第27話「倒れても、立つ」
本編は、地下施設の訓練場を舞台にした物語です。
「壊すための力」に向き合い、加減や知識を学び始めたNOVA。
今回はヴォルクのもとで、物理的な「倒れ方(受身)」と、失敗しても立ち上がる「心の持ち方」を学んでいきます——。
地下施設の最下層近く、かつて訓練用に使われていた静かな一室。
重い金属壁で囲まれたその部屋の床には、地下世界には珍しい、青畳が敷き詰められていた。
畳の独特な草の匂いと、微かに漂う重油の匂い。
白い道着に身を包んだNOVAは、銀白色の髪を軽く後ろで編み込み、裸足で畳の感触を確かめるように立っていた。
その正面には、黒い道着を纏ったヴォルクが佇んでいる。
金属製の右腕が鈍い光を反射し、その巨躯はまるで動かない岩山のように圧倒的だった。
「次は、投げられる側だ」
ヴォルクの低く落ち着いた声が、静かな室内に響いた。
「えっ……?」
NOVAは目を見開き、思わず自らの肩を抱きすくめた。
自分の中に眠る膨大な核融合エネルギーを制御し、正しく使うための訓練だと思ってここへ来た。けれど、「投げられる」という言葉の直接的な響きに、胸の奥がキュッと縮こまる。
ヴォルクはNOVAの困惑に構うことなく、一歩前へ踏み出した。
「攻撃を交わすことや、力で押し返すことばかりを考えるな。倒されることを恐れるあまり体を固めれば、その衝撃はすべて己の骨と肉に跳ね返ってくる」
そう言うと、ヴォルクは自ら後方へと身を躍らせた。
巨体が宙を舞い、吸い込まれるように畳へと落ちていく。
ドン、と重い音が響く直前、ヴォルクは力をすっと抜き、背中を滑らかに丸めて地面の衝撃を受け流した。無駄のない、美しくすらある動作だった。
「倒れるときは、力を抜け」
畳の上に身を横たえたまま、ヴォルクはNOVAを見上げた。
「力を……抜くの?」
NOVAは自分の両手をそっと見つめた。
恐怖を感じたとき、人は無意識に全身へ力を込め、身を固めてしまう。昨日までの自分もそうだった。失敗を恐れ、力を暴走させ、あるいは恐怖にすくんで動けなくなった。力を抜くということが、今のNOVAには一番難しく思えた。
「やってみろ」
ヴォルクが立ち上がり、NOVAの前に立つ。
NOVAは意を決して頷き、ヴォルクの差し出した手に触れた。
次の瞬間、視界がぐるりと回転した。
浮遊感のあと、容赦なく襲いかかる床の固さ。
「痛っ……!」
背中に強い衝撃が走り、NOVAは畳の上で小さく丸まって息を詰まらせた。
全身に力が入っていたため、落下のエネルギーをそのまま体全体で受け止めてしまったのだ。背中がじんじんと熱く痛む。
「体を固めるから、衝撃が残る」
ヴォルクは上から静かに見下ろしていた。
「恐怖に耐えようとして全身を突っぱねれば、受けるダメージは大きくなる。顎を引け。首を守るんだ。そして背中を、猫のように丸めろ」
ヴォルクは自らの首元を手で示しながら、手本を見せるように言葉を重ねる。
「衝撃は耐え切るものではない。逃がすものだ。地面に落ちる瞬間、手で畳を叩け。自分の体から衝撃を外へ追い出すように」
NOVAは痛む背中を押さえながら、ゆっくりと起き上がった。
ヴォルクの言葉を頭の中で一つずつ反芻する。
顎を引く。背中を猫のように丸める。衝撃を逃がすために、畳を叩く。
「……もう一回」
NOVAは立ち上がり、乱れた道着の帯を締め直した。
赤い瞳に、小さく真っ直ぐな火が灯っている。
ヴォルクは満足げに小さく頷くと、再びNOVAの間合いへと踏み込んだ。
手首を取られ、身体が宙に浮かぶ。
一瞬の浮遊感。襲いかかる恐怖。
(力を……抜く……!)
NOVAはギュッと体に込もうとした力を意識的に解放した。
顎をしっかりと引き、おじさんに言われた通り、背中を滑らかに丸める。
視界が逆転し、畳が目の前に迫るその瞬間——。
パァン!
鋭い音が室内に乾いて響き渡った。
NOVAの小さな掌が、力強く畳を叩いた音だった。
先ほどのような背中を打ち付ける強い痛みはない。衝撃は波のように全身を通り抜け、畳の奥へと逃げていっていた。
畳の上に横たわったまま、NOVAは驚きに目を見開いた。
「でき……た……!」
身体を起こすと、痛みがほとんど残っていないことに気づく。
自分の手を見つめ、それから勢いよくヴォルクを見上げた。
「できたよ、おじさん!」
どこか誇らしげで、弾んだ声。
ヴォルクは腕を組み、静かにNOVAを見下ろしていた。
「強い者でも、倒れる」
ヴォルクの声には、過酷な戦場を生き抜き、数無き敗北と傷を背負ってきた男にしか出せない重みがあった。
「どんなに強大な力を得ようと、絶対に倒れない者など存在しない。重要なのは、倒れないことではない」
ヴォルクは、力強い義手をNOVAへと差し出した。
「大事なのは、倒れたあとに立つことだ」
差し出された無骨な金属の手。
NOVAはその手をしっかりと握りかえした。ひんやりとした金属の冷たさの奥に、確かな温もりが感じられる。
引っ張られるままに立ち上がり、NOVAは道着の埃をそっと払った。
「倒れても……また立てるんだね」
自らに言い聞かせるように、NOVAはぽつりと呟いた。
一度の失敗で傷つき、立ちすくんでいた自分。
力を出すことを恐れ、また壊してしまうことを恐れていた自分。
けれど、倒れ方を知っていれば、衝撃を逃がす術を知っていれば、人は何度でも立ち上がることができる。
胸の奥で静かに脈打つ核融合炉の熱が、今はどこか優しく、彼女の全身を温めていくのを感じていた。
「もう一度、お願いします」
NOVAはまっすぐにヴォルクを見つめ、深く一礼した。
地下の静かな道場に、再び乾いた受け身の音が響き始める。
倒れるたびに学び、立つたびに強くなる。
いつか訪れるかもしれない過酷な外の世界へ向けて、少女は静かに、けれど確かに、己の心と体を鍛え上げていくのだった。
第27話をお読みいただきありがとうございました。
今回は、強大な力を宿しながらも未熟なNOVAが、ヴォルクから「倒れること(失敗すること)」の恐怖を克服する術を教わるエピソードでした。
力を抜いて衝撃を逃がす受身の技術は、そのまま「失敗に押し潰されず、何度でも立ち上がる」という人生の教訓でもあります。
失敗や転倒を恐れて体を固めるのではなく、受け止めて逃がし、再び立つ。
ヴォルクとの温かな師弟関係の中で、NOVAはまた一つ、逞しく成長を遂げました。
今後ともNOVAの歩む物語を温かく見守っていただければ幸いです。




