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星々が軌道から外れる時

「どうするかなぁ…あいつのこと。」


 アークトゥルスの仇であるデネボラを討とうと、スピカたちが戦いを繰り広げた屋敷。

 元々シルフィアたちが暮らしていたここで、レグルスはため息をつきながら、スピカの部屋を見つめる。

 あの時、スピカがデネボラに何かを言おうとしたその瞬間、魔王の勅命を受けたサエが、残酷にもデネボラの命を奪ってしまう。

 そこから彼女は会話すらろくにできない状態で、ずっと自室に籠ってしまった。

 そんな生活から、はや2日。

 久しぶりに姿を現した彼女は、もはやもぬけの殻も同然だった。


「…」

「よおスピカ…調子はどうだ?」


 レグルスが必死に笑顔を作りながら、彼女に問いかける。

 しかしスピカの表情は、虚無のまま。

 頬はやせこけ、服も髪も乱れ、裸足のまま屋敷を歩くその姿は、見るに堪えないものがあった。


「スピカ…」


 明るさが取り柄のラサルハでさえ、声をかけるのを躊躇ってしまう。

 彼女がまっすぐに向かったのは、屋敷の裏に作られた、アークトゥルスの墓。

 とはいっても、立派なものを作ることはできなかったので、小さな石碑のようなものと花々を植えた、スピカお手製のものだった。


「…アーク。貴方の仇、私の手で取れなかった。目の前で、サエって新しい人が、仇を殺しちゃった。」


 スピカは一言ずつ、噛み締める様に墓前のアークトゥルスに問いかける。

 いたって冷静に取り繕っていたスピカだったが、彼女の心はもう、限界をとうに超えていた。


「…アーク。アーくん、アーくん…!うああああああ…!」


 魔王ブラニカが、間接的にアークトゥルスを手にかけた。

 そして、アークトゥルスを手にかけざるを得ない状況に追い込まれた、デネボラを簡単に切り捨てた。

 これまで仲の良かった3人の時間は、一生帰ってこない。

 3人で暮らす平和な日々など、もう二度と訪れない。

 虚しさ、悲しさ、そして怒り。

 その全てが、スピカの慟哭に乗って天に向かって放たれる。

 

「何のために!私は何のために戦ってきたのよ!!こんなことになるんだったら、最初から戦いなんてしたくなかった!!私だって!!普通の女の子のように暮らしたかった!!」


 スピカのその声は、虚しく空へとこだまする。

 その言葉を唯一聞いてくれた空だけは、同情して涙を流し始めた。



「雨…ちっとも止まないね。」

「そうね…明日にでも出発しようってみんなと言ってたんだけど…これじゃしばらく難しそうね。」


 ため息をつくポルックスとカストル姉妹。

 外を見つめていた彼女らの視線は、スピカの姿を捉えていた。

 しかし、雨に打たれて号泣する姿を見せる彼女のことは、直視することは出来なかった。

 そんな時、1人の男が傘を差しながらスピカの元にやってくるのが見える。


「…風邪引いちまうぞ、スピカ様?」

「…アルデバラン。」


 そこに居たのは、いつも行動を共にしていた同じ十二聖団の仲間、アルデバランだった。

 しかし、彼はデネボラがハマルを殺した後、スピカ達がここに駆けつけた時には、屋敷にはその姿がなかった。


「…どこに行ってたの。」

「…ブラニカ様に、屋敷の中がピンチだと伝えに行ったんだ。そしたら差し向けられたのが、サエとかいう元王宮兵の女だって言うだろ?全く何がどうなってるんだか…」


 アルデバランは今起きている状況を、あまり飲み込めていないようだった。

 そんな姿が気に入らなかったのか、スピカはアルデバランを力いっぱい突き飛ばす。

 アルデバランは、持っていた傘を手放してスピカに向き合う。


「アルデバラン…!あんたがあそこでデネボラを止めてたら、ハマルは死なずに済んだ!それなのに貴方は…しっぽを巻いてブラニカ様の元に逃げた訳!?それでも十二聖団の一員?仲間を見捨てる事が、あなたの仕事なの!?」

