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真実の愛とおっしゃいますが残業代は誰が払うのですか?終わりの始まりはパーティー会場での未払い請求を

作者: リーシャ
掲載日:2026/07/22

「いい加減にしろっ!婚約を破棄するう!決めた決めた!」


「へ?」


 王立学園の卒業記念パーティー。華やかなシャンデリアの下、第一王子ハガテーンの高らかな宣言が響き渡った。音楽が止まり、ざわめきが波のように広がる。

 彼の横に小動物のように震える桃色の髪の少女、男爵令嬢のミリカルがしがみついていて男は勝ち誇った顔でアリーチエを指さしている。


「理由はわかっているな?ミリカルに対する陰湿な嫌がらせ、教科書への落書き、階段からの突き落とし……はは、未来の王妃にあるまじき嫉妬深さだな!」


 扇子を閉じて息を吐いた。周囲の令嬢たちが憐れみや嘲笑の目を向けてくる。


(……ああ、やっと来た。この時が)


 心の中でガッツポーズをした。悲しくなんてない、清々しい気分。

 ブラック企業で、経理と総務を掛け持ちしていた社畜であり過労で倒れて目が覚めたら、乙女ゲームのような世界の公爵令嬢になっていた。


 目の前のハガテーン王子は顔だけは良いが、頭の中身はお花畑。三年間どれだけ尻拭いをしてきたと思っているのか。


「ハガテーン殿下。婚約破棄の件、承りました」


 よく通る声で答えたら、ハガテーンは予想外の反応に眉をひそめる。


「なっ……泣いて許しを請うのではないのか?今なら国外追放で許してやろうと思っていたが……」


「いいえ、結構です。追放、大いに歓迎いたします」


 ドレスのポケットから常に携帯していた書類を取り出した。


「私を断罪する前にこちらの精算をお願いできますか?」


「へ、精算だと?」


「はい。これまでの労働に対する正当な対価の請求です」


 書類の束をバサリと広げた物が魔法で複写され、会場にいる貴族たちの手元にも飛んでいく。


「な、なんだこれは……!」


 ハガテーンが紙を受け取り、目を白黒させた。


「ご覧の通りです。殿下が生徒会室で行うはずだった公務の決裁書類、予算管理表、地方視察の報告書。全て私が代筆し、処理いたしました物ですが?」


「そ、それは……僕が忙しかったから、お前が手伝いたいと言ったんだろう!」


「手伝うの範疇を超えていますよ。過去3年間、ミリカルとのお茶会や街への視察という名のデートに行かれている間、私は平均して1日14時間、執務室で働いておりました」


 淡々と事実を述べる。前世の社畜魂がタダ働きを許さないと叫ぶ。


「書類の二枚目をご覧ください。処理した案件のリストです。治水工事の承認、魔物討伐隊への物資補給計画、隣国との通商条約の作成……殿下のサインがありますが筆跡鑑定の魔法を使えば、全て私の魔力で書かれたものだと証明できますからね?」


 会場の空気が変わった。大人たち、特に国の運営に関わる高位貴族たちが青ざめた顔で書類を見つめている。薄々気づいていたのだ。

 無能と噂されていた王子がここ数年、急にまともな書類を出してくることを。誰の功績だったのかを。


「三枚目。ミリカル男爵令嬢への嫌がらせに関する調査報告書です」


「で、出たな!お前がやったという証拠だろう!よしっ」


 ハガテーンが吠える。


「いいえ。自作自演の証拠ですが」


「は?じさく?」


「な!?」


 ハガテーンの腕の中でミリカルがヒッと息を呑んだ。


「階段から落ちたという日時、王宮の書庫で宰相閣下と税制の見直しをしておりました。教科書が破られた時間は殿下の代わりに、騎士団の演習を視察しておりました。全て、第三者の高位の方々の証言があります」


