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第84話:レオの葛藤

 魔王城の大回廊に響く金属音と魔法の炸裂音は、三人の勇者と魔王の親衛隊との間に繰り広げられる激しい戦闘の証だった。


 ヘルナイト、ナイトメアアサシン、ディープアイ。

それぞれの特性を活かした親衛隊の連携は完璧で、レオ、エリック、セレーネは、これまでになく苦戦を強いられていた。


 エリックは、ヘルナイトの猛攻にさらされ、剣と剣がぶつかり合うたびに、全身に衝撃が走る。

ヘルナイトの両手剣は、重く、速く、そして正確だ。

エリックの熟練した剣技をもってしても、その攻撃を捌き切るのがやっとだった。


 「くそっ、この一撃は……!」


 エリックは、ヘルナイトの一撃を受け流しながら、僅かに後退する。


 ヘルナイトの鎧の隙間から覗く瞳には、感情のようなものは見えない。

ただ、効率的な殺意だけが宿っている。


 エリックは、アルスが生きていれば、この親衛隊の堅固な守りをどう突破しただろうか、と考えた。

アルスなら、躊躇なく、魔族の急所を狙っただろう。しかし、今のレオは……。


 レオは、ナイトメアアサシン二体と対峙していた。

彼の剣筋は、以前にも増して洗練され、アサシンの高速な動きにも難なく対応している。


 残像を残しながら繰り出される短剣の連撃を、正確に弾き、かわす。

しかし、その動きには、どこか違和感があった。

彼は、アサシンたちに決定的な反撃を与えようとしないのだ。


 (目の前の魔族たちも、リリスと同じ魔族なんだ……。

彼らにも、何か信じるものがあるのかもしれない……)


 レオの脳裏には、リリスが語ってくれた魔族の歴史、人間との共存の可能性がよぎる。

そして、牢屋で見たヘルナイトの、感情を読み取れない奥底にある「何か」。


 彼らの瞳の奥に、人間と変わらない、あるいはそれに近い、生きるための本能、あるいは彼らなりの「正義」のようなものが宿っているように感じられたのだ。

その錯覚にも似た感覚が、彼の剣を躊躇わせた。


 彼は、アサシンたちの急所を外すように、剣の軌道をわずかに逸らす。

剣先は鎧をかすめ、あるいは四肢を狙い、相手を無力化するだけに留めようとする。

致命傷を避けるその手加減は、彼の動きの洗練さとは裏腹に、どこか精彩を欠いているように見えた。


 セレーネは、ディープアイの魔法攻撃に翻弄されていた。

多重に展開される魔法陣からは、氷、闇、そして雷の複合属性魔法が絶え間なく放たれる。


 彼女は光の魔法で応戦するが、ディープアイの魔法は彼女の魔力そのものに干渉し、魔法の発動を妨げようとする厄介な性質を持っていた。


 「くっ……

魔力が乱される……!」


 セレーネは必死で耐えるが、その顔には焦りの色が浮かんでいる。

視界の隅でレオがナイトメアアサシン相手に手加減しているのが見えた。


 致命的な攻撃を放つ機会を何度も逃している。


 「レオ!

何をしているの?! 本気で戦ってよ!」

 セレーネの声には、苛立ちがにじんでいた。


 魔王城の奥深く、親衛隊という強敵を前にして、なぜレオは迷っているのか。

彼の隠された力は確かに感じられるのに、それを出し惜しんでいるようにしか見えない。


 これまで三人で築き上げてきた信頼と連携が、このレオの不可解な行動によって、まるで砂のように崩れていくような感覚に陥った。


 エリックもまた、レオの戦いぶりに、自身の疑念が正しかったかのような錯覚を覚える。


 「おい、レオ!

油断している場合か!

