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第83話:激戦の幕開け

 魔王城の大回廊に、張り詰めた静寂が満ちていた。


 魔王の親衛隊の威圧感と、レオたちの覚悟が拮抗し、一触即発の空気が漂う。ヘルナイトの低く響く言葉が、その均衡を破った。


 「侵入者め。

これより先は、貴様らを生きたままで通すわけにはいかぬ」


 その言葉を合図に、親衛隊が一斉に動き出した。

彼らは連携を取りながら、完璧な布陣でレオたちに迫る。


 ヘルナイトが巨大な両手剣を構え、重い足音を響かせながら正面から。

ナイトメアアサシンは影のように左右に散り、残像を残しながら高速で側面へと回り込む。

そして、後方からはディープアイが、不気味に輝く複数の瞳で彼らを見据え、魔力を練り上げ始めた。


 「来るぞ!」

エリックの鋭い叫びが、広間に響き渡る。


 彼は即座に剣を構え、ヘルナイトの突進を受け止めようとする。


 金属がぶつかり合う轟音が響き、エリックの体がわずかに後退する。

ヘルナイトの一撃は、これまで戦ってきたどの魔族よりも重く、その力は想像をはるかに超えていた。


 「くそっ、なんて力だ!」


 エリックは腕が痺れるのを感じながらも、必死で体勢を立て直す。

彼の剣技は洗練されているが、親衛隊の動きはそれを上回る精密さで、わずかな隙さえ与えない。


 ヘルナイトは、ただ力任せに振るうだけでなく、エリックの剣の軌道を読み、次の動きを封じるかのような連携攻撃を仕掛けてくる。


 セレーネは、後方から迫るディープアイの魔力に気づき、すぐさま光の障壁を展開しようとする。


 「ライトシールド!」


 しかし、ディープアイの呪文詠唱はセレーネよりも速かった。

複数の赤い瞳が不気味に輝き、大回廊の壁が凍てつくような冷気に包まれる。


 「フリーズバースト!」


 凍てつく波動がセレーネの光の障壁に激突し、あっという間にそれを粉砕した。

彼女は間一髪で身をかわすが、魔力の反動で大きく体勢を崩した。


 彼女の肌に走る鋭い痛みは、ディープアイの魔法が単なる属性攻撃ではないことを示唆していた。

魔力そのものに干渉するような、厄介な性質を持っている。


 その隙を狙って、二体のナイトメアアサシンがレオとエリックの側面から同時に襲いかかった。

彼らの短剣は、残像を残しながら狙いを定め、確実に急所を狙ってくる。


 レオは、アサシンの一体に対し、咄嗟に剣を振るう。彼の動きは以前にも増して洗練されており、正確にアサシンの短剣を弾いた。


 しかし、その一撃に、明らかな迷いが見て取れた。彼は、アサシンを殺傷するのではなく、あくまで攻撃を「受け流し」「弾く」ことに終始している。


 (魔族を……殺せない……)


 彼の心に、リリスの言葉が響く。

「魔族は、人間が思うような悪だけの存在じゃない。」


 魔王城で過ごした日々、そしてリリスと築いた絆が、彼の剣を鈍らせていた。

目の前の親衛隊員は、彼を殺そうとしている敵だ。


 しかし、彼らはただ命令に従っているだけなのではないか?

レオの脳裏に、リリスの無垢な笑顔が浮かび、彼の剣がわずかに揺らぐ。


 その迷いは、彼の動きの端々に現れ、以前のような一貫した鋭さを欠いていた。


 エリックは、レオの戦いぶりに違和感を覚えた。レオの剣の軌道は、確かに速く、正確だ。


 だが、どこか精彩を欠いているように見える。

致命的な一撃を放つ機会があっても、それを意図的に避けているかのように、彼はあくまでも敵を牽制し、受け流すことに徹している。


 「レオ! 何をしている?!

本気で戦え!」

エリックが叫んだ。


 エリック自身も、ヘルナイトの猛攻に苦戦している。

ヘルナイトは、エリックの剣を受け流し、隙あらばその巨大な両手剣で強烈な一撃を叩き込んでくる。


 エリックは全身でその衝撃を受け止めながら、レオの様子をちらりと見た。

その瞳には、かつてアルスが持っていたような、戦場を見通す鋭さはあった。


 だが、その底には、彼の知らない迷いが宿っている。


 (コイツは、一体何なんだ……?

なぜ、本気を出さない?)


 エリックの胸中に、再び不信感が募り始める。

レオは魔王城で何があったのか。


 なぜ、魔王の親衛隊を前にして、こんな戦い方をするのか。

アルスの死の真相と、レオが隠しているであろう真実が、彼の心をさらに重くした。


 アルスなら、こんな状況で迷うことなく、最も効率的な方法で敵を殲滅しただろう。

レオの変化は、エリックにとって理解不能な領域に踏み込もうとしていた。


 セレーネもまた、レオの戦い方に苛立ちを隠せない。

彼女はディープアイの強力な魔法に翻弄され、防戦一方だった。


 ナイトメアアサシンの一体が、彼女の魔法の隙を突き、背後から迫る。


 「セレーネ、危ない!」

レオが叫び、ナイトメアアサシンに飛びかかり、寸前のところでセレーネを庇った。

アサシンの短剣はレオの鎧をかすめ、鋭い金属音を立てた。


 「レオ、どうして……!

なぜもっと積極的に攻めないの!」

セレーネは、目の前でレオが負傷したことに動揺し、叫んだ。


 彼女は、レオが以前のような躊躇なく敵を討つ姿を見せてくれないことに、苛立ちを感じていた。


 魔王城での戦いを通して、彼らの連携は確実に強くなっていたはずなのに、今、この肝心な場面で、レオの戦い方に綻びが生じているように感じられたのだ。


 「ぐっ……!」


 レオは痛みに顔を歪ませながら、アサシンを剣の柄で押し返し、距離を取った。


 彼はセレーネの問いに答えることはできない。

リリスへの思い、魔族への複雑な感情。

それは、勇者として仲間と共に戦う上での、彼の致命的な弱点となっていた。


 ヘルナイトは、エリックの猛攻をいなしながら、レオのその迷いに気づいているかのように、静かに見据えていた。


 ディープアイの詠唱がさらに加速し、広間に禍々しい魔法陣が浮かび上がる。

ナイトメアアサシンたちは、レオの隙を突き、連携して追い詰めてくる。


 戦況は、親衛隊側に傾き始めていた。

レオの迷いが、彼らの連携にわずかな、しかし決定的な綻びを生み出していた。


 エリックは、このままではジリ貧になると悟り、次の一手を模索する。

セレーネは、レオの異変に気を取られながらも、自身の魔法を最大限に活用し、仲間を守ろうと必死だった。


 魔王の親衛隊は、まるで精密な機械のように、確実に彼らを追い詰めていく。

彼らは単なる力だけでなく、戦略的な動きと、三人の心の隙を突く戦術で、レオたちを圧倒しようとしていた。


 この激しい戦闘の中で、レオは、自身の内に秘めた感情と、勇者としての使命との間で、深く引き裂かれていくのを感じていた。


 その葛藤こそが、彼の洗練された動きに、どこか精彩を欠かせている原因だった。

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