで、自分が自分でなくなっちゃったみたいだ。
「そっかー。まあ、実のところ私も綾香からLINEで聞いたんだけどね」
美鈴が話し始めたとき、授業開始5分前の予鈴が鳴った。
「あ、もう行かなくちゃ。そんじゃーね!またあとで話そ!」
美鈴は大急ぎでE組の教室から出ていった。
私は思わず、大きなため息を一つ、ついた。
これは後で聞いた話なのだけど、島田君と真澄ちゃんは、同じ仲町中学校出身で、同じ吹奏楽部に所属していたらしい。
「恋歌」の原譜を中学校に取りに行くときに、島田君の都合がつかなくなって、同じ中学出身の真澄ちゃんが代わりに原譜を取りに行ってくれた。
その出来事がきっかけで、二人の距離がグッと縮まったのだそうだ。
「恋歌」は、私が島田君に捧げたいと勝手に思っていた曲だった。
でも、この曲は、島田君と真澄ちゃんの「出会いの一曲」でもあった。
そう、そういうことなのだ。
二人の関係に気づいていなかったのは、私や恋愛云々に疎い人々だけだったらしい。
つまり、部活の3分の2の人は「あの二人はアヤシイ!」と感づいていたのだ……ということも後になって知った。
私、一体、何をやっていたんだろう?
独りよがりに恋の病にかかって。
たまたま演奏する曲に勝手に運命を感じて。
そして、想いを打ち明けることさえできずに、不完全燃焼。
……サイアク、だ。
気が付くと、教室のすぐ外にある八重桜は、跡形もなく散っていた。
昨日はずっと雨が降っていたから、桜の木もびしょびしょになっている。
花がついていた赤い柄が、葉っぱの間に紛れて、泣いている。
今の私には、ただ、そうだとしか、思えない。
儚き恋は、桜と共に散りにけり。
雨月の枝に花はなく、
ただ紅き柄ぞ虚しく残れる。
<了>
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。