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第82話:魔王の親衛隊

 中級魔族との激戦を終え、レオ、エリック、セレーネの三人は、大きく息を整えた。


 体力の消耗は激しいものの、幾度となく危機を乗り越えた達成感が、疲労に霞む視界の奥で、確かな光となって輝いていた。


 彼らの間には、言葉を必要としない、固い絆と信頼感が生まれていた。

この魔王城の深淵で、彼らは再び、かつての勇者パーティーとして盤石な連携を取り戻しつつあった。


 しかし、広間に満ちる魔王の強大な魔力は、一瞬の安息さえ許さない。

その重苦しい圧迫感は、まるで生き物のように脈動し、彼らの心を常にかき乱し続けていた。


 凍えるような冷気が肌を刺し、壁に彫られた禍々しい装飾が、彼らの侵入を許さないかのように、生々しい威圧感を放っている。


 彼らが次に足を踏み入れたのは、これまでの通路よりもさらに幅が広く、天井が高くそびえ立つ、荘厳な大回廊だった。

両脇には巨大な柱が等間隔に並び、その奥には途方もない闇が広がっている。


 彼らの足音が虚しく響き渡る中、回廊の奥から、微かな、しかし確実に近づいてくる足音が聞こえ始めた。

それは、これまで戦ってきた魔族たちのけたたましい咆哮や、不規則な動きから来る音とは全く異なるものだった。


 重く、規則的で、そして何よりも、圧倒的な数の存在を予感させる、威圧的な響き。

金属が擦れるような硬質な音も混じり、まるで、訓練された軍隊が迫ってくるかのようだった。


 レオの全身の感覚が警鐘を鳴らす。魔王の魔力に加え、これまでとは異なる、より洗練された、強力な魔族の気配が、一気に押し寄せてくる。

その魔力は、一体一体が中級魔族を凌駕するほどで、統率された規律の匂いを強く感じさせた。


 回廊の闇から、複数の影が姿を現す。それは、まるで漆黒の彫像が動き出したかのような光景だった。

彼らは、魔王直属の精鋭部隊――

「親衛隊」だった。


 彼らはただ強いだけでなく、まるで一つの意志に統率された生きた兵器のようだった。


 その先頭に立っていたのは、レオが以前牢屋で見かけた、あの魔族だった。


 その名はヘルナイト。

重厚な漆黒の全身鎧を纏い、顔を隠すフルフェイスの兜を深く被っている。

右肩の装甲には、ひび割れたような独特の赤い紋様が刻まれており、それが彼の識別点だった。


 彼の手には、禍々しい暗黒の輝きを放つ巨大な両手剣が握られている。

その巨体から放たれる威圧感は、周囲の空気を歪ませるほどで、彼の背後から感じられる魔力は、ただの武力だけでなく、深い知性と冷酷な監視の目を思わせた。


 彼の動きは一切の無駄がなく、一歩一歩が広間の床を震わせ、その存在だけで絶望的なまでの力を誇示していた。


 ヘルナイトの左右には、二体の異なる親衛隊員が控えていた。


 一体は、ナイトメアアサシン。

漆黒の軽装鎧を纏い、全身に鋭利な刃を隠し持っているかのようなシルエットだ。


 その瞳は常に闇の中で光り、手には細身の短剣が二本、逆手に握られている。

彼の身体は影のように滑らかで、足音さえ立てずに移動する。


 残像を残すほどの高速移動を得意とし、敵の死角から一瞬にして姿を現し、正確な一撃を繰り出すことに特化しているようだった。

その身軽さからは想像もつかないほどの殺気を放っていた。


 もう一体は、ディープアイ。

分厚い魔法防護を施した重鎧を身につけているが、その兜の隙間や鎧の継ぎ目からは、不気味なほど鮮やかな赤い瞳が複数、ぎらぎらと輝いていた。


 彼の手には、呪文が刻まれた巨大な魔導書と、複雑な紋様が彫られた杖が握られている。

ディープアイは前衛には立たず、常に後方から、その異様な瞳で戦場全体を見渡し、強力な属性魔法や広範囲の呪詛を操り、遠距離から敵を追い詰めることを得意とする魔族だ。


 その存在は、戦況を完全に掌握しようとする魔王の意志を体現しているかのようだった。


 彼らは、ただ強いだけでなく、それぞれの役割が明確に分担されており、互いの能力を補完し合うことで、より完璧な戦闘集団を形成していた。


 その統率された威圧感は、彼らが単なる屈強な魔族ではなく、魔王の絶対的な命令の下に動く、選ばれし精鋭であることを雄弁に物語っていた。


 「これは……」

エリックの声が、かすかに震えた。


 その威圧感は、経験豊富な戦士であるエリックをもってしても、肌で感じるほどのものだった。

かつて戦ったどの強敵よりも、彼らの一体一体が放つ気配は、はるかに濃密で、そして統率されていた。


 彼らはただ強いだけでなく、まるで一つの生き物のように連携しているかのように見えた。


 (親衛隊……

まさか、こんなに早く……!)


