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分かれるという事

「あいててて!」

「気持ちは分かるけど、少しはじっとしててくれないかしら…」

「だって!その薬品漬けの綿ってね、下手な武器より痛いんですよ!」


 ロバーツは女医に連れられた白の間で、衛生兵からの綿ポンポン攻撃に耐えていた。

 ただこの作業をしない限りは、傷の治りも遅いということは、ロバーツも理解はしていた。

 ――魔力に目覚める前の身体の時以上の速度で自らの傷が治っている事も、彼は気がついてはいたのだが。


「そう言われてもねぇ…それよりも、私がたまたま居て良かったじゃない、こんなに美人で頼りになる女医はそうそう居ないわよ?」

「美人…ねぇ…」

「……」

「わー!?美人、美人だなぁー!こんなに美人な女医さんに助けてもらえるなんて嬉しいなぁー!だからそのわけわかんないくらい大きな注射器降ろしてくれません!?」

「よろしい。」


 ロバーツはほんの冗談のつもりで茶化したのだが、その女医はすぐ頭に血が上るらしく。

 女医は小さくため息をつきながら、またロバーツの手当を続ける。

 ただ、ロバーツの怪我ももちろん大事だったが、問題は口から血を流すほどの重傷を負った、サブロウの容態だった。

 応急措置としてベッドに寝かせられては居るものの、その容態は決して芳しくないように見えた。

 それでも、ロバーツの方を優先する女医の姿を見て、不思議な感情が去来している事には間違いなかった。


「あの…」

「サブロウの事かしら?あなたが口に出さなくとも、視線で言いたいことくらいは分かるわよ。」


 さすがに最前線で戦う兵士達を、その目で数多く見てきているだけあった。

 ロバーツの目をしっかりと見ながら、女医は微笑みを浮かべて彼に答える。


「少し強めの治癒魔術をかけてある、治る頃には目を覚ますでしょう。」


 ロバーツはその事実を耳にして、少し安堵の表情を浮かべる。

 女医は笑顔を浮かべて、再びロバーツの治療に戻ろうとした。

 ロバーツはその女医の手際を見ながら、ふと何かを思い出した。

 ――この人の顔、どこかで見たような…?

 そんなことを考えていた矢先、大きな扉が勢いよく開いた。

 そしてまた、1人傷を負った者と、その負傷者を運んできた者がやってきたのだ。


「おい急患だ!さっきの城壁に来た一団が連れていた奴らの中に混ざってた!位は大尉、魔力レベルは微弱、まだ呼吸は保ってる!」

「全く…ここは治療室じゃないんだけどアラン大佐!?」

「しゃーねぇだろ!表の治療室もテントだってもうてんやわんやなんだよ!こういう連中はこっちに運んだ方が確実なんだよ!」


 急に扉を開け放った長身で茶髪の男は、スコール街の3大佐の一角と言われるアラン大佐。

 そしてその彼が連れてきた負傷者は、ロバーツが途中ではぐれたはずの、あのミルズだった。


「その人って…ミルズさん!?」

「お前は…ロバーツ少尉か!無事だったとは聴いていたが…この状況でも無事で居たとはな!」


 アランの表情が一気に明るくなったのを、ロバーツも女医も感じていた。

 しかしすぐに、アランは仕事モードの険しい表情に戻る。

 そこにはアランなりの、王宮兵の大佐であるというプライドが滲んでいるように思えた。


「良かった…ミルズさん無事だったんですね…!」

「あぁ、一応な。ただ余談を許さない状態な事には変わりない。表のテントじゃどうにも対処しきれないと思ってな、無理やりこっちに連れてきたってわけ。」


 アランも女医も共通しているのは、いわゆる魔力という存在を自らのものとしているという事。

 それに、運んできた時のアランの報告が誤っていなければ、どうやらミルズにも魔力があるような言いぶりだった。

 だからこそアランは、この白の間という存在に対して希望を見出していたのだ。

 しかしその女医は、少し悔しそうな表情を浮かべながらアランに話しかける。


「…この少尉(ロバーツ)の怪我もそうだけど、サブロウ大佐の容態も気にしなきゃいけない。それに…あまり私もここに長居は出来ないから。」


 本当はすぐにでも連れてこられた彼を助けたい、目の前に居る3人をしっかり手当してあげたい、全員が無事に回復するのを見届けたい。

 しかし、王宮から捕らえていた魔王軍の面々が逃げ出したこの状況で、そんな悠長なことは言っていられない。

 それに彼女だって、本来は一介の医者でしかない。

 表にあるテントに向かって、数多くの王国兵や王宮兵の手当に向かうべきなのだ。

 それをどうにか誤魔化してまで、彼女は白の間にやってきて治療を続けている。

 本来はそんな事、決して許されるべき行動ではない。


「…しゃーない、また表のテントに行って治してもらうようにお願いしてくるか。」

「待って。私は治さないだなんて、一言も言っていないわよ?」


 アランは反射的にへっ?という、素っ頓狂な声を上げることしか出来なかった。

 その女医は白衣を脱ぎ捨てブラウス姿になると、腕を真っ直ぐ伸ばす。

 そして横にされたミルズの全身に、白い光を当てる。

 その時だった。


「…はっ!?あれ、ここは?」

ミルズ!(ミルズさん!)

