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悪夢と戦う乙女

 真夜中。

 ベッドに横たわるスピカの額には、夏の日差しに当てられたわけでもないのに、大粒の汗がいくつも浮き上がっていた。


『私はスピカ…あなたは?』

『私はアークトゥルス。ここで会えたのも星のめぐりだろう、ここであんたを倒してやる!そして、私の望む世界を作るんだ…!』


『どう、私の実力は?』

『完敗だ…完敗ですよ…私はどうもあなたには勝てないらしい…。』

『ふふ、そう簡単に私はやられる訳にはいかないの。』

『君は…何を望んでいる?』

『私は、私を受け入れてくれたシルフィア様を、そしてブラニカ様を、この身をもって守ると決めた。そういう貴方は?貴方の望む世界は?』

『…みんなが仲良く、平和に暮らす世界。』

『そう、素敵な夢じゃない。私は気に入ったわよ?』

『お世辞なら止してくれ。』

『おあいにくさま、私素直なことしか言えない性格なの。』


『すっかり仲良くなったでございますな、スピカもアークもよ。』

『拗ねないでよレグルス、そういうあんただってラサルハといい感じじゃないの?』

『まあそう言いたいところなんだけどな…』

『んー?呼んだかしら?』

『お、ラサルハだ。なあ、レグルスとは上手くやってんのかい?』

『やめろアークお前!』

『うふふ、どうでしょう〜?』

 

『これを…私に?』

『あぁ、あなたにならば預けてもいいと思えた。私の命を、私の未来を。』

『そんな大げさな…だいたい私はそういう契りを交わす気ないんだけれど?』

『それでもいい、それが君の意思ならば。でも私は、君に魅せられているんだ。あの日の戦いから、あの日君についてきてから。』

『じゃあ…。その全てが落ち着いてからなら。』

『それって…』

『…受け取ってあげるって事だよ、アーくん!』


『アーくん…?なんでっ…!?』

『おいおいなんのさわ…ぎ?…おい!アーク!しっかりしろ!』

『早く…お前たちは逃げろ…!』

『いやっ…!いやだ…!アーくん!ねえ!大丈夫だから!今ラサルハを呼ぶから!』

 

『ラサルハ!どうだった、アークは…。』

『ごめんね二人とも…、もうこれ以上は…私には手を尽くせない…。』

『…ウソだろ、アーク…!おい!』

『…いや。いやぁぁぁぁぁ!!!アーくん!起きてよ!ねぇ!起きてよぉぉぉ!!!』

『落ち着けスピカ!お前まで”暴走”したらまずいぞ!』

『あなたがっ…あんたが間に合っていれば…!アーくんはっ…こんなことにならなかった…!ねぇ…返してよ…私のアーくんを返して!!!ねぇ!!!』

『ごめんね…、ごめんねスピカちゃん…!レグルス…!私がもっと早く…ここに辿り着いてたらっ…!』

『おいよせ!あんたが謝る事じゃねぇ!…ラサルハは最善を尽くしたんだろうが。それに…彼女はここに来るまで、道中妨害にあったんだ…。だから…悪いのは全て…妨害してきた”あいつら”だ…。』

『お願い…。返してよ…、私のアーくんを…お願いだからぁ…。』


『…スピカ様、勇者との戦いが終わったら、アーク様と2人で暮らす予定だったんだと。』

『それなのにあんな簡単にやられちまうなんてな…。しかも攻撃してきたの、なんだか分かってないんだろ?勇者の一撃か、それとも流れ弾か。』

『医療班だって間に合わなかったらしいし、これじゃあの人が死んじまっても仕方ないか…。』

『おいバカっ、今の言葉スピカ様に聞かれたら…。』

『…今なんと申した?』

『ひっ!ス、スピカ様…!』

『死んでも仕方ない…?もう一度、私の目を見て、同じことが言えるか…?』

『ス、スピカ様…、どうかお許しを…!』

『…言えるのかと聞いているのだ!!!』

『ぐわあぁぁぁ!』

『ひっ…』

『はっ。もう一度言う根性もないのか、たわけが。』



 それは、最悪の目覚めだった。

 スピカが眠りにつくたび毎日のように見る、”あの日々”は、スピカにとって深い心の傷になっていた。

 