 エリックは、魔王城の奥深くへ進めば、いずれは魔王直属の精鋭部隊、すなわち「親衛隊」と対峙することになると予測はしていた。

しかし、まさかこんな序盤で遭遇するとは夢にも思わなかった。


 彼の心には、不安と同時に、レオがこの先に何を見てきたのか、という疑問が再び頭をもたげる。

レオはなぜ、こんなにも冷静でいられるのか。

彼の瞳には、親衛隊の姿がどのように映っているのだろうか。


 その時、レオの視線は、ヘルナイトの右肩の紋様に釘付けになったままだった。


 彼の心臓が激しく脈打つ。


 それは、彼が囚われていた日々を思い出させる、まがまがしい記憶だった。

あの牢屋での孤独、絶望、そしてリリスとの運命的な出会い。

そのすべてが、目の前のヘルナイトの存在によって鮮やかに蘇る。


 あの魔族は、彼が牢屋にいた期間中、幾度か彼の前に現れ、無言で彼を監視していた者だ。

直接言葉を交わしたことはないが、その冷たい視線は、レオの心に深く刻み込まれていた。


 なぜ、あの魔族が、魔王の親衛隊の中にいるのか。


 レオの脳裏に、リリスの言葉がよぎる。

「私の父は、あなたを特別視していた。」


 もし、あのヘルナイトが親衛隊であるなら、それは魔王の命令でレオを監視していた可能性が高い。

リリスの言葉の裏付けとなるような事実に、レオの心は複雑な感情で満たされた。


 動揺、そして、真実に近づいているという予感。

彼を捕らえ、そして解放した魔王の真意は、一体何なのか。

そして、リリスは、この親衛隊の存在を知っているのか。


 レオは、この動揺をエリックとセレーネに悟られてはならないと、表情から一切の感情を消し去る。


 セレーネもまた、親衛隊の圧倒的な威圧感に、身体を硬くしていた。


 「こんな……

こんなに強い魔力を持った魔族、見たことないわ……」


 彼女の声はか細く、その顔は青ざめている。

魔王の魔力と、親衛隊の練り上げられた魔力が一体となって押し寄せ、彼女の魔法回路は軋みを上げているかのようだった。


 それでも、彼女は杖をぎゅっと握りしめ、レオとエリックの隣に立つ。

彼女はもう、仲間を信じて、共に戦うことを決めている。


 怯えながらも、その瞳の奥には、確かな覚悟の光が宿っていた。


 エリックは、親衛隊の姿を目の当たりにし、剣を構える手に力がこもる。

その体からは、まるで鋼鉄がぶつかり合うような緊張感が放たれていた。


 「これが……

魔王の親衛隊か。

こんな化け物たちだったのか……」


 エリックは、レオをちらりと見た。


 レオは、ヘルナイトを凝視していたが、その視線はすぐに逸らされた。

しかし、その一瞬の間にレオの瞳の奥に宿った強い感情の変化をエリックは見逃さなかった。


 レオの隠している秘密が、この親衛隊と、そして魔王城の真実と、深く結びついている。

エリックは、その謎を解き明かすためには、この強大な親衛隊を突破しなければならないと、改めて決意を固めた。


 ヘルナイトが、ゆっくりと、しかし確実に彼らに向かって歩みを進めてきた。

その一歩一歩が、広間の床を震わせる。


 「侵入者め。

これより先は、貴様らを生きたままで通すわけにはいかぬ」


 その声は、重く、低く、機械的な響きを持っていた。

感情を一切感じさせない、ただ任務を遂行するだけの兵器のような声だった。


 レオ、エリック、セレーネ。三人は、それぞれの覚悟を胸に、戦いの構えを取った。


 彼らの間には、圧倒的な力の差があることは明白だった。


 しかし、彼らはもう引き返すことはできない。


 リリスとの再会、アルスの真実、そしてこの世界の謎。

その全てを解き明かすために、彼らは魔王の親衛隊という、最初の巨大な壁に立ち向かう。


 広間に張り詰めた静寂が、次の戦いの幕開けを告げるかのように、彼らの心を締め付けた。

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