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戦う意味とは

 王宮にある、魔力を持つ者しか入れない”白の間”には、珍しく人が集まっていた。

 丸いテーブルを囲むようにして、サブロウとアランの両大佐、C班の生き残りであるロバーツとミルズ、そして彼らを手当てした女医の5人が座る。

 一番最初に口を開いたのは、残党討伐に向かわず王宮に残っていたアランだった。


「これまでC班のリーダーだったサエは、魔王軍の一員となってしまった…その後釜としてこの俺、アランがC班を率いる事になった、お前たちよろしくな。そして、新しい王宮兵の指揮官にはカラマ大佐…いや、カラマ少将が就く事になったのは、さっきの投票の通りだ。んで、カラマが元々やっていた偵察班のリーダーなんだが、実はそこにサブロウ大佐が就く事になった。」

「ヤマさんが…偵察班にですか?」


 思わずミルズから、普段呼び慣れている”ヤマさん(サブロウ大佐)”という呼び名が口をついて出てきた。

 当の本人は少し気恥ずかしそうに、全員の顔を見つめる。


「まあそれはいいとして…とりあえずリーダーになった俺から、C班のお前らに新しい任務を伝えるぞ。」

「新しい任務…ですか?」


 ロバーツは困惑した様子で、アランの顔を見つめる。

 リーダーだったサエとロバーツの同期だったユウダイを裏切りで欠き、バロンとハインツに至っては、十二聖団という魔王軍の実力者、カストルによって葬られた。

 ――”あんな事”があっても、すぐに任務の話か…


「俺たちはもう一度、残党たちに…いや、魔王軍に戦いを挑む。」


 アランの表情からは、覚悟を決めた男という雰囲気が伝わってくる。

 しかし…


「ただ…この人数じゃ心もとないよなぁ…」


 ミルズがため息をつきながら、この部屋とその面々を一瞥する。

 自らを入れても5人しかいない、うち2人は班員ではないわけで、実際にC班にいるのは3人しかいないのだ。

 これから戦うのは魔王軍、絶対に人手が足りているようには思えなかった。

 しかしそこはアランにサブロウ、指揮官候補に選ばれた大佐たちは、しっかりと考えを組み立てていた。


「そりゃこれだけで戦うつもりはねぇさ、あと何人か声をかけてある。それに…偵察班にサブロウ大佐が入ったんだから、しっかりと仕事してもらうしかないだろ。」

「まあ…そういう事です、あとは私たち上層部とやらにおまかせください。」


 サブロウがそう言うと、机の上に1枚の地図を広げる。

 そこには魔王軍に関する情報が、所狭しと緻密に書かれていた。

 これから戦う敵のことをしっかりと知ることは、戦いにおいて基礎である。


「今彼らは大所帯で魔王城へ帰っている頃でしょう。途中寄り道をするとしても、元々根城にしていた”異風の森”と”鏡の湖”くらい、そこまではだいたい予想がつきます。ただ…」