 トントン。

「大丈夫ですか、スピカさん。うなされてる声がまた外から聴こえてきましたよ。」


 ハマルが心配そうな表情で、お盆に乗ったパンとスープを持ってくる。

 スピカはあまり人には見せない微笑みを浮かべながら、ハマルからお盆を受け取る。


「いつもありがとね、ハマル。」

「いいんです。私がいつもやりたくてやってるんですから。」


 普段は戦場で冷酷に振る舞っているスピカも、ひとたび戦場から離れた日常では、他愛もないただの女の子のようだった。

 スピカがスープを口にすると、いつもの味と違うことに一瞬で気が付く。


「…この味、さてはデネボラが作ったわね?」

「はい、夜中にこの屋敷に着いたみたいです。」


 昔なじみであるデネボラは、今や武装班のトップにまで上り詰めていた。

 そんなデネボラは、シルフィアからの命を受けてこの屋敷に来ることになっていたのだが、どうやら到着が夜にずれ込んだようだ。

 その結果全員が寝静まっている間――到着に気が付いたシルフィアは起きていたが――に、屋敷に入れてもらったらしい。

 デネボラが気を利かせたつもりで朝食のスープを作ったらしいのだが、どうも彼の料理は味に癖が出るらしく、スピカは一瞬でそれを見抜いたのだ。


「まったく…、あの頃とちっとも変わってないんだから。」


 スピカは昔を懐かしむように、スープに口をつけた。

 今の彼女にとって、デネボラの作ったスープの味でさえ、あの時に戻れるという意味ではありがたかった。


「シルフィア様の話ですと、もうすぐそこまで”王国兵”が近づいてきているみたいです。この後デネボラ様も交えて、作戦会議を開くって言ってました。」

「…そう。」


 スピカは静かにパンとスープを食べ終わると、ベッドから降りていつもの服装に着替える。

 赤と黒の和服のような、決して華美ではない見た目。

 しかしそれでいて、十二聖団の総長であるという荘厳な雰囲気を放つ、不思議な服装であった。

 彼女の瞳が見据えていたのは、王国兵たちを打ち倒そうとする覚悟と、アークトゥルスと交わした約束。

 彼女の顔からは女の子らしさはすっかり消え失せ、そこに居たのは“十二聖団総長”という威厳と風格を放つ、1人の戦士だった。

 

「行くわよ、ハマル。私は…この世界を1つにする。彼との約束を、みんなの事を守る為に。」



「…ふぅん?」

「皆様のいらっしゃる湖畔には、B班の面々が向かっています。そもそも急造のチームですし、トップは中佐になったばかりの男です。さほどあのチームは強いとも思えません…。」

「そう。あのフジ君の事も、十二聖団たちの事も、王宮側は舐めているって事かしら?」


 通信機のマイクに話しかける、ラサルハの言葉に怒気が乗る。

 しかし通信相手は、平然とカラクリを言ってのける。


「いえ、そういうわけでは。事前に偵察班には、あらかじめ偽の情報を掴ませました。鏡の湖は警戒が手薄、それゆえ攻略は容易に進められるだろう…とね。それらの情報は、偵察班内部にしっかりと共有されていますから、覆しようがない事実として受け入れられるでしょう。」


思わぬ種明かしに、彼女は笑いを堪えずにはいられなかった。


「…あっははは!貴方、なかなか考えてるのね。」

「それが逆に、王宮にとっては煙幕になり得るのです。私はこちらでのロールを、引き続き完遂致します。」

「えぇ、頼んだわよ。ちゃーんと出来た時の報酬は…私でいいかしら?♡」

「ふふっ…楽しみにしてます。」


 互いに通信を切ろうとした時、列車のジョイント音が聞こえてきた。

 なぜ外?列車に乗っている?

 ――なぜ、王宮に居ない?