「落ち着いてよスピカさん!」


 たまらず中にいたカストルが、事態を聞きつけて飛び出してスピカを止める。


「離してカストル!」

「スピカさんはいつもそう、こうだったらいいなって理想を後出しで言ってくる!そんなこと分かってるんだよみんな!みんな分かってる…!でも…」


 スピカを羽交い締めにしていたカストルは、徐々にその力を弱くする。

 そしてそのままその場に崩れ込み、大雨と同じくらい涙を流した。


「ハマルだって…スピカさんと同じ…彼女なりの信念を持っていた…だから攻撃してくるデネボラに必死に抵抗したんじゃないの?アルデバランだって…逃げたくて逃げたんじゃないよ!スピカさんとシルフィアさんがそこに居ないから、誰か人手を必要としていたから、それが最善だって思ったから、ブラニカ様の元に行ったんじゃないの!?」


 普段の天真爛漫な時とは正反対と言ってもいいほど、カストルの言葉は痛烈で正確だった。

 身じろぐスピカの元に集まってくる、十二聖団の祖になった者たち。

 レグルス、ポルックスとカストル、そしてアルデバラン。

 彼らは人呼んで、通称”五芒星”の面々。

 もう1人いるはずのアンタレスだけは、魔王城に居たままだったが、彼らは全員スピカを慕っていた。

 だからこそ今この瞬間にも、スピカの周りに集まってくる。

 しかし今のスピカには、まるで自分を追い込もうとする敵に見えていた。


「スピカ…俺はお前の右腕を自負しているからこそ、お前に言わなきゃいけない。俺たちは、確かにあんたをリーダーだと心から思ってる。あんたが居なきゃ、こいつらは集まってこなかったろうよ。」

「何それ…こんな時に美辞麗句並べたって…!」

「最後まで聞け!!」


 両肩を掴みながら怒鳴るレグルス。

 彼の放つ勢いに、スピカは一瞬怯えたような表情を浮かべる。

 それでも構わず、レグルスは言葉を続けた。

 今この場じゃなきゃ、言えないだろう事を。


「…でもなスピカ。お前があの時デネボラに諭したように、俺たちはみんな自分を持ってるんだ。その時々に合わせて、一番自分が正解だと思っていることを、きちんとこなそうとしている。そいつを否定しちまったら、お前はただのわがままな奴になっちまう。俺は少なくとも、そうは思わない。思いたくもない。」


 レグルスは拳をぎゅっと握りしめる。

 まるで血が出てしまいそうなくらいには、硬い拳だった。

 雨音よりも大きな彼女たちの騒ぎを聞きつけたラサルハも、ここに遅れてやってきた。

 そして彼女も、静かに口を開く。

 

「…レグルスくんの言う、その正解とは何か。その物差しになっているのは、スピカ、貴女よ。」


 ポルックスとカストルも、それに続いた。

  

