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死と共に

 屋敷の地下室は、じっとりとした嫌な雰囲気が充満していた。

 人の怒りが、放たれる魔力が、徐々に熱となっていく。


「今度こそ…貴方を討つわ、デネボラ。」

「ふっ…本当にそんな事が出来ますかね?」


 覚悟を決めた目をするスピカと、勝ち誇ったような表情を浮かべるデネボラ。

 その時は、突然やって来る。


「――っ!」


 デネボラが先にスピカの元へ動き出す。

 握りしめていた自らの剣を、再び躊躇いなくスピカに振るう。

 しかしその太刀筋は、彼女には丸分かりだった。

 軽やかにその一太刀をかわすと、今度はスピカが自らの剣――ロバーツと対峙した時にも使った日ノ本剣――を抜く。


「…見えたっ。」


 スピカがそう呟くと、彼女の剣は、デネボラの胴体を的確に捉える。


「なにっ…!?」

「私を相手に剣で戦うだなんて、あなたも相当愚かね。私はスピカ、戦場をかける乙女。乙女の嗜みは、自らの刃を研ぐことよ!」


 デネボラはその場で膝をつく。

 致命傷にはならないまでも、これまでの戦いで受けたダメージの積み重ねが、彼の膝をつかせたのだ。

 

「スピカっ…!やはりお前は私の手で討たねばなるまい…!」


 デネボラの全身が白く光り始める。

 普段通りの魔力開放だと思っていたのだが、デネボラの様子がおかしい。

 明らかに良い予兆ではなかった。


「この光り方…まさか!?」


 フジが何かに気が付く、それに遅れてラサルハも異変を察知する。


「デネボラ…あなた!」


 光は徐々に強さを増していく。

 とうとう直視できないほどの強さの光が、デネボラから放たれる。

 しかし確かに、その光の中にデネボラは居るのだ。


「かかってこいよ…スピカ!」


 光の向こうから、デネボラの声を聴きとったスピカ。

 彼女が剣を持つ手にも、一層力がこもる。


「…いいわ、終わらせてあげる。この戦いも、その苦しみも、私の復讐も。」


 強烈な光に飛び込んでいくスピカ、彼女の足取りは軽やかだった。

 一方のデネボラはというと、自らから放たれた光を、魔力を、うまく制御出来ていなかった。

 彼の内に秘めていた魔力が、とうとう”暴走”を始めた。


 「ぐあぁぁぁ…!スピカ、スピカァァァ!」


 デネボラもついに動き出した、スピカと比にならない速度で、彼女の斬撃をかわす。

 そのかわした勢いを殺すことなく、デネボラは姿勢を変えてスピカを切りつけた。


「あんた…もしかして!?」


 スピカも攻撃を受けたことで、彼が暴走していることに気が付く。

 そしてスピカの視線は、かつてブライズの暴走を目の当たりにしたことのある、レグルスに向く。

 ――貴方なら、この状況をどう切り抜ける?


「…シルフィア。」

「ふん…好きにしろ。本来私が出るべきだが、お前はあいつの右腕…なんだろ?」


 シルフィアとの会話を済ませると。レグルスが前に歩み寄る。


「待って!今のままで戦いに加わったら!」

「落ち着けよラサルハ!…俺だって、けじめつけなきゃいけねぇんだ。多少なりとも無理させてくれや。」


 レグルスがラサルハに笑みを送ると、彼はスピカの元へ駆け寄る。


「戦術の伝令?」

「いいや、代打”オレ”だよ。」


 呆れたようにスピカが笑うと、レグルスと共に前を向く。


「…勝つわよ。」

「合点!」


 レグルスが距離を急激に詰めて、デネボラに殴り掛かる。

 ひるんだところに、スピカの斬撃が飛んでくる。

 それを間一髪かわしたかと思えば、今度はレグルスのキックがデネボラの腹部を捉えた。

 その場にうずくまるデネボラに、容赦なくスピカの追撃が飛んでくる。


「がはぁ…!」

 