「仕方ないわね全く。見る限りそこまで深手を負ってる訳じゃなかったから、取り急ぎ簡単な処置だけはしておいたわ。もう少しちゃんとした治療を受けるなら、サブロウ大佐が治ってから、いいわね?」


 女医の腕から放たれた光――応急措置をする為の魔術――が、ミルズが負っていたダメージを一瞬にして回復させたのだ。

 ミルズは少し周りを見渡すと、すぐに自らの状況を理解した。

 そしてロバーツの顔を見るなり、安堵の表情をしながら涙を浮かべる。


「ロバーツ…お前無事だったんだな…!」

「ミルズさんこそ…!あの時魔王軍の人達に連れていかれて…てっきりそのままって思っちゃって…!」


 列車でミルズが連れ去られたあの時以来の再会に、2人は喜びを分かち合う。

 隣に居たアランはその様子を見ながら、いくつかの質問を始めた。


「ミルズくん、ひとまず戻ってきてくれたことをまずは歓迎したい。そして、私は君に何が起きたかを知りたい。出立してから今日に至るまで、一体何があったというのだ?」

「…列車に乗っていたら、カストルっていう十二聖団の奴が現れた。俺はそいつの攻撃を受けて、しばらく気絶させられていた。そして起きたと同時に、俺は四肢を縄で固定されていた。」


 ミルズはその先を口にしようとしていたが、どうにも言葉にならないような様子だった。


「…それで、それから一体何が?」

「…あまり口にしたくないんだが、俺の事をしばりつけていたのは…あのユウダイだった。」

「なんだって!?」


 ミルズの言葉に、驚きを隠せないアラン。


「ユウダイは俺に何か変な魔術を唱えようとしていた、だけどそれをサエが制止してくれた。サエは俺に、『早く逃げろ』と伝えてユウダイの足止めをしてくれた。だから俺はサエを信じて、その場から逃げ出した…なんとも情けない話さ。」


 ミルズは悔しそうに拳を震わせながら、彼に起きた出来事を語ってくれた。

 しかしそれでは、ここまで起きた事に対して矛盾がある、例えば…


「でも…どうしてそこまでの行動を取ったサエさんは、魔王軍側に傾いたんでしょうか?」

「ちょっと待て…ロバーツそれどういう意味だよ!?」


 ミルズはロバーツの胸ぐらを掴む。

 なんとかアランがそれを引き離した事で事なきを得たが、ミルズの表情には、怒りが満ち溢れていた。


「実は…サエさんは地下牢の爆発の後、私とサブロウさんの前に現れたんです。そして私たちを打ち倒したあと、サエさんは黒いドレスのような服装に変わった。この王宮に反旗を翻して姿を消したんです…」


 ミルズの、いや、アランや女医たちの表情からは、絶望以外の何物でもない感情が行き渡っていた。

 そのまま膝を折ってその場に崩れ去るミルズの口から発せられるのは、咆哮のような叫び。


「嘘だ…そんなのウソだ!!!うあああああああああああああ!!!」


 信じたくない現実は、確かに目の前に突きつけられていた。

 あのサエが?今まで共に戦ってきた仲間が?あの日自分を逃がしてくれた人が、敵だった?

 ――ずっと相棒だと信じてきた人が、敵になった?


「そんな訳…そんな訳あるかよ…」

「…私だって、決して信じたくはありません。ですが、この目で見たからこそ言えます。これもまた一つの現実なのですよ、ミルズくん。」


 叫び声に反応したからか、サブロウがベッドからゆっくりと身体を起こす。

 ミルズは今にも泣き出しそうなくらい悲しい顔で、サブロウの方を向いて固まってしまう。


「私だって…信じたくはありませんでした。ですが私は、彼女の剣を、攻撃を、この身で確かに受けました。彼女はもう…今までのサエ少佐ではない。」


 サブロウも、ミルズも、2人揃って拳を震わせながら、ただその場に立ち尽くした。

 2人を支配する感情は、何より怒りや悔しさではない。

 目の前でサエという人間に対峙していたはずなのに、何も行動を起こせなかった自らに対する、深い失望や悲しみだった。


「ですが、我々に刃を向けてきた以上、もはや彼女を味方だと見なすことはできません。我々がこれから討伐するべきは、魔王軍の残党たちでもあり、この王宮に刃を向けてきた者たち…ユウダイとサエもなのです。」