「その通りです、私はスピカさんに見いだされたから今があります。貴女が私たち双子に、生きる道しるべをくれたんですよ。」

「そうだよ、私スピカさんのこと大好きだもん!スピカさんがこんな私たちを生かしてくれたんだからね!」


 アルデバランも、なんとかいつもの調子に戻って話をする。

 さっき跳ね飛ばされたことなんて、意にも介さぬように。


「全く…そうだぞスピカ、お前さんが居てくれなきゃ俺たちは散々な目に遭ってたままなんだぜ?もっと自信もってくれよな、リーダー様よお?わっはははは!」


 最後に改めて声をかけたのは、十二聖団では一番付き合いの長いレグルスだった。


「なあスピカ、お前が背負ってるリーダーって重荷、俺たちにもう少し持たせてくれよ。お前がもっと身軽になったら、王宮兵たちなんて一瞬だろ?だから、な?」


 レグルスは笑みを浮かべながら、彼女に手を差し出す。

 初めて二人が出会ったあの日と違って、今度はレグルスからスピカへ。


『見る限り行くところなさそうだけど…私たちと一緒に来ない?』

『…分かった。3食付けてくれ、雑用ならなんでもやるし、雑魚寝くらいどうって事ない。』

『安心して、ちゃんとした寝床もご飯も約束するから。』

『いいのか!?良かった…本当に良かった…!』

『全く…大げさね。』


「…あの時のレグルスとは、大違いね。」

「余計なお世話だ…」


 スピカの表情が、少しだけ明るくなり始めた。

 しかしその立役者であるレグルスは、顔を赤くしながらそっぽを向いてしまう。

 その時だった。


「お…雨止んできたか。」

「ねえお姉ちゃん、虹!」

「ふふ、やっぱりスピカさんが笑ってるときは、空も明るくなるのね。」

 

 そこにいたのは、いつものみんなだった。

 決して自分を嫌ってなどいない、自分のことをこんなにも考えてくれる、かけがえのない仲間。

 そして、また前を向いて歩こうと思わせてくれた、恩人たちでもあった。


「ありがとう…みんな。本当に、ありがとう。」

「…いいってことよ、スピカ様?」



「私たちはもう、ブラニカ様には従えません。」

「…そうか。」


 しっかりと身なりを整えたスピカは、シルフィアにこれまでの筋を通そうとして、今の内なる気持ちを吐露した。

 シルフィアは少し困ったような表情を浮かべながら、これからの事を考え始める。


「アークトゥルスの件もそうですが、何より私たちにさえ切っ先を向けんとする今の状態では、到底信じようとしても信じられません。」


 スピカはシルフィアへ淡々と語っているが、内心ではこの事態を憂いていた。

 それに、この気持ちを吐露したことによって、スピカはシルフィアに始末されるかもしれないという心配をしていた。

 魔王の傘下である同じ組織の人間であっても、彼は四天王の一角であり、スピカはあくまでその部下に当たる十二聖団の長である。

 重苦しい沈黙の時間がしばらく流れた末、シルフィアがようやく口を開いた。


「…スピカ、それが君の出した結論なんだな?」

「はい。私たち十二聖団の…今いる面々の総意です。」


 その言葉を耳にした時、彼の口から出てきた言葉は意外なものだった。


「…俺もちょうど行く場所がなかったんだ、ついて行ってもいいか?」

「へ?」


 シルフィアは真剣な眼差しで、スピカの表情を見つめる。

 彼のその目から伝わってくる覚悟と決意を、スピカは無碍には出来なかった。


「実は…あの手紙を初めて見た時から、ブラニカ様の元を離れようと思ってたところなんだ。」


 怒気のこもった声で淡々と語るシルフィアに、スピカは改めてその覚悟を問う。

 四天王の一角を担ってきた男に、その四天王の中でも最も実力を認められてきた男に。


「…本当にいいの?」

「当たり前だ、俺だって人間だ。あんな事を許しておけるほど、ブラニカ様の事を盲信していたわけじゃない。それに、俺の持ってるこの力は、本来そんな事に使う為のもんじゃない。」


 その一言を聴いたスピカは、シルフィアに手を差し出す。

 この手を取ったその時から、彼女らは追われる身となる。

 元魔王軍の一員として、魔王軍を裏切った者として、どちらからも。

 しかし、それでも。


「戦おう、ブラニカを討つ為に。」

「そして…アークが叶えられなかった夢の為に。」


 シルフィアとスピカは手を取り合う。

 これまでの上下関係としてではなく、これから起こそうとする出来事を成し遂げる為の、大切な仲間として。


「あとその事を言いに行かないといけないのは?」

「…フジさん。」


 彼女の表情が一気に曇る。

 それもそのはずの理由が、ブラニカとフジの間にはあったのだ。


「フジか…あいつは”魔王軍の始祖”みたいなもんだろ…」

「だからこそよ…あなたからも声をかけて欲しいの。今の状況を、彼がどう思うか…あなたになら話をしてくれるかもしれない。」


 スピカの思惑は、果たして通じるのだろうか。

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