選ばれた者
親愛なるデネボラへ
貴殿が此度成し遂げた成果は、私の想像のはるか上を行っていた。
自らの手で直接ではなく、幾重にも積み重ねた作戦と戦略によって、貴殿やスピカにとって親友であったはずの、アークトゥルスを討ち取るとは。
ここまでの事を成し遂げたのだから、それ相応の役職を与えるという約束を円満に履行しなければ、それは貴殿に失礼というもの。
貴殿には武装班で、新たなリーダーとなってもらおう。
そして今のリーダーである、キヌにはどこかへ退場してもらおうではないか。
貴殿のさらなる活躍、私は期待しているぞ。
ブラニカより
〜
「…こんなおぞましい手紙、私今まで見た事ない。」
あの時の事をよく知るラサルハが、手紙をキッと睨みつけながら、そして吐き捨てるようにして、怒りをその手紙にぶつける。
すっかり彼女の瞳から、涙は消え失せていた。
「許せない…今すぐにでもあいつのことを…!」
「落ち着けラサルハ!」
シルフィアは激昂するラサルハを止めようとするが、当の本人はあまりの怒りで、もはや我を忘れていた。
そんな彼女を止めるシルフィアも、決してブラニカやデネボラのことを許してなどいない。
心優しき青年だったアークトゥルスという人間に、みんな魅せられていたのだ。
「今からあいつの所に行ったところでなんになる!せいぜい一撃食らっておしまいだぞ!」
「じゃあ何もしなくていいって訳!?あんな事しておいて、のうのうと生き残ってるあいつを許せるの!?」
「そうは言ってないだろ!」
シルフィアはラサルハを押さえつける。
シルフィアは彼なりに、1つの考えがあった。
大きく深呼吸をして自らを落ち着けたのち、彼はゆっくりと口を開いた。
それは覚悟のいる決断でもあった。
「この手紙、スピカにも見せないか?」
「…!?」
シルフィアの目は、決意に満ち溢れた物だった。
一方のラサルハの目は、驚きに満ちていた。
こんな手紙をスピカの目に晒すと言うの?という心配が勝っている。
「あの子が…スピカがこんな手紙見たら!」
「分かってる!…彼女はきっと真実を知ったらパニックになるだろうさ。でもな、俺はスピカを相手に手紙を隠す事は出来ない。今までずっとそばでスピカを見続けてきたんだ、あいつはあの時、本当は何が起きたのか知りたいはずなんだよ。スピカのためにも…この手紙はちゃんと見せよう。」
ラサルハはしばらく黙り込む。
当然である、あの出来事の当事者であるスピカに手紙を見せる事で、一体何が起きるのか?
不安だった、恐ろしかった、心配だった、でも。
「…分かった。何かあった時は私が居る、貴方が居る、レグルスだって、他の仲間だって居る。これからの事は、あの子に託そう。」
ラサルハも意を決する。
目の前で消えていく命の灯火を共に見届けた者同士、やはり見せる事こそが、スピカの為だった。
「行こう、みんなの所へ。」
「そうね。」
シルフィアとラサルハの2人は、全員の元へと歩みを進める。
その1歩は、これから起こる出来事への大きな、いや、大きすぎる一歩だった。
〜
「何、改まって?」
「なんだよ全員集合だなんて。」
「寝ないとお肌に良くないんだけど〜…」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ、全員集まれだなんて普通じゃないわ。」