 今まで優しそうな雰囲気を出していたサブロウの声には、今まで聞いた事のないくらい低く、それでいて強い、怒気が含まれていた。



「ふむ、ではここで二手に分かれるのだな?」

「はい。まだ何人かは、屋敷や湖に仲間を残したままですので。」


 魔王ブラニカはシルフィアからの進言に、静かに耳を傾けていた。

 このまま魔王城に戻る者と、異風の森と鏡の湖に残された仲間たちと合流してから、魔王城を目指す者たちで別れることになった。

 四天王のうち、異風の森と鏡の湖に仲間を待たせているシルフィアとフジは、仲間の元へ向かうことになった。

 それについていく形で、スピカやラサルハ、ポルックスとカストルという、元々同行していた面々にレグルスが加わることになった。

 一方の魔王城に向かう面々は、魔王と四天王の残り二人に加えて、サエやユウダイが向かうことになった。

 またそこに付け加えて、王宮に捕らわれていた十二聖団のアンタレスという者も、魔王城へと向かっていった。


「それでは、また約束の地(魔王城)で。」


 お互いの無事を願いながら、魔王軍たちはとある森の中で別れた。

 そうして歩みを続けていたその日の夜の事だった。

 夕飯をみんなで食べた後、シルフィアは寝転びながら星を眺めていた。

 そんな彼の頭の中には、前に出会ったカフェの店主から預かった手紙の存在が、ずっと残り続けていた。

 一体あの手紙はなんなのか?

 差出人に中身、そもそもあれはなんの目的があって書かれた手紙なんだ?


「…別にあの中身、読んだってバレやしないよな…。」


 シルフィアは起き上がって、カバンの中に入っていた手紙を取り出す。

 封筒に入っていた便箋を、誰にも見られないようにそっと開こうとしたその時。


「あら、寝れないですかシルフィアさん?」

「あぁ…ラサルハかビックリした。」


 ちょうどシルフィアの元に、ラサルハがやってきた。

 突然の来訪者に驚いたシルフィアは、とっさに手紙を隠す。

 その動きが何か怪しいと思ったラサルハは、ニヤニヤした表情を浮かべて、シルフィアに隠したものを出させようとする。


「なんですかー?スピカちゃんがいるのに誰かからのラブレターでも隠し持ってるんですかー?」

「な、なわけないだろう…!これは…その…預かってきた大事な手紙でだな…!」

「ふーん、私にも見せてくださいよー♪」


 ラサルハがジリジリと、シルフィアとの距離を詰めてくる。

 さすがに隠し通す事は出来ない、ニコニコしながら詰め寄ってくるラサルハの圧に観念したのか、シルフィアはラサルハに手紙を渡してしまう。


「全く…!見たいなら見ろ!でもな、俺も中身は知らないんだ。読み終わったらこっちによこしな!」

「ありがとうございまーす♡」


 ラサルハはウキウキでシルフィアから手紙を受け取って読み始める。

 シルフィアは呆れたような様子で、ラサルハに小言を言っていた。


「あんたは昔からそうだよな…人との距離の詰め方が普通じゃねぇ。いつかあんたみたいな奴はな、誰かに誤解されて…」

「…ねぇ。」


 シルフィアは初めて、ラサルハから冷たい口調の言葉を聴く。

 自分の言葉が何か癇に障ったのだろうか、と1人で反省しようとしていたその瞬間、どさっと何かが崩れるような音が聴こえてきた。

 ――ラサルハがあまりのショックで、足元から崩れる音だった。


「この手紙…どこから手に入れたの?」

「え?それは男と男の秘密って奴で…」

「いいから答えて!!」


 ラサルハは今にも泣きそうな叫び声で、シルフィアに手紙の出どころを訊いた。


「お、俺とスピカが前に立ち寄ったカフェだ…そこの店主が忘れ物だって言って、俺らに預けてくれたんだよ。多分元々デネボラが持ってた物だろうな。」

「…」


 ラサルハは質問の答えを聞くと、静かに肩を震わせて泣き始めた。

 何事かと思ったシルフィアが、ラサルハの手から手紙を取って読み始める。


「…嘘だろ。」


 手紙を持つシルフィアの手も、小刻みに震え始めていた。

 そこに書かれていたのは、彼も思い出したくなかったあの日の真実。

 ――スピカの愛した者(アークトゥルス)に手を下した者を讃える、魔王ブラニカからの直筆の手紙だった。

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