はじまり
それは、絶望と歓喜と。
諦めと期待と。
理解できない心と、精神状態についていけない肉体と。
ありえない現実にありえない真実。
すべてが一気にふりかかって、混乱と困惑と真っ白になる世界に、わたしはただ、立っていた。
周囲の喧騒も絶望も歓喜の声もすべてが遠くありえないファンタジーの世界のただなかで。
世界にひとり、取り残されたかのように、ただ、立っているしかできなかった。
その日――――――――
半VRRPGファンタジーゲーム「流浪する民」がよくある小説のネタにあるようなログアウト不可状態となったのだった。
そのゲーム、「流浪する民」というのはバーチャルリアリティゲームが普及して結構経つ中で、VRじゃない、オンラインブラウザゲームとしてもプレイできるスタイルを取っていた。いまどき、VRじゃないゲームなんてとても珍しいが、無い訳ではない。
なぜかというと、VRが一般的になったとはいえ、それに適応できるかどうかというのはまた別問題だからだ。一部の上位企業では仕事をVR世界でしているくらいに普及したシステムではあるけど、人間にはたまにいるのだ。VRに適応できない者が。乗り物酔いしやすい人と全く酔わない人がいるように、それは適正があるのだという。
適正のある人というのはVR世界ではもう、無敵だ。いわゆるお約束、チートと表現してもいいくらいに凄い。どのくらいかというと、電脳世界に支配された人間を救うヒーローが飛び交う弾丸をかわしまくったり普通に3次元的戦闘行為(どこぞのクモのアメコミヒーロー的行動)が普通に可能なのだ。
NINJAにだって簡単になれる。いやマジで。ゲームの紹介プロモーションで上位適応のテスターがハイスピードカメラで再生するしかない行動を普通にしていて、興奮したというよりはドン引きした。
要は人間を止めた人外魔境の世界だということだ。そして世の中にはその世界を体験したい、創り出したいという人間もいるわけで。
かくしてVRは人間の欲望と共に発展したわけだが、弊害が出なかったわけではない。
VR適応格差とかいう言葉ができるくらいには問題がなかったわけではない。
あと、たまにではあるが、小説の世界でよくあるログアウト不能状態というのも発生しない訳ではない。なぜそうなるのかについては現代科学をもってしても説明不可能な場合があるそうで、もはや精神とか神とかでしか理由づけられない事故がたまにあるそうだ。まあ、そんなことは宝くじに当たるより低い確率だという話だが。
VRとは、もはや第2のリアルなのだ。現実と違い御伽噺のような行動をすることのできるリアル。ただ現実と違うのはVRは不老不死だ。なりたい自分に簡単になれる夢の世界。現実では難しくてもVR世界だったら自由に行動できる人もいる。そしてそのゲーム用VRでは本当にもう、なんでもありなのだ。魔法も科学も混沌とした世界として体験してプレイできる。現実では男でも、ゲームの中で女として存在することも可能。倫理的にタブーな事でも年齢レートを指定することで体験可能ということで、自由と人権問題で騒がれたりしたが、今はVRに関する法律が世界的に取り決められることで一応決着はついている。
半VRRPGゲームというのは、VRに適応することが難しい人でも楽しめるように、と作られた体系ゲームではあるけれど、適応者と不適合者とではやはり、感覚的に違う。適応者は息をするより簡単に走ることができるけど、そうでない人は歩くのもぎくしゃくした動作になるくらいに差があるのだ。ゲームとはいえ、その差はとても大きくて、VR不適合者にとってVRゲームとはマゾゲームとしかいえないのが現実だ。そのへんの差異をどう埋めていくかが半VRRPGゲームとして成功するかどうかなのだが、「流浪する民」というゲームは。
不適合者に「設定厨乙!」なキャラをあてがうことで不条理感を解消しようとしたゲームだった。
そして「わたし」は。
その設定過剰なキャラをプレイしている、VR不適合者だ。
