結団の時
とある古びた大きな屋敷。
建物の周りはツタで覆われ、窓の格子や外壁には、いくつかのヒビが入っている。
そして屋敷の周囲では、強い風があちらこちらに吹き荒れていた。
「……あの牢獄、三重扉もあるのか。」
地下室から登ってきた四天王のシルフィアが、焚き火を囲む三人に告げる。
短い報告だが、その声には明らかな苛立ちが混じっていた。
「ようやくあの看守、セキュリティについて吐いたのか?」
大柄なアルデバランが、斧を磨く手を止めずに訊く。
「お前みたいにぶん殴って脅さなくったって、こっちが魔力を使うって脅したら、すぐにな。」
シルフィアは腰に手を当て、深く息を吐いた。
焚き火の隣で食事を分けていた少女ハマルは、手元のお椀を見つめたまま小さく呟く。
「…そんなに警備が万全なら、奪還作戦は後回しにしてもいいんじゃないですか?」
「それはなしだ。作戦を後回しにすれば、その分状況は日に日に悪化する。」
即答だった。
シルフィアに迷いはなかったが、目の奥には張り詰めた色が宿っている。
「…今の我々には、早急にブラニカ様が必要なのだ。」
その時、スピカが外から帰ってくる。
「ただ今戻りました、シルフィア様。」
「スピカか。…どうしたのだその恰好は?」
彼女の服も手に持っている剣も、すっかり血で汚れ切っていた。
「屋敷に近づこうとしていた、王国兵らと思しき一団を、先程討伐致しました。中でも位の高いものは、一旦生け捕りにしております。まあ、それなりに歯応えのある兵士でしたから、ハマルちゃんのおもちゃにでもすればいいでしょう。それ以外の者は、私に対して抵抗してきましたので、やむを得ず、こちらで始末しておきました。」
スピカは刀身に付いた血を拭いながら、一連の報告を淡々と行う。
一方シルフィアたちは、その強さに感心した様子で戦果を聞く。
「ふっ…。さすがは十二聖団総長だな、ご苦労だった。生け捕りにした者は、一旦地下室にでも入れておきなさい。」
「承知しました、シルフィア様。」
スピカは着ていた上着を脱ぎながら、奥の廊下に消えていく。
彼女も女の子だ、血で汚れた服をずっと着ているような趣味はない。
去り行く背中を見つめながら、シルフィアが呟く。
「一体彼女は、どこまで強くなるのだろうな…。」
「それは分かりません。ただ、今の彼女の力の源泉は…、あの日の…。」
アルデバランが言い淀み、ハマルとシルフィアが思い出したくないという表情を浮かべる。
「…アークトゥルスの事か。」
「えぇ、目の前で恋人が死んだんです。無理もありませんよ。」
スピカの瞳には、アークトゥルスを倒した敵を倒さんとする、覚悟がにじみ出ていた。
――それが誰であっても、彼女はきっと仇を討ちに行くだろう。
~
「諸君。日々の職務の遂行、ご苦労である。」
書庫の整理を終えた午後、講堂に集められた兵士たちを前に、1人の男が壇上から呼びかける。
階級を表すバッチや星、さまざまな勲章は、覗き込めば鏡になりそうくらい、ピカピカに磨き上げられていた。
「さっそくだが、今日君たちへ伝えるのは、以前から話していた魔王軍の残党討伐のことだ。」
討伐。その単語を聴いた瞬間、全員の背筋が一気に伸びたように感じた。
「この国に住む人々が、平和に過ごしていく為に、我々は粉骨砕身戦わなければならない!その覚悟がない貧弱者は、この中に居らん!そうだろう?」
壇上からの問いかけに対して、兵士たちはそれぞれ腕を上げたり声を張り上げるなどして、自らの意思を示していた。
ある程度分かりきっていた共通認識を合わせた所で、壇上の男は満足そうな表情を浮かべながら、再び語り始める。
その間に、隣同士に座ったロバーツとミルズが、何やらヒソヒソ話し始める。
「あの壇上に居るのが、さっき書庫で話したタリスカー大将、スコール街のドンって言われてる男だ。」
「大将…だからあんなに貫禄が…。」
確かにタリスカー大将は、あまりにも存在感のある風体をしていた。
銀髪で筋骨隆々の身体に、ナイフのように切れる目。
歴戦の戦士である威厳を感じさせる、特別な装飾が施された軍服。
誰がどう見ても、この人は只者ではないと感じるだろう。
「これより、お前たちの中から選抜した者を、3つの部隊に編成する。今後はその部隊で行動し、それぞれで決めた残党たちと戦ってもらう。ただし、よほどのことがない限りは、部隊の編成を変えることはないから、そのつもりでいてくれたまえ。」
