壊れた時間を縫う少女
世界には、壊れた「時間」がある。
それは大きな音を立てたり、派手に止まったりはしない。
約束の場所へ行けなくなった朝。
謝ろうとしたのに、声が喉で固まった夜。
もう終わったはずなのに、心だけが同じ瞬間に取り残されている時間。
そんな時間が、静かに集まる場所がある。
世界中の「今」と「かつて」と「これから」が、層になって流れ込む場所。
その中心にあるのが、アクシス。
そこには、ひとりの少女がいた。
名前はない。必要がなかったから。
彼女にあるのは、役目だけだ。
世界中から届く「壊れた時間」を、修理すること。
それが少女のお仕事。
長い白い髪を後ろでひとくくりにし、真っ白いワンピースに、白い作業着をつけ。
そうして白い机の前に立つ。
そこには、時間が布のように広げられる。
裂け目を見つけるのに、目はあまり役に立たない。
必要なのは、心を澄ませること。
痛みや後悔は、時間を歪ませるから。
針を持ち、糸を選び、少女は縫う。
引っ張りすぎず、急がず、一針ずつ。
ある日、とても重い時間が届いた。
触れた瞬間、指先が冷たくなる。
雪の降る駅。
年老いた母が、ひとりで待っている。
他所で仕事を見つけた息子は、もう何年も姿を見せない。
電話も来ない。
それでも、母の時間だけが、同じ場所で止まったままだった。
少女は少しだけ迷った。
修理は、忘れさせることじゃない。
痛みを消すことでもない。
進めるようにすること。
彼女は糸を変えた。
光がほんの少し混じった、やわらかな糸。
縫い終わった時間は、完全には元に戻らなかった。
でも、それでよかった。
母の時間には、小さな変化が生まれた。
郵便受けに届く知り合いの手紙。
近所の人との短い会話。
雪の日に湯気の立つお茶。
待つだけだった時間が、外とつながり始めた。
少女は静かに息を吐いた。
よかった…。
次に届いたのは、選ばなかった道を悔やむ若い男の時間。
その次は、手放されたぬいぐるみの時間。
言えなかった「ありがとう」が滞った夕暮れの時間。
少女は縫い続ける。
誰かの人生に触れながら、名前のない自分の時間も、少しずつ進んでいく。
ときどき思う。
私の時間は、壊れていないのだろうか、と。
でも針は置かない。
修理された時間は、静かにそれぞれの場所へ戻っていく。
今日もまた、アクシスに時間は届く。
だから少女は針を取る。
誰かの「今」が、ほんの少し歩きやすくなるように。




