死を越えて、死を振り払って
王宮でロバーツたちが、魔王軍との戦いに向けて決意を固めていたその頃、スピカやラサルハたちは、異風の森にある屋敷へと辿り着く。
しかし…そこに広がっていたのは、おびただしい数横たわっていた、王国兵たちの骸だった。
王国兵の侵攻がここまで…とも思っていたのだが、すぐにスピカはその王国兵たちの正体に気がつく。
「この数の王国兵、もしかして…!?」
スピカはすぐに入口に向かって走り出すと、すぐに階段を駆け下りる。
そこに広がっていたのは、扉の開け放たれた、誰もいない空っぽの牢獄。
スピカたちが”ある目的の為に”捕らえていた王国兵たちが、跡形もなく居なくなっていた。
厳密に言うならば、表にいた骸たちこそが、ここに本来収容されていたはずの王国兵だった。
そして、これだけの王国兵を操る事が出来るのは、スピカの記憶が正しければ一人しかいない。
「…さては!?」
心の中の嫌な予感が、スピカの足を前に進めさせる。
そしてスピカに追いついたラサルハたちと共に視界に入ったのは、あまりにも残酷な現実だった。
「…そんな。」
「随分と遅かったですね。この子は最期の時まで、ずぅっと貴女を呼んでいましたよ。助けて…助けて…って。絶望しながら息絶えていく彼女を見るのは、私だって苦しかったんですよ?」
銀髪が、淀んだ色の瞳が、すらりと伸びた筋肉質な脚が、脚元の死体を捉えて足蹴にする。
「あれって…ハマル?」
「てめぇ…ハマルに何した!?」
息を飲むラサルハと、怒りに震えるレグルス。
しかしその2人を意にも介さず、男は話を続ける。
「簡単な話ですよ、私の忌々しき過去を、ずっと隠してきた秘密を、彼女はとうとう知ってしまったんです。だから私は口を封じたんですよ…息の根ごと、ね。」
スピカの全身が、途端に震え出す。
『いいんです。私がいつもやりたくてやってるんですから。』
『わ、私は…この屋敷に残っていたいです…。デネボラさん達と一緒に、この屋敷を守りたいです…。』
私が…あの時――
『私、スピカさんと一緒に戦えるのが嬉しいんです!』
昔聴いた言葉の通り、一緒に連れて行ってあげていたら。
『この子は最期の時まで、ずぅっと貴女を呼んでいましたよ。助けて…助けて…って。』
ごめんね、ハマル。
「…デェェェネェェェボォォォラァァァァァ!!!」
スピカは慟哭と共に、彼の元に突進する。
「許さない!!私はあんたを絶っ対に許さない!!」
一撃、また一撃。
デネボラに対して無数の攻撃が浴びせられる。
「許しなど要らん!私は私の力で、この先へと駆け上がっていくのみ!」
しかしデネボラは、仮にも武装班のリーダーである。
スピカの攻撃一つ一つを、何食わぬ顔で受け止めてみせた。
「あんたはそうやって!仲間を切り捨てて、私の大切な人も踏み台にして!今の地位に居座るつもり!?」
スピカは怒りに任せて、デネボラへと斬撃を叩き込み続ける。
しかし当のデネボラは、その動きを見切っていた。
「居座る気なんてない、次のステップへと進んでいくさ!今度はあんた達を、踏み台にしてな!」
デネボラが一瞬の隙をついて、スピカの右腕を斬りつける。
血を吐いて倒れそうになるスピカだったが、すぐに体勢を立て直しては、再び彼の元へと立ち向かっていく。
「そうはさせないわよ。私は十二聖団総長、スピカ!あんたの命、是が非でも討ち取ってみせる!」
「ほう、私に”名乗り”をするか…良かろう!我が名は武装班リーダー、デネボラ!ブラニカ様に仕える、忠実なる戦士だ!」
互いのプライドが、剣を通してぶつかり合う。
仇を討つために戦う者と、自らを守り通そうとする者。
「かかってきなさい…スピカァァァ!!」
「上等よ…デネボラァァァ!!」
戦いのゴングは、鳴り響いた剣の重なる音だった。
一方、この戦いをただ見つめることしか出来なかった者たち――シルフィアやラサルハといった面々――は、自分の事のように苦しそうな表情を浮かべる。
カストルに至っては、今にもデネボラに飛びかかりそうな雰囲気だった。
「こいつ…マジで私の力でぶっ飛ばして…」
そんな様子を見たポルックスは、彼女の肩に手を置いて制止する。
これはあの二人の問題だから、私たちは口出ししちゃいけないの、とでも言いたげだった。
