カストルの急襲
ロバーツ達の前に立ちはだかったのは、予想外の人物だった。
彼女は十二聖団の一員であるカストル。
「カストルだって…!?いつの間にこっちに来ていたのか!?」
ミルズが驚いた様子でカストルに話しかける。
彼女は――ポルックスとの双子の片割れ――は、”戦闘”の才覚に長けた人物として、魔王軍の中でもその名が知れていた。
その実力は、彼女を一介の雑兵から、部隊長にまで導いた。
そして、たまたま戦場で出会ったスピカによって、その才覚と伸び代を見出され、五芒星の一員として重用されるようになった。
時を同じくして、ポルックスも実力を認められる。
似た顔、似た背丈、似た声色、違いを挙げるとするならば、ポルックスの持つ才覚は”頭脳”だった。
その結果、珍しく双子で五芒星の名をいただくことになる。
静のポルックスと、動のカストル。
彼女たちこそ、戦場で恐れられる“最強のツインズ”だった。
「まあ私たち魔王軍の人間だし?これくらいの移動なんて造作もないっていうか…。」
「クソっ…なんで湖畔からこっちに来やがるんだよ…!」
本来ロバーツたちC班の目的地は「異風の森」だった。
その彼らの前に現れたのは、そこから遠く離れたところに位置するはずである、「鏡の湖」に居るはずの彼女。
ミルズはその移動速度や計算が崩れてしまったが為に、ひどく取り乱していた。
「そりゃ決まってるでしょ?貴方たちを足止めする為よ。」
「てめぇ…あの爆発もお前らの仕業か!」
困惑する兵たちを尻目に、カストルが列車に降り立つ。
フリフリのフリルスカートに身を包んだ、明らかに戦闘をしに来たとは考えにくいような格好が、その場全員の目を引いた。
嘲笑うかのような表情で、カストルが口を開く。
「え、違うわよ?貴方達の中にいる、裏切り者が起爆させたのよ?」
「そ、そんな…!?」
「やっぱ誰も見破れてなかったんだ〜。あなた達それでも王宮兵?え〜?やっぱ弱くな〜い?」
「あんた…調子に乗らないでよ!」
裏切り者が居る?この王宮兵に?
カストルが列車内の王宮兵を煽り倒す。
ユウダイも、サエも、ロバーツも、全員がその事実を受け止められなかった。
カストルの煽りで怒りが限界に達したバロンが、無策のまま槍で突撃してしまう。
「ふざけんなよ…!シルフィア達の前にお前から倒してやるよ!」
「やめとけバロン!相手は十二聖団だぞ!」
「それがどうした!おらあああああ!」
ロバーツの静止を無視して、バロンは持っていた槍を振り回す。
一撃、また一撃。
何度も彼女へ攻撃を試みる。
しかしカストルは、素早い身のこなしでその全てを平然と交し切る。
「あはっ♡弱いくせにそんなの振り回して、危ないでしょ?」
渾身の一撃だと思いながらバロンが突いた槍の柄を、彼女はあっさりと手で掴む。
「私、今は戦う気は無かったんだけどな〜。ま、邪魔くさいしどっか行っててよね、あの世とか!」
カストルは槍の柄ごと、バロンの身体を宙に投げ飛ばす。
そのまま彼女が遥か高く跳躍したその瞬間、バロンの身体には、彼が手にしていたはずの槍が突き刺さっていた。
それも、急所を的確に貫いて。
「バロン!」
「な、なんだよあいつ…!」
彼の飛び散った血の雨が、屋根の無くなった列車に降り注ぐ。
そして再び、カストルが列車に降り立つと、その表情には再び、笑顔が浮かんできていた。
その笑顔は、あまりにも憎たらしく、あまりにも美しかった。
「これで分かったでしょ?私達に歯向かうと、どうなるか。」
「カストル…お前…!」
ミルズがカストルを睨みつける。拳は握り込みすぎて血が出そうになるほどだった。
仲間をやられた激しい憎悪が、それほど彼を支配していたのだ。
「ミルズ!向かっていきたい気持ちは分かるけど、このままじゃ全員やられちゃうわよ!」
「分かってるよ!でもよ…あんなに容易く1人やられちまったら、こっちだって引き下がる訳には…」
「そうだよ!あんたが止まってるなら、俺が代わりに行く!」
サエの静止によって、なんとか踏みとどまったミルズとは対照的に、今度はハインツがカストルへ突撃してしまう。
「…っ!止まりなさいハインツ!」
「うるせぇ!あいつがやられてんのに黙っていられるかよ!」
「何っ!?まだ来るの!?あんたらうっとおしいんですけど!」
ハインツは距離を詰めながら、ガントレットでカストルのボディに一撃を食らわす。
そのままガードが緩くなった隙に、上半身に攻撃を叩き込んでくる。
思わぬ連続攻撃に、カストルは少し怯んでしまう。