 身体を壁に強く打ち付けたデネボラの首元に、スピカの切っ先が向けられる。

 誰がどう見ても、スピカたちの”勝ち”だった。

 デネボラの光が弱まっていくのを見ながら、スピカはデネボラに問う。

 ――アークトゥルスは本当に、死ななければならなかったのか、を。


「私は、あなたを許すつもりはない。でも、あなたにはあなたなりに、正義があったはず。」


 スピカは悲しげな表情でデネボラを見つめる。

 どこで道を違えたのか、それを知りたかったのだ。


「…アークトゥルス、彼は良い奴でした。本当に頭が切れる人でした、他の誰よりも。」


 デネボラの瞳には、淀みも濁りもなかった。


「私だって…俺だって、アークを本心から殺したいとは思わなかった!でもあいつは…!」


 デネボラは涙を零しながら、大声で喚くように訴える。


「魔王は…誰かを討ち取れば、武装班のリーダーにする事なんて造作もないって言い放った。だから俺は…俺は…アークの事を討った。」



 アークトゥルスの悲劇が起きたあの日の夜、デネボラは彼らの居る屋敷から、少し離れた小高い丘にいた。

 共にその屋敷を見つめるのは、魔王ブラニカ。

 踏ん切りのつかない彼に、最後のひと押しをするところだった。


「デネボラよ…お前は上に行きたいんだろう?」

「はい、魔王様。」


 デネボラは姿勢よく、ブラニカの前に立つ。

 そんな様子を見たブラニカは、満足そうな表情を浮かべながら、作戦を語る。


「まもなくここに、王国兵の一団が討伐にやってくる。その最中であれば、誰かが死んでも疑問に思う者はいない。なぜならそれは、命と命がぶつかり合う空間だからな…」


 ブラニカの鋭い眼差しに、デネボラはただ恐れを抱くしかなかった。

 もうやらなければならないんだ、上に行きたいと言ってしまったがゆえに、友軍を討たねばならないなんて…


「…誰を討てばいいのですか。」

「それはお前が決めることだぞデネボラ。私は具体的な指図をする事は出来ないからな。」


 そう、これはあくまでもデネボラが上に行くための、プロセスの一つでしかない。

 ブラニカの助言を、ほう助をもらうことそのものが、本来あってはならないことなのだ。


「分かりました、結果はまた追って。」

「楽しみにしているぞデネボラ、お前がどんな戦績をあげるのか…」


 ブラニカが立ち去ろうとしたその時、思い出したかのように声をかける。


「そうだ、お前の部下連中を一時的に借りるぞ。お前ともう一人、上に登ってきてほしい奴がいるからな、はっはっは…」


 ――そうか、俺は単独行動をしないといけないんだな。

 デネボラはその時、すぐに悟る。

 そして、屋敷に居たアークトゥルスに、彼は狙いを定めるのだった。


「すまんなアーク、俺の為に死んでくれ…!」

 


「もう一人…登ってきてほしい奴?」


 話を聴いていたレグルスが、ふと疑問を口にする。

 この場に居る者たちは、ブラニカの発言の真意を理解出来ずにいた。

 ――たった一人の、女医を除いては。


「…まさか、私の事?」


 あの屋敷に向かっていたラサルハは、確かに道中王国兵”らしき”者たちの襲撃を受けた。

 その時は何とかして振り払うことに成功したものの、アークトゥルスの元には間に合わなかった。

 ということは…


「多分な。俺とあんたは、十二聖団にはなれなかった者同士だ。だけどブラニカの中では、どうにかして上に持っていきたくなるほど重用したかったんだろう。」

「だから試練を与えた…デネボラには重要人物の討伐を命じて、私には抜き打ちで襲撃させて、それをかいくぐって救助ができるかどうか…」


 デネボラとラサルハ、二人の状況がここで合致する。

 しかしやはり疑問なのは、アークトゥルスを討つことが果たして正解だったのか。

 レグルスが諭すようにデネボラに問う。


「なんで、お前はアークトゥルスを標的にしたんだ?」

「…あいつの語っていた理想論は、本当にブラニカ様が望むものだと思うか?」


 デネボラは吐き捨てるように言葉を続ける。


「お前たちも内心気が付いているだろ!この国は、あの王宮は、魔力という存在を否定した!だから魔力を持つ者たちは、こうして追いやられながら生きてきたんじゃないか!それなのに、あいつはみんなが仲良く暮らせる世界を目指していた!そんな世界なんて、そんな国なんて…出来るできるわけがないだろ!」


 デネボラの叫びは、むなしく部屋に反響する。

 彼の訴えはもっともだった、過去あの国は魔力を持つものを否定してきた。

 現にこの場にいる面々は、その被害を受けてきた者たちだ。

 しかし、それとこれとは訳が違う。


「…確かにアークが唱える志は、私たちが目指してきたものとは違うかもしれない。」

「あぁ…そうだろう!?だったら俺の話だって!」


 しかしデネボラに向けるスピカの目線は、はっきりとしていた。


「でもそういう意見を排斥することは、あの国がやっていることと同じよ、デネボラ。」


 この場にいた全員の目線が、デネボラに集められる。

 その目線が伝えていたのはただ一つ。

 ”お前は間違っている”という事実だった。


「そうか…あの王国と俺が一緒か…」

「そうよ。みんな自分を持っているの、だからこそ意見は食い違う。それを受け入れてこそ、初めて人の上に立てる。それがリーダーってものなの、誰かに与えられたリーダーは、絶対に瓦解する。」