しかしカストルを止める手には、明らかに血管が浮き出ていた。
剣を交える度に、スピカとデネボラは互いの気持ちを吐露する。
「あんたはアークトゥルスを殺して!心は痛まなかったの!?仲間を討って得た栄誉に!あんたは誇りを持てるの!?」
「甘いなスピカ、貴方は何も分かっていない!持たざる者の苦しみが、選ばれなかった者の屈辱が!」
デネボラは言葉を続ける。
「貴方はいいご身分だこと、なんせ強大な魔力を持ってるんだから!いろんな仲間に歓迎されて、十二聖団のリーダーになったんだから!だが私はどうです、"あんな手"を使わなければリーダーにもなれやしない!」
彼の口調からは、どこか訴えるような何かを感じる。
そんな言葉を吐きながらも、デネボラの攻撃はさらに苛烈になっていく。
さすがのスピカも徐々に押され始めていた。
「ぐっ…!」
懸命に打開策を考えるスピカ、本来実力差だけならデネボラに負けるなんてありえない。
しかし今の彼女は、精神的に追い込まれている。
目の前にいるのは仇、しかし本をただせば同志だった者。
口ではデネボラへ啖呵を切って、仇として討ち取ろうとしている相手だとしても、どこか情が邪魔をして倒せそうにない。
そうこう考えながら攻撃を防いでいたその時だった。
「がら空きですよスピカ!」
デネボラが思い切り振るった剣は、スピカの持っていた剣を吹き飛ばす。
「しまっ…!」
「そろそろ終わりにしようスピカ、私はもっと上に行くんだ!スピカ…貴方なんてすぐに倒して差しあげます!」
デネボラが片足で踏み込み、地面を蹴り上げて突き進む。
その全身からは白き魔力が放たれていた。
魔力のこもった斬撃をまともに食らってしまったスピカは、そのまま全身を打ち付けながら地面に伏せてしまう。
デネボラの淀んだ色の瞳は、より一層淀んでいく。
「「スピカ!!!」」
「ふっ、しょせんその程度ですか…興覚めしてきましたね。そろそろハマルと仲良く、あの世へお送りしますよ!」
我慢の限界に達していたカストルが、ただにらみつける事しかできなかったレグルスが、とどめを刺そうとするデネボラに向かって飛びかかる。
スピカを守らなければ、ここでやられてしまっては、天から見ている彼が浮かばれない。
「デネボラ…てめぇなんてぶっ飛ばしてやるよ!」
「スピカの仇は私たちの仇!あんたの事、絶対に許さないんだから!」
二人は阿吽の呼吸でデネボラに襲いかかる。
攻撃をどう避けようとしても、その先にはどちらかが待ち構えていた。
「ちょこまかとうっとうしい…!どうやらあなた達も、ハマルのようになりたいみたいですね!」
デネボラが攻撃をよけながら、相手に一撃を叩きこもうとする。
しかしそれらは軽々とよけられて、挙句死角から攻撃を入れられる。
その二人の動きを下支えしていたのは、スピカとの戦いを冷静に見つめていたポルックスだった。
二人へ魔力の流れを通じて、動きの指示を飛ばす。
十二聖団の一員だからこそ出来る、あまりにも高度かつ魔力消耗の多い戦い方だった。
〔レグルス、カストル、もう少しだけ持たせて。今ラサルハがスピカの手当てに回ってるから!〕
〔任せなポルックス、こいつこう見えても俺の一番弟子だからな。師匠のこわさ、教えてやるよっ…!〕
〔任せてお姉ちゃん!今度こそ、フルパワーでやっちゃうんだから!〕
ポルックスからの指示を受けた二人は、なんとかして戦いを引き延ばそうとして、デネボラと距離を取る。
その思惑通りに事は運んでいき、デネボラは次第にスピカから離れたところで戦うようになる。
その頃、ラサルハに手当てを受けていたスピカは、目を閉じたままだった。
「お願いスピカ…目を覚ましてちょうだい…!アークのためにも、ここで負けちゃダメなんだから…!」
その時スピカの意識の中には、あの日から変わることの無い、彼の姿があった。
~
「…アーくん?」
「やあ、スピカ。」
川の向こう岸で手を振る青年、彼こそが自らが愛した男”アークトゥルス”だった。
久しぶりの再会に喜びの表情を浮かべるスピカだったが、よくよく考えてみるとおかしい。
彼はとっくに死んだはず、しかもその瞬間をこの目で確かに見たはず。
――なのになぜ、私は彼と会話が出来ている?