「ちっ…!あんたやるじゃない。でも、そう来るなら…!」
ハインツの攻撃にも、だんだん熱が帯びていく。
それを逆手に取りながら、カストルは殴りかかってくるハインツの腕を掴んだ。
「っ!しまっ…」
「あーあ♡もう離さないからね?」
カストルが腕を引く。
このまま行けば彼女がトドメを刺せたのだが、とっさの判断でハインツも腕を引いた為、袖がちぎれるだけでなんとか済んだ。
「…あら、結構やるじゃない。」
「そりゃどうもレディ?一応俺だって、王宮兵の端くれですから。」
互いを睨みつけながら、2人が対峙する。
その後ろで、ロバーツは恐怖に震えていた。
こんな簡単に人は死んでしまうのか、こんな容易く王宮兵は敵にやられてしまうのか。
戦場が持つ訓練とは全く違う空気が、彼に重くのしかかってくる。
決して戦火を見てこなかったではない。
しかし彼の人生において、ここまでの惨状は、全て通り過ぎた後に見てきたもの。
今いるこの場所この瞬間に、人が死に、人が戦い、互いの命を奪い合う。
そんな場面には、1度たりとも遭遇したことはなかったのだ。
「これで終わりよ。」
「ふん…言ってろ!」
カストルとハインツが、互いに間合いを詰める。
今度はハインツの攻撃を、カストルがしっかりと腕で受け止める。
そして、ハインツの空いた身体を目掛けて、綺麗な脚から、手本のようなキックをお見舞いする。
「…そこっ!」
「はぐぁ…!?」
強烈な一撃をお見舞いされたハインツは、その場に倒れ込む。
ニヤついた表情のカストルが、1歩、また1歩、ヒールを鳴らして近づいてくる。
───死のカウントダウンが、彼に迫っていた。
「さあ、もうおしまい。」
カストルが上に視線を送る。
すると宙から、何かが襲いかかってくるのが見えた。
カストルは状況を全てを理解し、後ろに下がりながら小さく手を振った。
ハインツも、その意味にようやく気がつく。
しかしその気づきは、あまりにも遅すぎた。
「っ!マズい、避けきれな───」
ハインツの頭に、槍が突き刺さる。
その槍は、些細な願いを共有した、かつて仲間だったもの。
そしてその骸が、彼の身体に覆い被さる。
「そんなっ…。」
「うそだろ…。」
「ハインツさん…!」
サエも、ミルズも、ロバーツも、目の前の惨状にただ絶句するのみだった。
「これで2人…あとはあんた達4人ね。大丈夫よ、すぐに楽にしてあげるから♡」
〜
「屋敷をデネボラ達に任せる…?」
「あぁ。彼らなら立派に作戦を遂行してくれるだろうよ。」
屋敷の作戦室になっていた応接間で、シルフィアと十二聖団の3人が作戦会議をしていた。
アルデバランはそこで、自らの耳を疑うような提案をするシルフィアに対して、怪訝そうな表情を浮かべる。
「私は賛成。おおかたその続きは、前に言ってた魔王様たちの救出か、屋敷までの道中に現れる王国兵を、薙ぎ倒しに行くってところでしょうね。」
「わ、私は…この屋敷に残っていたいです…。デネボラさん達と一緒に、この屋敷を守りたいです…。」
ただ、スピカとハマルの意見は行くか残るかで分かれた。
問題はアルデバランだったのだが…。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!デネボラも一緒に王宮に向かうんじゃなかったのか!」
アルデバランはシルフィアが言い出したら予想外の提案に、しどろもどろするばかりだった。
「最初はそう思ってたんだがな、この屋敷に捕らえておいた王国兵達に逃げられても困る。だったら誰かを置いていく方がいいと思ってな。」
「ちっ…そういうことなら分かった、じゃあ俺もハマルと一緒にここに残る。」
「さて…そろそろ決まった頃かな?」
別室に居た銀髪のデネボラが、静かに部屋へ入ってくる。
その表情は立ちくたびれた人のそれだった。
「あぁ、決まったよ。私とスピカが王宮に行く、貴方はアルデバランとハマルの2人と行動してもらう。」
「ありがたいね、十二聖団のお2人が一緒に行動してくれるなんて。」
デネボラは嬉しそうな、ただどこか少しだけ残念そうな表情を浮かべながら、シルフィアの言う分け方を聞き入れる。
おそらくデネボラは、昔馴染みであるスピカと共に行動したかったのだろうが、当人はあくまでも任務の方に思考のリソースを割いているからか、デネボラと一緒に任務に臨むことすら考えていなかった。
――それか、デネボラのくすんだ灰色の瞳に対する忌避感からか。
「それじゃ決まりだな。スピカ、あまり時間がない。とりあえず作戦はここを出てから話す。」
