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先にいってる

 豪華絢爛な造りをしている玉座の間では、とある部隊の帰還報告を受けていた。

 玉座に腰掛ける国王と、その隣に立つ王宮兵の指揮官であるタリスカーとが、戻ってきた部隊のリーダーから今までの経緯を聴く。

 決してそれは、いい報告ではなかった。


「要するに、君たちの向かった怪物館には何も無かったということなんだな、サブロウ大佐?」

「その通りです、タリスカー大将。あそこには何もありませんでしたし、誰も居ませんでした。」


 タリスカーと国王は顔をしかめていた。

 A班のリーダーであるサブロウの話と、事前に諜報班から聞いていた話とがだいぶ違う…というタリスカーの焦りは、隣に座っていた国王にも表情で伝わっていた。

 今回のA班派兵は”失敗だった”と言わざるを得ないのである。


「…まあ仕方あるまい。君たちが帰ってこれただけ安心するべきだろう。よくぞ戻ってきてくれた、サブロウくん。」


 国王がため息をつきながらも、サブロウへの労いを口にしていたその時だった。

 1人の王国兵が、慌てたような様子でタリスカーに近寄りこそこそとある報告をする。

 その時のタリスカーの顔は、驚きを隠せないでいた。


「…本当なのか?」

「はい、彼はそう言っております。これは一度話を聴くべきかと…。」


 タリスカーは少し悩んだ様子で、国王の方に向く。


「陛下、今もう一部隊…この王宮に戻ってきたとの報告がありました。その彼からも話を聴いて頂きたいのですが。」

「うむ…良かろう。連れてきたまえ。」


 数分後。

 彼らの居る部屋にやってきたのは、全身ボロボロになりながらも、何とか生きて帰ってきた男だった。


「王宮兵、残党討伐部隊C班、ロバーツ・ハワード、ただいま帰還致しました…。」

「ロバーツくん…!?ボロボロじゃないですか!」


 最初に声を上げたのは、以前ミルズと一緒に居た時に話をしていたサブロウだった。

 国王もタリスカーも、彼の身体に刻まれている数多くの傷を見て、ただ言葉を失う。

 そしてようやく口を開いた2人は、ロバーツに何があったのかを矢継ぎ早に尋ねる。


「ロバーツよ…一体何があったというのだ…?」

「サエ少佐以下、他のメンバーはどこに行ったというのだね?無事なのか?」


 ロバーツはただ、肩を震わせていた。

 あの時死んでいった2人の姿を思い出して、あの時去り際のフジから言われた言葉を思い出して、あの時列車に残っていたのが自分だけという事実を思い出して、彼の胸ははち切れそうになっていた。

 2人の質問には答えられなかったが、その沈黙こそが答えなのだと、2人は静かに悟る。


「…もう良い、今は思い出したくないこともあるのだろう。ロバーツよ、ひとまず自室にて待機するのだ、今後の予定は追って伝える。サブロウよ、一緒に宿舎まで行ってやれ。」


 タリスカーの一声によって、ロバーツはサブロウに連れられて玉座の間から退室していく。

 今のこの状態であるロバーツに、何か言葉をかけるのも野暮だと思ったのか、サブロウはただ静かに宿舎への道を歩いていた。

 普段なら仲間や同期と歩んできたこの廊下、そこに響く2人だけの足音が、ただロバーツの心の中にある物悲しさを増幅させていった。

 ロバーツは思っていた事を、つい口に出してしまう。


「……どうして私だけが、生き残ってしまったのでしょうか。」

 