タリスカーの眼光が、一段と強く光る。
彼の口から名前を呼ばれる者たちは、これから魔王軍の残党たちと戦争をするのだ。
もう二度と、その顔を見ることはないかもしれない。
そんな気持ちからか、彼は全員の顔を、その目に焼き付けようとした。
志を共にする仲間の顔を、忘れまいとする為に。
「まずはA班。リーダーは、サブロウ・ヤマザキ大佐。メンバーは、コウスケ・シラス…」
「…やっぱりか。」
難しい表情をしながら、ミルズは読み上げられる名前を聴いていた。
「やっぱり?」
「そう。さっき話した3つの地域、おそらくそこの実力者が、今回各チームのリーダーだ。」
「続いてB班、リーダーはロックス中佐だ。メンバーは…」
ミルズは見たか?と言わんばかりに、ニヤリと笑って見せた。
そうしてB班の面々が読み上げられ、最後のC班に話題は移った。
「さあ、最後のC班だ。一体誰がリーダーだ…?」
「誰でもいいけど…怖い人じゃなきゃ…誰でも…!」
「最後はC班、リーダーは…」
視線を集めていたのは、まだメンバーとしても呼ばれていなかった、スコール街の3大佐。
そして、今講堂の壇上にいるのは、スコール街出身のタリスカー。
ならば、未だに呼ばれていないスコール街の実力者が、この班のリーダーになるだろう。
誰もがその可能性を、信じて疑わなかった。
「リーダーは…サエ少佐!君に任せる!」
しかしその想像を打ち砕くかのように、実際に名前を呼ばれたのは、さっき書庫の整理で2人が話をしていた、あのサエ少佐。
驚いたロバーツが恐る恐るミルズの顔を見ようとしたが、ミルズはもはや呆然としていた。
「これよりメンバーを読み上げる。ロバーツ少尉、ユウダイ・マツダ少尉、ハインツ中尉、バロン中尉、そして、ミルズ大尉。君たち6人だ、よろしく頼んだぞ。」
「ち、ちょっと待ってくれ!」
タリスカーの鼓舞を遮るように、ミルズは思わず立ち上がって捲し立てるように問いただす。
「サエはまだリーダーはおろか、副リーダーとしての経験すら浅い!俺たちの相手は魔王軍の残党なんだろ!俺らはまだ未熟なこいつに、自分の背中を預けろって言うのかよ!?」
「ミルズ…あんたねぇ…!」
ミルズが珍しく感情を表に出しながら、タリスカーへ詰め寄る。
同時にサエも、ミルズの言葉が琴線に触れたのか、思わず立ち上がってミルズの方へ詰め寄る。
「ええい、静まらんか!」
タリスカーが壇上から、今日1番の大きさで声を張る。一瞬にして講堂が静かになる。
「後進を育てるのも上司の努め、だからサエを選んだ。お前達だって初めての経験は、今まで生きてきて必ずしてきたではないか。初めてリーダーをやるサエの至らぬ点を、自らで補ってやろうという気概が、お前達には無いのか!」
タリスカーの一言が、堂内の全員に重くのしかかる。
信頼のおける人に、背中を預けるだけでは、後進は育たない。
そいつにならと、背中を預けられる存在になる、もしくはその存在になろうしてる者を手助けする。
組織としては、それも大事な仕事だ。
ただ、これから戦おうとしているのは、かの魔王軍の残党。
そう容易く倒せるようなものではない。
そこで、まだ若輩者だからとリーダーの素質を問うミルズも、それはそれで彼の言う通りだった。
「…まあ良い。今述べた通りのメンバーで戦ってもらう。お前たちの活躍、私は期待しておるぞ。」
〜
「あいつ、結局タリスカーさんに呼ばれてるじゃない…。全く…。」
班ごとの会議を終え、各自宿舎に戻っていた道中、サエは呆れながらミルズの心配をする。
ぶつぶつ何かを呟きながら、宿舎へ歩く様子を見ていたロバーツが、恐る恐る話しかけた。
「あの、サエさん?その、ロバーツさんの事、心配なんですね…?」
「なっ!?そ、そういうわけじゃないわよ!」
典型的なツンデレのツンの部分、と言われても仕方ない言い方で、サエはロバーツへ返事をする。
そのままサエは、彼との今までの足跡を話してくれた。
「確かにあいつ、本当に頭だけは切れるのよ。昔バディとして組んでた頃なんて、作戦は全部考えるからサエは自由に動きなさいって。よくそんなこと言えるわよね、しかもそれで全部の戦いに勝っちゃうんだもの。あいつがブレーンとして相当優秀なのは、悔しいけど認める。」
サエは文句をぶつぶつ言いながら、一緒に宿舎の方へ歩いて行く。
そして弱々しい声で、彼女はまた話を始めた。
