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第85話:最後の障壁

 魔王城の大回廊に、再び激しい剣戟の音と、魔力の衝突が響き渡る。


 ナイトメアアサシンの一体が消滅したことで、レオの迷いは完全に払拭された。

彼の瞳には、仲間を守るという揺るぎない決意が宿り、その剣筋はかつてないほどの鋭さと正確さを取り戻していた。


 エリックとセレーネもまた、レオの迷いが消え去ったことに安堵し、再び盤石な連携を取り戻す。


 「セレーネ、ディープアイの魔法を抑えろ!

エリック、ヘルナイトは俺が引きつける!」


 レオの指示が、淀みなく広間に響き渡る。

その声には、以前の迷いの影は一切なく、仲間を導く戦士としての確かな響きがあった。


 セレーネは、レオの言葉に力強く頷いた。

彼女の魔力は、ディープアイの呪文干渉に苦しんでいたが、レオの覚悟を感じ取り、これまで以上の集中力で魔力を練り上げる。


 「ライトニングボルト!」


 彼女の杖から放たれた雷の光が、ディープアイの不気味な赤い瞳に向かって一直線に走る。

ディープアイは、複数の瞳を瞬かせ、魔力の障壁を展開しようとするが、セレーネの雷撃はそれを容易く貫き、その巨体を痺れさせた。


 ディープアイの詠唱が僅かに途切れる。

その隙をエリックは見逃さなかった。


 「流石だ、セレーネ!」


 エリックはヘルナイトの重い剣撃を跳ね返し、セレーネが足止めしたディープアイに肉薄する。

ディープアイは防御に特化した魔族ではない。

その結晶のような体にエリックの剣が突き刺さり、魔石が埋め込まれた胸部に深々と食い込んだ。


 ディープアイは甲高い悲鳴を上げ、まばゆい光の粒子となって消滅した。


 親衛隊の魔族たちは、もはや彼らの敵ではなかった。


 これまで苦戦していた戦いが嘘のように、形勢は一気に逆転する。

ディープアイが消滅したことで、ヘルナイトへの魔力供給、そしてナイトメアアサシンへの支援も途絶えた。


 残るはヘルナイトと、もう一体のナイトメアアサシンだ。


 「残り二体!」

エリックが叫んだ。


 彼の顔には、疲労の色は濃いものの、勝利への確信が満ちていた。


 レオは、ヘルナイトとナイトメアアサシンを同時に相手取っていた。

ナイトメアアサシンは、ディープアイの支援が途絶え、単独での高速攻撃ではレオの動きを捉えきれない。

レオは剣でアサシンの短剣を弾き飛ばし、その無防備になった胴体に容赦なく剣を突き立てた。

影のようにゆらめいていたアサシンの体が、光となって霧散する。


 残るはヘルナイトのみ。

大回廊に、ヘルナイトの重い呼吸音が響く。


 彼は、仲間が次々と倒されていく様を、感情のない瞳で見つめていた。

しかし、その動きには一切の乱れがない。

その存在からは、依然として圧倒的な威圧感が放たれていた。


 エリックはレオとセレーネに目配せし、ヘルナイトを挟み撃ちにする態勢を取る。

レオは正面から、エリックは右側面から、セレーネは後方から魔法の集中を開始する。


 「終わりだ、ヘルナイト!」

エリックが叫び、全力を込めてヘルナイトに斬りかかった。


 ヘルナイトは巨大な両手剣でエリックの攻撃を受け止めるが、レオは既にその背後へと回り込んでいた。


 レオの剣が、ヘルナイトの鎧のわずかな隙間、首筋と肩の継ぎ目を正確に狙う。

彼は、ヘルナイトの瞳の奥に宿る「何か」を感じながらも、今度は躊躇しなかった。


 仲間を守るため、そしてこの城の真実へと進むため。


 ズブリ、と、鎧の隙間を貫く鈍い音が響き渡る。

ヘルナイトは、感情のないうめき声を上げ、その巨体がゆっくりと傾いた。


 そして、地響きを立てて倒れ伏し、やがて光の粒子となって大回廊から消滅した。


 静寂が戻った。

だが、それは安堵の静寂であり、彼らの勝利を告げるものだった。


 三人の肩で息が上がるが、その顔には深い疲労の中に、困難を乗り越えた達成感と、再び固く結ばれた絆の確かな手応えが浮かんでいた。


 「やった……!」

セレーネが、震える声で呟いた。

彼女の瞳には、希望の光が宿っている。


 エリックは、レオの肩を力強く叩いた。