 ロバーツの瞳には、深い絶望が滲んでいた。

 親友らは死に、仲間の居なくなった列車、残されたのは自分だけ。

 そんな状況に耐えられるほど、今のロバーツは強くなんてなかった。

 ――そこに居たのは、ただの青年ロバーツだった。


「君のその問いに、私は答えを言ってあげられません。」


 サブロウは諭すような口調で、ロバーツに言葉を投げかける。

 決して強く言ってはいけない、相手を強く否定してはいけない。

 サブロウはそれをしっかりと理解した上で、出来うる限りの言葉を伝えた。

 上官としてでは無く、一人の人間”サブロウ・ヤマザキ”として。


「なぜ自らが生き残ったか、それは誰にも分かりません。その問いが分かる他人というのは、この世には存在しません。残念ながら、誰もその答えを持ち合わせていないからです。」


 ロバーツの瞳は、今の自分に語りかけてくれるサブロウという人間を、しっかりと捉えていた。


「でも、君ならその答えが分かるのです。君ならば、なぜあの時自分だけが生き残ったのか、それに気がつける日がやってきます。」


 サブロウの瞳は、今にも命の灯火が消えてしまいそうなロバーツを、しっかりと捉えていた。

 それはサブロウにとって、ロバーツという存在が、王宮兵という仲間が、とにかく大事だからだった。


「…今すぐにとは言いません。君の気持ちが少しでも落ち着いた時に、私の執務室に来てください。私は、いつまでも貴方を待ちます。」


 そう言い残したサブロウは、宿舎まであと十数メートルという所でロバーツと別れる。

 ――あとは自らの足で歩み、そして決めるのです。これから先君はどうしたいのか、そしてどうするのかを。

 そう言いたげなサブロウの背中は、今のロバーツにはあまりにも大きく見えた。



「今の彼女に意識はありません、完全に私の支配下にあります、ただし何かあった時のための保険として、今からやろうとする行動は、あくまでも正当な物であると錯覚させるような“精神操作”もかけてあります。」

「貴方…王宮兵として潜り込んでいる間に、とんでもない魔術を会得してるじゃない。」


 そういうラサルハの声には、若干の恐怖すら宿っていた。

 その恐怖の対象というのは、ラサルハが王宮兵側に潜り込ませていた例の内偵者、ユウダイである。

 相手の精神を操作するという魔術は、禁術とまではいかないものの、かなり危険な魔法だと言われていた。

 精神を操作された者に対する蓄積ダメージという観点ももちろんあるのだが、ある程度対象に継続してかけ続けなければならない魔術でもあるため、術者自身の魔力も相当量必要とするのである。

 そんな危険な魔術を、ユウダイは自らの上官で班のリーダーである、サエ少佐にかけていたのだ。


「元々私にそういう素質はあったみたいでしたし、何より今の王宮は資料が充実していますね。今まで我々が持っていた魔導書が王国兵によって接収されたことで、今や王宮の書庫は魔王城と遜色ないくらいですよ。」


 ユウダイが興奮混じりに語ったかと思えば、急に神妙な語り口に変わる。

 それは憂いを帯びたような、憐れむような口調とも取れた。


「…ですが魔導書がいくらあったとて、その使い手がいなければただの紙の山です。あの場所に眠っている魔導書に感情があるなら、彼らは今頃陽の目を浴びない事を嘆きながら泣いてますよ。」


