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消えない炎

 ロバーツたちは、広い王宮の敷地内を進む。

 そして辿り着いたのは、権威の象徴とも言えるような白い石造りの立派な建物。

 ここが”元老院”、国王直下の意思決定を支援する機関である。


「でっけぇなぁ…」


 思わず声を上げてしまうミルズ。

 普段同じ王宮にあったとて、用事がなければ行くことは無い。

 最後に来たのは一体いつだろうか、そんなことを思い出す間もなく、ロバーツたちを出迎える人影があった。


「お待ちしておりました皆さま、タリスカー様はこちらでございます。」


 パンツスーツを着こなした美人秘書に連れられて、一行はとある部屋に通される。

 その部屋に居た人物こそ、ついこの間まで王宮兵を率いていたタリスカー本人だった。


「来たか…お前たち。」


 タリスカーは久しぶりの再会のように全員と握手を交わす。


「どれ、お前たち適当にかけていいぞ。」

「ありがとうございます、タリスカーさん。」


 言われるがまま、長机の周りに置いてある椅子に座る面々。

 タリスカーがタバコに火をつけると、ふっと紫煙を吐きながら彼らの方を向く。


「改めてだが…残党討伐の件、すまなかったな。」


 タリスカーから聞かれたのは、珍しく弱気な発言だった。

 今までだったら尊大とも言えるような態度で接してきた彼に、一体何があったのか?


「王宮兵は…かなりの痛手を被った。A班はほぼ無傷だったとはいえ、B班は未だに連絡さえつかない。C班で生き残ったのはロバーツとミルズだけ…ま、これも私の失敗ってやつか。」