集められた4人は、口々に疑問を投げかける。
シルフィアが普段見せないような深刻な表情で、この場に居た面々へ集まれと言うだなんて、絶対に何かあった時の言い方だった。
「普通じゃない…まあそうね。決していいことでは無いのは間違いないわ。」
ラサルハが慎重に言葉を探す。
こんな時、みんなになんと言えばいいんだろうか。
様々な戦場を経験したラサルハでも、その答えは持ち合わせていなかった。
静寂を破ったのは、手紙の事を共に伝えようとしたシルフィアだった。
「すまない突然集めて。だけど、これは全員が知るべき事なんだ。ある程度覚悟を決めて、これからの話を聴いてくれないか?」
シルフィアの珍しい言い回しに、4人は背筋を伸ばした。
全員の頭の中に、ただ人の話を聴くだけなのに、覚悟が要る?という疑問が浮かび上がってくる。
「…この間、スピカとある喫茶店に立ち寄った時の事だ。本来はデネボラに宛てたであろう、とある手紙を預かってきた。その手紙なんだが…実はそこに書かれていた内容が…」
シルフィアはその手紙の話を始めた途端、我慢していた感情が溢れて止まらなくなる。
何事かと驚く面々の前に、そっと手紙が差し出された。
一つ一つの文字を目で追いかける、その言葉の意味を理解しようとする。
そしてその手紙の全てを理解した時、4人の顔からは表情が無くなっていた。
どう言語化すればいいのか、なんと言えばいいのか、なんと言うべきなのか。
1番の当事者であるスピカに、全員の視線が集まる。
しかしスピカは、むしろ落ち着いていた。
「…これが、アーくんの最期?」
「…そうだ。あいつは魔王様の…いや、魔王の謀略によって殺されたんだ。」
シルフィアが怒りに満ちた声で、スピカの声に応える。
しかし当の本人は、ここでも冷静な声で話を始めた。
「そういう事なら急ぎましょう、デネボラが居るあの屋敷には…まだ仲間が2人残ってる。」
自らのことは二の次、スピカは仲間のことを優先したのだ。
そうなれば後は早かった、無言ながら全員が頷きながら立ち上がって準備をし始める。
異風の森にある、シルフィアたちが過ごしていた屋敷に向けて。
「待っててハマル、アルデバラン、今行くからね。」
〜
その頃王宮兵の面々は、大半が大講堂に集められていた。
ざっと目視で100人以上は居るであろうこの室内において、珍しく話し声は一切聞こえてこない。
それだけ今回起こった出来事は、王宮にとってはショッキングだったのである。
ミルズとロバーツは隣同士で座っており、大佐以上の者が座る一角には、錚々たる面々が顔を揃えていた。
ついさっきまで一緒だったアランも、相当な傷を負っていたはずのサブロウも、少し遅れてその席にやってくる。
そうこうしているうちにタリスカー大将が壇上に現れて、今後の話をするものだと、誰もがそう考えていた。
しかしそこに現れたのは、この王国のNo.2である宰相、ウォーカーだった。
「今から申し上げるのは、国王陛下からの伝令であります。此度の作戦における責任を負い、タリスカー大将には指揮官から外れていただくことになりました。これより国王陛下の命に基づき、これよりどなたかに新たな指揮官を任命したく、この場にお集まり頂きました。」
――あのタリスカー大将が“更迭”された…?