 ユウダイの言葉に対して、ラサルハはただ目を伏せることしかできなかった。


「あ、起きたんですね。貴方がラサルハさんが送り込んだって言っていた内偵者でしたか。」

「あの…その…ごめんなさい、貴方のことまあまあの力で攻撃しちゃった。」


 2人の元にポルックスとカストルに双子姉妹がやってくる。

 カストルはさっきまで居合わせた列車内で、ユウダイを気絶させる程度の強い攻撃をしたことをしっかりと謝った。


「まあいいですよ、私が内偵しているこっち側の人間だって知らなかったんでしょう?仕方ないですよ。」

「…知ってた。」

「「知ってたんかい!」」


 カストルの自白に、ポルックスもユウダイも思わずツッコミをいれてしまう。

 しかしカストルのこの話を、笑い話として聴いていられない者が2人居た。


「ラサルハさん、カストルのああいう部分はどうにかなりませんかね。」

「言いたいことは分かるわフジ、このままじゃカストルが“暴走する”って言いたいのよね?」


 カストルが生まれつき持っている攻撃性の高さは、戦いにおいては利点でもあり欠点でもあった。

 良く言えば、一点突破で正面から相手を打ち崩すキッカケを作れたり、先制攻撃を叩き込めるという意味では、相当部隊にとって重宝する戦士である。

 しかし悪く言うと、一度彼女の中にあるスイッチが入ってしまえば、目の前に居る敵を倒すことしか考えられなくなる。

 そこに自らの魔力という、制御の難しい力が加わる事によって、魔力を制御出来ずに見境なく目の前の敵を蹂躙してしまう、という可能性を秘めていた。


「一応魔力の出力を制御するリングはあるけど、まだこれ試作段階だし、私と同じ三賢人のうち2人は居なくなっちゃったし…。」

「…アークトゥルスとキヌの事ですか。」


 スピカの愛したアークトゥルスは、その当時学術班のリーダーだった。

 そこに医療班のリーダーであるラサルハ、当時の武術班のリーダーであるキヌの2人を加えて、“三賢人”と言われていた。

 その三賢人が必死になって作っていたのが、魔力の出力を制御出来るリングである。

 フジと同じ四天王のブライズが起こした魔力暴走も、このリングさえ完成していれば起きなかったであろうと悔やまれていたのだが、制作途上の段階でアークトゥルスはこの世を去り、キヌもある日を境に消息不明となる。

