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壊れた時間を縫う少女

作者: 茶ヤマ
掲載日:2026/03/16

世界には、壊れた「時間」がある。

それは大きな音を立てたり、派手に止まったりはしない。


約束の場所へ行けなくなった朝。

謝ろうとしたのに、声が喉で固まった夜。

もう終わったはずなのに、心だけが同じ瞬間に取り残されている時間。


そんな時間が、静かに集まる場所がある。

世界中の「今」と「かつて」と「これから」が、層になって流れ込む場所。

その中心にあるのが、アクシス。


そこには、ひとりの少女がいた。

名前はない。必要がなかったから。

彼女にあるのは、役目だけだ。


世界中から届く「壊れた時間」を、修理すること。

それが少女のお仕事。


長い白い髪を後ろでひとくくりにし、真っ白いワンピースに、白い作業着をつけ。

そうして白い机の前に立つ。

そこには、時間が布のように広げられる。


裂け目を見つけるのに、目はあまり役に立たない。

必要なのは、心を澄ませること。

痛みや後悔は、時間を歪ませるから。


針を持ち、糸を選び、少女は縫う。

引っ張りすぎず、急がず、一針ずつ。


ある日、とても重い時間が届いた。

触れた瞬間、指先が冷たくなる。


雪の降る駅。

年老いた母が、ひとりで待っている。

他所で仕事を見つけた息子は、もう何年も姿を見せない。

電話も来ない。

それでも、母の時間だけが、同じ場所で止まったままだった。


少女は少しだけ迷った。

修理は、忘れさせることじゃない。

痛みを消すことでもない。

進めるようにすること。


彼女は糸を変えた。

光がほんの少し混じった、やわらかな糸。


縫い終わった時間は、完全には元に戻らなかった。

でも、それでよかった。


母の時間には、小さな変化が生まれた。

郵便受けに届く知り合いの手紙。

近所の人との短い会話。

雪の日に湯気の立つお茶。


待つだけだった時間が、外とつながり始めた。


少女は静かに息を吐いた。

よかった…。


次に届いたのは、選ばなかった道を悔やむ若い男の時間。

その次は、手放されたぬいぐるみの時間。

言えなかった「ありがとう」が滞った夕暮れの時間。


少女は縫い続ける。

誰かの人生に触れながら、名前のない自分の時間も、少しずつ進んでいく。




ときどき思う。

私の時間は、壊れていないのだろうか、と。

でも針は置かない。


修理された時間は、静かにそれぞれの場所へ戻っていく。


今日もまた、アクシスに時間は届く。

だから少女は針を取る。

誰かの「今」が、ほんの少し歩きやすくなるように。








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