「わたし」のプレイするそのキャラに、名前はない。というか、デフォルトでその名前以外に変更するには条件があり、その条件というのが酷かった。
VRプレイ時間リアルで1万時間経過ってなんだそれ。不適合っていう言葉の意味知ってんのかとマジで思った。ログアウト不可状態にでもならなきゃ達成不可能。まさにその一言に尽きる。
だから名前の変更は諦めてデフォルトの「ノロクズ」という名前でプレイしていた。
ノロクズは、まあ、設定だけなら素晴らしくチートだった。設定だけ読むならうっとりするくらいには素晴らしいキャラだった。設定だけなら。大事だから3回言いました。
ノロクズの設定は「呪われしハイエルフ」
種族レベルと職業レベルで経験を積んでいくタイプのRPGゲームで、ノロクズの種族レベルは最高20が限度。職業レベルの制限はなかったけど、これはきつい制限だった。
わかりやすくいうなら国民的RPGで悪魔モンスターが最高位呪文を唱えようとしてMP不足で失敗したというのと同じ状態だ。
どんなに職業レベルをあげても基本ステータスが低すぎて使えない。…悲しすぎる。
そしてまた、このノロクズというキャラ、呪われてるせいで容姿もよろしくないのだ。
美形あたりまえのプレイヤーキャラにあるまじき醜さ。…設定では美形なはずなんだけどね。設定では!
おかげさまでまあ、プレイヤー達から敬遠されてるというか嘲笑われているというか。
一部じゃ「容姿設定ミスるとこうなる」見本として晒されているとかいう話も聞いたよ。
さらにまあ、醜いからなのか、ショップで買い物とかするにしても他のプレイヤーキャラより高い値段でものを売られたり低い値段で素材を買い取られたりとか当たり前。
なんかもう、運営の悪意しか感じないような仕様キャラだ。
それでもこのキャラを使ってプレイしてたのは、運営がこのキャラの鬼畜さを理解しているからか、結構チートなアイテムをぼろぼろとバージョンアッププレゼントとしてくれたという特典があったからだ。
でなきゃ誰がこんなマゾいキャラ、プレイするっつーの。
町に入る度に税を取られたり、やってもいない犯罪をなすりつけられたり、いきなりPKされたり、ストーリークエストひとつクリアするのも限界との挑戦のような廃人様御用達みたいなキャラ、ふつーの1日1時間程度プレイする程度の人間にどうにかできるかっていうの。
素晴らしいのは設定だけ。うん、謳い文句に間違いなし。
それこそこんな設定厨なキャラ、事故でも起きてゲーム世界に閉じ込められない限り、閉じ込められたところで使えないキャラに違いないし、意味がない。
それでも生産活動は他のゲームと違って自由度がすごい楽しかったので、生産職をメインに活動していたのだ。生産しても買い叩かれるから、赤字当たり前だったけど。
その日は、何度目かのバージョンアップ解禁日だった。
運営からメールで解禁日のセレモニーに参加すると特典として亜空間拠点と従者プレゼントと書かれていて、ぼっちで赤字でなわたしとしては、嬉しすぎる特典内容に、ひさびさにVRに接続したのだ。
運営の指定するセレモニー会場にあふれかえるほど集まったプレイヤー達が新しい冒険を祝おうと熱気でにぎわっていた。
こんなにプレイヤーがいたんだ、と普段ブラウザでは感じられない熱気に当てられて会場の本当にすみっこに小さく立っていたとき、それは起こった。
最初は人ごみにあてられて貧血でも起こしたのかと思った。
いきなり目の前がブラックアウトする感覚。意識が一瞬飛んだ。わたしの高感覚過敏適応障害によるVR接続の連続可能時間はリアルで1時間。まだログインしてから10分もたってないが、動作不良でも起こしたのだろうか。なにかが反転してなにかが繋がったような、言葉にできない感覚が走った。
何度か目をぱちぱちさせて感覚を取り戻そうとした時、ちいさな、悲鳴のような声が聞こえた。
「うそだろ――――。ログアウトボタンが消えてる……」
――――――――――――それが、はじまりの合図だった。