このままじゃ、俺たちがやられるぞ!」


 エリックは、ヘルナイトの剣を弾き飛ばしながら、怒鳴るように叫んだ。

彼の剣は、血と汗でべったりと滑る。


 レオの剣が、アサシンに致命傷を与えられないことに、彼は「油断」や「裏切り」の可能性を見ていた。

レオが魔王城から生還したこと、そして以前とは比較にならないほど洗練された戦い方を身につけていること。


 それらがすべて、レオが魔王と何らかの取り引きをした証拠なのではないか、という疑惑が、エリックの心の中で渦巻いていた。


 アルスなら、こんな状況で迷うことはなかった。

彼が信頼し、背中を預けていたはずの仲間が、今、何を考えているのか、全く理解できなかった。


 レオは、二人の焦りと不信感を感じ取っていた。

彼らを心配させたくない。

彼らに真実を打ち明けることもできない。


 その葛藤が、彼の動きをさらに鈍らせる。

彼の剣は、アサシンの攻撃を捌き続けるが、その一撃一撃からは、相手を倒すという明確な意志が欠落していた。


 ナイトメアアサシンの一体が、レオの「手加減」を見抜き、狡猾な笑みを浮かべたかのように見えた。

その魔族は、剣の攻撃を受け、苦しげに後退する素振りを見せた。


 その動きは、見るからに弱っており、隙だらけに見える。

エリックは、ヘルナイトの剣を辛うじて防ぎながら、そのアサシンが弱ったのを見て、反射的にとどめを刺そうと動いた。


 「今だ!」


 エリックはヘルナイトの攻撃を無理やり押し戻し、ナイトメアアサシンに向かって踏み込んだ。

だが、その瞬間、弱っていたはずのアサシンの目が、獲物を捉えた獣のように鋭く光る。


 それは、完璧な偽装だった。


 アサシンは、その偽りの隙を突いて、エリックの背後から奇襲を仕掛けたのだ。

短剣が、エリックの無防備な背中に狙いを定める。


 「エリック、危ないっ!」

 レオの叫びが、広間に響き渡った。


 彼の身体は、思考よりも早く動いた。

アサシンの動きを予測し、瞬時にエリックの背後へと飛び込む。

短剣がエリックの背中を貫く寸前、レオの剣がその軌道を完璧に捉え、弾き飛ばした。


 キン、と甲高い金属音が響き、アサシンの短剣は壁に突き刺さる。


 エリックは、背後に迫った死の気配に、ゾッと身震いした。

振り返ると、そこにはレオがいた。


 彼を救ったのは、迷いを抱えていたはずのレオだった。

アサシンは、自身の奇襲が防がれたことに驚き、一瞬動きを止めた。


 その隙を、レオは見逃さなかった。


 レオの瞳から、それまでの迷いが一掃された。

彼が手加減していたことが、仲間を危険に晒した。

リリスとの約束も、魔族への感情も、今は関係ない。

仲間を守る。


 それが、戦士としての、何よりも大切な使命だ。


 「甘かった……!」


 レオの剣が、電光石火の速さでナイトメアアサシンに突き刺さった。

今度の一撃は、迷いなく、正確に、そして確実に、魔族の魔石を貫いていた。


 アサシンは、絶叫を上げる間もなく、影のように広間から消滅した。


 その瞬間、エリックの目から、不信の影が拭い去られた。


 レオが自分を救った。


そして、迷いなく敵を討った。

あの剣には、確かに殺意が宿っていた。


 「レオ……!」


 エリックの声には、驚きと安堵、そして深い信頼が混じっていた。

危うく失いかけた彼の信頼が、再び、より強固なものとなって戻ってくるのを感じた。


 セレーネもまた、レオの表情から迷いが消え、再び以前の勇者の輝きを取り戻したことに、安堵の息を漏らした。


 しかし、戦いはまだ終わらない。


 ナイトメアアサシンはもう一体いる。

そして、ヘルナイトとディープアイが、新たな脅威となって彼らに立ちはだかる。


 だが、レオの迷いは消えた。

彼の瞳には、仲間を守り、この魔王城の真実を解き明かすという、揺るぎない決意が再び宿っていた。


 連携の綻びは修復され、三人は再び、固い絆で結ばれたパーティーとして、次の攻撃に備えた。

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