「正直言って、ミルズの言うことも一理ある。これから私たちは、魔王軍の残党なんてとてつもない勢力と戦うことになるんだから。私は確かにミルズよりも階級は上だけど、まだまだ未熟者だし。急にあなたがはいリーダーですって言われても、私には正直出来る自信がない。あなた達だって、あの場で口に出さないだけで、私がリーダーって不安よね。」
サエにしては珍しく、弱弱しい声でロバーツに本音を吐露した。
しばらく2人の足音だけが交わされるが、サエはようやく決心したかのように立ち止まると、ロバーツの方を向く。
「でも私、なんとかして、精一杯頑張るわ。だからロバーツ君…私に力を貸してほしいの。」
サエは右手を差し出しながら、ロバーツに微笑みかける。
それはまるで、慈愛に満ちた聖母のような、優しい温和な表情だった。
ロバーツはすぐにサエの手を取る。
それは、リーダーとしてのサエを認める、という意味もあった。
「もちろんですよ、サエ少佐。私に出来ることだったらなんでもお手伝いします!」
「あら…!なんて頼もしいのかしら?これからよろしくね、ロバーツくん♪」
あれ…?サエさんって結構優しい人なのでは?なんてことを考えながら、ロバーツはサエと一緒に歩き始めるが、ロバーツはとある違和感に気がつく。
その正体は、すぐ真正面の2人組の風体でわかった。前の2人は、どちらも”男”だった。
「あの…サエさん?女性の宿舎は向こうですよ?」
「…う、うるさいわねっ!たまたま間違えただけなのっ!」
顔を真っ赤にしながら、サエは踵を返して女性棟の方へ戻っていく。
なんだったんだろう…、とロバーツが呆気にとられていると、代わりと言わんばかりに、後ろから陽気な2人組が現れる。
「おー?サエさんひっかけようとでもしたかー?」
「やめときなー、お前さんじゃサエさん口説き落とすなんて、結構厳しいぜ!」
「そんなわけないだろうがバロン…!それにハインツ先輩も、茶化さないでください!というか、もうちょっと小さい声で話せません!?サエさんに聞こえちゃいますって!」
彼は王宮兵の同期で、黄色いバンダナと浅黒い肌が特徴的なバロン。
そしてもう1人は、かつて同じ隊で強化訓練を共にした1個上の先輩である、色白の肌が眩しいハインツ。
バロンは同期の中でも1歩先を行っていたので、階級は1つ上の中尉。
そしてハインツは2つ上の大尉。
階級に差はあれど、普段話している距離感は、他のメンバーに比べれば格段に近い。
それにはちゃんと、理由があるのだ。
「おいおい!何水臭いこと言ってんだよ!俺たち、同盟結んだだろ?」
「そうだぜ。3つの地域から来たあいつらと、一線を画すようになるって決めたろ?その為には、俺たちが仲良くなきゃ始まらないんだぜ?」
ロバーツはミルズから出身地を尋ねられた時、咄嗟にはその問いに答えられなかった。
それもそのはずで、彼らはいわゆる、有名な地域の出身ではないのだ。
従って、何か後ろ盾になるような人望も、同じ地域出身という仲間も、決して多いわけではない。
だからこそ、寄り合いでもいい。何か1つになれる存在があったらいい。
そういう気持ちが折り重なった結果、彼らはよく一緒に行動することが多かった。
「だからってさぁ…!この会話サエさんが聞いてたらどうすんのさ!」
「平気だろ?あの人抜けてるところがあったりするし、今のも聞こえてねぇって思おうぜ?なあバロン?」
「そうだよロバーツ、お前は心配しすぎ!」
そこには、住んでいる地域も、年齢も、上下関係も関係なかった。
ただ“仲良くありたい”という気持ちだけが、彼らを1つにまとめていた。
「全く…、とりあえず部屋戻りましょう?明日は早いんですから。」
「あいよーロバーツさん、あいかわらず固いですねぇ?」
「全くよねぇ?ロバーツさんったら…。」
やれやれと呆れるロバーツも、茶化していた2人も、なんだかんだ表情が柔らかかった。
それはやはり、同じ仲間であるという心情が、3人の顔を明るく照らしていたのだ。
その後部屋に戻ったそれぞれが、明日からの戦いに備えている時、ふと揃って呟く。
――あぁ、明日もまた一緒に、笑っていられるといいなぁ。
明日から始まる、魔王軍の残党たちとの戦い。
その戦火の中で、死と隣り合わせの環境で、彼らは懸命に生きていくのだ。
今この場で些細な願いを口にしてを、誰も咎めたりはしないだろう。