「ただ?」


 サブロウはここで言葉に詰まる。

 その様子を見ていたアランは、少し怪訝そうな顔で見つめてくる。


「…魔王軍ともあろう面々が、こんなに普通の動き方をするでしょうか?」


 サブロウの疑念は大きかった。

 なんせ相手は、この国に絶望をもたらした魔王ブラニカの率いる軍。

 脱獄出来たからじゃあさようなら、だけでは決して終わると思えなかった。

 ――裏に、絶対何かがある。


「…暗黒聖典。」

「えっ?」


 意外にもこの静かな空気を打ち破ったのは、一介の医者としか思っていなかった女だった。


「多分ブラニカは、暗黒聖典の力を護ろうとしている。だから寄り道なんてしていられないはず…それに…」

「いやちょっと待てって!なんだよその暗黒聖典ってのは?」


 慌ててミルズが話を制するが、傍らで聞いていたアランの表情は、明らかに驚きに満ち溢れていた。


「…なぜ、あんたがその事を知ってる?」

「皆さん…ごめんなさい。私みんなに黙っていた事があるの。」


 その時ロバーツは、女医の顔をもう一度しっかりと見直す。

 そして、あるひとつの結論にたどり着いた。


「…あなた、魔王軍として列車にやって来ませんでしたか!?」

「えっ…じゃあこいつは…敵!?」

「待って!」


 しかしロバーツのたどり着いた結論は、少しだけ間違っていた。

 女医は何か決心を固めたように、ゆっくりと口を開く。


「私はウンカイ、れっきとしたこの国の医者よ。おそらく貴方が見たっていう魔王軍の女、彼女はラサルハ。私の…”お姉様”よ。」


 突然告げられたその事実に、ロバーツたちは驚愕する。

 今日という日までウンカイに何度も会っていたにも関わらず、魔王軍の敵情について調べていたにも関わらず、誰もウンカイとラサルハが姉妹関係だとは思っていなかったのだ。


「なるほど…だからあんたは、ラサルハ辺りから情報を得ることで、暗黒聖典とやらについて知る事が出来たと?」

「…少しだけ間違ってる。」


 全員の視線が、ウンカイに集められる。

 重々しい表情を浮かべながら、ウンカイが再び口を開く。

 その口から語られたのは、彼女が歩んできた過去と、再び交わろうとする姉の仕向けた”ある男”の物語。



 私はウンカイ。

 1つ上の姉は、魔王軍に仕えるラサルハ。

 まだ魔力というものに対しての理解が浅かったから、姉に魔力があると知った時、だいぶひどい言葉を浴びせてしまった、私たちはみんな家族なのに。

 魔力を持つ存在はこの国では禁忌だったから、明らかに家族全員から疎まれて、蔑まれていた。

 それに耐えられなくなった、ある日を境にラサルハは家を飛び出してしまった。

 その後、私は本来お姉様が受けるべき両親の愛を受けながら成長していき、ついには王国へ仕える事になった。

 配属されたのは、王国兵たちの看護をする部隊。

 今まで学んできた事を活かせるって思った私は、喜んで毎日仕事に取り組んだ。

 そんなある日のことだった。


「すみません…少しふらつくので診て欲しいのですが。」

「えぇ、そこにお座りになってください。」


 とある1人の兵士がやってきて、私に診察をお願いしてきた。

 でもそんなのただの日常風景でしか無かったから、普通に医者として彼を診察しようとしたその時だった。

 彼は私に、こう呟いた。


「…噂通りだ、ラサルハさんによく似ている。」


 本能が私に問いかけてきた。

 ”この男は危ない”

 でも私は、彼の言葉に耳を貸してしまった。


「…っ、どこでその名前を!?」

「ふふっ…やはりご存知でしたか。まあ知らないはずないですよね、実のお姉さんですから。」


 気味が悪かった。

 なぜ誰にも話していない、姉の事を知っているのか。


「私はユウダイ。ラサルハさんの命令で、この王宮にお邪魔しております。」

「…ならすぐに上官へ報告しなきゃ。」


 …姉直々に命令を受けていたのか。

 合点のいった私が彼を睨みつけても、彼の薄ら笑いは変わらなかった。

 まるで仮面が張り付いているかのように、彼は顔色を変えることなく話を続ける。


「まあまあ少し待ってくださいよ、私は別に王宮に危害を加えたりするつもりはありません。私はそうですね…ラサルハさんの遣いの者だと思ってください。」


 彼の言葉を理解するのに、少しだけ時間がかかった。

 あの姉が、なぜ私宛てにわざわざ遣いを寄越す?

 一体なぜそんなまどろっこしい事をしてまで、私と話をしようとするのか。


「…何が目的よ。」

「お姉さんは貴方の事を心配していましたよ、上手く生きていけるのか、誰か悪い大人に騙されていないか、そして、また話をしてくれるのかって。」


 急に視界が滲んだ。

 今まで考えてこなかった姉の事を想った時、私は目から溢れるものを抑えきれなかった。

 今まで酷い言葉を浴びせたのに、姉を家から追いやったのに、本来姉が受け取るべきだった愛を、私が全部受け取ってしまったのに。

 それでもなお、姉は私を想っている。

 立場も違う、生きている場所も違う。

 なのに姉は、お姉様は、私のことを心配している?


「…そんなわけあるかしら。」

「え?」


 ここで私は、彼に現実を叩きつけた。

 足元の白い光を見た瞬間、彼の顔が悔しそうな表情に歪む。


「はぁ…あんたも魔力を持ってるのかよ。」

「どうやら貴方の魔術、失敗のようね?魔力を持たないその辺の兵士たちや他の看護兵だったら、今みたいなお涙頂戴のお話を聞けば堕ちたでしょう。でも私も、ラサルハお姉様と同じ血脈。私にだって…魔力はあるのよ!」


 私はユウダイに向かって、護身魔術をぶつける。

 切り裂くような音がした後、ユウダイの身体は地面に叩きつけられていた。


「降参してお仲間たちと同じ牢屋に入る?」

「ぐっ…!」


 ここで私は、悪い事を考えてしまった。

 多分血は争えない、私も姉も、考える事は同じだったのかもしれない。


「それとも…私たちに何か1つ、大事な情報を与えてくれるなら…あなたがスパイって事は黙っててあげる。禁忌書庫にサエ少佐のIDを使って出入りしてる事とか、偵察班に偽の情報を流してる事とか、バラされたくないでしょ?」

「ちっ…なんで全部知ってるんだよ…」


 私は勝ち誇ったかのように、彼を見つめた。


「うーん…強いて言うなら、女の勘って奴かしら?」



「そうして彼は、観念して私に情報を与えてくれた。それが今名前を出した、暗黒聖典の事よ。」


 ウンカイが話終わると、ミルズとロバーツは言葉を失っていた。

 それもそのはずだった、彼女はユウダイが魔王軍から送り込まれたスパイだと知っていた。

 今は暗黒聖典の事など頭に入ってきやしない。

 一体彼女は、何者なのか?


