第23話「小さな太陽」
第22話「約束」から続く物語です。
弱った花に「明日も来るね」と約束したNOVA。
今回は、その約束を守ろうとする中で、これまで恐れていた自分の力に、新しい意味を見つけます。
ジー……ッ。
耳を刺すような電子音が、地下栽培区画に響いた。
天井に並ぶ蛍光灯が、不吉な明滅を繰り返す。
次の瞬間、区画を照らしていた光が、プツンとすべて途絶えた。
視界が黒く塗りつぶされる。
直後、壁際に設置された非常灯が、ぽつり、ぽつりと赤く点灯した。無機質な影が長く伸び、花壇と通路を不気味に染めていく。
ガコン、と重い排気弁が閉まった。
空気を循環させていた機械の低い駆動音も、ゆっくりと消えていく。
『警告。栽培区画』
スピーカーから、感情を削ぎ落とした施設AIの声が流れた。
『照明・保温、停止』
それきり、区画は静まり返った。
残されたのは赤い非常灯と、冷え始めた暗闇。そして、植物たちの葉が擦れ合う、かすかな音だけだった。
「あ……」
NOVAは足元を見つめた。
赤い光の下に、昨日ようやく茎を伸ばしたばかりの紫色の花が立っている。
ほんの少し前まで、陽だまりのような人工光を浴びていた花だった。
けれど、保温装置を失った冷気にさらされ、小さな花びらは再び力をなくしたように、ゆっくりとうつむき始めていた。
「待って……」
NOVAは慌てて膝をつき、花へ指先を伸ばした。
だが、触れる直前で手を止める。
(私の手、冷たいかも……)
触れたことで、もっと傷つけてしまったら。
そう考えると、どうしても指を近づけられなかった。
行き場を失った手が、花の上でかすかに震える。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
「せっかく……」
消え入りそうな声が、暗い区画へ落ちた。
「元気になったのに」
昨日、この花と約束したばかりだった。
――明日も来るね。約束。
今朝、花が少しだけ元気になっているのを見て、NOVAは嬉しかった。
自分の約束が届いたような気がしていた。
それなのに、目の前で小さな命が、もう一度うつむこうとしている。
どうすればいいのか分からない。
NOVAは紫色の花を見つめたまま、スカートを強く握りしめた。
そして、弾かれたように立ち上がった。
*
カツン、カツン、と足音を響かせながら、NOVAは暗い通路を走った。
重油と金属、それに焦げた回路の匂いが漂う地下工房。
そこも非常灯の赤い光に染められていた。
工房の奥では、大きな人影が制御盤に向かっている。
ヴォルクだった。
彼は機械化された右腕のカバーを外し、露出した端子を制御盤へ接続していた。
金属の指が素早く操作盤を走るたび、青白い火花が散り、深いしわの刻まれた横顔を一瞬ごとに照らした。
「おじさん!」
NOVAは息を切らせて駆け寄った。
ヴォルクは振り向かない。
工具と機械の触れ合う、硬い音だけが響いている。
「おじさん……」
NOVAは胸の前で手を握り、恐る恐る尋ねた。
「直せる?」
「直せる」
ヴォルクは作業を続けたまま、低い声で答えた。
「だが、復旧は朝になる」
「朝……」
NOVAの表情から、希望が消えた。
地下の冷気は、すでに栽培区画へ入り込んでいる。
保温装置が止まったまま朝まで待てば、あの小さな花は耐えられないかもしれない。
約束を守れない。
その事実が、重く胸へとのしかかった。
NOVAはゆっくりとうつむき、自分の胸元へ両手を重ねた。
指先の奥に、かすかな振動を感じる。
服の下には、人型核融合炉として生み出されたNOVAの心臓――高出力エネルギーコアが眠っている。
(この力は……)
NOVAは自分の中にある熱を、ずっと恐れていた。
その技術は、かつて地上を焼いた兵器へと連なるものだった。
一歩間違えれば、誰かを傷つける。
もし制御できなくなれば、ヴォルクも、この施設も、自分の手で壊してしまうかもしれない。
だからNOVAは、胸の奥にある力を意識しないようにしてきた。
壊すための力。
誰かを傷つけるために作られた力。
けれど――。
昨日、ヴォルクに教えられた言葉が、脳裏をよぎった。
――守れない約束もある。だから、守れる約束は大切なんだ。
守れるかどうかは、まだ分からない。
それでも、何もしないまま諦めたくはなかった。
