第9話:互いの影と友情の芽生え
国王歴997年7月。
勇者育成学校での二度目の夏が訪れていた。日差しは強く、訓練場の地面からは陽炎が立ち上る。レオは十四歳になっていた。
エリックとレオは、共に訓練に励む中で、互いの長所と短所を深く知るようになった。
レオの圧倒的な戦闘能力は、この学年では群を抜いていた。剣術でも体術でも、彼に敵う生徒はほとんどいない。まるで生まれ持った才能と、これまでの血の滲むような努力が、彼の動きのすべてに凝縮されているかのようだった。
しかし、魔法を使うことは相変わらずできない。遠距離からの攻撃や、広範囲に及ぶ魔法の防御は、彼の唯一にして最大の弱点だった。
対するエリックは、レオとは対照的だった。
魔法も剣術も、体術も、すべてにおいて平均より少し高い能力を持っていた。
突出した才能はないものの、どんな状況にも対応できるバランスの取れた能力は、彼をチームにおいて頼れる存在にしていた。彼の得意なのは、連携と、状況を冷静に分析する知性だった。
エリックは、レオの才能を目の当たりにするたびに、内心で複雑な感情を抱いていた。
嫉妬。
自分はなんでもできると思っていた。それなのに、レオの戦闘能力は、エリックのそれを遥かに凌駕していた。だが、それ以上に、エリックはレオの真っ直ぐな心と、ひたむきに努力する姿に惹かれていった。
魔法が使えないという絶望的なハンデを抱えながらも、決して諦めず、黙々と己を鍛え続けるその姿は、エリックの心を揺さぶった。
エリックは、持ち前の高い「共感力」によって、レオの境遇に深く共感し始めていた。
レオが孤児であること。
魔法が使えないことで、どれほど周囲から冷たい視線を浴びてきたか。
最初は、単に「できないレオを助ける」という、自分を優位に見せるための優越感のような感情だったのかもしれない。だが、共に過ごす時間が増えるにつれ、その感情は次第に、真の友情へと変化していった。
ある休日。
二人は外出許可を得て、学校の近くにある町へと繰り出した。
賑やかな露店が立ち並び、活気ある声が飛び交う通りを、二人は並んで歩く。
エリックは、興味深そうに周囲を見渡し、時折、店主と冗談を交わして笑った。レオは、そんなエリックの隣で、どこか落ち着かない様子だった。
人混みの中を歩くことは、レオにとってまだ慣れないことだった。幼い頃、路上で生きていた彼は、常に人々の視線から逃れるように生きてきたのだ。
エリックは、そんなレオの様子に気づくと、自然に彼の肩に手を置いた。
「大丈夫か? 人が多いと疲れるだろ」
その優しい気遣いに、レオは少し驚いた。これまでの人生で、こんな風に心配されたことなど、ほとんどなかったからだ。
二人は、町の片隅にある小さなカフェに入った。甘い香りが漂う店内で、二人は向かい合って座った。
「なぁ、レオ。お前は、この先どうしたいんだ?」
エリックが、ストレートに問いかけた。
レオは、カップを握りしめたまま、視線を落とした。
「……英雄になりたい」
その言葉は、まるで彼の心の奥底から絞り出すような、重い響きを持っていた。
「俺は、魔法が使えない。だから、もっと強くなって、この手で、誰かを守れるようになりたい」
エリックは、レオの言葉を遮ることなく、じっと耳を傾けた。
「俺は、誰よりも強くなって、どんな困難も乗り越えてみせる。そうじゃないと、俺は……
俺の居場所は、どこにもないんだ」
レオの言葉には、彼が抱える深い孤独と、必死なまでの決意が滲んでいた。
エリックは、静かに頷いた。
「そっか。俺は、お前みたいに強くないけどさ、でも、俺にも夢があるんだ」
エリックは、遠い目をして語り始めた。
「俺は、たくさんの人を助けたい。俺の魔法で、俺の知識で、困ってる人を笑顔にしたいんだ」
二人は、それぞれの夢や、将来について語り合った。
エリックは、レオの孤独に寄り添い、彼の夢を真っ直ぐに受け止めた。
レオは、エリックの温かさに触れ、これまで感じたことのない安らぎを得た。
夕暮れの町を、二人は並んで歩いた。
互いの影が、長く伸びて重なる。
その影は、まるで二人の間に芽生えた、真の友情を象徴しているかのようだった。