「魔力なんて」
「こ、これが例の…魔力!?」
ミルズはカストルの足元から放たれる白い光を見て、ただ困惑するばかりだった。
しかもその光に近づこうとすると、何かの力が働いたかのように、前に進むことすらままならなかった。
「あはっ♡どう?生で魔力使ってる姿見て、まだ信じられないかな?」
カストルは自らの力を誇らしげに、そしてどこか怒りを帯びたような声で、立ち向かおうとする2人に話しかける。
かつてはこの少女も、この子の姉も、どこにでもいるようなただの双子だった。
――ある日自らに魔力があることを知るまでは、の話だが。
「私はこの力が出てきてからぜーんぶ変わったんだ!今までいろんな事があったんだよ!」
ミルズもロバーツも、彼女の語る”訴え”に近い無邪気な声を、ただ黙って聴いていた。
「せっかくだからみんなにいろんな魔力を使おうと思ったら、いつの間にか周りからお友達が居なくなっちゃった。なんでみんなどこかに行っちゃうのかなぁ?」
彼女の明るい言葉の節々に、今まで歩んできた暗い過去が透けて見えるようだった。
1人、また1人、魔力という力を得た無邪気な少女の周りからは、人が次々に離れていった。
「魔力がどんな扱いをされているか気づいた時には、もう全てが遅かった。同じ村の面々から毎日のように、魔力なんてって言われ続けた結果、あの子のそばに居れたのは、姉である私ただ1人。私の父も母も王国に捕らわれました。その後生きているかどうかなんて、私たちには知る由もない。」
止めに入ろうとしていたポルックスが、彼女の話を補完する。
その双子の言葉に、ラサルハも、同行していたフジも、いつの間にか耳を傾ける。
「でもでも!魔力ってすごいんだから、こんな私でもちょー強い人にデコってくれる、最っ高のおしゃれアイテム!」
カストルのキラキラした笑顔は、次の瞬間には消え失せていた。
あまりにも冷酷で、あまりにも恐ろしい、血や泥にまみれた戦場に身を投じる”女戦士”の顔になっていた。
「だから、今ここであんたらごときに負けてられないの。さっさと死んでくれない?目障りだから。」
カストルが睨みつけながらその言葉を言い終わるが早いか、彼女は一瞬にしてミルズとロバーツとの間合いを詰める。
「…っ!しまった!」
ミルズはカストルの動きについて来れなかった。
「遅い。」
カストルは冷たい声でミルズの方を向くと、頬に思いっきり拳をぶつける。
魔力で拳の速度が上がっていたからか、全身を強く壁に叩きつけられて、ミルズは一瞬で気絶してしまう。
「ミルズさん!」
「どこ見てんのよ、次はあんただよ!」
カストルはハインツに食らわせたような、上半身への強烈なキックをお見舞いしようとしたが、ロバーツは間一髪腕で凌ぐ。
「なっ…!?」
「ふぅ…ギリギリ防げた。」
止めた。
魔力を放っている彼女の攻撃を、ロバーツは止めた。
カストルはわなわなと震えると、怒りに満ちた表情でロバーツへ叫ぶ。
「…ふっざけんなぁぁぁぁぁ!!!」
カストルの攻撃はさらに苛烈になる。
ストレート、フック、キック。
ロバーツは何発かもらいはしたが、その攻撃の大体をしっかりと受け止める。
強い魔力を放ちながら、攻撃を連打してくるカストルに対して、それを受け止めているロバーツの肉体は、もはや限界に近づいていた。
それでも、ロバーツはなんとか気力だけで立ち続ける。
「なんで…なんであんたまだ立っていられるのよ!?」
「僕は…ここで負けるわけにはいかないんだ…!僕は…こんなだけど…王宮兵の端くれだから…!」
その時だった。
ロバーツの足元が、まるで閃光のように白く、そして強く光り始める。
カストルから放たれたそれよりも、圧倒的に“強い光”だった。
「えっ…なんだこの湧き上がるような力…!?」
ロバーツは自らに起こっている現象に、戸惑うしか出来なかった。
「ウソでしょ…!?そんな事あるわけ…!」
一方のロバーツの光を見たラサルハ、その光を目にした瞬間、口を覆いながらただ絶句する。
隣でフジとポルックスは、焦りの表情を浮かべていた。
「まずいですね…あの光の強さ、ただものじゃない!」
「カストル!急いでそこから逃げて!」
遠くから聞こえた姉の声に呼応するように、カストルは後退りする。
しかし彼女の目には、まだ戦意がありったけ残っていた。
「何その強さ…気に入らないんだけど!!」
カストルは引くために後ろに下がったわけではなく、彼に一撃を叩き込むための助走をつけるために下がったのだ。
「吹っ飛べ…!お前なんて!!」