 十二聖団のリーダーらしい言葉で、彼に語り掛けるスピカ。

 デネボラはその言葉を聴いたのち、静かに涙を流し始める。


「うぅ…!アーク…!」


 崩れ落ちたデネボラに寄り添う、かつての師匠だったレグルス。

 デネボラもまた、魔王という力の前に屈した”被害者”だったのかもしれない。

 決して許してはいない、本当はこんな奴に寄り添いたいとは思わない。

 でも、悲しみの涙を流している以上は、彼もまだ”人”なのだろう。

 そう思ったら、自然と足が彼の元に向かっていた。


「選択を間違えたのがそんなに悔しいか?そんなに過去の自分が憎いか?でもな、それでも前向いて生きてきたのが、あいつ(スピカ)なんだよ。それが十二聖団の総長なんだよ、わかったかこの野郎がっ…!」


 かつての師匠が、デネボラの肩を抱いていた。

 そこにはあの悲劇が起きる前の、信頼関係が蘇ったかのようだった。

 そして、デネボラはスピカの方をまっすぐ見つめながら、彼女に懇願する。


「スピカ…いや、スピカ様。私は死でもなんでも受け入れます。犯した罪は…我が命を持って償います。」


 スピカは悩んだ。

 ここで命を奪って、それを償いとするのは確かに容易い。

 だが…本当にそれでいいのか?

 天上の彼は、それを望んでいるのか?


「デネボラ…本当にその覚悟があるのならば、私と――」


 スピカが何かを言いかけたその時、魔力の波動が飛んでくる。

 スピカとレグルスは間一髪かわしたが、スピカが前を見ると、そこには深い傷を負って倒れる、デネボラの姿があった。


「…デネボラ!?」

「ふっふっふっ…私は彼の意見を汲み取っただけですよ、スピカ様?”我が命を持って償う”ですって、素晴らしいじゃありませんか。」


 そこに現れたのは、魔王に同行していたはずのサエだった。


「あんたが…これを!?」

「そうですよ。私は魔王に仕える敬虔な部下、この程度出来ない方が無作法というもの…」


 ヒールを鳴らしながら、サエはデネボラの首を掴んで持ち上げる。

 次第にデネボラからは、魔力反応が無くなっていく。

 しばらくすると彼の腕がブランと垂れる。

 彼が目を覚ますことは、もう二度とない。


「ブラニカ様は全てを知っている、デネボラがアークトゥルス様を討った事はもちろん、ハマル様を討った事も…でも、少しお痛が過ぎましたわね。これも全て、”彼”からの進言ですから。ブラニカ様も、私の事も、恨まないでくださいませ…うふふふ…」


 デネボラの亡骸を地面に捨て、低い笑い声を響かせながら、サエは闇の中に消えていく。

 そこに残されたのは、デネボラの亡骸と、得体の知れない感情。

 そして、デネボラを手にかける進言をした人物という、大きな謎だった。



 所変わって、ここは王宮のとある一室。

 サブロウ大佐がせっせと紅茶を3人分淹れて、お茶菓子を用意しているところだった。

 さっきまで白の間で話していたロバーツ達は、元老院にかつての上官、タリスカーを訪ねている最中。

 ではこのサブロウはというと、彼もまた来客を待っているのだった。


 コンコンコン

「失礼いたします。」


 部屋に現れたのは、可憐な姿の女性と、少し着崩した軍服に身を包んだ屈強な男だった。


「お待ちしておりました、どうぞおかけになってください。」

「訓練が終わって急いで来ましたよ…全くあなたといいアラン大佐といい、本当に人遣いが荒い…」


 男の方は呆れたようにサブロウに恨み言を吐く。

 一方の女性は、明るい表情でサブロウに笑みを送る。


「サブロウ様にお呼び頂き、本当に光栄ですわ。社交ダンスのお誘いかしら?」

「いえいえ、そんな高尚なものではございません。そもそも私もあなたも…」


 サブロウが一言を言い切る前に、女性はその言葉を制する。


「大佐、それ以上は禁句…でしてよ?お互いの為に。」


 なんとも言えない彼女の圧に押され、サブロウは身じろぐ。

 彼女にとって、そしてサブロウにとって、家柄に関することは”禁忌”だった。


「…失礼しました、私としたことが。」

「ふふ、お分かりいただければ良くってよ?」


 息を整えて、サブロウは2人に向き合う。

 これから始まる戦いに、2人は欠かせない存在だった。


「今日お見えいただいたのは…我々にお力を貸して欲しいということです。これから始まる戦いは、決して一筋縄では行きません。その為にも…あなた方2人が必要なのです…レイ少佐に、グレン中佐。」

「そういうことですのね…構いませんわ、あなた様のご命令とあらば。」

「アラン大佐からある程度話は聴いた。仕方あるまい、手を貸させてもらう。」


 可憐なレイ少佐と、屈強なグレン中佐。

 この2人がロバーツたちC班に混ざることで、一体何が起きるのか。

 それはまだ、神様しか結末を知らない。

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