 「見事だった、レオ。

お前がいなければ、どうなっていたか……」


 エリックの言葉には、偽りのない感謝と、揺るぎない信頼が込められていた。

先ほどのレオの迷いは、確かにエリックの心を掻き乱したが、仲間を守るために迷いを振り切ったレオの姿は、エリックの疑念を完全に払拭するに足るものだった。


 しかし、レオがなぜ、最初にあのような迷いを見せたのかという疑問は、エリックの心の奥底に、小さな棘のように残っていた。


 その棘は、レオの隠している真実が何なのかという、尽きることのない探求心となって、エリックの心を刺激し続けていた。


 レオは、静かに頷いた。

彼の心は、仲間への感謝と、魔族を倒したことへの複雑な感情で満たされていた。


 だが、今は進むしかない。

リリスとの再会、そしてアルスが追い求めた真実を解き明かすために。


 彼らが、疲労した身体に鞭打ち、さらに魔王城の奥へと足を踏み出そうとした、その時だった。


 回廊の最奥から、これまで感じたどの魔力よりも濃密で、そして絶対的な威圧感を放つ存在が、ゆっくりと姿を現した。


 それは、ヘルナイトや他の親衛隊員とは一線を画す、真の「力」の象徴だった。


 その魔族は、他の親衛隊員と同じ漆黒の鎧を纏っているが、その鎧はより精巧で、胸元には巨大な赤い魔石が埋め込まれている。


 兜は顔の半分を覆うのみで、その下から覗く顔は、人間と酷似しながらも、額に二本の鋭い角が生え、その瞳は、深淵の闇を湛えているかのように深く、そして、燃え盛る炎のように激しい光を放っていた。


 その手には、まるで魔力そのものが具現化したかのような、禍々しい漆黒の大鎌が握られている。


 その存在感は、魔王の魔力に直接呼応しているかのように強大で、彼らが倒してきた親衛隊員たちの比ではなかった。


 彼こそが、魔王の親衛隊を統べる、真の隊長――

ゼノンだった。


 ゼノンは、倒れ伏した親衛隊員たちの残骸を一瞥すると、何の感情も抱いていないかのように、その視線をレオたちに向けた。


 彼の口元が、わずかに歪む。

それは、侮蔑か、あるいは単なる無関心か。


 「よくぞ、ここまで辿り着いたな、人間ども。

しかし、無駄な足掻きだったな。

これより先は、魔王陛下の領域。貴様らの血で、この大回廊を染める時が来た」


 その声は、広間に響き渡り、空間そのものを震わせるほどの重みを持っていた。


 絶対的な忠誠心と、勇者たちを排除しようとする揺るぎない決意が、その言葉の節々から感じ取れる。

彼は、まるで呼吸をするかのように自然に、強大な魔力を放出している。


 セレーネは、その圧倒的な魔力の奔流に、思わず息を呑んだ。

彼女の魔法回路は、警鐘を鳴らし、全身の毛穴が恐怖で逆立つ。


 エリックもまた、剣を握る手に一層力を込めた。彼らの前に立ちはだかるのは、これまでで最強の敵だと、直感的に悟った。


 レオは、ゼノンの瞳を見つめた。

その深淵の闇を湛えた瞳の奥に、レオは、リリスと同じような、純粋で揺るぎない「信念」を感じ取った。


 それは、個人的な感情や欲望ではなく、彼が信じるもののために、命を懸けて戦う覚悟の光だった。

彼らが魔王に忠誠を誓い、この城を守ることは、彼らにとっての絶対的な「正義」なのだ。


 (この戦いは……単なる善悪の戦いじゃない……)


 レオは痛感した。

魔族だから悪、人間だから正義、という単純な構図では語れない、もっと深い何かがこの魔王城には横たわっている。


 リリスが、人間と魔族の間に真実があると言った理由が、今、目の前のゼノンの存在によって、より明確に理解できた。

彼らは、それぞれの信念を背負い、命を懸けて戦っているのだ。


 ゼノンは、漆黒の大鎌をゆっくりと構えた。

その刃が、回廊の淡い光を吸い込み、不吉に輝く。


 この親衛隊長こそが、魔王の領域への最後の障壁。そして、レオたちが、リリスとの再会、そして世界の真実へと辿り着くために、超えなければならない、最も強大な壁だった。


 三人の勇者の視線が、ゼノンに集中する。新たな激戦が、今、始まろうとしていた。

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