カストルがロバーツへ一気に距離を詰めて、攻撃体制に入る。
それでもロバーツの身体は、敵が向かってくるのに呼応して、攻撃への防御を取ろうと勝手に動く。
「ど、どうにでもなれ…!」
ロバーツが両腕を顔の前に立てて防御姿勢を取る。
しかしその腕に攻撃が当たることはなく、彼の足元から放たれる強烈な光が、なんとカストルの攻撃を跳ね返した。
「な…!?」
尻餅をついたカストルは、ジリジリと後ろに下がる。
もうその瞳に戦意のかけらは微塵もなく、あるのはたった一つ。
自らの攻撃が当たらない彼に対する、強い恐怖だった。
「ど、どうしろっていうのよ…こんな相手…。」
「カストルちゃん、ここは一旦撤退よ!」
列車に降りてきたラサルハたちが、倒れている班員を連れて逃げ出そうとする。
「おい!お前達は誰だ、仲間を離してくれよ!」
逃げようとするラサルハたち、それを止めようとするロバーツの目の前に、四天王のフジがそびえ立つ。
「…我らは魔王ブラニカ様に使えし者。お前のその力、敵ながら素晴らしいと思ってしまったぞ…。」
「何を言っているんだ?」
「まだ分からないか。お前から放たれたあの白き光、あれこそがお前らの忌み嫌う”魔力“さ。」
「な…!?」
ロバーツは彼の言うことを信じられないでいた。
――こんな自分にも、魔力がある?でも今まで、そんな事考えたこともなかったのに。
「ふむ…。その様子だと、お前はまだその魔力を完全に会得してないと見た。」
「当たり前だ。そもそも魔力なんて…そんなエセみたいなもん、持ってるわけないだろ。」
ロバーツは困惑した様子で、フジとの会話を続けてしまう。
その間にも、自らの仲間を連れて行ってしまうポルックスやラサルハたち。
それでもロバーツは、この目の前に居る男の話に耳を傾ける。
この男の話を聴かなければならない、という感情にされられていた。
「ふん…最初は皆そう言うのだ。だがな、その力はお前にとって必要な物なのだ。何より、魔力を持てる人間はそう多くない。お前は”特別な存在“なのだ、もっとそれを誇るべきだし、受け入れるべきなのだよ。」
「…」
ロバーツはフジの言葉を聴いてから、黙りこくってしまう。
魔力を持つ者は、特別な存在?
今まで生きてきた中で、一切存在することのなかった価値観をフジに植え付けられる。
「まあ良い、いずれお前とはまた出会う事になるだろう。どこかで、必ずな。」
「待てよ…あんた一体誰なんだ!?」
「…我が名は四天王、山のフジ。どこかの誰かの言葉を借りるなら…そうだな、”傑物の1人だった“とでも言っておこうか。」
「どういう事だよ…おい!待てよ!」
そう言い残すと、フジは煙のように姿を消す。
そうして列車に残っていたのは、ロバーツただ1人と、一緒に笑い合うことを願った、仲間2人の亡骸だった。
〜
その頃シルフィアとスピカは、捕らわれた魔王軍の仲間――何より魔王であるブラニカ――を助けに、一路王宮に向かっていた。
道中聞こえてくるのは、馬車の音と、風で揺れる木々の音。
そして遠くから聞こえてくる、他愛もない人々の会話。
魔王軍の仲間を救うという状況を抜かして考えると、今歩んでいるこの道こそが、皆が追い求めてきた”戦いのない平和な世界”だった。
この平和がいつまで続くのか、それは誰も知り得ないのであった。
「街が見えてきたな…この辺で少し休もう。この街にカフェかなんかがあればいいんだが。」
「はい、シルフィア様。確かこの街にはあったはずですよ。」
スピカの言う通り、街に寄って少し歩いたところに、赤い煉瓦のひび割れた年季の入った外観の喫茶店があった。
カランコロン。
「…いらっしゃい、どうぞどこでも。」
無愛想な店主を一瞥しながら、2人は揃ってアイスコーヒーを頼む。
「見ない顔だな、さては旅人さんかい?」
「まあ…そんなところだ。」
店主が自らの事を聞いてきた時に、シルフィアは入る店を間違えたと思ってしまう。
どこから話が漏れるか分からない以上、変に話しかけてくる者との接触は避けたいと思うのが、シルフィアの考え方の根底にあった。
その店主の次の一言が、彼らにアイスコーヒーより先に驚きを提供してくる。
「なあ…私の勘違いだったら悪いんだが、あんたのストールに書いてある紋様、この間も見たんだよ。」
「…へぇ。そりゃ奇遇だな、どこで見たんだ?」
シルフィアの顔が急に強ばる。
このストールの紋様――魔王軍の人間である事を表す、魔法陣に12個の星と4つのひし形があしらわれた図柄――を、この間も見ただと?