約束を守るために、今の自分にできることがあるのなら。
NOVAの瞳に、静かな決意が戻った。
「それなら……」
胸元に重ねた指の隙間から、小さな金色の光が漏れ始めた。
それは魔法ではない。
体内の核融合炉を精密に制御し、その膨大なエネルギーのごく一部を、光と熱へ変換しているのだ。
低い振動とともに、胸の奥がじんじんと熱を帯びる。
出力制御の負荷が、鈍い痛みとなってNOVAの体へ広がっていく。
それでも、NOVAは顔を上げた。
「私、行ってくる」
ヴォルクの手が、一瞬だけ止まった。
だが、彼は振り返らなかった。
「ああ」
短い返事だけが、NOVAの背中を押した。
*
暗闇に包まれた栽培区画。
NOVAは紫色の花の前に戻り、静かに腰を下ろした。
胸元から漏れる金色の光が、少しずつ強くなっていく。
低い唸りが響き、冷え切っていた空気がゆっくりと緩み始めた。
暗かった花壇が、柔らかな金色に染められていく。
それは、NOVAが図鑑でしか見たことのない、本物の太陽の光にどこか似ていた。
NOVAは両手を丸め、花を包み込むように掲げた。
「直るまで」
温かな光が、うつむいた紫色の花びらを照らす。
「私が、太陽になる」
一定の光と温度を保ち続けるには、絶え間ない集中が必要だった。
ほんのわずかな出力の揺れさえ、NOVAの小さな体から、少しずつ体力を奪っていく。
それでも、彼女は花から目を離さなかった。
「約束したから」
朝が来るまで。
施設の照明と保温装置が戻るまで。
絶対に、ここから動かない。
NOVAはそう心に決め、金色の光を放ち続けた。
少し離れた入口に、いつの間にかヴォルクが立っていた。
彼は何も言わず、光の中に座るNOVAを見つめている。
褒めることも、止めることもしなかった。
ただ一度だけ、小さくうなずく。
そして工具を握り直し、復旧作業を続けるために工房へ戻っていった。
*
どれほどの時間が過ぎただろう。
長時間にわたる出力制御の負荷で、NOVAの額にはじっとりと汗がにじんでいた。
呼吸は少し荒くなり、指先も震えている。
それでも、金色の光は消えなかった。
指先の向こうにある紫色の花も、完全に元気を取り戻したわけではない。
花びらはまだうつむいている。
それでも冷気に倒れることなく、金色の光の中で懸命に踏みとどまっていた。
生きている。
確かに、そこにいる。
NOVAは空いているほうの手を、自分の胸元へ添えた。
これまでは、恐れることしかできなかった胸の中の熱。
何かを焼き払い、消し去ることしかできないと思っていた力。
けれど今、その熱は、目の前にある一輪の命を温めている。
「壊すための力でも……」
言葉が、自然とこぼれた。
「守れるんだね」
胸の奥が、エネルギーコアの熱とは違う温かさで満たされていく。
(私の中にも、こんな使い道があったんだ)
自分がここにいる理由を、ほんの少しだけ見つけられた気がした。
NOVAは胸部コアへ語りかけるように、静かに言葉を続けた。
「この力……」
唇が、柔らかくほころぶ。
目元に浮かんだ涙を指先で拭い、NOVAは安堵の混じった小さな微笑みを浮かべた。
「少し、好きになれそう」
遠くで、ゴゴゴ……と重い駆動音が響き始めた。
停止していた空調設備が再起動し、天井の排気口がゆっくりと開いていく。
続いて、天井の照明が一つ、また一つと戻り始めた。
朝は、もうすぐそこまで来ていた。
NOVAはほっと息を吐き、胸部コアの光をゆっくりと弱めた。
金色の余韻が残る花壇で、紫色の花がかすかに揺れる。
そのすぐ傍ら。
NOVAの光が一番強く当たっていた場所に、一枚の小さな葉があった。
その葉の先端は、誰にも気づかれないほどわずかに、内側へ丸まっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
誰かを壊すために与えられた力でも、使い方を自分で選ぶことができれば、誰かを守る力へ変えられる。
第23話は、NOVAが初めて自分の力を少しだけ受け入れられた物語です。
しかし、守りたいという気持ちだけで、本当に大切なものを守れるのでしょうか。
次回、第24話「守ったはずなのに」。
NOVAは、自分が灯した“小さな太陽”の結果と向き合うことになります。