金髪オールバックの男が告げた一言に、講堂は急に騒がしくなる。
しかし大佐以上の席に座る者たちは、特別顔色を変えずにウォーカーの話へ耳を傾ける。
「ですが…私はいわゆる“政治屋”です。軍部のことは本来皆様方に委ねるべきだと思ったのですが…ここは私の判断で、指揮官候補を絞らせて頂きました。副官であったアラン大佐か、比較的若手であるサブロウ大佐か、それとも数多くの経験を重ねてこられたカラマ大佐か、皆様に判断を委ねたく存じます。」
今度は反対に講堂内が静かになる。
誰を指揮官に選んでも適任だと言える、そんな3人の大佐だった。
“なぜ候補から少将や中将を外したのか”という疑問も、この3人の大佐の前では微塵も出てこない。
それだけこの3人は、もっと上の役職にいてもいいような存在だったのだ。
「これより投票を行います、皆様の意思のみで投票を行ってください。相談と不正投票には、厳しい罰則が与えられるのでそのつもりで。」
投票はすんなりと進み、あとは開票作業を残すのみとなった時、ヒソヒソ話でミルズとロバーツは会話を始めた。
「…こりゃ難解だな。」
「そうなんですか?」
しばらく唸りながら、大佐たちが座る席を見つめるミルズ。
その視線は、どうやらサブロウに向いているようだった。
「ロバーツ、タリスカー大将の出身地はどこだった?」
「えっと…スコール街ですよね?」
「じゃあアランとカラマは?」
ロバーツの頭の中で、点と点がつながった。
「スコール街出身…ということは?」
「そう。このままタリスカー路線を継承するなら、アランかカラマになるし、その路線ではなくするならサブロウ大佐になる訳だ。だけど…今までのパワーバランス的に、サブロウ大佐は厳しいだろうなぁ…」
ミルズはこの先を考えながら再び頭を抱えていたその時、ウォーカーが檀上の中央に現れる。
「…お待たせ致しました、これより開票結果を申し上げていきます。」
秘書らしき女から手渡された紙に目を通すと、咳払いをしたのち結果を読み上げていく。
「サブロウ大佐、25票。アラン大佐、35票。カラマ大佐、40票。従いまして王宮兵の新指揮官は、カラマ大佐に決定致しました。」
大きな拍手に包まれた講堂内で、カラマ大佐は席を立ちその拍手に応える。
そして壇上に上がったカラマは全員の前で、今後の決意を語るのだった。
「たった今、王宮兵指揮官を拝命したカラマです。この度の魔王軍からの攻撃を受けて、今後より一層我々は強く在らねばなりません。その為には我々一同が、さらに強固な繋がりを持つべきなのです!そしてより一層の鍛錬によって、兵力も高めていかねばならないのです!その2つを軸として、今後君たちには様々な任務や訓練を行うので、そのつもりで!」
カラマは壇上で深く頭を下げると、再び講堂内は拍手に包まれる。
そうして新たな指揮官も決定したところで解散となった王宮兵たちは、一様に訓練に戻ったり、武器の手入れを始めたりしていた。
ロバーツもミルズもみんなと同様に、何かしらやる事を決めようと二人で武器倉庫に向かっていた。
〜
その頃、とある一室にて。
「…この結果で、良かったんですか?」
「えぇ。私にはまだ、やる事がありますので。」
「同じく。俺はそもそも、上の立ち位置ってつまんないだろうから嫌いなんだよな。」
机を隔てて2人と1人、何やら良からぬ話をしている。
「貴方が寸前になって、私たちが候補になっていると教えてくれた事、本当に感謝しております。」
「全く…自分たちが一番上に立たない事がお望みだなんて…一体なぜそんなことを?」
1人の方が2人に対して質問を投げかける。
その2人の眼差しは、あまりにも真剣そのものだった。
「私には、賭けてみたい男が居るんです。」
「俺も同じさ。そいつの為にも、俺たちはこれから前線に出る必要がある。指揮官だなんてガチガチに拘束されて目立つポジション?そんなもんはごめんなんだよ。」
この2人から伝わってくるのは、圧倒的な熱量。
その目は、その熱は、退路を絶った時の覚悟に似ているようだった。
「…貴方たちがそこまで入れ込む男、いつか会わせてくださいね、サブロウ大佐にアラン大佐?」
「もちろんですとも。戦勝パレードの先頭に立たせても恥ずかしくない男ですよ、彼は。」
「まあそういうこった。手伝ってくれてサンキューな、ウォーカー宰相殿。」
コンコンコン。
「失礼致します…ウォーカーさんにお二方とも、お待たせしまい申し訳ございません。」
「何を言ってらっしゃるんですか。貴方が新しい指揮官なんですから、もっとシャンとして頂かないと困ります。」
「そうだぜ、どっしりと構えてみなよ。あんたはもう指揮官なんだからよ、カラマ大佐?」
2人と1人が、今度は3人と1人になる。
任命した事を表す証書を受け取りながら、王宮兵の指揮官として決意を固めるカラマ。
――彼が指揮官に選ばれた”本当の理由”を、まだ誰も知る由もないのだ。