その隣に座っていたスピカも、何事が起きるか分からない恐怖から、すぐに戦えるように剣の柄に手を添える。
「まあまあそう怖い顔しなさんな。これと同じ紋様が書いてある封筒をな、この間ここに寄った人が忘れていったんだよ。」
すると店主は机の下から、2つ折りにされた便箋が入っているであろう封筒を差し出す。
差出人が誰なのかは、どこにも書いていなかった。
ただ宛先には、名前の代わりにこう書いてあった。
――親愛なる武装班の新リーダー殿
「これは…さてはデネボラ宛てか。」
「お、やっぱ知り合いかなんかだったか。これよ、もしこの人に会う機会があるなら渡しといてやって欲しいんだ。多分これ、そいつにとって大切な文書なんだろ?わざわざ蝋で封がされてるくらいだからな。あ、開けたのは俺じゃないからな!最初から開いてたんだ!」
シルフィアはやれやれと言った様子で手紙を受け取ろうとするが、スピカが何かを悟ってそれを制する。
「お待ちくださいシルフィア様、これはなにかの罠かもしれません。そう都合よく彼宛ての手紙が、こんな所で見つかるとはとても…。」
「なんだい疑うってのかい?せっかくならケーキの1つくらい、サービスしてやろうと思ったんだが…」
「謹んでお受け取り致します。ショートケーキを頂けますか?」
「おいスピカ…。」
ケーキと聞いてからのスピカの変わり身の速さに困惑しながら、シルフィアも好物のチーズケーキを店主に頼んでいた。
そうしてしばらく他愛のない雑談を交わしたのち、2人は店を後にしようと席を立つ。
「世話になったな。」
「コーヒーとケーキ、ご馳走様でした。あと手紙はしっかり彼に渡しますね。」
「おう!それじゃお二人さん、良い旅を!」
2人が去って閉じた扉をしばらく見つめながら、店主は小さな声で独り言を話していた。
「あの紋様にあの2人、どこかで見たような…?まあ、ただの気の所為かね。」
〜
「カストル…私に何か言うことあるわよね?」
「…」
戦闘のあった列車から撤退し、ある開けた森の中に集まっていた面々。
片や切り株で足を組み、片や地面に正座させられて、ポルックスとカストルは向かい合わせに座っていた。
後ろからフジも腕を組みながら、険しい表情で2人を、特にカストルの方を向きながらじっとその様子を見ていた。
「私、戦闘の時に魔力を使っていいって言ったかしら?」
「…言ってません。」
「じゃあなんで使ったのかしら?」
「…負けたくなかったから。」
あれだけ戦闘時に叫んだり、ハキハキと話していたカストルの姿は、もうどこにも無かった。
そこに居たのは、双子の姉に叱られて小さくなっている妹だった。
「全く…最初に言ったでしょ、今回は戦闘するんじゃなくて、撹乱したり陽動する為だって。」
「でもでも!私あのままじゃやられたかもしれないんだよ!?」
カストルが涙目になって、ポルックスの方を向く。
しかし口を開こうとしたポルックスを遮るように、フジがカストルへ話を始める。
「あなたはそう簡単にやられるような方ではないですよね?でしたら自力の時でも強くならねば。魔力に依存した戦い方は、いずれ暴走を招きますよ…”あの日のブライズ”と同じように。」
その言葉がカストル自身に妙に重く響いたのか、カストルは小さな声でフジに向かって、ごめんなさいと呟くのが精一杯だった。
フジはやれやれと言った表情で言葉を続ける。
「まあいいでしょう。これである程度、王宮兵の実力が分かりました。特にあの白い光を放った王宮兵、彼はいつか化けますね。」
「え…まだあそこから上があるって言うんですか?」
ポルックスが困惑したような声をあげてフジに尋ねる。
そしてカストルはというと、彼の白き魔力を目の当たりにした為に、その姿を思い出した途端に、顔が真っ青になっていた。
「彼はまだ魔力の制御を会得出来ていない。彼があれだけの力をまともに扱えるようになったその時、彼は相当難敵になるでしょう。」
フジがため息をついていたその頃、ラサルハは少し離れたところで、倒れていた王宮兵3人のうち1人を叩き起こす。
「ほーら!もうやられたフリはいいから起きて。」
「んん…ウンカイさん…?」
「何寝ぼけてんのよ、私はラサルハよ。全く…王宮兵がそんなに気に入った?」
ラサルハとその1人――彼女が王宮兵らに送り込んでいた内偵者――の会話には、かつての仲の良さを感じられた。
そしてラサルハがその内偵者に尋ねる。
「ねぇ…貴方が捕まえたっていうその協力者って、一体誰なのよ。」
「あぁ、それなら隣の…まあ見てもらう方が早いですね、ほら起きて。」
そういうと普通に起こすのではなく、指先に溜めた白い光をその相手の頭に当てる。
するとすっと立ち上がって、服の土汚れを払う。
――その瞳に、光は宿っていなかった。
「なるほどね…あなたも相当なやり手のようね。」
「いやいや、あの頃貴方にしごかれたおかげですけどね、ラサルハさん?」
呆れたように笑う”内偵者”と、その笑みを心強く思うラサルハ。
彼女の内心では、これで魔王救出作戦は大きく成功の確率が上がったと確信していた。
「じゃあこれからの作戦も頼んだわよ…ユウダイ?」
「お任せ下さいラサルハさん。王宮内部の道案内は、この協力者、サエ少佐に任せますので。」




