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第87話:最後の対峙

 親衛隊長ゼノンを打ち破り、レオたちはついに大回廊の最奥に鎮座する、荘厳な漆黒の扉の前に立っていた。


 その扉は、まるで遥か太古の時代からそこに存在し続けているかのような、威厳と重厚さを兼ね備えている。

彼らがこれまで経験してきた戦いの全てが、この扉の先に続く、最後の対峙へと繋がっていた。


 エリックは、疲労困憊の身体に鞭打ちながら、その分厚い扉に手をかけた。

ひんやりとした金属の感触が、彼の掌に伝わる。


 「ここが……」


 セレーネもまた、緊張した面持ちで扉を見上げた。

彼女の心臓は、激しく脈打っている。

この扉の向こうに、自分たちが追い求めてきたすべての答えが、そして世界の命運が待っているのだ。


 レオは、複雑な感情を胸に秘めながら、二人の隣に立つ。

ゼノンとの戦いを通じて、魔族に対する彼の認識は、さらに深く変化していた。

魔王は、一体どのような存在なのだろうか。

リリスが言っていた「真実」とは。


 エリックが、大きく息を吸い込み、その扉を力強く押し開いた。


 ギィィィィィン……


 重厚な金属の軋む音が、広大な空間に響き渡る。

扉はゆっくりと内側へと開き、その先に広がる魔王の間が、彼らの視界に飛び込んできた。


 その空間は、これまでの魔王城の冷たく荒々しいイメージとはかけ離れていた。


 天井は遥か高く、星々が煌めく夜空のように広がり、中央には巨大な円形の祭壇が据えられている。

壁には古代の魔族の文字が刻まれ、神秘的な光を放つ魔石が、空間全体を幽玄な輝きで満たしている。


 玉座へと続く赤い絨毯は、血のような深紅の色で、その両脇には、魔族の歴史を物語るかのような、精巧な彫刻が施された柱が林立していた。

広大でありながら、どこか静謐で、厳かな雰囲気に包まれている。


 その、広大な空間の奥。


 すべての視線が集中する先に、玉座に座る一人の存在があった。


 「あれが……魔王……」


 セレーネが、か細い声で呟いた。

彼女の目に見えたのは、これまでの魔族のイメージを根底から覆す、あまりにも意外な姿だった。


 玉座に座る魔王は、漆黒のローブを纏っているものの、その顔は、ローブのフードからわずかに覗いていた。

その姿は、おぞましい怪物でも、巨大な魔獣でも、ましてや奇形的な姿でもなかった。


 そこにいたのは、一人の、人間だった。


 精悍な顔立ち、高く通った鼻筋、そして引き締まった顎のライン。

銀色の長い髪は、まるで月の光を浴びたかのように輝き、ローブの隙間から覗く白い肌は、完璧なまでに人間そのものだった。


 その威厳ある姿は、これまでの魔族のイメージ、すなわち残忍で狡猾な魔物という固定観念とは、あまりにもかけ離れていた。


 まさしく、人間の王侯貴族のような、あるいは、神話に登場する英雄のような、崇高で、それでいてどこか近寄りがたい雰囲気を纏っていたのだ。


 魔王は、彼らが踏み入ったことにも動じることなく、静かに玉座に座り続けている。


 その視線は、彼らの存在を認識しているものの、敵意や怒りの感情は読み取れない。

ただ、その深い瞳の奥には、レオには見覚えのある、どこか寂しげな光が宿っていた。


 それは、まるで、広大な宇宙の中で、ただ一人取り残されたかのような、深い孤独と、あるいは、長きにわたる苦悩の果てに辿り着いた諦念のような輝きだった。


 エリックとセレーネは、魔王の圧倒的な存在感に、そしてその予想外の姿に、息をのんだ。

彼らの顔には、驚愕と混乱が混じり合っていた。


 「な……なんだ、あれは……?」

エリックの声が、震える。


 彼らは、何百、何千もの魔族と戦ってきた。

魔王とは、その頂点に立つ、最もおぞましく、最も強大な魔の存在だと信じて疑わなかった。

しかし、今、目の前にいるのは、どう見ても人間だった。


 「魔王が……人間……?

そんな、馬鹿な……」

セレーネも、信じられないといった様子で呟いた。


 彼女の魔力の感知は、目の前の存在が計り知れないほどの強大な魔力を持っていることを示している。

だが、その姿は、どう考えても、魔族のそれではない。

彼らの常識は、目の前の光景によって、完全に打ち砕かれたのだ。


 (魔王は……魔族ではないのか……?)


 エリックの頭の中は、疑問符で埋め尽くされた。これまでの自分たちの戦いは、一体何だったのか。

人間と魔族の戦いだと信じてきたものが、根底から覆されるような衝撃が、彼らを襲っていた。


 レオもまた、魔王の姿に内心で強く動揺していた。


 彼は、以前、魔王城で捕らえられた時、魔王と一度だけ対面している。

その時は、魔王の顔は深いローブのフードで完全に隠されており、声も変えられていたため、姿をはっきりと確認することはできなかった。


 しかし、その時もレオは、微かに感じた魔王の「気配」に、どこか違和感を覚えていたのだ。

それは、魔族特有の禍々しさとは異なる、どこか人間味を帯びた、それでいて測り知れないほどの強大な「力」だった。


 そして今、はっきりとその姿を現した魔王は、レオの当時の直感を裏付けるものだった。


 (まさしく……

人間じゃないか……!)


 特に、その瞳に宿る、寂しげな光。

それは、レオがリリスの瞳の奥に、そしてゼノンの瞳の奥に感じた、彼らなりの「信念」や「誇り」とはまた異なる、より深く、より個人的な感情の影だった。


 レオは、その光に、胸の奥で確かに覚えのある、遠い記憶の残滓のようなものを感じ取っていた。

それは、一体誰の、どのような感情なのか。

なぜ、魔王が人間にしか見えないのか。

そして、この魔王の瞳に宿る、その「寂しさ」の正体とは。


 この、予想外の魔王の姿は、レオにとって、リリスの言葉、すなわち「人間と魔族の間に真実がある」という言葉の重みを、さらに深く突きつけるものとなった。


 彼らの戦いは、単純な善悪の対立ではない。

その背後には、彼らが知らされていない、巨大な何かが隠されている。


 魔王は、静かに彼らを見つめ返している。

その視線には、いかなる感情も読み取れない。


 ただ、広大な空間に、三人の勇者と一人の魔王だけが対峙し、張り詰めた静寂が満ちていた。


 最後の対峙。


 この瞬間、彼らの旅は、新たな局面へと突入しようとしていた。

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