 ミリカルを一瞥すると真っ青な顔で震えていた。可愛い顔をして、やることはえげつないし詰めが甘い。

 アリバイ工作もしないまま冤罪をふっかけるなんて、デスマーチの新人研修からやり直すべきだろう。


「殿下。全ての公務を代行した労働費、冤罪による慰謝料。締めて金貨五億枚になります」


「ご、五億!?」


「これでも王族割引で安くしてあります。本来なら国家転覆罪を問われてもおかしくないレベルの職務放棄をカバーしていたのですから」


 ニコリと微笑んだ。


「払えないのであれば婚約破棄は受理しますが、その代わり……全て公表し、隣国へヘッドハンティングに応じる形で移住させていただきますので」


「へ、ヘッドハンティングだと!?」


「ええ。隣国の皇帝陛下よりそんな無能な王子の世話係は辞めて、我が国の財務大臣にならないかと好条件の申し出を頂いておりますの」


「ひ!?ま、待て!待ってくれアリーチエ!待つのだ!」


 ハガテーンが慌てて手を伸ばそうとしたが手は空を切る。気持ち悪い。


「見苦しいぞ」


 冷ややかな声と共に現れたのは国王陛下。背後には近衛騎士団が控えている。


「ち、父上……!?」


「全て聞いていたぞ、ハガテーン。アリーチエ嬢から渡されたこの膨大な資料……お前が提出していた報告書が全て彼女の手によるものだったとはな」


 国王陛下は怒りを通り越して、呆れ果てた顔をしていた。


「ミリカル男爵令嬢。君の虚偽の告発についても裏は取れている。王族を欺き、無実の公爵令嬢を陥れた罪は重いぞ。覚悟しておくことだ」


「え、そ、そんな……私はただ、ハガテーン様とずっと一緒にいたくて……それだけで!」


 ミリカルが泣き崩れるが騎士たちは容赦なく彼女を取り押さえる。うんうん、当然だわと頷く。


「父上!ま!待ってください!アリーチエがいなくなったら誰が明日の会議の資料を作るんですか?来週の式典の段取りは?今月の予算配分は?」


 叫ぶ言葉こそが無能である何よりの証明だ。


「それを考えるのが王族の仕事だ……もっとも、お前にその資格はもうないがな」


 国王陛下は向き直り深く頭を下げた。うんうん遅い遅い。


「アリーチエ嬢。愚息がすまなかった……どうだ、我が国で宰相として……」


「申し訳ありません、陛下」


 スカートをつまんで優雅に礼をした。この人もバカ息子の親だなと内心バカにしたけど顔に出さない。淑女ですから。


「有給休暇も消化できない職場は、もう懲り懲りなのです。これからはスローライフ……定時退社のホワイト環境を目指して新天地へ旅立ちます」


 踵を返した背後で「アリーチエ!戻ってきてくれ!書類の書き方がわからないんだ!何回やっても計算が合わないんだよぉぉ!無理だ!」というハガテーンの情けない絶叫が聞こえたが振り返らなかった。


 半年後には隣国の帝都にいた。憧れのスローライフを夢見ていたが結局、隣国の皇帝陛下に拝み倒されて財務顧問というポストに就いてしまった。とほほー。


 ただし、条件は定時退社、残業なしで給与は言い値。皇帝陛下は冷徹だが非常に有能な方で「君の能力を無駄にするのは全ての損失だ」と労働環境を完璧に整えてくれた。


(ふぅ、今日の仕事はこれで終わり)


 午後五時、優雅に紅茶を飲みながら祖国から届いた新聞を広げた。一面には『ハガテーン元王子、廃嫡され修道院へ』という見出しが躍っている。

 記事によると去った後、ハガテーンは自力で公務を行おうとしたが何一つまともにできなかったらしい。そこは国王のせいでもあるんだけどな?


 計算間違いで予算は破綻、他国への返信を間違えて外交問題になりかけ、最終的にはストレスで倒れたところで廃嫡が決まったそうだ。バカと知ってるのになぜ任せた?


 浮気相手のミリカルという少女も男爵家ごと取り潰しになった。今は平民として働いているというし「仕事が辛い、ハガテーン様のせいだ」と周囲に漏らしているらしいが誰も相手にしていないとかなんとか。自分のせいなのに。


「アリーチエ」


 執務室のドアが開き、皇帝陛下が入ってきた。黒髪に赤い瞳の切れ長の目をした美丈夫だ。かっこいい。


「そろそろ時間だ……今日は、街の新しいレストランに行かないか?視察ではなく個人的な誘いとして」


 陛下が頬を染めて、そっぽを向きながら言う。新聞を畳んで微笑んだ。前の職場では都合のいい女扱いだったが今の職場では、どうやらひとりの女性として大切にされているらしい。嬉しいような恥ずかしいような。


「ふふ、喜んで。残業代は請求しませんので美味しいディナーをご馳走してくださいね」


「……ああ、約束する。一生分のディナーでも構わないが」


 陛下の甘い言葉に笑って席を立つ。ブラックな職場と婚約を辞めて本当によかった。やりがいもある。窓の外には美しい夕日が広がっている。この景色を見られる余裕があるのは幸せなこと。


 新しい人生は、まだ始まったばかりだ。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

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