 その後学術班のリーダーがプロキオンに、武術班のリーダーもデネボラに代替わりした結果、リングの開発計画は暗礁に乗り上げていた。


「だからこのリングも使えない。彼女自身が、カストルが自らの力で、今の状況を乗り越えないといけないのよ。」

「うーむ…」


 フジは難しそうな表情で頭を抱える。

 カストルの魔力や感情をある程度制御することができれば、彼女を戦闘に繰り出したとしても、暴走するリスクを低く抑えた状態で戦闘させることが出来る。

 それはすなわち、今のこの部隊の強さが今よりも高まるということだった。


「彼女を今の状態で実戦に出すのはリスクがある…かといって彼らの心臓部に向かうのに戦力が低下するのも…。」

「その心配はない、我々も共に王宮に向かおう。」


 突然後ろから声が聞こえてくる。

 その声の主は、異風の森から王宮を目指していたシルフィアだった。

 そしてその隣には、十二聖団を束ねる総長スピカも一緒に立っている。


「久しいなシルフィア…!お前も王宮に向かっていたのか。」

「そういうフジこそ、あんたがてっきり死んだのかと思ってずっと心配したんだぞ。」


 魔王軍の最高戦力である四天王同士、彼らは互いの生存を手放しで喜んでいた。

 一方のラサルハとスピカはというと、あまり再会を喜び合えるような空気ではなかった。


「…生きてたのね。」

「なんとかね。そういうスピカちゃんだって、あの国境沿いで良く生き残ったわね。」


 そこに漂っていた空気は、あまりにも重く澱んでいる。

 まるでその2人だけは、アークトゥルスの死んだあの日から、時計が進んでいないかのようだった。


「ねえスピカちゃん、私ね…」

「やめて、何も言わないで。私貴女に何するかわからないから。」

「スピカちゃん…」

「他の人にも挨拶しないと、先に行ってるわね。」


 足早に立ち去るスピカは、明らかにラサルハを“拒絶”していた。

 スピカの愛したアークトゥルスの最期を、一番最初に看取ったラサルハ。

 そのアークトゥルスが死ぬ直接的原因となる、得体の知れない攻撃を受けた瞬間を目の当たりにしたスピカ。

 2人の間に明らかに隔たりがある事は、誰もがこの状況を見ていれば理解できた。

 何よりラサルハの心の中には、忘れたくても忘れられない記憶が横たわっている。

 ――私があの時、アークトゥルスの元に早く来ていたならば。



 その頃ロバーツは、1人宿舎の自室にあるベッドに横たわる。

 特別これと言ってやることもなければ、そもそもの話何かをやる気が起きないでいた。

 普段の彼なら目を閉じれば、そのままぐっすりと夜になるまで寝ることができたのだろうが、今の彼は“魔力”が原因となってか、全然眠れない状態に陥っていた。

 体内を流れる魔力の動き、増幅される周りの音、肌に触れる空気の揺らめき。

 今までの自分とは違う感覚が、彼の眠りを阻害してくる。


「これじゃ寝れたもんじゃないな…」


 ロバーツは寝る事を諦めて、ベッドにそっと腰掛ける。

 そんな彼の目線の端に入ってきたのは、王国兵に入りたての頃に撮った写真だった。


「…懐かしいな、あの頃が。」


 歓迎の挨拶もそこそこに、毎日のように鬼のような特訓をさせられた春。

 訓練を抜け出して海に行ったら、家族旅行中の司令官に見つかり追加特訓をさせられた夏。

 紅葉が綺麗な山を1日で数往復しろという、無理難題のような特訓をした秋。

 地元に帰る時は、出兵か殉職だけだと言われてショックを受けながら特訓を受けた冬。

 全部嘘のようだと皆が言うが、これら全てが事実なのだというから驚きである。

 そこに映る自分自身は、あの時何を思い、どんな夢を胸に抱いて生きていたのだろうか。


『なあロバーツ、お前この先どうなりたいとかあるのか?』

『うーん…これと言って特に…なんとも言えないな…』

『なんじゃそりゃ…』

『あ、でも強いて言うならさ』

『なんだよ。』

『“みんなが分け隔てなく生きていけるような世界”…とか作れないかな?』

『……ぷっ…くくく…あっはははは!』

『な、なんで笑うんだよ!俺は真剣にだな…!』

『あーいや、悪かっ…ぶはははは!』

『全く…俺は本気だからな!絶対にやってやるからな、いつか叶ってたら飯奢れよ!』

『あ、あぁ!いくらでも奢ってやるよ!…ちょっダメだ笑いが止まんねぇわ…あははは!』


 自分の叶えたい事を言ってあそこまで笑ったのは、後にも先にもあの日の彼だけだった。

 しかし悔しいかな、そういう奴に限って、周りの連中や自分よりも優秀なのだ。

 いつだって彼は、自分の先をいく。

 王国兵として戦果を挙げたのも、王宮兵になったのも彼の方が先だったし、いつの間にか階級も一個上になっていた。

 ロバーツが王宮兵への試験を受けられるという話をしていた時、彼は去り際にこんな事を言っていた。


『そういえばこれで、お前の言ってたあの夢、一歩近づいたんだな。』

『…あれ覚えてたんだ。』

『当たり前だろ、同期の夢なんざそうそう忘れやしないさ。特にお前の言ってる夢なら尚更、な。』

『なんだよそれ…』

『まあとにかく、”俺は先にいって“待ってるからよ。王宮兵になってまた会おうぜ、ロバーツ!』


 彼は底抜けに陽気だった、反面すぐにキレやすくもあった。

 でも、誰よりも仲間想いだった。

 そんな彼は今、信じ合える仲間と共に王宮を出ていったのだが、この王宮には戻ってきていない。

 ――いや、もうこの世には居ない。彼がロバーツの前に戻ってくる事はないのだ。


「先にいってるって…本当に先に逝く奴があるかよ…」


 彼の遺体から辛うじて回収出来たのは、いつも愛用していた黄色いバンダナ。

 そして彼と同じように、ロバーツはそのバンダナを右の腕に巻く。

 いつでも彼と共に戦っているかのように、いつまでも彼を忘れないようにする為に。

 そしてロバーツは立ち上がる。

 自らが叶えたい夢の為に、仲間の想いを背負って戦う為に。


「…いつになるかわからないけど、俺もお前に追いついてやる。待ってろよバロン。」

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