「ここはね…とある書物では”三途の川”って言うらしい。」
「ふーん…こういう時でも、あなたはいろいろな事に詳しいのね。」
アークトゥルスは、スピカの言葉を聴きながらじっと彼女の事を見つめ続けていた。
何かを口に出そうとしては、踏ん切りがつかずにやめるような仕草を繰り返しながら。
「…どうしたの?何か言いたいことでもあるの?」
しびれを切らしたスピカが、思わずアークトゥルスに話しかける。
「なあ…昔約束していたことって、まだ残ってるよね?」
不安そうな顔をしながら、スピカに話しかけるアークトゥルス。
そんな表情を見ていたスピカは、にこやかな表情で彼に語りかける。
「えぇ、もちろんよ!あなたの命も、一緒にいる未来も、私が受け取ってあげるんだから!」
スピカの言葉を聴いて、安心したような表情を浮かべるアークトゥルスだったが、その姿はいつの間にか、彼女の背後にあった。
力強い抱擁は、もう離したくないという強い”怨念”のようなものを帯びていた。
「良かった…じゃあ今からでも一緒に居よう!こっちに来てからずっと、一人ぼっちで退屈していたんだ。もうずっと、ずっと一緒…。」
――おかしい。
「こレで、スピカといっショニいられル…!ずット…ズット…!」
――絶対におかしい。
「オまエもコこデ、イッしょにシヌンだ、そしてズットいっショにくらスんだヨ、スピカァァァ!」
――あなたは、誰?
「ふん!」
勢いよく両腕を広げて、アークトゥルスを――彼に擬態した死を――振り払う。
そうして振り払われた彼は、ものすごく悲しそうな表情を浮かべながら、スピカの事をただじっと見つめていた。
「アーくん、いや、アークトゥルス。私は確かに約束したわ、あなたの命も、あなたとの未来も。でもね、私はまだ、こっちの世界でやり残したことがあるの。それが終わらない限り、私は胸を張って、あなたの元には帰れない!」
悲しげな表情を浮かべていた彼の表情が、みるみるうちに怒りへと変貌していく。
受け入れられなかった悲しみが、一緒に居られないという絶望が、また一人になってしまうという恐怖が、怒りの燃料となっていた。
「なんだと…!じゃあ一体何がしたい!向こうの世界に生きて帰ろうとするくらい、お前のやり残したこととは何だ!」
スピカは表情一つ変えることなく、はっきりとした口調で答える。
――まるであの日、彼から聴いた言葉のように。
「…”みんなが仲良く、平和に暮らす世界”を作る。私はまだ、あなたの夢を、叶えられていないから。」
彼に満ちていた怒りの表情が、すっと消えていくようだった。
自らが叶えようとした夢を、彼女が?
一緒に追いかけていた夢を、忘れないでいた?
今まで人に笑われてきた願いを、本当に叶えようとしている?
その事実を聴いた時、とうとうアークトゥルスの姿をした何かは立ち去ろうとしていた。
…これ以上は、彼女の邪魔になってしまうから。
「…そうか、みんなが仲良くか。君ならできるよ、きっとね。」
「…そうかな?そう言われるとなんだか嬉しい。」
背を向けて遠くへと立ち去ろうとする時、スピカは彼に、質問をぶつける。
「あのね!…私たちのその夢を、一緒に叶えてくれそうな人がいるの。でも、その人は本来なら、私たちとは相容れないはずの人。私…その人の事、信じてもいいのかな?」
彼は背を向けたまま、何も答えずに歩いていく。
そんな彼の姿が小さくなっていくその時、スピカにはしっかりと、彼のしぐさが見えた。
それを見たスピカは、小さくため息をつきながら、元の世界に意識を戻されるのだった。
~
「…ん。」
「あ…!起きたわね、スピカ!」
「ふぅ…一時はどうなるかと…」
目が覚めたスピカの視界には、ラサルハとシルフィアが心配そうな表情を浮かべていた。
しかしその表情は、すぐに緊迫感のあるものに変わっていく。
「いいかスピカ、今お前を治療するための時間稼ぎを、レグルスとカストルがしてくれている。だが…デネボラも強力だ、そろそろあの二人でさえ押され始めている。」
シルフィアの一言に、スピカも表情が一変する。
まさしくそれは、戦う者の顔。
護るべきものの為に、叶えたいものの為に、戦場に立つ者の、誇りをまとった表情だった。
「分かりました。一応尋ねますシルフィア様、彼を…デネボラを”始末”しても、問題ありませんよね?」
「ふっ…当然だ。私の、そして君の部下をやられているんだ、それ相応の報いは受けてもらわないとな。」
正式な命令によって、再びデネボラの元へ向かうスピカ。
彼女はもう、迷いを捨てた。