 タリスカーの目線は、ロバーツたちに向いているように見えて、どこか遠くの方を見つめているようにも見えた。

 タリスカーは紫煙を吐きながら、今度は天井を見つめる。


「その報いなんだろうな…この私が、事もあろうに元老院の仲間入りか…」


 会ってからずっとこんな調子のタリスカーに、声をかけられるような隙は、全くなかった。

 今までずっと指揮を取り続けてきた男も、結局は人間なのだ。

 弱音を吐きたくなる時だって、本当は幾度となくあったのだろう。

 それを悟ってか、ロバーツたちはただその言葉たちを聴いていた。

 それが元指揮官に対する、最大限の敬意の表し方だった。


「…すまんな、せっかく来てもらったのにこんなに湿気た空気じゃ。」


 苦笑いを浮かべながら、タリスカーはタバコの火を消して姿勢を正す。


「それで…私に聞きたいこととは?」


 タリスカーは威厳のある、それでいて先程のような優しげな声色でロバーツたちに目的を問う。


「ご無礼を承知でお伺い致します。私たちは再び魔王軍と対峙する覚悟でございます。それゆえ、タリスカー様がご存知であろう敵軍の情報を聴いておきたく参りました。」


 タリスカーはアランからの言葉を聴くと、しばらく考え込む。

 そして彼の口から出てきた言葉は、あまりにも意外な物だった。


「そんなことか…ならば、帰ってもらおうか。」

「…!?」


 タリスカーは真っ直ぐな目でロバーツたちを、とりわけアランとミルズの方を見ながら話す。

 急な出来事に驚きを隠せない面々は、なぜなのかを問おうとするが、タリスカーはすぐに席を立つ。

 そしておそらく前任者によって使い古されたであろう大きな机に向かって、書類仕事を始める。


「ま、待ってください!何故そんなことを!?」

「私の知りうる情報は全てカラマに引き継いでおる、彼に尋ねる方が、新しい情報と一緒にいろいろ分かるであろう?わざわざ退官した人間を捕まえてなんのことかと思えば…」


 タリスカーはやれやれといった様子で、書類にサインか何かを書き込む。


「ですが!魔王と直に戦ったあなたにしか分からない話だってあるはずです!特にあの…」


 アランがなんとか食い下がろうとタリスカーに言葉を投げかけるが、それを遮るようにタリスカーは昔のように怒鳴る。


「ええい、静かにせんか!カラマに訊けと言っておろうが!いい加減に出ていかんか!」


 タリスカーは書類を丸めてアランにぶつける。

 アランはぶつけられた紙を拾い上げると、仕返しと言わんばかりに啖呵を切る。


「ああそうかよ、分かりましたよ!単なる無駄足じゃねぇか全く…行くぞお前たち!」

「あっ…えっ!?」


 うろたえながら部屋を立ち去るロバーツたちを尻目に、タリスカーは再び書類と向き合う。

 元老院という組織は、とかく書類仕事に追われる身分なのだ。


「…よろしいのですか、かつての部下ですよね?」

「知ったことか…あんな奴ら。」


 タリスカーは秘書に向くことなく、黙々と書類仕事に勤しむ。

 ――そうでもしなければ、表情でいろいろバレてしまいそうだったから。



「全くあの人は…!」

「でも、なんで急にタリスカーさんは態度を変えたんでしょう?」


 イライラするアランと、それを宥めるように話しかけるウンカイ。

 彼らは行った道を引き返すようにして、元老院の中を歩き進める。

 調度品の数々や白い石造りの柱が、来た時は大変良い物に見えていた。

 しかしこの帰り道は、それらが権力の象徴のように見えてどうも気に食わなかった。

 そう思わせるくらい、ここでのやり取りのショックは大きかったのである。


「さあな!昔っからあの人はそういうお方だったなちくしょう、そもそも会おうって言うなら”あの人”も同行するのがスジじゃねぇのかよ…」


 アランは溜め込んでいたであろう怒りを吐き出す。

 タリスカーに対して、元老院に対して、会おうと言い出した”もう1人の大佐”に対して。


「まあまあ…というかその書類、持ってて平気なんですか?なにか重要な機密文書かも…」


 ロバーツの一言で、アランは急に凍りつく。

 タリスカーに投げつけられた、丸められたあの書類を、彼は律儀に持って帰ってきてしまった。


「げっ…!そういうこと早く言えよロバーツ…!」


 アランは大慌てで紙を持って戻ろうとするが、すぐにその足が止まる。


「…でもよ、これって本当に機密書類なのか?」


 確かにと納得するロバーツたちの目の前で、アランは丸められた紙を広げる。


「あぁ…なるほどな、こりゃ確かに”機密文書”って奴だな。」


 アランが苦笑いを浮かべながら、その紙をまじまじと見つめる。

 そこに書いてあったのは、タリスカーからの一言。


 『あの部屋は監視されてる。お前たちの質問にはちゃんと答える、場所を変えよう。続報はカラマから伝える、しばし待たれよ。』



 C班専用に用意されたとある部屋、そこに集められたC班の面々と、サブロウ大佐が連れてきた2人。

 さらには指揮官であるカラマ少将と、元老院を代表してタリスカーがやってきた。

 厳かに、そして締めやかに、まずは先人たち(バロンとハインツ)を偲ぶ。

 そして魔王軍討伐の必勝と、その後の安寧を祈る。

 それぞれの信じるものは違う、しかし祈ることは全員同じだった。


「我々C班は、再び動き出す。」


 全員を代表して、リーダーになったアランが壇上で語る。


「亡き友の無念を晴らす為にも、我々の過ごすこの国の安寧をもたらす為にも、勇者のくれた平和な国を取り返す為にも、我々は立ち上がらねばなるまい!」


 班員たちが声をあげながら結束を誓う。

 弔いと再起の儀式を終えると、カラマは再び職務に戻ると告げて部屋を立ち去る。

 アランがカラマの見送りをすると、すぐに扉を閉めて鍵をかけた。

 この儀式と同じくらい大切な、”本題”が待っていた。


「全くタリスカーさんったら…あんな剣幕で怒られたの久しぶりですよ。」

「ハッハッハッ!ああでもしなければ部屋から追い出す口実が無かったもんでな…すまんな、アラン。」


 タリスカーはアランの肩を叩いて、申し訳なさそうな、それでいておちゃらけたような表情を浮かべる。


「さて…敵軍の情報とやらが知りたい、しかしカラマは答えを持ち合わせていない、だから私の元に来た、そういう事でいいんだったな?」

「その通りです。あなたに…勇者と共に戦ったあなたにこそ、お伺いしたい件があります。」


 一方で、重々しい表情を浮かべながら、アランが話を切り出す。


「タリスカーさんは…”暗黒聖典”の存在をご存知ですか?」


 触れてはいけない禁忌とさえ言われる言葉を、堂々と放つアラン。

 タリスカーの表情からも、何か覚悟が伝わってくるようだった。


「ほう…どこでそれを?」

「とある情報筋…とだけ言っておきましょう。」

「ふん、まあよい。大方察しは付く。」


 タリスカーはタバコに火をつけながら、忌々しそうに語り始める。


「あの聖典一つで、おそらく国一つ…いや、この世界さえも消し去れる代物。それが”暗黒聖典”…」


 ひとつ小さくため息をつくと、タリスカーが語り始める。

 耳を疑うような事実さえも、彼はもう話をすると決めていたのだ。


「元々あの聖典はその危険性から、王宮のとある部屋に保管されていた。しかしある日、警備の穴をかいくぐってそれを持ち出したとある青年将校がいた。その名はクレバン・ブラニカ…今の魔王だ。」


 室内が静まり返る。

 暗黒聖典が王宮にあった?

 あのブラニカが青年将校だった?

 彼は元々”王宮兵”だった?