「…え?貴方、今王宮内に居ないの?」

「あ、えぇ、そうです。これも表向き任されてる任務ですし、仕方のない事…。」

「ちょっと、今すぐ王宮に戻ってちょうだい!彼らを解放するには、みんなが王宮から出て行っている今がチャンスなのよ!?」


 ラサルハの怒声が響く。

 通信相手が少し思考しながら、思いついた作戦を投げかける。


「では、皆様との合流地点を列車にしましょう。攻撃を仕掛けられた際に連れていかれた、というシナリオでしたら、きっと疑われにくくそちらと合流出来るはずです。」

「…やっぱり貴方、頭がよく切れるわね。いいわ、その作戦乗ってあげる。また後で、”敵として”。」


 列車に居る仲間との通信を切ると、ラサルハは小さくため息をつく。

 この湖も、直に戦場になるのだ。

 その前に機械人間、いや彼には再起動してもらわねばならない。

 今まで急ピッチで最終調整を進めていたが、ふと自らの小腹が空いていたことに気がつく。

 そういえば今の状況下になってから、食事や間食やら、そんなものをまともに口に出来るほどの余裕なんて無かった。

 腰を据えて、味わって食べて、仲間となんでもない会話で談笑する。

 そんなことなぞ、今は全く考えていなかった。

 戦いは、争いは、そして悲しみは、そういう日々のささやかな楽しみさえも奪い取ってしまう。


「…しっかりしなさいラサルハ。私は、私はっ…このままじゃ、みんなに顔向け出来ない…。アークくん、スピカちゃん…。」


 ラサルハは静かに肩を揺らす。

 頭に過る、あの時の会話。

 そして、自らの手から消えていった、彼の温もり。

 …今でも不意に、あの時の情景が夢に出てくる。

 彼女の記憶の中に居るスピカは、いつまでも泣き続けていた。

 無力、あまりにも無力。

 自らが手にかけた訳ではない。

 単に、その場に間に合わなかったのだ。

 それでも彼女の中には、自責の念が耐えなかった。


『何よっ…この軍勢…!』

『貴様ラサルハだな?その命、ここで刈り取らせてもらう!』

『邪魔よ!どいて!人が、人が死にそうなのよ!』

『どうせお前らに加担する者共だろ?そんな奴の事なぞ、知ったことでは無いわ!』

『…あんた…王国軍?』

『ご想像に、おまかせする。』


 あの場所に向かう道中、ある輩の襲撃にあった。

 ただ今考えてみると…あれは、本当に王国兵だったのか?

 あの頃のことは、どうしても記憶が錯綜しがちだ。

 あの時妨害してきて交戦していたのは、王国兵の服装だったと思っていた。

 ただ、よく考えてみると…。


『あらぁ!結構お似合いじゃない?』

『…皮肉ですか?』

『そんな事ないわよ。これから内偵任務にあたるには、この制服が必須条件なんだから。』

『まあそうですが…。というか、わざわざ頼んだ制服って言うから、何か特別なものかと思いましたが、こういうデザインですか…。』

『まあ…確かに王宮兵の服装って見慣れないからね。私も実際に届くまで、こんな服だなんて知らなかったし…。』

『そうですか?確か王国兵の服装と共通だったはずですよ…。』


 …やはり、頭の中が混線しているのだろう。


「お腹、空いたなぁ…。」


 ぼんやりと空を見上げる。

 妖気をまとった、決して綺麗とは言えない青い空。

 私の生きているうちに、澄んだ、綺麗な空は見られるのか?

 彼女が自問自答しようとしても、答えを返してくれる人はいない。

 濡れた目尻を拭いながら、再び目の前の彼に視線を戻す。


「でも…やらなきゃ!さあ、もう朝ですよ…!」


 彼女が勢いよくEnterキーを叩く。すると、彼の身体が再び起き上がる。


「…KF-882、今ここに再始動しました。」

「おかえりなさい。…やっぱ型式よりも、私は貴方をフジって呼びたいんだけど?」

「かしこまりました、ラサルハさん。…また貴方が直してくれたんですね。フジ、感謝致します。」


 ラサルハは満足そうに、再起動した彼を、フジの頭を撫でる。


「ラサルハさーん、クッキー出来ましたよー!」

「あ、フジさんようやく起きたんですかー!?遅かったじゃないですか!」

「あらぁ〜、嬉しいわ!ごめんね時間かかっちゃって…!」

「いやはや、遅れましてどうもすみません。あら、ポルックスさん達が焼いたクッキーですか、美味しそうですね。…私もそれ、食べられれば良かったんですが。」

「ふふ、そんな寂しい事言わないの。」


 まるで、慈愛に満ちた母とその寵愛を受ける息子のようだ。

 ポルックスらがカゴいっぱいのクッキーを持って来て、最初に抱いた感想だった。


「じゃあこのクッキーでも食べながら、王宮からの全員奪還作戦、さっそく向かうわよ~!」

「えぇ!?そんな急にですか!?」

「善は急げよ。フジ君だって復活したんだし、攻め込むなら今でしょ!」


 