「分かりました。3人とも、どうかご無事で。」
スピカは丁寧に頭を下げて、シルフィアの後ろにくっつくように部屋を去る。
部屋に残されたのは、デネボラとハマル、そしてアルデバラン。
「さて…これで我々の仕事は、ただひたすら王宮兵たちを待つ事になった訳ですが…。」
デネボラが一息つこうと席についたとき、ハマルはすぐに部屋を出ようとする。
「おや…どうかしましたか、ハマルさん。」
「す、少し捕らえた王国兵の様子を見に行ってきます…。」
ハマルは慌てて部屋を飛び出してしまう。
ハマルは走りながら地下牢へ向かううちに、自らの表情がだんだん強張っていくのが分かった。
彼に何かをされたわけじゃない、そもそも初めて会った人間だ。
ただ、彼の話を聞いているうちに、彼のくすんだ灰色の瞳を見ているうちに、内なる自分が彼に対して警鐘を鳴らす。
――あの人、怖い。あの人、何か嫌。
そんな彼女の背後から、足音が、男の声が聞こえる。
地下牢に向かった時点で、ハマルの運命は決まっていたも同然だった。
「…またおもちゃ遊びですか?」
〜
「あの子を先鋒として行かせてよかったのかしら…。」
「大丈夫です、私の弾き出した計算と作戦に間違いはありませんから。」
カストルの姉であるポルックスは、フジの導き出した”カストルを先に行かせる”という選択に対して不安を抱いていた。
だがその隣で、ラサルハはフジと同様その作戦に対して自信を持っていた。
「平気よポルちゃん!心配しなくても、カストルちゃんなら上手くやってくれるはずよ!」
カストルは武術で、己の強さで”十二聖団”というポジションを勝ち取った、いわば歴戦の戦士である。
そんな彼女ならば、こんな所で容易く負けるわけが無いというのが、フジとラサルハの共通認識だった。
それに、ラサルハはその認識とは別の情報も持っていた。
――いくらエリート揃いの”王宮兵”だからとは言え、所詮は勇者パーティが居たせいで出番のなかった連中。そんな人達に、”あの子”が導く十二聖団の一員が、そう簡単に負けるもんですか。
ポルックスは2人の意見を聴くと、まあそれなら…と渋々納得しようとする表情を浮かべた。
「改めて整理ですけど…ズベンとアルゲディが湖に残りましたよね。そしてカストルが列車を襲って撹乱している間に、私達は例の”内偵者”と合流する算段、って事ですよね?」
「えぇ、その予定よ。ただ私も気になってる事があって。その人と前に話した時の事なんだけどね、合流する時に誰かしらの”協力者”を連れて行くって言ってたのよ…。」
ラサルハは自分の知らないうちに、”協力者”を作っているという事実に驚かされた。
王宮兵というエリート達の集団に紛れ込めるだけに、そのスキルは確かに本物だったのだろうが、よもやそこまでだったとは。
ラサルハにとって、いい意味での誤算であった。
「まあ、味方が1人でも2人でも多い方が良いに決まってるからね。どんな人を引き込んだのか楽しみね。」
ラサルハたち一行は、ようやくカストルが先に向かっていた列車にたどり着く。
そこには、目を疑うような光景が広がっていた。
「クソっ…王宮兵がこんなに強いなんて…聞いてないんですけど…!?」
そこに居たのは、ボロボロになったカストルと、なんとか肩で息をしているロバーツとミルズの2人だった。
サエやユウダイはカストルにやられたのだろうか、座席部分にもたれかかるようにして倒れていた。
「はん…エリート様舐めんな…!」
「我々は…厳しい訓練も難しい試験も乗り越えたんです…貴方のその攻撃程度、防げなかったら怒られちゃいますよ…!」
こうして強がりを言っている2人も、決して無事ではない。
しかし彼らをこの戦いの場に立たせているのは、自らが王宮兵であるという”プライド”だった。
「ふざけんな…このまま舐められてたまるか…!」
カストルが結っていた髪の毛を解く。
そして、彼女が身体に力を少し加えたその瞬間、空気が逆立ったように感じた。
足元から全身を照らす白い光は、神秘的な何かを帯びていた。
「こうなったら仕方ないわね…あんたら2人を、私が全身全霊で叩きのめしてやる!」
「カストル!その力使っちゃダメって言ったでしょ!」
「全く…あのおバカ!」
ポルックスとラサルハが必死になって、カストルを止めようとする。
しかし彼女から放たれる”力”が、味方であるはずの2人さえも寄せつけなかった。
「いいわ…あんたらに見せてあげる。これが、あなた達の忌み嫌う、”魔力”って奴よ!」