「まず先に…あの頃のブラニカについて話をしよう。彼は実戦も頭脳も、かなり突出して強かった。他の兵から僻みを買うくらいにな。」


 タリスカーは旧友を懐かしむように、今までの事を話し始めるが、すぐにレイがそれを制する。


「ま、待ってくださいまし!タリスカー様とあの魔王って…一体なんの関係がありますの!?」


 レイが話を制するのも無理はない、突然ブラニカが王宮兵に居たかのような話が出てきたのだから。


「ブラニカか…あいつは、元々私の部下だったよ。それも、相当一緒に居た期間が長いな。」


 室内が一気に凍りつく。

 元々王宮兵の指揮官だった男は、かの魔王を過去に部下としていた?

 あまりの衝撃に口を開くものは誰も居なくなってしまう。

 その静寂を破ったのもまた、タリスカーだった。


「…俺はあいつを止めるために、今までずっと戦い続けた、勇者とも行動を共にしてきた、そして…今度は元老院に加わった。私の行動の根底にあるのは、ブラニカを止める為。」


 魔王の元上官という、あまりにも大きな苦しみを味わいながら、彼は最前線で戦い続けてきた。

 彼のその拳は、まだ降ろしていなかった。


「…コホン、本題に戻ろう。暗黒聖典が何か、という事だが…一言で言い表すならば、いわゆる魔導書だ。」


 タリスカーの説明はこうだ。

 あの暗黒聖典と呼ばれる書物には、ありとあらゆる魔術が書かれている。

 その魔術の一つ一つが、常人では到底足りないほどの膨大な魔力を必要とする。

 失敗すれば自らの身を滅ぼす結果となるが、その代わり成功した時に得られる魔術は、おそらくどの魔術よりも最上の物ばかりだった。

 なぜこの本は禁忌なのか、そして失敗することによって起こることとは何なのか。


「いわゆる魔力とやらは、本来ならば全員白い。しかしこの書物で得た魔術を使ったものの魔力は、黒く変色していく。そしてその黒き魔力を使い続ければ最後、自らの精神を蝕んでいき、最終的には心無き者へと姿を変える、という記載がある。」

「だから暗黒聖典…」


 巻末に書かれていたその事実が、その書物を暗黒聖典たらしめる要因だった。

 ミルズが納得するように声を上げるが、その声はどこか恐怖に振るえているようだった。

 ここでウンカイが、小さくつぶやく。


「じゃあブラニカはやっぱり…その黒き魔力を使おうとして…」

「それは違うぞ、ウンカイ。」


 タリスカーは聴き逃さなかった。

 そしてタリスカーは、意を決したように言い放つ。


「ブラニカが今必死に戦っている相手は、確かに我々の国だ。しかしもっと厳密に言うならば…敵は”元老院”だ。」


 タリスカーの一言は、あまりにも大きく彼らにのしかかってきた。

 しかしタリスカーは、トドメと言わんばかりに、かつて存在したとあるおぞましい計画を話し始める。


「無理もない。この国ではこれまで魔力を禁忌としてきた。誰より先にそれを言い出したのは、あの元老院なんだ。しかしそれは表向きの話。元はと言えば元老院は、魔力を有効活用しようとしていた。魔力を使える者たちを集めて、とある計画を立てた…」

「計画…?」


 ロバーツは恐る恐る聞き返す。


「あぁそうさ。元老院は国王にさえ内密に、魔力を使えるものたちに、その暗黒聖典に書かれた魔術を使わせようとした。そうして戦闘力を上げた兵士を、戦いの最前線に投入出来るようにすることで、軍事力として使おうとしていたんだよ。」


 タリスカーは再びタバコに火をつける。

 そして紫煙を吐き出しながら、ブラニカについて話し始める。


「…ブラニカはその計画を知ってから、暗黒聖典を王宮から持ち出した。そして自ら魔力を持つものたちを集めて指揮して、この国に宣戦布告してきた。元老院や国家によって虐げられた魔力を持つ人々が、人間らしく生きていける為に。」


 この部屋の王宮兵たちは、一様に考え始める。

 ――では今までの戦いは、一体なんだったのか。


「俺たちが本当に戦うべき相手は…魔王ではなく、元老院?」

「それもまた真ではない…その発想は魔力を使える者の考え方だ。」


 ミルズの疑問も、タリスカーがすぐに否定する。

 しかしタリスカーの表情は、その指摘に対して感心しているようにも見えた。


「王宮兵として残る君たちが戦うべき相手は、魔王ブラニカである事に変わりない。それは国家のため、民衆のためだ。しかし元老院という組織も、確かに許しておく訳にはいかない。そいつらを倒すのは…私に任せておきなさい。」


 タリスカーの瞳には、確かに炎が揺らいでいるように見えた。

 やはりそこはかつて魔王軍と戦い、王宮兵のトップを務めていた男。

 突然更迭されようとも、そう容易く闘志が揺らぐことはなかった。

 そんな彼の瞳を見たアランたちC班、いや、同じ室内に居たもの達は、これから始まる新たな戦いへと覚悟を決める。

 打倒魔王軍、そして、”打倒元老院”。

 援軍はかつての上司、タリスカー。

 新しい戦いが、ここに始まろうとしていた。

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