「よくユウダイがスパイだと知っていましたね。貴方はなぜ、その事を私たちに教えてくれなかったのですか?」

「…サブロウ大佐、あまり詮索しない方がいいこともありましてよ?」


 サブロウとウンカイ、互いを見つめる目線には、どこか駆け引きのような何かを感じ取れた。

 見つめ合う我慢比べで折れたのは、サブロウだった。


「ふぅ…まあいいでしょう。今重要なのはそこではありません、貴女のおっしゃる"暗黒聖典"とやらが、どんな物なのかを知りたいのです。正直私達も詳しくは知りません、その忌々しい名前から察するに、どうせろくなものではなさそうですが…。」


 ウンカイを見つめる全員の目は、もはや疑いに近くなっていた。

 しかしウンカイは堂々とした表情で、暗黒聖典について語り始める。


「そうね…私たち王宮にとって、確かにこの聖典は最悪の物。だけどそれは、魔王軍にとっても同じ事。あの聖典は、決して誰にも使われてはいけないの。」

「はぁ…?」


 ミルズが不思議そうな目線をウンカイに向ける。

 しかしその視線をものともせずに、ウンカイはそのまま話を続けた。

 その中身は、だいぶ予想に反していた。


「暗黒聖典の本質は…"黒き魔力を解き放つ"というもの。魔王軍の目的は、その聖典から黒き魔力を解き放ちたいんじゃなくて、その黒き魔力を解き放とうとする勢力から、聖典を護るという事。」


 正直、話の意味が分からなかった。

 魔王軍は暗黒聖典を使って、自らの魔力を引き出したのではなかったのか?

 なぜ彼らは魔力を使って、この王国に戦いを挑んできたのか?

 どうして彼らは、魔王軍という錦を掲げて戦っているのか?


「…白き魔力と、黒き魔力…?」


 このロバーツが不意に口に出した一言が、この戦いの本質を捉えていた。

 よくよく思い返せば、確かに魔王軍の連中と戦ってきた時にも、白い光が放たれていた。

 例えばカストル、例えばスピカ、例えば…サエも。

 そして王宮兵側で魔力を使う人間はといえば…サブロウも、ウンカイも、そしてロバーツ自身も。

 解き放たれた魔力の光は、全て[白色]。

 ということは…


「いがみ合っている俺たちは…ただ王国側に居るか、魔王軍側に居るか、それしか差が無いってことか?」


 その場にいた全員が、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 真に戦うべき相手――黒き魔力を解き放とうとする勢力――とは…一体誰なんだ?


「…じゃあなんで、俺たちは魔王軍と戦っているんだ?あの勇者はどうして、魔王軍を打ち倒そうとしたんだ?」


 5人しか居ないはずの白の間は、あまりにも重たい空気が支配していた。


「…どうやらその答えを、あの人に訊きに行く必要がありそうですね。」

「あぁ…違いねぇな。」


 サブロウとアランは顔を見合わせながら、1つの結論を導き出した。

 まだその結論が分かっていなかったロバーツは、ただ2人の会話に首を傾げるだけだったが、意味を理解したミルズだけは、少し嫌そうな顔をしながらサブロウに尋ねる。


「あの人って…今何してるんだよ?」

「あの人ですか?確かに彼は指揮官を退役しましたが、その実まだ隠居するような人ではありませんからね。おそらく…」

「元老院。」


 アランが吐き捨てるように、ミルズの質問に答える。


「タリスカーさんは…”あの”元老院の一員に加わったよ。」


 アランの言葉ぶりからして、元老院という組織が良い印象を持たれてるとは、到底思えなかった。

 しかし、暗黒聖典とは何かという答えを持ち合わせているのは、紛れもなくタリスカーである。


「元老院か…でもまあ、あの人に聞きに行くしかないだろうな。」

「ダメだ…話が全然頭に入ってこない…」


 ここまで色々なことがあったロバーツの頭は、情報で溢れて飽和状態と化していたのだった。



 重厚な扉の向こう側、ちょっとした講堂に老齢の者たちがずらりと居並ぶ。

 ざっと20人前後だろうか、全員の視線が一人の男に集められる。


「ようこそタリスカーくん。王宮兵の指揮官からの退役、本当にご苦労だった。」

「はっ…ちっとも嬉しくないわ。」

「まあそういうでないよ。君の知識が必要なんだ、我々元老院にはな。」

「…ふん。」


 必要とされていることを喜ぶべきか、ただの社交辞令だと受け流すべきか。

 歓迎してくれた男が白髪を耳にかけながら、まっすぐにタリスカーの目を見つめる。


「君に確かめておきたい事があってな、1つ協力してもらいたい。」

「私に出来ることでしたら。」

「そうか、じゃあ単刀直入に訊こう。君たち王宮兵の中に、”魔力を持っている者”は居ないだろうね?」


 タリスカーが一瞬、はっとした表情を浮かべる。


「…その事ですか。」


 答えに困るタリスカーに迫るようにして、白髪の男は答えを急く。


「答えはYesかNoだ、どちらかね?」

「…それは――」


 タリスカーの答えは、講堂内をざわつかせた。


「…よかろう。これでようやく、君の考えていることも、君の部下たちの考えていたことも、すべてわかったぞ。」

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