 その頃列車に乗っていたロバーツ一行は、これから戦闘があるとは思えないほどリラックスしようとしていた。

 しかしこれも、サエ少佐なりの気遣いだった。


「これから生きるか死ぬかなんてところに行くのに、道中重い空気なんて嫌じゃない?だから元気に明るく行きたいと思ってね!」

「どこまでも明るさ重視な奴だな…。」


 サエの一言にミルズがツッコみ、班員から笑いが出るというのが、一連の流れとして確立されていた。

 そして辿り着いたとある駅で、みんながお手洗いに行ったり食事を買いそろえる。


「みんな~ただいま~。」

「おかえりバロン、その弁当おいしそうだな!」

「ちっ…言うと思ったぜロバーツ…、ほれ買っといてやったよ。」

「さすがバロン、気が利くぜ!」


 ロバーツはバロンが買ってきた、幕の内のような弁当をいそいそと開けて食べ始める。

 出発する前に大量に買っていた弁当は、あっという間にゴミだけになっていた。

 どれだけ食うんだよ…というツッコミは、昔から彼に対しては厳禁だった。


「あんだけ食べてるのにさ…ロバーツくんってなんであんなに体形維持出来てる訳?」

「さ、さあ…?でも確かに王国兵の頃から、同期の中で一番食べるのはロバーツさんでしたね…。」


 サエがうらやましそうに、そして妬ましそうにロバーツを見つめる。

 ユウダイの言う通りで、彼は昔からかなりの大食漢だった。

 やれステーキを2㎏だとか、デカ盛りのラーメンを平らげた後に、デザートでクレープ3つくらいをあっさり食べきってみたり。

 そのくせ体形は訓練だとか任務だとかのおかげなのか、昔から一切変わっていなかった。

 そしてゆっくりと、また列車は目的地に向かって走り始めていた。


「あぁ~うんま~この弁当!おいバロン、これもう1個ないか!?」

「バカやめろ!これは俺が楽しみで買ってきた奴だぞ!ハインツさんもなんか言ってやってくださいよ!」

「おいロバーツ、もうそろそろやめとかないと列車の揺れで吐いちまうぞ…!?」

「そうですよロバーツさん!僕の朝ごはんも取ったのにまだ食べるんですか!?」


 これから任務に向かう者たちとは思えないような軽妙なやり取りが、そこには広がっていた。

 ただ、それでよかったのだ。

 これがサエの率いるC班流の過ごし方だった。


「まったく…呑気な奴ばっかりだな、この班はよ。」

「その割には顔、嬉しそうよ。ミルズ?」


 サエがニヤニヤしながら痛いところを突く。

 ミルズはやれやれといった表情で、部隊の全員を見つめる。

 彼の中に芽生えた覚悟が、口を突いて出てくる。


「全員、生きて帰ろう。そして全部終わったらみんなでパーティでもやって、最高に盛り上がってやるんだ。」

「…そうね。何が魔王軍の残党よ。あんな奴らなんてすぐに倒してやりましょう。」


 サエとミルズ、王宮兵として歴の長い2人が覚悟を決めたその時、列車の揺れより強烈な衝撃が起こる。


 ドゴォン!!!


 彼らの乗る号車の前の車両が、爆発して大破してしまった。

 彼らの乗っている車両も決して無事ではなく、屋根が吹き飛んでしまう。

 無情にも牽引していた機関車は、何事も無かったかのように、走り去っていくオマケ付きだった。


「な、なんだ今の!?」

「あっははは!作戦、大成功〜♡」


 狼狽える彼らの前に、1人の女が宙に浮きながら姿を現した。

 ───さっきまで、湖畔に居たはずの人物が。


「私は十二聖団、誇り高き五芒星の1人、カストル!あんたらのその弱〜い命、私に差し出してちょうだい?」

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